第139話 おっさんは、平坦を重んじる

 カランコエ学園ブリンセル支部は今日も平常運転だ。

 すでに学園をさわがせた決闘も過ぎ去り、過去のものになりつつある。

 そんな中おっさんは国語の授業が終わったところだった。


 「お前らテストよく頑張ったな、特にテンとアルトは目覚ましいぞ」


 相変あいかわらず国語を受講しているのはいつもの四人……と、もう一人。

 成績優秀で中間テストも問題なくトップ成績で終えたシャトラと、その次に成績の良いルルル、テンとアルトはわずかにテンの方が成績は良かった。

 問題は髪に青い薔薇バラを差したハジケリストの事だが。


 「ブルーローズは補習だ」

 「ふっ、この私だけが残されると思うな……!」

 「お気の毒だなあ、ローズさん頭良いのに」


 アルトの言うとおり知能指数に関してはローズって高いんだよな。

 問題はその高い知能を完全に無駄使づかいしている点だが。


 「……これもアルトってやつの仕業なんだ! 絶対に許さんぞアルト!」

 「ナンデ!? なんでオラのせいにされてるだ!?」


 ハジケリストに理由を聞くだけ無駄だ。

 ローズの奴、卒業する気があるのか疑問だからな。

 精霊にとってみれば、四年などほんの一時いっときたわむれなんだろうが。


 「なぁシャトラ、収穫祭はどうするん?」

 「そうねぇ、そろそろ秋野菜も収穫時期だけど、今回は教会に寄付きふする分じゃないし」

 「ならフリーマーケットで野菜売らんか!」


 相変わらず銭勘定ぜにかんじょう大好きなルルルはシャトラが丹精たんせい込めて育てた菜園の野菜を売ろうと皮算用かわざんようを数え始めた。

 本当は園芸部なのだが、相変わらず部員が幽霊ばっかりで、シャトラの菜園も絶好調のようだ。


 「せや、テンも売り子せん?」

 「やだ! また私にきわどいエッチな制服着せる気でしょ! 破廉恥ハレンチなのはいけない事だと思います!」

 「いや私服でええんやで? ほんまやで?」


 両腕を交差して『ノー』を突きつけるテンは微笑ほほえましいな。

 平和だ、おっさんの求める平坦がここにある。


 「ローズは明日補習だから忘れるな、それじゃ解散」


 おっさんはそう言うと、教室を出ていった。

 放課後からは授業はない。

 教室からは、剣術科の部活に急ごうというアルトの声。


 「校舎は走るなよー」

 「限界まで飛ばすぜーっ!」

 「ローズさん、走っちゃ駄目だー! 先生すまないだ!」


 おっさんの警告けいこくをこれっぽっちも聞く気のないローズと、それを追いかけるアルトはおっさんに平謝ひらあやまりした。


 「もういい、行け」

 「絶対に、絶対にローズさんには言って聞かせるだ!」


 おっさんの言うことを聞かない生徒とか今に始まったことじゃない。

 何年も教師をやっていたら、生意気なまいきな生徒なんて何人もいたからな。

 目くじらを立ててもキリがない。


 「シャトラはこれからどうするん?」

 「花壇かだんを見てくるつもりよ」

 「ボク魔法科行ってくるー!」


 園芸部のシャトラはいつもどおり、テンは決闘の後から魔法科部活に参加するようになった。

 ルルルは意外だが、魔法科部活には参加していない。

 本人曰くバイトがあるらしい、苦学生は大変だ。


 おっさんは生徒達の後ろ姿を眺めながら担任室に向かった。

 担任室にはいつもの先生方が忙しそうに動き回っている。


 「あっ、グラルー、わわっ」


 お馴染なじみミニマム女性教師は前が見えない程大量の用紙に悪戦苦闘あくせんくとうしていた。

 これまたいつものように、おっさんの目の前に用紙をぶち撒けると、おっさんはため息まじりにそれを拾いあげる。


 「相変わらず多いですね」

 「生徒の数が数だから、いやーグラルがうらやましいよ」


 魔法科は生徒数が多い。

 特に決闘の後、魔法科にくる生徒の数が激増し、レイナ先生から悲鳴が上がったのは記憶に新しかった。

 一応おっさんも関わっているんだが、国語科は受講生増えなかったからなあ。

 改めてブリンセルでは国語科は需要じゅようが少ない。

 道徳の授業とかもあるんだけどなあ。


 おっさんは部活の資料だかなんだかの用紙をまとめると、レイナ先生の机に置いた。


 「ありがとうグラルー、ついでに魔法科に鞍替くらがえしない?」

 「どういたしまして、絶対にお断りです。おっさんの仕事量はこれで充分なのです」


 おっさんの机はスッキリだ、なんせ五人分でいいんだから楽なもんだ。

 それを見て隣の席のレイナ先生は「ぐぬぬ」とうめくが。


 「もう魔法科忙しくて忙しくて大変よぉ、猫の手も借りたいくらいなんだよ?」

 「ケット・シーでも雇うんですか? 魔法使いの多い種族ですが」

 「比喩ひゆだから! 皮肉だから!」

 「ハッハッハ、たまにはやり返さないと」

 「今日のグラルムカつく〜、大きな借りが出来たから強く出られないし」

 「はいはい、しゃべってるひまあったら仕事やる」


 レイナ先生もそこはしっかりしているものだ。彼女は手早く用紙一枚一枚に丁寧ていねいにペンを走らせた。

 新入部員の部費とか色々あるようだ。

 おっさんも自分の仕事をしていると、ふとレイナ先生はある話題をあげた。


 「そういや収穫祭ってもうすぐよねぇ」

 「それがなにか? 毎年のことでしょう?」

 「冷めてるなぁ、収穫祭の日って休校でしょ? デートとかしないの?」

 「おっさんが? あり得ないあり得ない」

 「えー? コールンとか、アナベル校長なら喜んでデートしてくれるでしょうに」


 ぶっ、二人の女性をあげられておっさんは思わず吹いてしまった。

 あぶねー、飲み物口に含む前で良かった。

 レイナ先生ナチュラルになんて事おっしゃるのだ。


 「……おっさんは収穫祭は家でのんびりしますから」

 「基本的にグラルってイベント嫌いだよね、海の時も、決闘の時も」

 「おっさんは上振れも下振れもしない、平坦な日常が理想なんです」


 そう平坦、平坦であれ、だ。

 しかしレイナ先生からすればそれはさびしい答えかも知れない。


 「……レイナ先生はどうするんです?」

 「私? 生憎あいにく収穫祭は予定が入っててねえ」


 流石さすがにハナビシ家当主は暇など中々無いようだ。

 というかあったら確実にレイナ先生はおっさんにちょっかい掛けてくるから、普段より静かだよな。


 「さてと、今日は早上がりしまーす」

 「グラルー、半分手伝ってー」

 「またの機会にー」


 泣き言は聞かない。

 仕事量減らして欲しけりゃアナベル校長に直談判じかだんぱんするしかないわな。

 あわれには思うが、巻き込まれたくはないおっさんは荷物をまとめると担任室を後にした。


 「おのれグラル覚えていろよ〜」


 呪詛じゅそめいた泣き言が担任室から木霊こだますると、おっさんはあきれ返った。


 「おっさんはただの国語科教師だっての」


 そうつぶやくと通路を歩くのだった。

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