収穫祭編

第138話 義妹は、紅茶を飲みながら談笑する

 やや肌寒くなる秋の季節、ブリンセルの街では収穫祭が間近に迫っていた。

 大陸の北、寒冷なスプルア山脈から吹き下ろす冷たい風が徐々に南下する頃合い、各地の村々は厳しい冬に備えて、この時期に農作物の収穫しゅうかくを行うことから、この国の収穫祭は始まった……て、兄さんが説明してくれたっけ。


 「今年の収穫祭って、何やるんだっけ?」

 「美味おいしい物一杯いっぱい食べないとなあ!」


 無頼漢ぶらいかん巣窟そうくつたる冒険者ギルドでも、話題といえばもっぱら収穫祭になってきた。

 私ガーネットにとって収穫祭はあまり気乗りする物でもなかったけれど。


 「大体お祭りなんて毎季節やってるじゃない、何が楽しいんだか」

 「あら意外、エルフってむしろお祭り好きかと思ってましたが」


 なんて返してきたのはいつもの受付嬢だ。

 私達は冒険者ギルドの中に併設へいせつされたカフェで甘い紅茶を飲みながら、ため息をいた。


 「エルフってさ、エルフの価値観で育ってこそエルフだと思わない? 私育て親は人族だから、自分では人族って認識なのよねえ」

 「そういう物ですかねえ?」

 「そんなもんよ、今更民族がどうとか古臭い考え方はナンセンスよ」


 あんまり興味ないけど、昔獣人族が迫害はくがいされてたって兄さんが教えてくれたわね。

 今じゃ多種族の偏見へんけんは減った方だけど、まだまだエルフは偏見される種族らしい。

 つか、むしろ私はエルフ族の方が分からないわ……何せエルフって種族、数が少ないらしいからね。


 「そういう貴方あなたは収穫祭はどうするの?」

 「えへへ、収穫祭はギルドも昼には終業ですから、友達と楽しみたいと思ってます」


 そう言うと受付嬢は優雅ゆうがに手を叩いた。

 友達、ねえ? 私にとって友達ってだれかしら?

 ……あれ? 案外あんがい思いつかないわ。

 ギルド長のザインは親しいけど、ようするにビジネスパートナーとしてだし、アイツは友達じゃないわね。

 コールンさんは……ないわね、アイツと仲良くするとかあり得ないし!

 大体なんで私が必死に不慣れな護衛任務やってる時に、あの女は兄さんと海に行ってるのよ!

 あー忌々いまいましい! やっぱりコールンさんはきらいだわ、仲良くしたくない。

 サファイアとルビーは? あの姉妹もやっぱり友達とは少し違うわね。

 なんていうのか……むしろ妹? なんか家族みたいに馴染なじんでるのよねえ?


 「折角でしたらガーネットさんも、誰かと収穫祭楽しんでみたらどうです?」

 「うーん、なんか気乗りしなーい」


 私は机にすと項垂うなだれた。

 どうしてこんなにモチベが上がらないんだろう?

 別に祭りが嫌いじゃないわよ? ただ一人じゃつまんないのよねえ。


 「なにかあるんですか? あっ、また王様から無茶振むちゃぶりとか!」

 「ここに騎士様がいたら不敬ふけい罪にならないかしら、生憎あいにくここ最近は簡単な依頼しか入れてないわ」

 「えと、確かここ最近ですと、マンティコアの討伐とうばつ、ゴブリンの群れの討伐、ピーピング・アイの討伐でしたっけ」

 「貴方よく私の仕事内容、記憶しているわねー」


 私の仕事は基本的にモンスター討伐だ。

 前に王様に二度もハメられたが、本来要人護衛とか、洞窟ダンジョン攻略なんてお門違かどちがいもいいところだ。


 「収支報告書ではガーネットさん、今季トップ成績ですよ、流石さすが仕事のプロ!」

 「あんまり興味ない。お金なんて無くなる時は一瞬で無くなるし、かといってあり過ぎると減らないから億劫おっくうになる」


 とはいえ私は自覚する程度には浪費ぐせはあるから、あんまり貯金はなかったり。

 冒険者って意外と支出が多い難儀なんぎな仕事だしねえ。

 今季トップ成績と言っても、けた違いの報酬の仕事を二つもこなしたしねえ。

 正直言えば、割には合ってなかったから、全然ぜんぜん嬉しくないけど。


 「うーん、そろそろ武器も新調したいのよねえ、けど最新のって高いし」

 「あっ、お眼鏡かなうかは分かりませんが、今年の弓術大会、商品がグリフィンの最新型って話ですよ」


 私はその言葉に長耳をピコンと立てた。

 グリフィンって言ったら、この国の東に隣接する旧ウォードル帝国内で、魔族との戦いを最前線で戦い抜いた辺境伯へんきょうはくグリフィン伯爵はくしゃくおこしたブランドよね。

 カスタムアローのメーカーで、私が使っている弓もグリフィンの中古品だ。

 最新型欲しいのよねえ、フェザータッチ憧れるわあ。


 「それって、マジ?」

 「はい、関係者が話していたので」

 「受付嬢って、人脈どうなってんの? 大会委員会に賄賂わいろでも渡してるの?」

 「渡してません! たまたまですよ、親族に関係者がいまして」


 そういえば受付嬢って結構良いところのお嬢様なんだっけ。

 この受付嬢に限らず、冒険者ギルドの職員は文字の読み書きや会計士の仕事など、すぐれた能力が求められたから、貴族の息女などが受付嬢になることが多いらしい。

 今でこそカランコエ学園みたいな私学からも受付嬢が出てるらしいけど、時代が進めば受付嬢もそれ程特別な仕事じゃなくなるのかもね。


 「おっし、それならちょっとやる気でたわ」

 「弓術大会、出場するんですか?」

 「私の弓、照準器しょうじゅんき壊れてるからそろそろ新調したかったのよ〜」

 「壊れた弓であれだけのモンスターを討伐……どうして照準器を新調しないんですか?」

 「中古品だからメーカーの純正品買おうとしたら、新しい弓買う方が安かったのよ……」


 グリフィンの中古品とはいえ、中々私には使い慣れた機械式の弓、今更いまさら新調しようとすると、半端はんぱな弓にはしたくない。

 グリフィンは機械式弓のトップシェアで、そこは信頼出来る。


 「ガーネットさん程の冒険者ならてっきり魔法の弓とかも持ってるかと思いましたけど」

 「あんな動作原理も分からない、過去の遺物いぶつにどうして命を預けられるのかマジわかんない。伝説に出てくるような弓より、人類の叡智えいち数千年の結晶のほうが断然だんぜん優れているに決まってるわ」

 「……本当に古物アンティークがお嫌いですね」


 受付嬢は「にはは」と苦笑いを浮かべた。

 いけないいけない、私の好き嫌いって結構激しいものね。


 「でも、その『くつ』は使うんですね?」

 「う……空飛ぶ靴レビテーションブーツは、意外と使い勝手が良くて」


 例外は今も履きっぱなしの空飛ぶ靴レビテーションブーツよね。

 動作原理不明、なんで飛べるのかさっぱり分からない古代ハイエルフの遺産だが、不思議と私とは相性がかった。

 スナイパーにとって、高所を位置取るのは不可欠ふかけつだし、平野で高所の有利を取れるのって絶大なアドバンテージだものね。

 以前村々を荒らし回るゴブリンの群れの討伐は、丁度平野部であり空飛ぶ靴レビテーションブーツのお陰で、一方的な蹂躪じゅうりんが出来たわ。


 「いつか墜落ついらくするって思うと、怖くないんですか?」

 「うぐ……そりゃ怖いけど、もう今更かなって」


 本当はメンテナンスしてあげたいんだけど、残念ながらブリンセルじゃ直せる魔具士まぐしとは出会えなかった。

 まあもう墜落ついらくしたら天命てんめいと思うべきよね、運命語るなんて私らしくないけど。


 「はあ、紅茶美味おいしい」

 「収穫祭が終わったらとしですねえ」


 私達は談笑しながらゆっくりと過ごした。

 それにしても収穫祭か、兄さんはどうするのかしら?

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