第137話 おっさんは、祝勝会に参加する
「それじゃ祝勝会! カンパーイ!」
「カンパーイ!」
いつもの大衆居酒屋、なんだかんだ久しぶりにアナベル校長も巻き込んでいつもの四人で細やかながら祝勝会を開いていた。
音頭を取るレイナさんもこの時ばかりは上機嫌で、コールンさんも超ノリノリだった。
唯一そのギャルみたいなノリについていけないアナベルさんは、慎ましやかに「乾杯」とグラスを持ち上げる。
おっさん? おっさんも適当に乾杯だよ、というか疲れた。
何故って? 決闘の後だよ? この女性陣は元気あるけど、おっさんは体力ないの。
ていうか、この後コールンさんを連れて帰る必要もあるし、むしろ
「いやー、でも正直言うと勝てるとは思わなかったわー! いやーお酒も美味しい!」
「全くです! おつまみも美味しい!」
話を聞いているんだか、聞いていないんだから微妙に噛み合わないレイナさんとコールンさん。
逆にコールンさんは負けるとは思ってなかったみたいだな。
「はぁ、本当に無事に終わって良かったです、けれど気掛かりも」
「ありゃアナベルさん、どったの?」
「明日にはマスコミも殺到するでしょうし、その応対、更に決闘とはいえ負傷者も出してしまったし、やることが多いですから」
「ああルルルちゃんかー、ねえグラル、ルルルちゃんは大丈夫なの?」
「致命傷はありませんでしたし、とりあえず傷跡は残らないでしょう、クリューン先生には吐くほど怒られましたが」
「ご愁傷様ですグラルさん」
本当にご愁傷だよ、クリューン先生
しかも治療担当したおっさんが怒られるんよ? まじ踏んだり蹴ったり。
決闘の後生徒達は寮へと直帰させ、今頃グッスリ眠っている事だろう。
ルルルと違って殆ど外傷のなかったテンは明日にはケロッとしているだろう。
ルルルは数日休むようクリューン先生が指示を出した。ルルルは「そんなん謹慎処分と一緒やーん」と不満垂れていたが。
唯一殆ど無傷のアルトだけは「明日も学校だ」と走って帰っていったな。
「勝とうが負けようが、おっさん明日から国語の授業本格的に再開させるんですから、急いで中間テストの問題を作成しないといけないし……」
「えっ? グラル、魔法科、手伝ってくれないの?」
それを一番心外だと、真顔で返してきたのはレイナ先生だった。
「いや特別講師を受けたのは、決闘の期間までという約束でしょう? そもそも俺は国語教師として学校にいるんですから」
「そういえばグラルさん、どうして魔法科ではなく国語科なのですか? 私の知る限りグラルさんほどの魔法使いは魔導師団でもお目にかかった記憶がありませんが」
大真面目にそう聞いてきたのはアナベルさんだった。
おっさんは面倒だと、頭を掻き、どう答えるべきか考えた。
「俺は、魔法を教える資格はない……ただ文字の読み書きが出来るから、トーマス理事長に教師にならないかって言われて国語教師になっただけですから」
元々おっさんは用務員だ、ただ戦後期は識字率が低く、おっさんは国語が使えるのは珍しかったらしい。
都会では国語の授業は相対的に低く見られがちだが、国語こそ子供たちには必要だとおっさんは思ってる。
なんだかんだおっさんにとって国語科は天職だと思うんだ。
「教える資格がない? レイナ先生どうなのですか?」
「うーん、
大体おっさんより凄い魔法使いなんて一杯いるだろう。専門的にサポーターが珍しいだけだと思うが。
「アタシはやっぱりグラルは魔法科の先生が相応しいと思うんだけどなあ」
「レイナ先生一人で充分ですよ、おっさんには分不相応です、あと単純に面倒くさい」
「……頑張らない男?」
ふと、アナベルさんがそう呟いた。
頑張らない男、そうおっさんは頑張らない男だ。
もう頑張るには若さも情熱もありはしない、残ったのは燃えカスみたいな人生だけだ。
ただその燃えカスでも価値があるって見出してくれたのがトーマス理事長で、おっさんは残りの人生を
「そういやなんか一人静かな気が?」
「あれー、そういえばコールンは?」
全員の目がコールンさんに向くと、コールンさんは気持ちよさそうに寝息を立てていた。
相変わらず直ぐ酔う女である。
本人にとってはさぞ退屈な会話だったのだろう。まさか速攻で寝落ちとはな。
コールンさんは気持ちよさそうに舟を漕いでおり、この人だけはいつも幸せそうだな。
「仕事の話は止めましょう、祝勝会は祝うもんでしょう?」
「その通りですね、あの、追加注文してもいいでしょうか?」
「あっ、ツマミ追加でー!」
「それおっさんも」
結局おっさんの話はお終いだ。
ていうかこんな冴えないおっさんの話なんて誰得だよ。
そもそも、この色々個性的な女性陣に混じっているのがおっさんってのも間違いなんだと思う。
百歩譲ってレイナさんとか、コールンさんとならまあ納得出来るが、アナベルさんは完全に場違いだからな。
高級レストランが当たり前みたいな貴族オーラ出まくってるアナベルさんが大衆居酒屋にいるってのが無理があると思う。
「にしてもさあ? 思えば王立側がどうして買収なんて仕掛けて来たんですか?」
レイナ先生は酒精に頬を染めながら、そもそもの原因について質問した。
おっさんも少し気になるな、買収されていたら間違いなくおっさんはリストラ対象だろうから、他人事じゃなかった。
アナベルさんは少し不安げに俯くが、やがてゆっくり話しだした。
「元々買収の話はずっと前に出ていました」
「ずっと前……そうなのね」
「父のシドは私を自分の後継者にしたかったみたいです……そしてゆくゆくは王政に本格的に関わっていくつもりだったのでしょう」
「噂レベルだが、王立校の経営が赤字って話だが、それも関係しているんですか」
これはあくまでゴシップの域だ、なんの証拠もない。
王立校は年々入学生の数が減少し、経営を圧迫しているという噂だ。
耳年増な義妹でさえ掴んでいる程度の信用度だが。
「いえ、王立校の生徒数は確かに減少傾向にはありますが、まだ経営危機という程では無いようです」
「魔法科のおじ様も特にそんな話してなかったもんなー」
「魔法科……マグヌス……う、頭が」
おっさんはマグヌス・ポピー氏を思い出すと頭を抱えた。
そういえばあの人と二人で会食する約束があるのをすっかり忘れていた。
いや、むしろ一生忘れていたかった。おっさんは面倒は嫌いなのだ。
「ただ……父は、カランコエ学園のノウハウが欲しかったのでしょう……トーマス理事長の事は認めていたので」
そう言うとアナベルさんは少しだけ遠い顔をした。
あの不器用親子は仲が悪い、もっと言えばアナベルさんが一方的に嫌っているのだ。
(……おっさんと同じ、だな)
まただ、なんで今日は何度も忘れていた事を思い出すのだろう。
おっさんもまた、父と分かりあえていない。
頑固で職人気質が強過ぎて、病弱な母の最期まで顧みなかったあの親父殿とは喧嘩別れした。
おっさんはもう覚悟も出来てる、だが……ガーネットはどうなのだろう?
いつか、聞かないといけないんだろうな。
おっさんは静かに酒を呷った。
少し辛い味だ、キリッと喉を流れる。
「それでさー」
「うふふ、まあ」
女性陣は会話を二転三転させながら、楽しくやっている。
こうして夜は老けていくのだろう。
決闘はなんにせよ終わったのだ。
明日からはまた憂鬱な平日の始まりだ。
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