第135話 おっさんは、ルルルに狡猾さを教える

 「決着つったって、数合わせどうするんですぜい理事長さんさぁ?」


 そうツッコミを入れたのは意外にも王国側のシューベル君だった。

 現在決闘は一勝一敗、引き分けで良しって考え方もあるわけだが、シドはあくまで決着を求めていた。

 確かにここで白黒つける方が後腐あとぐされないのは事実だが、こっちには勝機が薄いってのが引っかかるわな。

 とはいえ、決闘の意義を考えればここで解決しなきゃならない……か。


 「最終戦は剣士と魔法使い、二対二はどうか」

 「二対二……? しかしこちらは」


 やや万全の王国側に比べ、こっちはテンがまだ目を覚まさない。

 魔力が底を突いた疲労は丸一日目を覚まさないだろうってのが、おっさんの見立てだ。


 「三十分休憩を入れる。選手を出せないならその時点で不戦勝となることを忘れるな」


 シドは高圧的にそう言い残すと、その場を退出した。

 おっさんは達は顔を合わせると、レイナ先生が深い溜め息を吐いた。


 「はあああああ! もうーこれどうするのよー?」

 「泣きたくなる気持ちは分かりますが、踏ん張ってくださいレイナ先生」

 「アナベル校長、これで負けたら恨みますからね! あと今日は飲むから必ず付き合うのよー!」

 「あっ、それいいですねー、ご相伴しょうばんお預かりたい♪」


 ……この女性陣たちは、なんと昼行灯ひるあんどんなことか。

 しかしお通夜ムードよりは遥かに良いのも事実、問題は選手か。


 「テンは目覚めませんよ、魔力枯渇してますからね」

 「それも急性魔力枯渇だもんね、丸一日は動けないでしょう?」


 流石にレイナ先生も知識として理解しているか。

 と、なると最悪のピンチヒッターの出番になるわけだが。

 おっさんは端っこでちょこんと座っていたツインテールの少女に視線を向けた。


 「う、ウチ?」


 顔面蒼白にして自分の顔を指差すルルル、申し訳ないがおっさんは小さく頷く。

 本来なら想定するべきではない実力のルルル、まして魔法戦を間近で見て震えていた少女だ。

 怖くて逃げ出してもおっさんは責められん。

 決闘に駆り出したのはおっさん達の責任で、子供にその責任は負わせられん。


 「ルルル、少し話をしようか」

 「う、うん……」


 おっさんはルルルを連れると、その場を離れた。

 二人っきりになれる控室に二人で入ると、おっさんからまず声を掛けた。


 「ルルル、無理なら無理って言っても良いんだぞ?」

 「おっさん……で、でもテンは勇敢やった。本当はめっちゃ怖かったと思うで」

 「そうだろうな、一歩間違えれば大怪我する魔法戦でテンはよく頑張った……だが、テンをお手本に皆さん頑張りましょうなんて無責任なこと、おっさんは言えん」


 命までは取られまいが、決闘に不慮ふりょの事故はありうるのだ。

 ましてルルルの魔法の才はそれほど高くない。

 潜在的に言えばテンもそれは同じだが、才能は僅かにテンが上回っているだろう。

 事実ルルルは戦う前から震えている。

 必死に何かを堪えているが、怖いものは怖いのだ。


 「棄権きけんしてもいいんだぞ?」

 「そんなん……できるかい! それじゃなんの為にテンやアルトは戦ってん! ウチは皆を裏切りたくないんや!」


 ルルルはやっぱり優しいな。

 責任感は人一倍強く、成り上がりたいという向上心は誰よりも強い。

 けど決意に身体は追いつかない。

 まして魔法は一朝一夕で強くはならない。


 「な、なあおっさんは十数年前の戦争に参加してたんやろう? なんでおっさんは生き残れたん?」

 「俺は徴兵された民兵に過ぎなかった。生き残れたのは単純に運が良かったのだろうな」

 「運? 運が良ければおっさんみたいに強くなれるん?」

 「おっさんは強くないぞ、ただ戦争では勇敢な奴ほど早死し、臆病な奴ほど長生きする。おっさんは勿論後者だ」

 「けど、勇者や大英雄って言われる人達は違うよな?」

 「例外はいるな、けど教会の聖女様だって、単純に運が良かったと述べている」


 ルルルはおっさんの話を聞くと、顎に手を当て必死に熟考しだした。

 その小さな頭をフル回転させ、彼女はどんな方策を導こうとしているのか。


 「ウチ、そりゃ本音やったら逃げたいわ、めっちゃ怖かったもん」

 「そりゃ誰だって普通は怖じけるさ」

 「けどウチは逃げん! 逃げたらそれはウチやなくなる! ウチはこんなところで立ち止まれん!」

 「偉大な魔導師になる為……か?」


 ルルルは小さく頷いた。

 ルルルには明確な夢がある。

 王国魔導師団への入団、彼女は童話に出てくるような偉大な魔法使いを夢見ている。

 強くなりたい、だからこそ彼女は勇気を振り絞るのか。


 「なら、おっさんからアドバイスだ。魔法使いは取り乱すな、臆病さを武器にしろ」

 「お、臆病さを武器に? それってどういう意味なん?」

 「さっきも言ったろ、おっさんのような才能のない民兵は臆病だから生き残れたんだ。才能ある英雄が投石一発で初陣からお亡くなりになる戦場でだ」


 おっさんが目も眩むような、英雄達があっという間に死んでいった過去の戦争で、勝利に導いたのは大英雄よりも、無数の民兵達だったという説がある。

 魔族は強大だが、数は非常に少なかった。

 それを数で多大な犠牲の下に殲滅したという考え方だな。

 命を消耗品にしたあの戦争で、生き残れたのはやはり運だとは思っている。

 では運を引き出したのはなにか? おっさんはそれを臆病さだと思っている。


 「いいか? 英雄になろうと思うな。英雄って言葉は後世の奴らが勝手に付けるべき文言だ」


 おっさんは軽くルルルの両頬を叩いた。

 そして頬を抑えたまま、おっさんは真剣な表情でルルルに説いた。


 「ルルル、もし偉大な魔法使いになるという夢を忘れないなら、この難局は逃げ回れ」

 「逃げ回るって……そりゃ臆病者ならそうするやろうけど」

 「逃げろ、てのは戦術的にだ、臆病な振りをしろ、いつでも始末できると思わせておけ」

 「……騙すってこと? ウチが?」

 

 ルルルは知能だけなら非常に高い。

 学習能力の高さはおっさんが見てきた生徒の中でもピカイチだ。

 感情的になりやすいところや、欲が強いところは少し欠点に映るが、それだけルルルは不義独立の精神が強いと言える。


 「どんな達人だろうと大賢者だろうと、一番怖いのは嘘だって言うぞ。格下と思わせられるのはそれだけでメリットだ」

 「けどそれ卑怯やん? そんなん……」

 「正面から格上に勝てるなら世話はいらんが、格上と命を取り合うなら覚えていた方がいい」


 おっさんにとって魔族はそういう格上の存在だった。

 おっさんの魔法がなにも通じず、部隊が蹂躪じゅうりんされた苦い経験だってある。

 ルルルにとって王国魔法学校の生徒は紛れもなく格上だ。

 ルルルが勝っている部分なんて一つもないだろう。

 テンでさえ、獣人特有の動体視力の良さは明確な有利な点として働いていた。

 魔力が少なくとも、あの目の良さのおかげで少ない魔力で攻撃を防いだのだ。

 だがルルルにあれは無理だ、獣人族の動体視力あってこその技術はルルルには再現不可能だ。


 魔法戦は一般的に魔力が高いほうが勝つというのが定石だ。

 努力より才能って言われる一番の原因でもある。

 けど、天才が努力しない訳じゃないし、純粋に才能が勝利には結びつくなら、人は魔族には勝てない。


 「ルルル、卑怯な手でもなんでも使え」

 「おっさん、結構悪どいんやな……知らんかったわ」


 おっさんはルルルから手を離すと、小さく微笑んだ。

 そうだ、おっさんとはずるくてさかしい生き物なんだ。

 ルルルに軽蔑けいべつされようが、己は否定できない。

 それが老獪ろうかいさ、なんじゃないかな。


 「……分かった。ウチはやったる! 絶対に負けへんでー!」


 ルルルはそう言うと手を振り上げた。

 おっさんはルルルに出来るアドバイスを全部出すと、後は天に祈るのみだった。

 そして無情にも三十分の休憩時間はあっという間に終わるのだった。

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