第132話 おっさんは、決闘を見守る

 急場しのぎ、おっさんは今回の決闘をそうたとえる。

 いつだって万全の調子を整え、万事に挑めるならそれが良いに決まっているが、現実はどうしてこうも上手くいかないのか。

 それでも時は止まらない訳で、決闘の日は遂にきてしまった。

 もうこうなったら逃げることも出来ない。

 おっさんも覚悟を決めるしかない訳だ。


 決闘はカランコエ学園側の施設で行われる。

 場所や時刻は一般公開されておらず、この決闘に立ち会うのはほんの一握りだ。


 「うううう」

 「緊張しているのか? テン」


 決闘する張本人のテンは全身を身震いさせていた。

 無理もないだろう、学園の双肩がまさかこの獣人少女にし掛かったんだから。


 「き、緊張するに決まってるよ……ボ、ボクが失敗したら学園無くなっちゃうんでしょ?」

 「まあ正確には敵対的買収な訳だが……とにかく、負けることを意識する必要はない。責任は大人が取るさ」


 おっさんはそう言うと、テンの頭を優しく撫でた。

 テンは頬を赤く染めると、少しだけ安心した顔をした。

 時刻は正午前、決闘の前に双方の代表が前に出た。

 カランコエ学園側は当然アナベル・ハナキリン校長だ。

 そして王国側は、なんの皮肉かアナベル校長の父シド・ハナキリンである。


 「お久しぶりです」

 「ふん、覚悟は出来たか?」

 「無論です、ですが勝つの我々です」

 「ほざくか……この決闘こちらが勝てば、カランコエ学園は王国が接収する」

 「こちらが勝てば、二度とカランコエ学園に干渉しないこと!」


 おっさんも事情は断片的にしか知らないが、あの親子は仲が極端に悪い。

 ダブスタくそ親父の子供も、案外同じだなと、おっさんは思うのだが、教師も生活かかってるからなぁ。

 なんて真剣な面持ちで決闘の進行を見守っていると、昼行灯なコールン先生が声を掛けてきた。


 「グラル先生ー、この後予定ありますー?」

 「既に終わった後のことですかコールン先生? アンタも大概図太ずぶといな」

 「もう私に出来ることは終わりましたしー、美味しいお酒が欲しいなーって」


 既に晩酌ばんしゃくを想像しているらしく、コールン先生はだらしなく頬を緩ませた。

 そんな先生は剣術部門の責任者だ、この気の緩みようこそが大物の証なのか。


 「なに? コールン先生ってば、もう勝った気なの?」


 一方魔法部門の責任者レイナ先生はノイローゼのように顔色が悪かった。

 コールン先生とレイナ先生は基本的に仲が良いが、決闘の結果は悲喜交交ひきこもごもといえる。


 「実際あまり心配はしていません、生徒達は皆優秀な子たちですよ」

 「こっちは無いよりはマシレベルで猪口才ちょこざいな策をろうしてなんとかなのに」

 「やらないよりやった方がマシって、本当に最低限ですからね」


 おっさんも魔法科ははっきり言って厳しいとは思っている。

 勿論これはテンの責任ではない、教師側の問題だ。

 予算においても、人材においても魔法科は厳しいものがあった。

 有望な生徒は剣術科に進むのもむべなるか。


 「で、コールン先生の推薦、アルトですか」


 おっさんは視線の先におどおどした少年を見た。

 アルト、剣術科一年。普通に考えれば幼いな。

 とはいえコールン先生はアルトを認めた。

 そしてあの馬鹿剣ブルーローズが何故か太鼓判を押すのがアルトなんだよなあ。


 なんたってアルトには資質があるものっ! 才では絶対に手に入らない物をね!


 ……とはローズの言だ。

 なまじ才を見る能力があるローズの言うことは無碍むえにも出来ない。

 アルトには才では手に入らない、強者資質があるのだろう。

 見た目には純朴じゅんぼくで心優しい少年なんだがな。


 「それより魔法科の生徒も、一年生では?」

 「テンちゃんはアレでも一番実力あるんだよー、テンちゃんでもナンバーワンって言わなきゃならないんだよー」


 レイナ先生はもう泣きそうだった。

 むべなるかな、テンのレベルははっきり言えば付け焼き刃。

 それも勝つために、最善を尽くしてきたつもり……なんだがな。


 「ちょいマチ! なんかウチ忘れられてない?」


 ずっと蚊帳の外だったが、大きなツインテールの少女が抗議した。

 ルルルはいわゆる補欠だ、あまり考えたくはないが最悪ルルルにも出場させる必要があるから連れてきた。


 「別に忘れた訳じゃないぞ、ただ出番はないほうが良いからなぁ」

 「おっさん言い方に悪意あるで……」

 「それよりそろそろ始まりますよ」


 コールン先生が指摘すると、アナベル校長達の舌戦も終わったようだ。

 後は泣いても笑っても、決闘が答えになる。


 「それでは、代表は前へ!」


 お互い、代表が前に出る。

 こちらは当然アルトとテン。

 そして対戦相手も当然学生だった。


 「獣人までいるのか……未知数だな」

 「こっちは小さいガキか、本当に同じ学生か?」


 王国側が出してきたのは、魔法学校側がまずレイナ先生の裏取り通り青髪短髪の端正な顔の青年ウィルスだ。

 腕前は折り紙付き、なんせ魔法学校の主席様なんだっけか。

 そんな即戦力クラスと戦わせないといけないのは悔やむな。

 対してアルトが戦うのは赤髪の軽薄そうな青年だった。

 王国騎士学校指定の制服を着崩しており、お世辞に真面目そうには見えない相手だな。

 弱そうには見えないが、こっちは情報がない。


 「コールン先生、対戦相手の情報は知ってるんですよね?」

 「いいえ、知りません」


 おっさん、思わずその場でずっこけてしまう。

 だがコールン先生はいつもどおり昼行灯としていた。


 「じ、事前調査もしてないんですか?」

 「はい。でもそれは相手も同じじゃないですか?」

 「そりゃまぁ……向こうが上でこっちが下だってのは分かりますが」


 王国側の代表達を見るに、アルトやテンを相当意外と見ている。

 当然事前調査なんてしてないだろう。それならお互い様と言いたいのか。


 「アルトは勝てますか?」

 「やってみないとなんとも、ですが負けません」


 コールンさんは相変わらず、はっきり物を言う。

 そんな歯に衣着せぬ人が負けないと言うのだから、相当の自信があるんだな。


 「難しいことはグラル先生に丸投げしますが、私は出来ることをしたつもりです。後は生徒を信じましょう」

 「コールン先生の言うとおりね、生徒を信じるしかない」


 レイナ先生も神妙な面持ちのまま頷いた。

 おっさんも覚悟は決めてる、テンとアルト……あの二人を信じよう。

 そして勝っても負けても褒めてやる。


 「先ずは魔法からいこうか……ウィルス君」

 「はい、理事長」

 「テンさん、お願いします」

 「は、はいっ! がんばります!」

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