第130話 田舎少年は、ライバルと高め合う

 カン! キィン! カンッ!


 剣戟けんげき音が体育館に響き渡る。

 剣術科はいつもよりも熱が入っており、その原因は中央で模擬戦を行う獣人族の青年だ。

 系列校のバーレーヌ校からやってきた剣術科の生徒で、その実力はオラ達とは隔絶かくぜつしている。

 オラ慢心まんしんしていたつもりはないけれど、本当に強い人は強いんだと思い知った。

 だからこそ、オラも訓練には熱が入る。


 「ふっ! ふっ! ふっ!」

 「そろそろ休んだら? ぶっ倒れるわよ?」


 オラが剣の素振りをしていると、隣で呆れ顔のローズさんが指摘してきた。

 玉のような汗を流すオラは、荒れた息をゆっくりと整える。

 熱が入り過ぎただか?


 「アルト、良い顔になってきたけど、倒れちゃ意味ないわよ」

 「うん、気を付けるだ」

 「そうしなさい、つまらない理由でアルトが潰れたらまらないもの」


 そう言うとローズさんはタオルを差し出してきた。

 オラはタオルを受け取ると、汗を拭う。


 「……ずっと気になってただけど、ローズさん、なんでオラをそんなに期待するだ?」

 「それは……まぁ、アレよ。アンタ強いから」

 「オラなんてまだまだだ、あのニコル君に比べたら」

 「あらそうかしら? 私はアルトの方が強いと思うわ」

 「ありえないだ。オラ一太刀ひとたも浴びせられなかっただ」


 ニコル君は強いだ。速いし、力も強い。

 獣人族のポテンシャルの高さを思い知っただ。

 だけどローズさんは「やれやれ」と呟いて首を振った。

 納得いかないだ、なんでローズさんはオラをそんな過大評価するだ?


 「アルト、アンタは自分の強さって何だと思う?」

 「えっ? そんなの自分じゃ分からないだ」

 「アンタは力が強いわね、体力も並外れているわ」

 「けど、ニコル君はもっと上だ」

 「フィジカルはね……アルトの一番の強さは、その向上心よ」


 向上心? ローズさんは「ふふん」と鼻で笑った。

 いつでも自信満々で増長するローズさんのいつもの悪癖かと思ったけど、今日は違うようだ。


 「アルト、アンタには勇者のような器があるわ」

 「オラが勇者だか? 買いかぶり過ぎだ!」

 「勿論もちろん今は過言よ。言ってみれば才能のような物ね、開花するかは分からないけど、私は人を見る目はあるのよ?」


 オラに勇者の器が?

 やっぱり信じられないだ、勇者っつーのは、もっと気高けだかく格好良いものだ。

 オラなんてやっぱり情けないただの村人だ。


 「ねえアルトは勇者の条件ってなんだと思う?」

 「勇者の条件? 資格のことだか? それなら伝説の剣を持つとかそういう――」


 その瞬間、ローズさんは突然オラに抱きついてきた。

 オラは顔を真っ赤にすると慌てるが、ローズさんはニンマリ笑った。


 「伝説の剣なんて、その気ならアンタだって握れるわよ、ほら」

 「い、意味が分からないだ!?」


 ローズさんはオラの手に指を絡めると、目を細めた。

 全く行動と言葉の意味が伝わらない。

 ローズさんやっぱり遊んでいるだか?


 「ローズさん、イタズラならいい加減にするだ!」

 「もういけずー! まぁいいわ、私が考える勇者の条件はね、諦めない奴よ」

 「諦めない……?」


 ローズさんは身体を離すと、自信満々の頷いた。

 オラはまだドキドキしているだが、その条件なら誰だって勇者になれるんじゃ?


 「言っておくけど、諦めないって簡単じゃないわよ。自分よりも遥かに強大な相手を前にしても、万の敵を相手にしても、決して挫けない、負けを認めない……それが勇者なの」


 想像したものとは全く違う答えにオラは思わず息を呑んだ。

 オラそんな自信はないだ、オラは臆病者だからやっぱり勇者の器なんて。


 「アルト繰り返すけどアンタ強いわ、理屈じゃないの」

 「ローズさんはやっぱり分からないだ……」


 強さって何か……オラにはさっぱり分からない。

 ローズさんは巫山戯ふざけているけど頭は良いだ。

 きっとオラには理解出来ないなにかがあるのだろう。


 「まっ、アンタの純朴さは平常運転か」

 「ローズさんも平常運転だか?」

 「それってどういう意味?」

 「いつも悪ふざけしているだ」

 「ズコー! アルトの分際で失礼ね!」


 盛大にずっこけるローズさん。

 ローズさん的には真面目にやってただか?

 今のはちょっと演技臭かっただ。


 「ちっ! 真面目に訓練してるかと思ったら、イチャイチャと!」


 あっ、オラは顔を上げるとイライラした顔でリクル君が注意してきた。

 オラ申し訳なくてうつむくと、ローズさんが調子に乗る。


 「あらリクル、アンタこそサボってんの? それじゃまだまだアルトには敵わないわねぇ?」

 「チッ! ウザったい女だぜ……何をそんなに肩を持つんだか」

 「気になる? 気になるの? ねぇねぇ!」

 「だーっ! ウザい! 纏わりつくな! クレイジー女!」

 「ヨシ! ボコってやる! 構えなさい!」


 え? ローズさんが戦うだか!?

 ローズさんの実力は未知数だ、けれど構えろと言われればリクル君は模造刀を構える。


 「先に言っておくが、俺は女が相手でも容赦しねぇぞ?」

 「それが遺言? 冴えない台詞だったわね!」

 「ローズさん、煽っちゃ駄目だ!」

 「チッ! うざってぇ!」


 ニコル君は心底うんざりしたまま、剣を振った。

 果たしてどうなるか、ローズさんの実力は?




 …………………。




 「ふっ! 中々やるじゃない! 本気の十分の一くらいね!」


 そんなことをほざくローズさんだが、結果はボロ負けだっただ。

 あまりの弱さにリクル君も呆れ返っていただ。

 オラもローズさんがまさかこんなに弱いとは思わなかっただ。


 「馬鹿馬鹿しい、馬鹿はやっぱり馬鹿だな」

 「馬鹿って言った方が馬鹿なのよバーカ!」

 「だから煽っちゃ駄目だ、ローズさん落ち着いて」

 「フーフー! アルト、やっちまいなさい!」

 「ほお? いいぜそろそろ決着つけたかったんだ」

 「えええ⁉ なんでリクル君もやる気満々なんだ!」


 なぜかリクル君との模擬戦を仕掛けられた。

 リクル君はやる気満々で、ローズさんはどんどん煽る。


 「アルトー! リクルをぶちのめせー! 生きて返すんじゃないわよー!」

 「物騒ぶっそうな女だな……アルトも哀れなもんだぜ」

 「オラもそう思うだ」

 「あら、二人が模擬戦を?」


 今にも始まりそうな雰囲気ふんいきの中、そんな剣気けんきもものともしないコールン先生が割って入ってきた。

 流石に止めてくれる……そう思ってたんだけど。


 「やるならプロテクターはしっかりとね? それと周囲には気をつけて」

 「ウス、ありがとう御座いますコールン先生」


 まさか模擬戦を奨励されただか!?

 コールン先生、間違いなく人格者だが、どこかピントがズレているだ。

 オラ逃げ場がねぇと思うと、仕方なく剣を構えた。


 「おっ! アルトとリクルがやるのか!」

 「リクルの奴、遂に決着を?」

 「あの少年……たしかアルト君だったか?」


 ニコル君も見ている、本格的にやるしかないようだ。


 「アルト、お前は強ぇ、だが今回は俺が勝つぜ?」

 「リクル君オラ……」


 オラはそれ以上言葉が続かず、首を振った。

 今はなにも考えるな、オラはいつだって全力でやるしかないだ!


 「やれー! アルトー! ゴーゴーゴー!」

 「リクルー! 気張れよ! 田舎小僧の増長を許すな!」


 あっという間に観客が集まりだした。

 オラは剣を構えると、リクル君に斬りかかる。


 ブォン!


 オラは真っ直ぐ正中線に剣を振るうが、リクル君は紙一重で回避した。


 「生憎! お前と打ち合うつもりはねぇ!」


 リクル君の前髪が散る。

 力勝負はしない、リクル君が選んだのはスピード勝負だ!

 リクル君は剣を横薙ぎで振るう。

 オラは咄嗟に剣を盾にした。


 キィン!


 「チィ! ハァ!」


 リクル君は慢心しねぇ。素早く連続で剣を振るう。

 オラは冷静に剣筋を見切り、それを打ち払った。


 「うお! やっぱり田舎小僧やりやがる!」

 「だがリクルが速い! アルトは手を出せないぞ!」


 出せない訳じゃない。出そうと思えば出せるだが、危険だ。

 リクル君は素早くコンパクトな剣戟で追い込んでくる。

 下手に手を出せばカウンターを貰うだ。


 (隙を見つけなければ……でもどうやって?)


 リクル君はやっぱり強い。

 前に戦った時とは比べ物にならないほど力を身に着けている。

 オラついていくのがやっとだ、だけど!


 「うわああ!」


 ガキィン!


 オラは一か八か雄叫おたけびを上げて、剣をフルスイングした。

 狙いはリクル君の剣、リクル君は剣を弾かれると、顔色を変えた。


 「馬鹿力め!」

 「今だっ!」


 オラはもう一度剣を振り下ろす。

 だけどリクル君はオラの予想を上回った。


 ブォン!


 剣圧がリクル君の髪を巻き上げた……ただ、それだけだっただ。

 リクル君はなんとオラの打つ手を読んで半歩後ろに引いたのだ。


 「残念だったな! アルトォ!」


 やられる!? オラは盛大な隙を晒してしまう。

 リクル君は絶好の機会を逃さず剣を構えた。


 「はぁぁぁ……諦めるんじゃないわよアルトーッ!」


 んだけど、腹から力一杯激励(?)するローズさんの声にオラは顔色を変えた。

 オラ諦めたくねえ! リクル君が強えのは分かっていただ。

 そんなリクル君より更に強いニコル君、そして果てしない高みにはコールン先生がいるだ。

 自分が如何いか矮小わいしょうな存在かなんて分かりきっている。

 増長なんてした覚えはねぇ、ただ諦めるのは嫌だ!


 「リクルが取ったぁ!」


 誰もがリクル君の勝ちを確信していた。

 いや、相変わらずローズさんは違うみてぇだけど。

 どうする? コンマ秒しかない猶予の中でオラは必死に策を練った。


 「これで終わりだっ!」


 リクル君が選んだのは素早い突きだった。

 それは正確にプレートに護られた心臓を狙っていた。

 オラはもうやばれかばれだった。

 だからこんな奇策に頼っちまう!


 「嘘だろ! 田舎小僧がアレを避けやがった!?」

 「ほう、あの少年ここまで粘るのか」


 ニコル君が注目しているだ。

 オラは突きをけるため、身体を真後ろに倒して殆どブリッジ姿勢になっていた。

 突きは回避しただけど、えーとこの後は!?


 「次が来るわよー! とにかくなんとか凌ぎなさい!」


 本当に無茶苦茶言ってくるだ。

 だけどもリクル君がそのまま剣を振り下ろしてきたらアウトなのも事実。

 唯一幸いだったのは、リクル君も突きのスピードを優先して技後の隙消しが出来てねえ。

 だどもここからは先に動いた方が間違いなく展開を支配するだ!


 「避けたのは褒めてやる! だがその姿勢でこれは避けられるか!」


 不味まずい! 先に動いたのはリクル君だ!

 だけど剣の握りが甘い? やばれかばれだ!

 これならなんとかなるかも!


 「オラまだ負けてないだ!」


 オラはその場で脚を振り上げた。

 サマーソルトキック、偶然にもブリッジ姿勢からこの技が出た。

 リクル君はまさかの体術に表情を変える。オラの蹴りはリクル君は手を弾き、オラはそのまま一回転して、態勢を立て直した。


 「よし! それでいい、けっぱれアルト!」

 「リクルー! 勢いはまだお前にあるぞ! こんな所で諦めんな!」


 外野の声は最高潮にヒートアップしていた。

 ローズさんの声は相変わらず甲高くよく響くだが、リクル君を応援する声も依然として多い。

 オラは剣を正しく構え直したまま、ただ荒ぶる呼吸を整えた。


 「ハァ、ハァ! やっぱりリクル君はすげえだ」

 「ハァ、ハァ……。皮肉か? 致命傷は全部避けやがって」


 オラは対等の戦いが出来ている事に自然と笑みが零れた。

 正直初めてリクル君と戦った時は、こんなに強くなかったし、印象には残らなかっただ。

 多分、オラの何倍も修練を積んできたんだと思うと、なんだかそれが嬉しかった。


 「チッ、何を笑っていやがる」

 「傷つけたなら謝るだ、ただ……オラ、ワクワクして堪らねぇ」

 「ワクワク、だと?」

 「全力でぶつかって、勝てるか勝てないか分からないギリギリの勝負して、自分の成長を更に実感出来るっって、嬉しくねえだか?」


 リクル君はそれを聞くと、目を丸くした。


 「……確かにな」

 「リクル君はワクワクしないだか?」

 「いや、する。お前との戦いは楽しいぜ……だがな、勝つのは俺だぁ!!」


 リクル君も薄っすら微笑を浮かべる。

 それと同時にリクル君は力強く踏み込んできた。

 オラは剣を盾に受け止める……が。


 「力技!?」

 「うおおおっ!」


 リクル君は突然戦法を変えてきた。

 オラはリクル君は絶対に力勝負はしないと思っていたから。

 必ず隙のない早業の連撃だと思っていたから、オラは判断をあやまった。

 一瞬の読み間違い、その一瞬が実力が拮抗きっこうする場合危険だ。


 「オラも! 負けんのはやっぱり嫌だぁぁぁっ!」


 けんどオラも力技なら負けてねぇ。

 むしろこっちの方が得意なんだ、オラは精一杯の力で剣を振り下ろす!


 ガキィィン!


 力と力のぶつかり合い、オラとリクル君は渾身の力で剣をぶつけ合うと、剣はその場で折れてしまった。


 「――あ」


 リクル君の剣も同様だった。

 模造刀とはいえ、限界だったか?

 ただ、その結果を見てコールン先生はすかさず声を上げた。


 「そこまで! 試合終了よ!」

 「はぁ、はぁ……ち! ここまで、か!」

 「リクル君、試合が終わったら?」

 「ありがとうございました!」

 「オラもありがとうございましたっ!」


 礼に始まり礼に終わる、コールン先生の教えだ。

 オラはリクル君に深々と頭を下げる。

 するとどこからか拍手が始まった。


 「お前らー! やるじゃねえか!」

 「田舎小僧もいい気合い見せやがって!」

 「リクルー! 見直したぞー! お前が一番だー!」


 拍手はオラにもリクル君にも送られていた。

 オラ恥ずかしくて照れちまうだ。

 リクル君はフンと鼻を鳴らす。

 オラと違って堂々してるだなあ。


 「アルト、やっとらしくなってきたじゃない」


 ローズさんは普段以上にニコニコ笑顔だった……それこそ不気味なくらい。

 あからさまに何か企んでいるじゃないか、オラは警戒するも。


 「アッハッハ! 強くなりなさいアルト、もっともっと!」


 そう言うとバンバンと背中を叩いてきただ。

 女の子だから非力だけど、ちょっと痛いだ。

 ローズさん、やっぱり変な人だなぁ。

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