第128話 おっさんは、失敗と成功を見守る

 決闘の日まであと五日……学園の中は一見普段通りにも思えたが、やはり生徒たちに不安は見え隠れしている。

 おっさんは、魔法科の手伝いにをしながら同時に国語科の授業も行い、少々オーバーワーク気味だった。

 だがおっさんは、おっさんなりに歳を取っているものだ。身体を誤魔化ごまかすのは得意な方だ。

 目下重要なのはおっさん自身じゃない、そう割り切って裏方に徹するものである。


 さて、担任室では先生達が次の授業の準備やら資料のまとめやらを続けている。

 おっさんはどこか慌ただしい中、レイナ先生に例の提案をした。


 「魔法の専門化〜?」


 結論だが、レイナ先生はしぶい顔だった。

 生粋きっすいの魔法使いであるレイナ先生だからこそ、理解はしてもらえると思うが。


 「まぁ理屈は分からないでもないけどさぁ? 一点突破型って、この国じゃ受けないわよ?」

 「理解している……だが、今からじゃ決闘には間に合わない。やってみる価値はあると思う」

 「ううむグラル程の男が言うなら……けど就職には不利になるわ、生徒も受け入れてくれるかどうか」


 一番の問題はそこだよな。

 結局決闘の結果がどうあれ卒業後を考えると、魔法の専門化は不利だ。

 魔族や精霊ほど有り余った魔力を持っているならいざ知らず、この国では万能型……言い換えれば器用貧乏な魔法使いの方がとうとばれる。

 王国魔導師団を目指すなら特に重要な要素で、一点特化型はどうしても不利だ。

 それを強要するのは教師としては無能の証明だろうな……。

 やっぱり俺は魔法使い失格だ、生徒を導けやしない。


 「駄目なら忘れてください、他の方法考えてみます」

 「駄目って訳じゃないわ。けれど生徒とちゃんと相談しないと」


 レイナ先生も否定している訳ではない。

 ただ彼女もどうしたものか頭を抱えている。

 決闘に負けるのは不味いと思っていても、生徒のことが最優先なのだから。


 「はぁ……やっぱり闇討やみうちが一番手っ取り早いかぁ」

 (我が家の義妹と同じ事言っている)


 決闘に参加する生徒を負傷させて欠場させようなんて、義妹位しか発想しないと思っていたのに。

 おっさんは思わずレイナ先生を侮蔑ぶべつの目で見つめると、レイナ先生は慌てて言い繕った。


 「じょ、冗談よ? 流石に私も不戦勝なら楽で良いのになんて思ってないから!」

 「本当にー?」

 「ほ、本当よ! 本当! ただ怪我してくれたり、なんか精神的動揺でも得てくれたらラッキーだなーって……」

 「…………」

 「あっ、そろそろ次の授業急がないと!」


 レイナ先生は教材を両手に持つと、スタコラサッサと担任室を出ていった。

 逃げたな……流石にあの性格のお人でも、体裁ていさいは気にするということか。


 「手段か……ふん」


 俺は鼻で笑った。

 戦争を経験して、悲惨な目にあった奴を何人も見てきて、手段を選ばない奴らは大量にいた。

 だがおっさんは悲惨な経験を得て、それでも得た結論は『手段は選べ』だった。

 人道に反した奴が、他人から信用を得ることはない。

 採れる手はてのひらに配られたカードそのものだ。

 後は……どう勝つか、なんだよな。




          §




 魔法科の手伝いは今日も続く。

 ちっとも慣れない魔法科の授業でおっさんはレイナ先生の助手を熟していく。

 今日は水薬ポーションの精製実験の授業だった。


 「いい? ポーションって言っても、溶かす内容物次第で様々な物が出来るわ、皆出来たら先生に提出してね?」


 生徒達には一人ずつポーションを精製する為の器材が手渡されている。

 生徒たちは教科書片手に四苦八苦しくはくしながらポーション精製に勤しんでいる。


 「こんな授業もやるんですね」

 「前の学校ではしてなかったの?」

 「バーレーヌではやってなかったですね……ポーションって結構作るの難しいでしょ?」

 「錬金術師アルケミストの入門ってところだけど、魔法使いなら覚えていて損はしないでしょ」


 確かに自己流だが治癒術士ヒーラーのお袋は治癒の水薬ヒールポーションを製造していた。

 結構需要が高くて、診療代より儲けているって笑って言ってたな。

 おっさんも簡単なレシピなら頭に叩き込んでいるが……ポーション作りは厄介だ。


 「先生出来ましたっ!」

 「私も!」

 「僕のポーション検品お願いします!」

 「はいはい、一人ずつね?」


 早い生徒は続々と直ぐに完成させて持ってきた。

 色とりどりの試験管に入った水薬たちは、教壇きょうだんに置いてあった魔道具に置かれる。

 最初は無色透明なポーションか、見た目では判別出来ないな。

 だからこそ魔道具は、この効用不明のポーションを判定する。

 魔道具は紫色の魔法陣を描き、ポーションの内容をレイナ先生に教えた。


 「うーん惜しい! 効果なし! 原因は分量の計り間違えね!」

 「えー! マジでー?」


 これがポーション作りではかく厄介なのだ。

 ポーションに限らず処方箋しょほうせんはほんの僅かでもレシピが違えば、全く違う物になる。

 酷いときは毒にさえなるのだ。だからこそポーション作りを教えられる先生は限られる。


 「ちゃんと量りは使った? ちょっとでも分量間違えると意味ないのよ?」

 「はい、次はちゃんとやりまーす」

 「よし、次は……うん、これはちゃんとした治癒の水薬ヒールポーションね」


 次に検品したのは緑色をした水薬。

 冒険者御用達の見慣れたポーションだな。


 「えへへ、これ得意だから」

 「上出来上出来、次はこれね? おっ、この結果は解毒の水薬アンチドーテポーション!」


 ほう、学生でありながら解毒薬を完成させたのか。

 ポーションでも製造にランクがある、解毒の水薬は言ってみればランク2だ。

 これだけでも学生でなら凄いぞ。


 「よーしよし、皆ー! 急がなくてもいいからねー! ゆっくり落ち着いてー!」


 慣れた生徒がいれば、不慣れな生徒も当然いる。

 ちゃんとした効能があるポーションを作成出来る生徒は半分程度だろう。

 専門家になるなら、それこそ長い経験と失敗が必要だろうな。


 「うーん、これで合ってるんか?」

 「ううう、不安だよ」


 上段の座席で苦戦している二人の少女、ルルルとテンの二人は席を並べて一緒にポーションを作っていた。

 だが苦戦もしよう、二人とも下手すればこれが初めてのポーション作りだろう。

 彼女たちより慣れているだろう生徒でも苦戦しているのだから、この授業はそういうものだ。

 失敗から学べば良い、個人的にはそう思っている。


 「ヨシ! これでどないや!?」


 ルルルが席を立ち上がった。

 額には汗を流し、完成したポーション瓶を握り込むと、パタパタと足音を立てて教壇へとやってきた。


 「はい、それじゃ検査するわねー?」

 「お、お願いします!」


 レイナ先生は他の生徒と同じようにルルルのポーションを受け取ると、魔導具の上に置いた。

 魔道具の判定は……ゴクリとルルルは思わず喉を鳴らした。


 「うーん……効果が薄い、低級の治癒の水薬ヒールポーションね」

 「がっくし! やっぱ駄目かー!」

 「駄目なものか、初めから出来る奴なんていない。失敗は成功の母だ」

 「えっ? おっさん?」


 思わず口出ししてしまった。

 補助に徹しようと心掛けていたのに、少し感情的になってしまったか。

 おっさん少し気恥ずかしくなり、頭を掻いた。

 隣でレイナ先生はすっごいニコニコ笑顔だったが。


 「いくらでも失敗しろ、取り返しのつく失敗なら先生たちもフォローが出来る。成功の経験よりも失敗の経験の方が記憶には残りやすい」

 「失敗しろ……かぁ。ええ事言うやん」

 「ただし、必ずし失敗の理由は分析ぶんせきしろよ? 学ぶことに意味はあるんだからな?」


 そう忠告するとルルルは「うん!」と笑顔で大きく頷いた。

 今回失敗の原因は薬草の下処理の甘さが原因だ。

 この辺りは慣れが重要だろう、経験が圧倒的に不足している。


 「あ、あのー! 次お願いしますっ」


 続いて持ってきたのはテンだった。

 テンも同様苦戦していたが……どうだろうな?


 「よーし、検査結果はー? あら、良判定? ちゃんとした治癒の水薬ヒールポーションよ! 良くできました!」

 「て……なんでやねん!? なんでテンは成功で、ウチは失敗やねん」

 「た、たまたまだよぉ、えへへ」


 偶然か必然かは知らないが、テンも満更ではない顔だった。

 他人の成功を羨む、それもまた人間の性か。

 間が悪かったと言えば、それまでだが。


 「テンちゃんは器用ねー、最初は失敗ばっかりだったのに」

 「えへへ、ボク鈍くさいから、相変わらずだけど」

 「謙遜けんそんするな、才能だ」


 テンには才能がある、それは明白だろう。

 テンを羨むルルルには奇しくも才能が無い。

 それでも才能よりも重要なのは努力だとおっさんは思っている。

 おっさんも才能があったとは到底思っていない。

 むしろ努力でここまできたと思っている。

 切磋琢磨すればきっとルルルにも道がひらけるだろう。


 「全員提出したー? 終わったら各自レポート書いてねー! なにが失敗か、成功か、ちゃんと分析するのよ!」


 殆どの生徒はポーションの提出が終わったようだ。

 座学は少なめ、少し退屈とも言える。


 「ねぇグラル先生、ちょっと相談なんだけど」

 「え? レイナ先生?」

 「先生の提案、テンちゃんならいけるかも」


 テン……おっさんは視界を一喜一憂しているテンとルルルに向けた。

 レイナ先生はテンに魔法の専門化を施すつもりなのか……。

 おっさんには正直なにが正解かなんて分からない。

 なによりテンの今後を左右する事態をおっさん自身が受容出来るだろうか。

 するしかあるまいな、後は承諾だが。


 「レイナ先生に任せます」

 「なーに傍観者ぶっているんですか、当然言い出しっぺのグラル先生も同伴してもらいますから!」


 それは面倒なことだ、おっさんは頭を掻く。

 ともかく時間と共にタイミリミットは確実に近づいている。

 果たして間に合うのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る