第127話 おっさんは、話を聞く

 コールンさんが帰ってくるのは遅かった。

 部活動にも精が出ているのか、帰ってきた彼女も流石に疲れた様子だった。

 夕ご飯は既に用意されていたが、サファイアは「ご飯の前に、汗を流されますか?」と聞くと、コールンさんは汗を洗い流す方を選んだ。


 夕食は少し遅い始まりだった。

 コールンさんは早速秘蔵の酒を取り出すと、晩飯の後にチビチビと飲み始める。


 「コールンさん、決闘の代表は決まりました?」

 「うーん、難しいですねー。こういうのは自分が戦う方が、すごく気楽なんだって思い知りました」


 教師というのは厄介な仕事だ。

 自分の能力がどれだけ生徒に教えられるか分からず、子供たちの貴重な時間を使って、その価値を見いだせるかは分からない。

 コールンさんは特におっさんと比べて、教師になって短い。

 かなり達観したような性格だから気にならないが、弱音を吐いたって不思議じゃないんだけどな。


 「コールンさん、弱音って吐きませんよね……教師が辛いとは思わないんですか?」

 「辛いとは思っていますよ、私の教育が本当に正しいかなんて、私には分かりません。けど教師を選んだのは私自身ですし、教師としての研修もちゃんと受けたんですから、弱音は吐けませんよ」


 やっぱりコールンさんは立派だ。

 おっさんと違ってコールンさんは若いし、選べる人生の選択肢は沢山あったはずだ。

 それでも教師を選んだ。きっと稼げるだけなら冒険者や傭兵ようへいの方が稼げたろうに。


 「コールンさんってどうして教師になったんですか?」

 「私の実家、剣術道場だったのは覚えてますか?」

 「海で聞いたな……もう潰れたとも」


 「海っ!?」と義妹が遠くからギロリと睨んできたが、おっさんは無視して海の出来事を思い出す。

 あの時は皆特別感に浮かれていたから、おっさんも色々ピンチだったな。


 「確か廃業してから傭兵になったんでしたね」

 「内乱の続く東の旧ウォードル帝国では、仕事はいくらでもありましたからね」


 ピサンリ王国の良きライバルであり、友であった帝国が崩壊した後、領土を巡った内戦は長く続いた。

 現代は殆ど鎮静化したが、コールンさんは十代で戦場を駆け抜けたんだな。

 本人曰く生き残ったのも運だというが、それも運命だろう。


 「傭兵のままじゃ駄目だったんですか?」

 「傭兵時代の師匠に言われたんですよ、もっと見識けんしきを広めろって」

 「師匠ですか、辺境の剣聖に師匠がいたのは初耳ですね」

 「鬼人オーガ族で、とても大柄な師匠でした。なんでもキッカ国から、戦場を求めてやってきたとか」


 キッカ国、ピサンリ西方にある神秘の国か。

 かつて何度もピサンリ王国へと進軍し、かつてはおっさんの地元バーレーヌにまで迫る程強力な軍を抱えるキッカ国は、ピサンリの宿敵や、天敵とも言われる。

 これだけ聞くと仲が悪いかのように聞こえるが、現代では国交も無いが、向こうから干渉かんしょうも全くない。

 二十年前の人魔戦争では人間陣営に着いた為、味方であったが現実は共闘することもなく、キッカ国は独自の戦略を持って戦っていた。

 キッカ国を支配するのが、鬼人オーガと呼ばれる種族だ。

 身長がとても高く、つのが生えているのが特徴で、個人では全種族で最強とも言われる膂力りょりょくを持つ。

 一方で無類の戦争好きで、種族全体が戦闘民族と言われる危険な種族だ。

 しかしその実態は神秘のベールに包まれている。原因はキッカ国が鎖国体制を敷いているからだ。

 過去百年キッカ国が鎖国体制を解除したことはない。それが意味するのは果たして何なのか。

 もはやピサンリに残っているのは言い伝えだけ、オーガを見るのは相当のレアだ。


 「豪快な師匠でしてね? 武器が丸太なんですよ? 毎日鍛錬を欠かせずチェストーッ! って凄くうるさくて」

 「そもそもチェストってなんなんですか?」

 「ジゲンリューの掛け声? とかなんとか。師匠はサッツマジゲンリューの使い手って言ってましたね」


 聞いているだけではさっぱり分からんな。

 流石神秘の国キッカ国、オーガはマジでわからん。


 「でも師匠は伝承で出てくるような野蛮で凶暴なオーガではありませんでしたね。戦争は大好きでしたけど」

 「その部分は正しいのか……」

 「豪快でしたが、同時に理知的りちてきで、私が剣鬼けんきになるのは勿体ないって言ってくれました」

 「剣鬼ねぇ……今からだとちょっと想像できません」


 コールンさんはクスリと笑う。

 この優しい顔を見ていたら、剣の達人だってのも忘れそうだ。


 「師匠いわく、私鬼人の女よりも怖いって言われたので、ちょっとショックでした」

 「鬼人オーガ族もかかあ天下なのかなぁ?」


 鬼人の女性は殆ど話も聞かないが、噂では小人のように小柄だとも言う。

 一見すると男性と違いすぎる容姿を利用して、ピサンリ王国に内偵が放たれているなんて、陰謀論もあったな。

 なんとなくコールンさんの師匠が言う鬼人の女より怖いは意味が違う気もする。


 「それで……ピサンリ王国に帰ってきたんですか」

 「はい、それでトーマス理事長に勧誘されまして、私教えるって初めてでしたけど、もしも剣術道場を続けていたなら、きっと私も門下生に教えていただろうなーって」


 そう言うと、彼女は笑顔になった。

 教師は天職ではないかもしれないが、彼女は教育者になるべくしてなったのかも知れないな。

 教えるということに憧れたんだろう。

 トーマス理事長は人の才を見抜く力が群を抜いているからな、とんでもない拾い物をしたものだ。


 「でもやっぱり教師って大変ですねー、ストレスすっごい貯まりますし……はぁ」


 ため息をつく程か、コールンさんは酒を一気にあおった。

 無類の酒好きだが、酒をストレスのはけ口にしているのだろうか。

 酔っぱらっている時のコールンさんは、面倒くさいけど、楽しそうだからな。


 「ふふ、でもグラルさんがいなければ直ぐに教師辞めてたかもしれませんねー」

 「えっ? どうしてそこでおっさんが?」

 「うぇひひ♪ だっていっつもグラルさん、私を支えてくれたんですもんー」


 酔っ払ってきたな。

 コールンさんは顔を赤くすると、呂律ろれつがおかしくなってきた。

 これ以上は会話になりそうにないな。

 おっさんは最後の質問をした。


 「おっさんが、コールンさんの支えを? どういうことですか?」

 「辛い時もー、泣きたい時もー、面倒くさい女だと思われてもー、私を嫌いにならなか……ぷひゅ」


 ぐったりとテーブルに突っ伏すと、寝息を立て始めたな。

 サファイアはそれを見越していたか、無言で毛布を掛けた。


 「悩める時も健やかな時もですか、羨ましい限りです」

 「それ結婚の謳い文句じゃね? コールンさんのはちょっと違うと思うけど」


 「結婚!?」とやっぱりガーネットが遠くから睨みつけてくる。

 すっごい怖い顔だからおっさん義妹をスルーした。


 「サファイアの場合、仕事は楽しいか?」

 「はいとても。ショゴスにとっては正に天職かと」


 奉仕種族ショゴス、魔族よりも魔物の方が近いという種族は生まれながら奉仕が定めという。

 使い魔のようなことをする種族だが、ショゴスも中々神秘的かも知れない。


 「サファイアは魔法得意だよな?」

 「魔族の中では下位かと思いますが」


 相変わらず謙遜するが、おっさんはそうは思わんな。

 魔王級とは言わないが、サファイアは結構凄い魔法使いだと思うが。


 「それに私は魔法を氷属性に集中させることで強化していますし、主様のような魔法使いとは異なります」


 専門職化、というのは人族ではあまり一般的ではない。

 魔族や精霊ではむしろ専門職になるのが主流だ。

 現代でも人族の魔法の教え方は広く浅くだが、魔族は適正に合わせて得意以外は切り捨てる。

 だから一つの魔法に限れば、デタラメな威力を出したりするのが魔族流か。

 サファイアは確かに氷属性の魔法に特化している。

 ルビーは逆に炎属性に特化していたな。

 特化のメリットは専門の魔法に関しては他の追随を許さないレベルになるが、逆にデメリットもある。

 人族のように魔力でおとる場合、特化型がメタを張ったような魔族と当たったら、目も当てられないような惨劇になるだろう。

 だが広く浅くとはいえ、色んな魔法を習得していれば、咄嗟とっさに機転が効くかも知れない。

 この考え方の違いは一概どっちが正しいかってのはない。

 初めから魔族に魔力で劣る人族にとっては、生き残る確率が高いのが、ただ今の主流なだけだ。


 「しかし専門化か……」


 おっさん、その内容を吟味ぎんみすると、考察に入る。

 特化型は上位互換に当たると手も足も出ず一方的で無残だ。

 だから特化型は通常の授業では教えない。

 だが明確に劣っている現状で、王国魔法学校の生徒に勝つには、一点特化しか、ありえないか?

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