第126話 おっさんは、やっぱり頭を抱える

 おっさんは改めてもうとしである。

 なんだいきなりと思うかも知れないが、おっさんは元々体力が無いのだ。

 ローズと一緒に決闘に勝てそうな資質を持つ生徒を探したんだが、肝心のローズがあっちへフラフラ、こっちにフラフラするもんだから、おっさんのびついた肉体ではとてもついていけない。

 実際直ぐに体力はバテるわ、足ガクガクでローズをあっという間に見失うのだった。


 結局その日は散々であった。

 おっさんは魔法科の特別講師に加え、普段の国語科もあるから探すにも時間が足りない。

 放課後はあっという間にやってくると、その日の仕事は終わりだった。


 「………はぁ、疲れた」

 「お疲れ様です、グラル君」


 えっ? おっさんはここにはいない筈の人物が目の前に現れると一瞬固まってしまった。

 トーマス・カランコエ、おっさんの人生の恩師がそこにいたのだ。


 「トーマス理事長、どうしてブリンセルに?」

 「野暮用です。それとあなたとコールン君の様子も見に、ね?」


 トーマス理事長はかつてと変わりないようだ。

 相変わらず好々爺とした表情で、老いをあまり感じさせない。


 「うんうん、グラル君も元気なようで安心しました」

 「元気ですか……まぁ健康に違いはないですが」


 自分が元気かと言われると、おっさんはイマイチそうは思えなかった。

 年齢の関係もあるかも知れないが、どうしても気力が湧かないと、元気とは言えないだろう。

 そうやって苦笑すると、トーマス理事長はニコりと微笑んだ。


 「グラル君まだ三十代ですよね? ほらほらもっと元気に頑張らないと」

 「ちょ、トーマス理事長なら承知かと思いますけど、三十代って色々体にガタがき始めるんですよ! 俺はもうおっさんなんですから」

 「……君は頑張らない男かな……今も、これからも」


 頑張らない男、おっさんは頑張らない男だ。

 これは努力とか勤勉を否定している訳ではない。

 ただもう情熱を注げる若さが俺にはないんだ。

 トーマス理事長は俺と十年以上の付き合いがある、だから重々承知している筈だ。


 「私はね、グラル君が本当は優秀だと知っています。本当はもっと輝ける、と」


 おっさんはうつむくとなにも言えなかった。

 買いかぶり過ぎだ……おっさんは程度の知れた男だ。


 「グラル君、君は決闘をどう見ます?」

 「……やっぱり理事長の耳に入ってない訳ありませんよね」

 「当然ですよ、愛弟子の危機でもある訳ですから」

 「アナベル校長のことですか……正直おっさんには決闘の是非は分かりません。ただアナベル校長が選んだ道なら、俺は支えてやりたいって思ってます」


 これがおっさんの正直な答えだ。それを聞くとトーマス理事長は頷いた。

 口にしてみれば思った以上に臭いな、青臭い台詞セリフだ。

 完璧にガラじゃない、歯の浮くような台詞におっさんは、恥ずかしくて顔を手で覆った。


 「ふふふ、ありがとうございます。満足のゆく言葉を聞けました」

 「はい? トーマス理事長?」

 「私はこれからコールンさんにも挨拶に参りますので、それではごきげんよう」


 理事長はそう言うと足早に去っていった。

 つーか六十代の動きじゃないだろう。あの人健康過ぎるんだよなぁ。

 トーマス理事長のことは知っているようで、おっさんでもわからんことも多い。

 教育者の鑑だとは思っているが、イマイチ腹積もりが知れない。


 「まぁいいか……おっさんはおっさんでやれ、だ」


 もうおっさんはかつてのように理事長におんぶに抱っこの新人じゃない。

 教育者としちゃおっさんも歴は積み重ねてきた。

 今更頑張るのは無理だ。だから頑張らない方法でこの学園を支えていくか。




          §




 シェアハウスに帰ると、いつものように銀髪メイド姉妹が出迎えてくれた。

 おっさんは疲れた体でリビングに向かうとガーネットが待っていた。


 「兄さんお帰りー、ねえ街中で噂になってるけど、決闘って本当なの?」

 「あー、ガーネットにまで知れ渡る程なのか。あぁうん本当だ」


 学園祭で堂々と決闘を宣言したのだ。

 耳年増みみとしまのガーネットが聞き逃す筈がないとは思っていたが、予想以上に伝播でんぱするのが早いな。

 ガーネットは事実と知ると、小さな顎に手を当て、「そう」と呟いた。


 「兄さん、仕事無くなっちゃったら、アタシと一緒に旅しない?」

 「うおぉい! 負ける前提か! けど旅? 街大好きエルフの義妹がなんで?」

 「うーんとね、兄さんも色々溜まってそうだし、二人で冒険でもしてみたら、兄さんの気分も変わるんじゃないかなーって」


 義妹はおっさんのことを考えると目をらす癖がある。

 義妹は意外とはずかしがり屋だから、正面から見られるのが苦手だ。

 全く……義妹の癖におっさんのことばかり、少しは自分勝手になればいいものを。


 「やっぱりガーネット様はお猫様です」

 「ちょ、いきなり何よサファイア! 人をいつも猫扱いしてさ! じゃあアンタは犬? 犬ね!」

 「お犬様? ワンワン?」

 「おーサファイアは可愛いなぁ、よしよし!」


 犬真似をするサファイアが可愛かったので、頭を撫でてあげよう。


 「むふー、お犬様、悪くありません」

 「キィー! ホントムカつくーッ!」


 極度のマイペースご奉仕娘と張り合おうとする義妹の完敗だった。

 というか下手に言い負かそうとするとサファイアは天然かつマイペースという鉄壁のメンタリティを誇るからな。

 流石に義妹も相手が悪かったか。


 「サファイア、ルビーの手伝いをしてきなさい」

 「かしこまりました主様」


 おっさんはサファイアをルビーの下に向かわせると、彼女は丁寧に頭を下げてルビーを手伝いに行った。

 これでガーネットと二人きりだ。おっさんはガーネットの前に座った。


 「ガーネット、おっさんを心配しているのか?」

 「だって……兄さんいつも心配かけるんだもん……ゆ、優秀な私がいなきゃ、兄さんなんてとっくに私生活壊滅かいめつしてたでしょ! だから、その……兄さんには私がいない、と――」

 「俺もガーネットがいないと駄目だな」


 ガーネットは顔を真っ赤にした。

 サファイアには絶対に見せられない純情な顔は、サファイアなら茹でダコ様とでもたとえようか。

 おっさんはそんな可愛いガーネットの頭を撫でると、彼女は照れくさそうに手で払った。


 「もうやめてよ、子供じゃないんだから」

 「おっさんからしたらガーネットも子供だがな」


 ガーネットは子供扱いされるのは嫌う。

 もう自分は立派なレディだと、自分を鼓舞こぶするせた子供だ。

 そう、やっぱりおっさんからすれば子供なんだよなぁ。


 「そうだな……決闘に勝つか負けるかは分からんが、それはそれとしていつか二人で旅をするのも、悪くないかもな」

 「兄さん…それって」


 ガーネットは美しい翠眼を丸くする。言葉を冷静に吟味ぎんみした彼女は、一転して満面の笑みを浮かべた。


 「うん! それじゃあ約束よ、兄さん!」

 「ま、仕事あるから、長い旅は無理だが」

 「えへへ〜、兄さんと旅……うふふ♪」

 「それよりも決闘なんだよな……先ずどうやって勝つか」


 義妹は既に旅を妄想もうそうしてトリップしている様子だが、おっさんは現実を見た。

 圧倒的に人材で負けてるカランコエ学園、一体どうすれば勝てるのか。


 「それなら簡単でしょ」

 「あん? 何を言ってるんだ?」

 「王国学校の有力な生徒片っ端から狙撃すりゃ、誰も決闘に出ないでしょ? あっ、なんなら腕の一本、足の一本くらい取っちゃってもいっか」

 「いっかじゃねぇー! それはもう脅迫! というかテロだよ! ガーネットは悪魔か!」

 「兄さん! プロはね、妥協なんてしないの!」


 ズドン! 兄さんのツッコミに義妹はテーブルを叩いて言い返す。

 義妹の目が据わってやがる……こいつ本気だ!


 「いい、兄さん? 勝つためならなんでもする。それがプロよ?」

 「お前は決闘をなんだと思っている……」

 「ていうかさ、そもそも発端って王国が買収仕掛けてきたのが発端でしょ? なら分からせてやらないと」


 一々いちいち義妹の発言はどこか物騒ぶっそうだ。

 利口りこうではあるんだが、如何いかんせん冒険者という無頼漢ぶらいかんの出となると、思考が野蛮やばんだ。

 負けん気が誰よりも強いのも原因だろう。そこが可愛い部分でもあるが。

 制止しなかったら、言われるまでもなく王国の生徒を……いや、下手したら政治家を狙撃しかねん。


 「いいかガーネット、決闘には関わるな」

 「でも……負けちゃうんでしょ?」

 「ローカルルールを忘れるな」

 「たとえ親家族でも仕事には口出しするな?」


 おっさんはうむりと頷く。

 義妹の仕事には口出ししない、その代わり義妹もおっさんの仕事には口出ししてはならない。

 親父の家系の家訓だが、実際口出ししても専門家でもないのだから、役には立たん。

 結局は黙って見守っているのが一番なのだ。


 「今更だけど兄さん、私義理の娘だから我が家のローカルルールって、無視しても良くない?」

 「良くないよっ! ガーネットはいつも自分のことは棚に上げて、物事を都合よく解釈かいしゃくするよな!?」


 ガーネットはキョトンと目を丸くする。自覚はしていないらしい。

 ナチュラルにガーネットはわがままなのだ。自分が有利になるなら、大抵の手は打つ。

 それが生きるか死ぬかを賭けている冒険者なら分かるが、私生活にまで持ち込んだら周囲を勘違いさせるぞ。

 いや……そもそも義妹の評価ってあんまり良いの聞かない気が……?

 なんだかガーネットの仕事振りが気になってきたぞ、いかんいかんローカルルール。


 「……まぁさ、私は兄さんの為ならなんでも出来るし、兄さんを不幸にする奴は誰であれ許せないの」

 「おっさんの今までの話聞いてた? カッとしてった、は許されないからな?」

 「いやねえ〜、舐めた奴が悪いのよ! 伊達だて酔狂すいきょうで、武器を持ってるんじゃないんだから」


 駄目だこりゃ、おっさんは思わず目眩めまいがすると、頭を抱えた。

 義妹の思考が、ヤンキーと変わらないってのが頭が痛い。

 やっぱりちゃんと勉強教えるべきだったか? おっさんが悪いのか?


 「ガーネット様、主様を困らせてはいけませんよ?」

 「あら、サファイア、それってどういう意味?」


 サファイアは相変わらず鉄面皮で、スタスタとキッチンに向かうと、手早く夕食の用意をした。

 彼女は仕事しながら、時折視線をこちらに向け、抑揚よくようのないいつもの喋り方で注意した。


 「言葉通りです。ガーネット様の行動が必ずしも主様の為にはなりませんよ」

 「むぅ……サファイアに言われる程私って酷いの?」

 「……ノーコメントで」

 「主様はガーネット様に甘いです、砂糖よりも甘々です」


 うん自覚はしているさ。だって義妹に嫌われたくねぇもん!

 結局、嫌な部分で俺と義妹は似ている気がする。

 主にダメ人間という部分で!

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