第125話 おっさん、決闘参加者を探す

 魔法科の講義はなるべく普段どおりに行ってもらった。

 魔法科を受講する生徒達は、あまり様子も変わっていないように思える。

 個人的な推測だが、恐らくは諦念ていねんだろうか……決闘に向けての熱が無いのだ。

 おっさんは、レイナ先生の補助を行いながら、生徒達を入念に観察した。

 少しでも決闘に勝てそうな生徒を……と言っても、これが本当に状況は絶望的だ。


 そもそも教育の質や量でさえ、王立魔法学校とは比べるべくもなく、カランコエ学園にはそういう優秀な人材は中々集まらない。

 魔力っていうのも、人間ならあらゆる種族が持つ潜在的能力だが、魔力というものには謎が多い。

 貴族の方が魔力が高い、なんて学説もあり、血統が重要なんじゃないかと言われるが、あれはあれで矛盾もある。

 結局は天賦てんぶの才能と努力の証こそが、魔力に現れるからな。


 おっさんは改めて教室に集まる生徒たちを見渡した。

 決闘に対して盛り上がっているだろう剣術科と比べると、こっちはまるでお通夜ムードだから困る。

 レイナ先生もなるべく表情には出さないように努めているが、内心はストレスが溜まっていることだろう。

 ふと、赤いツインテール髪の少女と目が合った。

 ルルルはニカッと笑うと、教科書に集中したのだった。


 (ああいう例外もいるにはいるが)




 ――んで、授業が終わると、早速レイナ先生が泣きついてきた。


 「うわーんグラル、アタシもうだーっ! 休みたいから仕事変わって!」

 「絶対に嫌です。あと有給休暇は総務に相談しなさい」

 「もう駄目だぁ〜、おしまいだぁ。全く勝てるビジョンが見えないよぉ」

 「予想以上に生徒たちのやる気がないのも問題ですね」


 生徒たちの大半にとって決闘など対岸の火事なのだ。

 当事者にはならないとたかを括っているのだから、生徒たちに熱意がある訳がない。

 レイナ先生の授業自体はおおむね問題はなかった。

 なかった……のだが、それは悪く言えば凡庸ぼんよう、要するに退屈な授業ではある。


 「レイナ先生って魔法は誰から学びました?」

 「両親と、あとは家庭教師がいたわね」


 ハナビシ家は王国魔法使いの中でも名家に分類される。

 流石貴族ともなれば家庭教師付きか。


 「なにが悪いのかしら……アタシなりに精一杯やっているのに」

 「難しい問題ですね。授業の段取りを変えてみるとか、実技を増やすとか」

 「魔法って言ってもさ? ほとんどの時間は精神修行じゃん? 子供達じゃ耐えられないよ」


 うむり。そうなのである。

 魔法というのは極めれば大半の時間を精神修行に費やすことになる。

 魔法とは思考の延長線上にある奇跡の力だ。

 才能が足りないなら、その分だけ精神修行は必要になるものだ。


 「子供に精神修行は酷ですからね……」

 「無理な魔力増幅は成長期には危険だし……」


 子供に少しでも強い魔力をもたせようと、魔力増幅法は用いられる。

 しかしその被験者ひけんしゃを見れば、デメリットの大きさはあまりあるな。


 「一朝一夕いっちょういっせきで魔力は増えない、魔法も覚えない。中々詰んでますな」

 「大体人族の魔力なんて高が知れてるでしょ、逆立ちしたって魔族には勝てないんだしさ」


 一般的に人族よりエルフ族の方が魔力は高いとわれている。

 そしてエルフよりも高いのが、魔族だ。

 なにせを使う族と書いて魔族だからな。魔族は普遍的な魔法の達人だ。

 それを更に凌駕りょうがするのは精霊だろう。

 概念存在である精霊は存在自体が魔法みたいなものだからな。

 ただそんな希少な種族の話をしても仕方ない。

 魔族とか精霊なんて生徒いる訳が―――あ。


 「いたわ。生徒に精霊いたわ」


 あまりにも普段の姿が普通(?)の少女だからすっかり失念していた。

 ただまぁあのハジケリストが応じてくれるか……。




          §



 「アンタ馬鹿ぁ?」


 休憩時間、おっさんはハジケリストブルーローズに会っていた。

 しかしこのハジケリストは、目つきを悪くするとおっさんを胡乱げに見てきた。


 「私は剣の精霊だけど、魔法ってのは呼吸なのよ、火の精サラマンダーが炎の呼吸をするように、水の精ウンディーネが水の呼吸をするように……ね?」

 「つまり……魔法を魔法として認識していない、ということか?」

 「人間はそれを魔法って言うのかも知れないけど、精霊にとっては違うわ。精霊にとってそれは歩くより簡単だもの」


 そう言うとローズは中空に無数の剣を生成した。

 唖然あぜんとする程鮮やかに、特異ユニークな魔法だが、ローズにとってそれは魔法ではないらしい。

 そもそも少女の姿でさえ、魔力で変化しているだけと言い、あらゆる意味で人間とは隔絶した存在である。


 「そもそもさ? 決闘は人の子がすべきであって、精霊が関わるのは筋が違うんじゃない?」

 「ごもっともなんだがな……」

 「そう、例えるならば羊の品評会に狼を出す所業しょぎょうよ」


 なんとも言い得て妙な発言に、おっさんもぐうの音が出ない。

 学生とはいえ、ローズは人の世を見守る傍観者ぼうかんしゃでありたいのだろう。

 達観たっかんしているというか、生き方に関しては案外頑固がんこなんだよな。


 「それよりもさ、魔族でも良くない? ほらアンタのメイドでも出せば楽勝でしょ?」

 「そりゃまぁサファイアなら二つ返事で出てくれるだろうが……」

 「まぁそれも結局は大人気ない選択肢だけど」


 サファイアなら間違いなく負けないだろうが、確かに反則であろうな。

 というかそもそもサファイアは生徒じゃないし、むしろ大人側なのだが。

 うーむ、世界中を見渡しても、精霊が学生として在席しているのはこのブリンセル支部位なのだがな。

 ローズが出ればまず勝てる。それ程精霊の魔力は規格外なのだ。


 「まぁ決闘は強制出来ないからな……ローズがやりたくないってのなら、おっさんも潔く諦めるさ」

 「やーん! 諦めるのが早い! 諦めたら試合終了ですよ!」

 「どっちだよローズ!? お前、決闘出てくれるのか?」

 「出ない! 弱い者いじめはしない主義だから!」

 「じゃあなんで引き止めたっ!?」


 ハジケリストは相変わらず行動の予測がつかない。

 次の瞬間には全く違うことするし、かと思えば急に真面目な会話するから、おっさん疲れる。


 「私は決闘には出ないけど……私の特殊能力ユニークスキルは覚えてる?」

 「確か資質を見抜く、だったか? 応用で心理状況を見れるんだったか」


 このハジケリスト、普段から人の顔色を知れっと見ている臆病者なのだ。

 精霊のさがか、なかば本能的に英雄を探すくせのようなものらしい。


 「私にかかればどんな英雄も大魔導師の資質も一発で見抜けるわ! タマゴだけど!」


 資質と言っても育たなければ眠ったままだ。

 宿業しゅくぎょうとなれば因果いんがが巡るやも知れないが、今求めているのは確かに英雄や大魔導師のタマゴかも知れないな。


 「それでもいい、協力してくれないか?」

 「オーキードーキー! アンドロメダ銀河まで探しに行くわよーっ!」

 「あ、ちょっと待て――」


 ローズは暴走するようにどこかへ走っていく。

 星の空まで行くんじゃなくて、学園内から探すんだよ、とツッコむ暇もなく、おっさんはローズを追いかけた。

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