第124話 田舎少年は、より強い者を知る

 キィン、カァン、キィン!


 剣戟けんげき音がその日も鳴り響く体育館。

 剣術科の授業風景はいつもどおりだった。

 だけど本当は決闘という言葉に皆浮き足立っている。

 オラも、それは同じだった。


 「へいへーい! アルトー! 手が止まっているわよー!」


 ずっと刃をいた鋼の剣を素振りしていると、隣でローズさんが指摘した。

 オラはいけないと、素振りに集中する。


 「はっ! はっ! はっ!」

 「ねえアルトー? あなた決闘に立候補しないの?」

 「っ! お、オラが決闘? 冗談はよしてけろ! オラなんか……!」

 「冗談? このローズ様がそんな落ちこぼれに構うと思うのかーっ! だからアルトは凡骨ぼんこつなのよー!」

 「はいはい、ローズさん、お口チャック! 聞こえてますよー!」


 剣術科の先生、コールン先生は忙しい。

 やべ! と口を噤むとローズさんはブンブン剣を振った。

 オラは隣で黙々と剣を素振りしながら、ローズさんに物申す。


 「オラより強い人なんていっぱいいるだ、わざわざオラが立候補しなくても」


 オラは小さな声で呟くと、ローズさんは肩をぶつけてくる。

 びっくりしてローズさんに振り返ると、彼女は少し怒った顔だった。


 「確かめたの? 確かめもせず決めつけるなんて私は認めないわよ」

 「た、確かめるもなにもそれは確定してるだ!」


 ローズさんが何故オラを気に掛けてくれるのか、オラにはさっぱり分からないだ。

 今も剣を交え模擬戦を繰り返す先輩方の方がよっぽど強いに決まっている。


 「私はね、本当に強いってのは、力でも心でもないって知っているわ」

 「ローズさん? また不思議なことだか?」

 「黙って聞け、心無い力は暴力でしかない。力無い心は無力だわ。あなたは今そのどちらでもないわね」

 「うぐ……おら暴力を振るうのは嫌いだ」

 「それでいいの、アルトの剣は優しさでしょ、でもそれは弱さかしら? 違うわよね。だってそれを認めたら貴方が剣を振る理由はなくなるもの」


 ローズさんはいつもいつも難しい話ばっかりでオラはついていけない。

 けんど、オラが剣を振る理由、か。


 「オラ、村ににしきを飾って、お母とお父、それに村の皆を楽させたいだ」

 「でもそれって方法はいくつだってあると思わない? 商才を磨いて、経済で村をうるわせる方が安全よね?」

 「……でもオラ頭が悪いし」

 「結局そうやって言い訳ばかり、あーあーやだやだ、これだから理想ばっかりのガキってのは」

 「ッ! ローズさんは一体なんなんだ!」


 ふと、つい頭がカチンとして怒鳴ってしまっただ。

 周囲の視線が突き刺さる中、オラは冷静になると顔を真っ赤にした。


 「ケケケ、本音出たわね」


 けんど怒鳴られた張本人は気にしてもいない。

 むしろわざと怒らせただ? なんの意味があるかさっぱりわからない。


 「ハァー、人数多いなぁ」


 ふと、体育館の入口から見慣れない獣人の青年が入ってきた。

 狼の獣人で、随分鍛えられた逞しい肉体をしている。

 一目見ても強い、そうわかる青年は体育館の中をキョロキョロしていると、コールン先生が青年に声をかけた。


 「ニコル君!? どうしてニコル君がブリンセルに?」

 「あっ、コールン先生、お久し振りっす! 理事長の護衛ですよ!」


 知り合い? 親しげに話す二人に周囲はざわついた。

 ニコルって言っていただか、テンとは随分見た目も雰囲気ふんいきも違うだな。


 「理事長も来ているのですか? やはり事態は重大ですね」

 「俺も事情は聞いた! 良かったら俺も協力するぜ!」

 「協力?」

 「部外者じゃないのか?」

 「ああ、皆さん、説明します! 彼はニコル君! カランコエ学園バーレーヌ本校で剣術科主席の子です!」


 剣術科主席! オラは驚く。

 隣にいたローズさんは「ふぅん」と楽しげに舌舐めずりしていた。

 まるで新しい玩具おもちゃを見つけたかのようだ。

 どんだけ強ぇんだろうなぁ……オラはそんなこと思った。


 「ニコル・ゼラニウムだ! 早速だが、誰か俺と模擬戦してみないか!」


 「だ、そうよ? アルトやっちまいな!」

 「え、えええ! 彼凄く強そうだよ」

 「だから良いんじゃない、アンタ負けない戦いしかしないワケ?」

 「ううーん……」

 「ああもう面倒くさい! ほら死ぬわけじゃないんだから行ってきなさい! 君に死にたもう事なかれ!」


 しびれを切らしたローズさんは、無理矢理オラの背中を押した。

 倒れないように気を付け、オラは慌ててバランスを取ると、周囲の視線がオラに集中する。


 「あらアルト君? アルト君には良い経験になるわね」

 「えっ? あのオラまだ……」

 「アルト君か! よろしく頼むぜ!」

 「え? え?」


 オラまだやるとは言ってねぇのに、先生もニコルさんもやる気満々だ。

 コールン先生は体育館中央を対戦の為に退かせると、いよいよ逃げる訳にはいかなくなった。

 不安げにローズさんを振り返るが、彼女は満面の笑顔でグッドポーズをとっていた。


 「負けろ負けろー! 天狗の鼻をへし折れー!」

 (テングってなにがだ? オラなにか悪いことしただか?)


 オラは仕方なく剣を構えると、ニコルさんも構えた。

 ううう……す、すごい威圧感だ。

 ニコル君は獣人特有の毛皮で覆われた肉体は筋肉が盛り上がっており、野生の魔物とはまた違う威圧感があった。

 女性獣人に比べ、男性獣人は毛深くけもの地味ているが、獣人の身体能力はテンでよく知っている。

 獣人は人族に比べて筋力や敏捷性びんしょうせいに優れている。傭兵となる獣人が多いのも証左しょうさだ。

 白兵戦で獣人に勝る者無し、そんな格言が残る程獣人は強くたくましい。


 オラ改めてニコルさんを見た。

 しっかりと鍛えられた肉体は、無駄がまったくない。

 オラも力はある方だけんど、ニコル君には腕力でも敵わねえかもしれんだ。


 「サービスだ、初撃はそっちにやる。思いっきりこい!」


 ニコルさんはそう言うと剣を首の後ろに回した。

 明らかに舐めた態度、けど無理もないだ。

 それ位きっと実力差がある……オラはその程度だ。


 「アルトー! 殺す気でいけー!」


 後ろからなんだか物騒ぶっそうな声援が聞こえるだ。

 オラ殺す気はないけども、ローズさんの言うことも一理ある。


 「アルト・シランだ。胸を借りていくだ!」


 オラは玉砕するだろうけども、ローズさんの意見に乗ることにした。

 勝てないなら、勝てないなりにオラの経験になる筈だ。

 なら、全力でぶつかるだ!


 「らあああっ!」


 オラは両手で剣の柄を握ると、ニコルさんに斬りかかった。

 真っ直ぐ振り下ろす!


 キィン!


 「ツッ!」

 「止められたっ!?」


 オラの一撃はニコルさんの剣技に受け止められた。

 力任せの一撃だったけども、やっぱりスゲェだ。


 「馬鹿力か……! 腕が痺れやがる!」

 「アルト! 手を止めるな! 連続で打ち込め!」


 後ろから、白熱するローズさんの発破はっぱが響き渡った。

 オラはハッとすると、今度は細かく打ち込む。


 キィンキィンキィン!


 「小技はこの程度か!」

 「くぅ! 全部弾かれた!」


 小技は全てニコルさんの絶妙な剣さばきに封じ込まれる。

 やっぱり強いだ! だけどもオラはやるしかねぇ!


 「いかんー! アルトー!」

 「チェスト!」


 ローズさんの声が一瞬速かった。

 横薙ぎの剣技、オラはなんとか反応して剣を盾にした。


 「くうううっ!」


 思った以上に重たい一撃、オラは体が僅かに浮び上がる。


 「受け止めやがった!?」

 (う、腕が痺れるだぁ……!)

 「アルトーッ! 次来るわよー!」


 ニコルの攻撃は矢継ぎ早に放たれた。

 オラは防戦一方になりながら、剣で受け止める。

 反撃の機会が掴めない……! このままでは体力負けだ。


 「一か八か!」

 「いかんー! 冷静になれアルトー!」


 オラは一か八かに賭けて反撃に転じる。

 しかしそれは悪手だった。ニコルさんの攻めに隙はない。


 「シィ!」

 「う、うわ!」


 ニコルさんは素早い突きを繰り出す。

 コールン先生が説く後の先カウンターだ、大振りになっていたオラは隙が突かれた。

 オラは後ろに尻餅を着く、すると直ぐにコールン先生が試合を止めた。


 「そこまで! 剣を収めて!」

 「あ、ありがとうございました……!」


 オラは立ち上がると、ニコルさんに礼を捧げた。

 ニコルさんも剣を収めると、同様に頭を下げる。

 強いだけでなく、作法もしっかりしているだ。


 「ニコル君、さらに強くなりましたね」

 「ヘヘっ、男子三日会わざれば刮目して見よってね! コールン先生にはまだ敵わないけどな」

 「才能はありますよ、ちゃんと立派な騎士になってくださいね?」

 「ニコルさん、騎士を目指しているだか?」

 「おう! 俺の夢さ! 俺は獣人で初の騎士になるのが夢なんだ!」


 オラと同じ夢だ……ニコルさんの顔はとっても爽やかな笑顔だった。

 過去獣人が騎士になった事例はない、前例として獣人が差別されていた歴史の性だ。

 けんどそんな過去は知らねえってな風に、ニコルさんは前を見ていた。

 すごいな……オラの目指すべき道が見えてきた気がした。


 「ニコル君からアルト君はどう感じました?」

 「がむしゃらっすね、馬鹿力にはちょっと驚きました」


 オラは力はあるけんども、技がない。

 ニコルさんは心技体がどれも凄い、多分この学園でニコルさんに敵う生徒はいないんじゃないか。

 それ程完成された剣士だ。


 「オラまだまだだ……けんどオラ強くなりてえ! オラも騎士になって故郷に錦を飾るだ!」


 オラはそう宣言すると、ニコルさんは目を丸くした。


 「ほうお前もか! 良いぞ良いぞ! 夢はでっかくないとな! 男ならよ!」


 オラはニコルさんが羨ましいと思えた。

 夢を語ることになんの後ろめたさもなく、その夢の為ならどんな努力も苦とも思っていない。

 ニコルさんみたいになりてぇだ、こんな風に純粋に強くなりてぇ。


 「さて……次は! 他に俺と模擬戦したい奴はいないのか!」

 「次! お願いします!」


 一人の男子生徒が手を上げて前に出た。

 リクル君だ、リクル君は野心に満ちた目で立候補した。

 オラはその場から離れると、リクル君の横顔を見た。

 リクル君はずっと前だけを見ていた、オラはリクル君に勝ってしまった責任がある。

 その責任の取り方をオラはまだ知らない。

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