第119話 おっさんは、色んな心配をする

 園芸部で活動している筈のシャトラがルルルを探して剣術科の会場にやってきた。

 ルルルは親友が現れると、すぐに駆け寄った。


 「シャトラーごめんごめん! ちょっと先生と話し込んでて、な?」

 「あらグラル先生、お仕事お疲れさまです」

 「まぁ教師だからな……シャトラ、園芸部は何をやっているんだ?」

 「園芸部は花壇を一般開放してる位ですよ、相変わらず私しかいませんけど」


 なんでやねん! とルルルが突っ込む。相変わらず学園七不思議『謎の園芸部』だよな。

 何せ顧問すら定かにならないのだから、園芸部は突っ込みどころだらけだ。

 お陰で校門前の花壇は殆ど畑と化しているが、誰も突っ込まないからな。


 「おっさんウチら、シャトラと学園祭を周るつもりやねん」

 「遠慮せず行ってこい、折角の学園祭なんだから楽しめよ?」

 「アハハ、勿論やで! ほなまたなー!」

 「先生、それでは失礼します」


 二人はそう言うと会場を去っていった。

 性格の異なるルルルとシャトラだが、どちらもまだ子供なんだから、楽しんでいればいい。

 おっさんは面倒事は御免被るが、学生の為には身を粉にするのなら受け入れるつもりだ。

 もちろん何もかも無事終わればそれが一番だ、既に数件アクシデントが起きていることは見なかったことにして。


 「さて……おっさんもそろそろ見回り再開しないとな」


 見回りは交代制だ。手持ち無沙汰な先生達が交代で学園内を見回りする。

 まだ時間的には余裕があるが、おっさんあまり不安な材料を残すのは嫌なんだよな。

 そう思うとさっさと戻ろうと考えるが、ふと試合場を見下ろすと、ある青年の試合が始まろうとしていた。


 「あの子……リクル君だったか」


 試合場で剣を携えるよく体の鍛えられた少年だ。

 リクル・ハイビスカス。アルトと関係があるというちょっと気の張った子供だ。

 その目は貪欲でギラギラしていて、対戦相手は背の低い少年で戦う前に萎縮していた。

 おっさんは足を止めるとなんとなくリクル君の試合を観戦することにした。

 彼を見極めたい、なにが彼を貪欲にさせるのか。

 そしてそれがアルトとどう関わるのか。

 好敵手ライバル……そんな真っ当な関係なら良いのだが。


 「双方剣を構えて! 試合始め!」


 審判が試合開始を宣言するとリクル君は素早く剣を鞘から抜き取った。

 早いな、対戦相手は少しもたついている。

 リクル君は見ていて刺々しい子だ、不良のレッテルが貼られてもおかしくない。

 だが彼を何度か拝見した感じ、ただ剣の道を極めたいタイプに思えた。

 事実彼はもたつく対戦相手に苛立ちを隠していないが、剣を構えるまで不意打ちはしなかった。


 やがて対戦相手が準備を終えると、リクル君は直ぐに斬りかかる。

 対戦相手は怯えており、剣を盾にリクル君の斬撃を防ごうとする、が。


 「てやっ!」


 リクル君は上から剣を振り下ろさない。

 フェイントだ、それに気づかなかった対戦相手は振り上げられた剣の切っ先が顎の先端に止まっていた。


 「そ、そこまで! 勝負あり!」


 鮮やかな一本勝ち、審判も戸惑う程だ。

 リクル君はつまらなさそうに剣を鞘に戻した。

 強いな……おっさんは改めてリクル君の実力に感心する。

 実戦はともかく、剣術として収めた技はお見事だ。


 おっさんは剣は素人だ、だから正しい判断はきっと出来ない。

 リクル君とアルトの差ってなんなんだろう。ふと疑問に思う。


 最近のアルト、どこか憂いが増えている。

 感受性の強い少年のアルトは、本当に日進月歩で変わっていっているのだろう。

 アルトは強くなるのが楽しいんだそうだ、けれど彼は優しすぎる。


 「時間が解決してくれるといいんだがな」


 試合を終えるとリクル君は試合場を去っていく。

 もしも順当に勝っていけば、いずれアルトと当たるのかね。

 もちろんアルトもそこまで勝てればの話だが、なんとなくアルトは勝つだろう。

 一度アルトと話したい……が、流石に無理かな?


 「仕事は休めん」


 おっさんは首を振ると会場を去る。

 流石に私情が強すぎるか、教師としては失格だな。

 教師が特定の生徒に贔屓ひいきしてはならない、教育に格差があるのはカランコエ学園の理念に反する。

 とはいえ教師は機械じゃないからな……どうしたって人間である。

 おっさんはただ愚直に仕事を熟すだけだ。


 「さぁて、お仕事お仕事」


 張り切る訳じゃないが、おっさんのモチベの低さを舐めないでもらいたい。

 歳を無駄に重ねると、いかに楽をするか思案するのがおっさんなのだ。

 その点おっさんも例外ではない、なにせ心の底からアクシデントは起きるなよと願っているのだから。

 そう思いながらとりあえず校舎に向かう、交代を教えないといけないからな。


 「あらグラル先生、また会いましたね」


 しかし直ぐに足が止まった。

 声に振り返ると今日は心労がマッハで加速している筈のアナベル校長だった。

 よく見るとやはり普段の余裕ある姿と比べると疲れを感じる。

 不憫だなとは思うが、おっさんに出来ることは多くない。

 せめてぶっ倒れる前に、相談くらいしてほしいが。


 「校長先生こそ、どうしたんです?」


 普段アナベル校長は校長室に待機している筈だ。

 学園祭という特別な行事の日は普段とは比較にならない程問題が多発する。

 この日がアナベル校長にとって厄災日なのは間違いないだろうが。

 彼女は普段の美貌にも翳りのある笑顔を浮かべると説明をした。


 「ちょっと気分転換に」

 「まぁ息の詰まる仕事ですよね、校長って」

 「えぇはい。もちろんやり甲斐のあるお仕事だと思いますが」


 そう言えるのは、やっぱりアナベル校長が教育者として立派なんだと思う。

 ただ管理職から考えれば経験が足りない。

 特に明らかに学園祭とは別にアナベル校長は問題を抱えている状態だし。


 「アナベル校長、そんな疲れた顔なら、一度ゆっくり休んでみては?」

 「……そうですね、でも今日だけは」


 アナベル校長は小さく拳を握った。

 おっさんは無駄に頑張るその姿に危惧する。

 おそらくアナベル校長ずっとまともな休暇を楽しんでいないだろう。

 下手すれば仕事が楽しいってなってるタイプだ。

 おっさんも休みだと何もする気が沸かないタイプだから、なんとなく理解出来る。


 「……校長がいないからって、即時学園の運営が止まる訳じゃない、それは覚えていてください」

 「無論承知しております」


 アナベル校長は目を瞑ると静かに頷いた。

 おっさんと違って聡明で理知的なアナベル校長なら分かる筈なんだよな。

 無理に自らを止まらない歯車にする必要はない。

 人にはそれぞれ幸せのカタチは違うだろうが、アナベル校長はこのままじゃ壊れるんじゃないか心配になる。

 ただの老婆心ならそれでいい、おっさんが耄碌もうろくしただけだ。

 けど経験則が訴えるんだよ、校長もまた無自覚におのれを壊しているって。


 「まっ、流石にもう問題は起きないでしょう。とりあえず肩の力を抜きましょう」

 「そうですね……そうだと本当に良いのですけれど」


 随分疑り深いな、それ程面倒な問題が起きたからか?

 特に王立騎士学校と一悶着起こしたのは、一番効いたろう。

 下手すりゃ抗議が来そうだが、流石に今日中ではないと思うがな。

 それになんだかんだアナベル校長の毅然きぜんとした性格は信用している。

 彼女は権力に屈するタイプではない、伊達にトーマス理事長に選ばれた女性ではないからな。


 「お、おい! なんか校門にすげーの来てるぜ!」


 ふと、校門前が騒がしくなった。

 すげーの? 学生達はいつものように野次馬根性全開で校門前に殺到した。

 おっさんはアナベル校長の顔を見る。

 アナベル校長は顔を青くする、遂には頭を抱えた。

 何事か……起きたらしい。


 「どうします校長?」

 「行かなければならないでしょう?」


 そりゃそうだ。

 このままじゃアナベル校長の胃に穴が開くんじゃないって不安を覚えるな。

 とりあえず今日は呪わてんのか、ウチの学園?

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