第120話 おっさんは、学園の危機を目撃する
校門前が随分と騒がしい。
好奇心旺盛な学生達は元より、来園中の一般客まで混じって騒ぎになっていた。
一体何が起きたのか、おっさん達は現場にたどり着くと人混みを掻き分け校門前にたどり着く。しかしその場に居た者にアナベル校長は絶句した。
「何故……貴方が!」
校門前には揃いの装飾を施された騎士団が整列していた。
王国騎士団……その物々しい雰囲気にゴクリと喉が鳴った。
その中央、騎士団の前に整然と立っていたのは、高齢の老人だった。
だが老人というが、その顔は厳つく、そして極めて強い生気を感じさせる。
トーマス理事長と似ているようで、真逆の印象を与える感じだな。
だが、アナベル校長にとっては違うらしい。騎士団を従える老人はギロリと校長を睨みつけると、口を開いた。
「久しいなアナベル」
「ッ! 何の用ですか……貴方が何の用もなく、ここに来る筈はありませんよね?」
アナベル校長は唇を噛むと、強い敵意を示した。
あの温和なアナベル校長が、と驚くがつまりこのご老人はそれ程の相手ということか。
「ふん……それもそうだな。今回ワシが来たのは王立学園と
老人は無駄口を極端に嫌う性格らしい。
まさかとつくづく驚かされるが、矢の如くとんでもない速さで問題提起してきたな。
だがこのご老人、しれっと
アナベル校長は顔色を悪くすると、わなわなと全身を震わせた。
次第にカチンと来たのかアナベル校長は珍しく声を荒げる。
「やはりアレは貴方の差し金ですか! シド・ハナキリン!」
シド? 周囲がざわついた。
おっさん、その名前はもちろん忘れていない。
目下アナベル校長の頭痛の種になっていると思われる彼女の父、それがこのご老人か。
ご老人はアナベル校長とは対照的に、感情を鉄面皮で覆い隠していた。
冷酷な目、まるで娘を見下すような視線を向けて言い返した。
「なんのことだ? ワシが何をしたという? 証拠は?」
「証拠はありません! ですが動機はあるでしょう! カランコエ学園を欲する貴方なら!」
「え? まさか買収?」
「学園……どうなっちゃうの?」
しまった、という風にアナベル校長は周囲への影響を忘れて感情のまま喋っていた。
学生達にとって学園は第二の家なのだ。それを校長自らが不安を募らせたのは完全にミスだ。
一般客からして、それは純粋にネガティブな印象を与えるが、同時に好機の視線も幾らか混じっていた。
そして一番この場で得をしたのはシドだろう。
シドはふん、と微笑を浮かべる。その顔はまるでこの事態を想定していたようだ。
おっさん、完全に蚊帳の外だが、この老人のことはなんとなく把握した。
(劇場型か、全部御膳立てしていたな?)
おそらく物々しい騎士団を引き連れているのも、野次馬を意図的に集めたのも、全てシドの目的をセンセーショナルにする為の舞台装置か。
おっさんには到底出来ない才能だな……だが気に食わないといえば気に食わない。
「そうだ、カランコエ学園は王国が管理する」
「貴方って人は! そんなに権力に
アナベル校長の激昂は止まらない。
周囲は当然ざわつく、伝統こそないが自由な校風こそ自慢のあるカランコエ学園が王国に買収される。
そのスキャンダルは生徒だけでなく、先生方にまで影響を与えていた。
「校長、ちょっとこっち!」
おっさんは不味いと判断し、アナベル校長の手を引っ張った。
アナベル校長は驚くが、無理矢理引っ張ると素直に従った。
「はぁ、はぁ。グラル先生、申し訳御座いません。カッとなってやってしまいました」
「生の感情を抑えられないと苦労しますが、おっさんはそんなアナベル校長がちゃんと人間なんだなと、安心しました」
「そ、それってどういう意味でしょうか? 褒められているのでしょうか?」
どこか完璧超人過ぎて、浮世離れしていたアナベル校長の貴重な地の性格が出たのだ。
上に立つ者なら、腹芸の出来ない不器用さは損でしかないだろう。
だがおっさんはそんなアナベル校長だからこそ、全幅の信頼を置いているのだ。
「あのご老人はどんな性格で? 随分とまぁ
「父は……自分勝手なんです。何を考えているかなんて、子供の私にもまるで分かりません」
「子供が親を理解出来ない……それはおっさんも同じです」
「えっ? グラル先生が?」
おっさんは腕を組むとそれ以上は喋らなかった。
おっさんとて隠したいことは一杯あるのだ。
未だ仲直りしていない親父殿が何を考えていたのかは、未だに理解出来ない。
いや納得したくないのだ……喧嘩した内容を。
「おっさんのことはいい。それよりアナベル校長、冷静になりなさい。相手は老練な狸なのですから」
「わ、分かっています……しかしあの顔を前にするとどうにもカチンとくるので……」
「校長、ちょっと失礼」
おっさんは校長の綺麗な手を掴むと、その掌にある『おまじない』をした。
アナベル校長はキョトンとして質問した。
「あ、あのこれは?」
「おまじないです。まぁ呪いとでも思っていただければ」
「の、呪い!?」
流石に呪いは言い過ぎか、アナベル校長びっくりし過ぎて声が裏返っていた。
「まぁ所詮気休めですが、もし感情的になりそうになったら、さっきのを思い出してください」
呪いとは奇妙なものだ。祝福とは表裏一体であり、おっさんが込めた呪いはただの気休めだ。
けれどその気休めさえ思い出して貰えるなら……少しは力を与えてくれるだろう。
「……で、学園買収ですか、スケールの大きいことで」
「グラル先生は王立校の経営が傾いているのはご存知でしょうか?」
「ゴシップ的な噂レベルで、ですが」
知っている。というか噂好きなら知らない奴はいないだろう。
王立騎士学校と王立魔導学校の二つは、この国で三百年の歴史を持つ伝統校だが、経営が傾いているとは子供でも聞き覚えがあるんじゃないか?
あくまで真相は不明だが、生徒の数が減少したとか、人件費の高騰に追いつかなかったとか、噂は様々だ。
そして迷惑なことにカランコエ学園が生徒を奪ったなんて噂まで立っているのだ。
無論生徒を奪うなんてありえないが、そもそもカランコエ学園が募集しているのは市民層が殆どで、逆に王立校は貴族層が殆どだ、募集生徒が全く違う。
おそらく私立でブイブイ言わせているのが気に食わないのだろうな。
「王様はなにを考えているのか?」
「おそらく父は、これを国の問題にする気なのかも」
「マジでか、今更国営なんて教師も反発しますよ?」
「分かっています」とアナベル校長は沈痛な思いで頷いた。
というか理事長はどうするんだろう?
流石に相談なしで買収されちゃいましたってなったら、内紛待ったなしじゃないか?
たかが教育、されど教育。トーマス理事長の信念は、それを妨害するならどんな手を打つか、おっさん恐ろしくて震えちゃう。
「それで……どうすれば買収阻止出来るんですか?」
「重要なのは、この問題が父個人の問題なのか、もう行政レベルの問題なのか」
もしも王様が関与しているなら、それは止めようがないということ。
出来ることがあるとすれば、国王への直訴しかなくなるだろう。
あるいは行政を賄賂で買収か……無茶苦茶だが、先に向こうに無茶苦茶されたのだから文句は言えまい。
だが……アナベル校長はおっさんと違ってちゃんとした策があるようだ。
不安げな顔をしてても、どこか勝気な瞳が煌めいている。
「……もうあの人にはこの手しか、ないのかしら」
「手とは?」
「最終手段、です」
彼女はそう言うと、再び校門前に戻った。
未だざわめく校門前で、シドはアナベル校長が戻ってくると、鼻息を荒くした。
「ふん、今更延命工作か?」
「いいえ、違います。それより事実確認をしたいのですが、タンポポ陛下はこれを承認しているのでしょうか?」
「いいやまだだ、だがそれは終わった後でも問題ない」
アナベル校長は目を細めると、ギュッと手を強く握りしめた。
頼む、感情で悪化させるな、おっさんは静かに祈る。
アナベル校長はゆっくり手を開くと、フッと微笑を浮かべて、髪をかき揚げた。
「嘘、ではなさそうですね」
「お前相手に吐く必要もない」
「貴方はいつもそうだ。公正で筋は通す……けれど、それでどうしてこんなに強引に物事を進めるのですか?」
「お前には分かるまい、ワシの考えなど」
「保身と地位の向上がですか? そんなに陛下への心証を良くしたいと?」
「無駄口を喋るのがお前の才能か? お前にはもう選択肢はない」
「いいえ、まだあります」
アナベル校長はそっとおっさんが気休めを仕掛けた手を見ると、ギュッと握りしめた。
この舌戦に終わりを告げるように彼女は最後の賭けに出るのだった。
「決闘です。国家法第七条双方に問題が発生した場合、双方の合意が第三者に認められた場合、決闘によって問題を解決することが認められています!」
決闘? 随分聞き慣れない昔の法律に生徒も一般人もざわついた。
一方でシドはその言葉に初めて苦虫を噛むような顔をした。だが直ぐに余裕の笑みを浮かべる。
「負ければ言い訳も聞かんぞ?」
「無論です、ですがこちらが勝てば貴方は無条件で私の要件を聞かなければなりません」
「要件か、決闘に賭ける物は?」
「もう二度とカランコエ学園に関わらないで!」
一瞬周りが静かになった。
それほど衝撃的な事態となったのだ。
しかし既にダムが決壊するように、周囲は騒然とする。
「おいおいおい! 決闘だぞ!」
「随分久し振りに聞いた気がするわねぇ」
「どうなるんだこれ?」
アナベル校長は微笑を浮かべると、自信に満ちたいつもの表情に戻っていた。
第三者はこれを認めている……後は双方の合意だが。
「良かろう。正しこちらが勝てばカランコエ学園はワシの傘下に入ってもらう」
「決闘の方法は……」
「双方学生を三人出す、それぞれ剣術、そして魔術で一対一の決闘を行う。これでどうだ?」
「……構いません」
決闘の仕方はシドが決めた。
作法というか、決闘の内容は仕掛けられた側が決めるのだろうか。
今では裁判所を通す方が問題解決は主流になったから、古流の決闘法はおっさんも初めてだ。
戦前なら、些細なことで決闘法に基づいて解決していたらしいが、流石に現代的ではないわな。
「決闘は一週間後、舞台は
シドはそう言うと踵を返した。
騎士たちはそんなシドを護衛するように、足並みを揃えてついて行った。
物々しい一団がいなくなると、もう大騒ぎだ。
生徒の一部が「決闘だーっ」と叫びながら走っていく。
もう止まれないな、アナベル校長はその場にへたり込んでしまった。
「はぁ……なんとか凌いだ」
「立てます? 随分無茶をする」
「けれど周到に用意した戦略を覆すには、想像もつかない方法を取るしか」
「しかしそれさえ博打ですよ? 相手が応じなかったらどうする気だったんです?」
はっきり言えば決闘に応じず、国家権力の力で強引に国営に切り替えることは出来た筈だ。
シドはカランコエ学園のスキャンダルを求めていた。
問題が起きたら直ぐにそれを突きつけ、アナベル校長からカランコエ学園を奪うつもりだったのだろう。
司法では勝てない、そう考えたからこそアナベル校長は決闘を選んだのだろうが。
しかしその点に関してアナベル校長の考えは違っていた。
「その点は心配していませんでした。あの人自分に嘘はつきませんから」
「つまり応じると確信していたと?」
「はい。なにより早期解決を求めていたのは父自身でしたし」
おっさんはそれを聞くと、あの父あってこの娘ありと呆れた。
あのサブカルクソ親父の子供もサブカルクソ娘なのかもしれないなぁ。
「ほら立ってください、淑女が地面にへたり込んでいいんですか?」
おっさんは手を差し出すと、アナベル校長はじっとおっさんの手を見つめた。
なんだろうと疑問に思ったが、校長は微笑を浮かべると、おっさんの手を取って立ち上がった。
「申し訳ございませんグラル先生」
「いいえ、それより問題は山積みですね……決闘ですか」
「もう後戻りはできません……覚悟を決めましょう」
無論覚悟は決めている。最悪負けても今の生徒たちが卒業するまでは我慢するさ。
もちろん勝ってくれればいい、自由な校風がカランコエ学園だからな。
カランコエ学園ブリンセル支部存亡の危機……それは幕を開けた。
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