第118話 おっさんは、魔法とは謙虚さと教える
大歓声が鳴り響いている。
運動グラウンドでは特設リングが設置され、その舞台上では剣術科の生徒たちによる試合が行われている。
おっさんは立ち見席から、ある生徒に注目した。
アルトだ、一際小さく根は穏やかで大人しい少年が剣術大会にエントリーしているのだ。
おっさんはアルトに注目した、アルトは今舞台上に上がっている。
「アルト……さて」
おっさんはアルトが剣を振る所は初めて見た。
その小さな背中にはあまり覇気は感じない。
けれどそれはアルトの前評判とは少々異なると言える。
アルトの前評判では彼はかなり腕が立つらしい。
少なくとも一年生としては破格、と。
「試合、始め!」
おっさんは何を値踏みしているのだろう。
試合は既に始まっている、アルトの前には二回り程大きな男性が剣を構えた。
観客席からはアルトを心配する声が飛ぶ。
無理もない、まるで大人と子供が戦うような光景だ。
だが恐れる必要はないだろう。おっさんはただアルトを信じて見守った。
「はあ!」
試合は対戦相手の方から仕掛けた。
剣を大きく振りかぶり、アルトの頭に振り下ろす。
刃引きしているとはいえ、直撃すれば頭蓋骨ごと砕きそうな一撃だ。
観客席からは悲鳴が上がるが、アルトはその剛剣を片手で受け止めた。
「おおっ! 凄い! 子供が片手で受け止めたのか!」
「おい! 情けねぇぞ! 本気でやれ!」
歓声もあれば野次も混じっているな。
やれやれ、血の気が多いのは観客も同じらしい。
頼むから仕事は増やさないでくれよ、マヂで。
「や、あっ!」
アルトは力を込めると規格外のパワーで、相手の剣を弾き返した。
そのままアルトは駆け込み、剣を振る。
大きく体勢を崩した対戦相手は対応出来ず、アルトの剣が対戦相手の胴を叩いた。
「そこまで! アルト・シランの勝ち!」
「「「ワアアアアアアア!」」」
傍目には分かりやすい
観客はアルトの勝利に興奮していた。
一方でおっさんはアルトの勝利に微笑する。
「やっぱり、知らない内にアルトは男らしくなっていたんだな」
アルトは対戦相手に礼をし、審判、観客へと礼をする。
僅かな動作を見てもアルトの生真面目さが浮き出ている。
(頑張れよ、アルト)
おっさんは心の中でそう応援した。
「なんやなんや、もう終わったん?」
特徴的な喋り方の少女がいた。
おっさんと同じように立ち見席に駆け込んで来たのはルルルだった。
どうやらルルルもアルト目当てみたいだな。
試合がすでに終わったと知ると、彼女はガックリと肩を落としていた。
「ルルル、休憩か?」
「グラル? なんやサボりか?」
「まさか、ちゃんと休憩時間の内だ」
相変わらず疑ってかかる少女に、おっさんは肩を竦める。
ルルルの性分だが、本人曰く改める努力はしているとのことだが、やっぱり地の性格を変えるのは難しいのだろう。
「アルトの応援か?」
「せや! 友達やしな!」
ルルルらしい、おっさんはルルルの友達思いな優しさを知ると、嬉しくて微笑んだ。
ちょっとトラブルメーカー気質だが、なんだかんだ面倒みが抜群に良いからな。
「なぁルルル、アルトって、剣は好きだと思うか?」
「はぁ? うーん、ウチ剣術科は受講してへんし、その辺りはようわからへん。けどまぁ大会に出場しとるんやから好きやないの? 知らんけど」
随分曖昧な返事だ。友達ってんならおっさんより詳しいかと思ったが、まぁルルルは魔法科の方がメインだからな。
「そうだ、そういえばお前魔法科にいなかったな、なんでだ?」
そういえば思い出したが、ルルルはテンや一部の仲の良い女生徒達と一緒にコスプレ軽食店を出展していたな。
王立魔導師になりたいなら、実績を見せるのが一番の近道の筈だが。
ルルルは魔法科には姿がなかった、どういうつもりだろうか。
「うぐ! ウチ……まだ見せられる程魔法はできへんねん」
ルルルはガックリ項垂れると、両手を胸元で合わせ、小さく魔法を唱えた。
「
そう言うとルルルの手から炎が溢れる、しかし炎に注がれた魔力は酷く不安定だった。
ルルルは必死にコントロールしようと足掻くが、足掻けば足掻くほど炎は不安定に強く燃え上がった。
「ルルル、今すぐ炎を消せ」
「ッ! アチチ!」
ルルルは炎を握り潰すと、火の粉が握った拳から溢れ出た。
魔力が注がれなくなった炎は赤いパーティクルを煌めかせ、そのまま霧散した。
おっさんは、ルルルに対して少しだけアドバイスをしよう。
「ルルル、魔力をコントロールするには、『謙虚さ』が重要だ」
「謙虚さ? どういう意味なん?」
「おっさんの母親の受け売りだがな、魔を律するには謙虚さが重要だとさ、ルルルには焦りがあった」
「そんなん言われてもウチわからへん……!」
ルルルは大真面目に考えているが、魔法の真髄はおっさんでも難しい。
魔法は努力より才能なんて言われるのは、個人的にはこの謙虚さの資質ではないかと考えている。
だが努力の比重は必ず裏切らない、それはレイナ先生を見れば分かるだろう。
おっさんは魔法使いとしてはどうか? 答えは未熟も未熟。
こんな未熟者がルルルに何を教えられるのか。
(いや、違うな……おっさんは怯えているだけか)
ちょっと昔、おっさんが魔法でなんでも出来るって粋がってた若い頃があった。
それこそ歴史書に名を残す大賢者になるとか、本当にらしくない程ガキだったんだ。
今となっちゃ思い出すのは恥ずかしいやら悲しいやら……だが、もう克服しないといけないんだよ、な。
「
おっさんは炎の魔法を唱えると、人差し指に小さな炎を灯した。
ルルルはそれを見て驚く、おっさんの魔法を見たのは初めてだったか。
「おっさん、その魔法!」
「……謙虚さとはこういうことだ、まずはこの小さな炎から始めるんだ」
おっさんは
たったこれだけ、これだけなのにおっさんは全身から汗を吹き出して、顔を青くしていた。
とある事情でおっさんは、いわゆる『攻撃魔法』がほとんど使えない。
使えないというより……使うと気分が悪くなるのが原因だ。
「おっさん賢者やったんか?」
「いや……おっさんはあくまで治癒術と補助術を収めた魔道士だ」
おっさんは自分を賢者とは認めない。
三種の魔法を収めた魔術師を賢者というが、その称号はおっさんには正しくない。
ルルルはあの火を想像して、おっさんの技量に首を傾げるが、おっさんには説明できない。
とにかく魔法に大事なのは謙虚さだ。
「ルルル、呼吸を調えて、もう一度
「こ、呼吸な……う、うん。スー……ハー」
「目を瞑って、心臓の鼓動を聞け」
ルルルはゆっくり目を閉じると、その意識を心臓の拍動に向けた。
おっさんが母親から学んだ瞑想の仕方だ。これが案外効果がある。
いきなり魔法が上手になるなんてことはないが、己を知ることは魔法使いになる上で最も大事な心構えだ。
レイナ先生も基本的な教えはしっかりルルルにも教えていると思うが、何分ルルルは少し出来が悪い。
本来は国語教師が口を挟むべきじゃないんだがな。
「
ルルルは目を開くと、
その小さな手に灯したのは本当に小さな火、ルルルの今の実力で安定した魔法はこの程度だろう。
残念ながらルルル自体に魔力はあまり感じない、才能という観点ではかなり厳しいな。
けれど本人はともかくレイナ先生は魔力が少なくとも、努力によって高く評価されている。
おっさんは教師だ、生徒に対してどう進路を示すかは慎重に考えねばならないな。
「なんや……これっぽっちか……蝋燭の火よりとろ火やな」
しかしルルルは安定はするが、あまりに弱い火にがっかりしていた。
向上心は好ましいが、増長は魔法使いを目指すなら厳禁だな。
おっさんは肩を竦めるとルルルに注意した。
「増長は己を破滅させるぞ、その火が今のルルルだ。時間は四年もある、謙虚さを忘れず精進を続ければ希望進路にも沿うだろう」
「うぅ……ウチ魔法使いの適正ないんかな?」
「適正はまだ決めつけるには早いな……苦手でもずっと努力を続ければ、賢者になった例もある」
ルルルはまだ魔法の世界に入門したばかりだ、新人ほど増長するのか自分の才能にがっかりして、早々に諦める生徒ってのはいつの時代も多いな。
おっさんからすれば、実に勿体ない。四年やって結果が出ないなら諦めてもいいだろう。
だが生徒である四年間はやりたいことに打ち込んで欲しい。
「なぁおっさん、ウチ才能ないん?」
「才能はないな、だがそもそも魔法を学び始めた奴が直ぐに結果を出す訳がない」
「気休めやないの?」
「あのな……おっさんは魔法を学んだのは十歳位だぞ? 貴族なら六歳位の例もある……同じ年齢でもいきなり六年遅れで同じ実力を持てると思うか?」
ルルルは、あっと目を見開き驚いた。
学生はまだ視野が狭い。増長するのも青春なんだろう、おっさんはそんな青臭さは嫌いじゃない。
謙虚さってのは己を見つめるってことだ。
最初の
分不相応な魔法は己に向かう、増長した魔法使いに待っているのは破滅だ。
魔法科は四年の間にそれを教えなければならない筈だが、いつだって注意を聞かない生徒はいるからな、実に頭が痛い問題だ。
「積み重ねかぁ……ウチちょっと苦手かも」
「でも努力しているぞ、誰よりもな」
ルルルは魔法を掻き消すと、がっくり項垂れる。
人間なんでも出来る訳じゃない、それでもルルルは努力している。
ルルルは魔法を学んだのは入学したてで、おまけに識字にも問題があった。
だけどルルルはそこで腐らず、飯を食べている間も勉強を続けていた。
本当に努力が苦手な奴は三日も続かないさ、ルルルは忍耐力がある方だ。
おっさんがルルルの美徳を指摘すると、ルルルは顔を赤くした。
「そう言われると、ちょっと恥ずいで」
「才能ある天才よりも、努力の天才の方が結果を出すってのは、
「そう言われると……せやな」
ルルルは典型的な努力家だ、残念ながら天才ではないが。
それでも腐らないならば、必ず結果は伴う。それを導くのが教師の務めだろう。
「せや、おっさんこそなんで魔法科にこんの? 才能あるのに勿体ないやん」
ルルルは自分の話題から、おっさんの話に切り替えると、おっさんはむぅと呻いた。
そりゃしがない国語教師と魔法教師なら、適正者が少ない魔法科の方が自然だろう。
国語教師は、言ってしまえば誰でも担当出来るからな。
だが……おっさんは静かに首を振った。
おっさんは魔法を教えない、その資格はない。
「おっさんにその才能はない、国語教師が天性さ」
「釈然とせん……おっさん魔道士級なんやろ……なら――」
「ルルルちゃんこっちにいたのー?」
おっさんがルルルの言葉にちょっと苦戦していると、駆け寄ってくる女生徒がいた。
これ幸いと振り返ると、やってきたのはシャトラだった。
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