第116話 おっさんは、喧嘩を止めに行く
「はぁ……面倒になったぞ」
魔法科を出た後、おっさんはため息を吐いた。
レイナ先生の従兄妹に当たるマグヌス・ポピー氏に目を付けられたおっさんは、
あんな濃ゆくて暑苦しいおじさんに絡まれるとか、本当に不幸だ。
幸い向こうも用事があるらしく、目的を終えたら直ぐに出て行った。
おっさんは次はどこ行くのか、兎に角頭を切り替えて巡回を進めるのだった。
「おい! なんか運動場前が騒がしいぜ!」
うん? なにやら不穏な言葉が聞こえたな。
それを発した男子生徒や話題を聞き及んだ数人が直ぐに野次馬根性か、運動場へと走っていった。
面倒事は御免だが、立場上問題は解決せねばなるまい。
辛いよな、それが立場ある大人だもんな。
「この時間、剣術大会の開会前か?」
たしか剣術大会は剣術科が行う鍛錬と技術を競う一年に一度の大会だ。
特別にこれといった賞品がある訳ではないが、参加するだけで内申点が貰えるので、これ目的で参加する生徒もいるだろう。
無論優勝すれば、今後騎士としての道も開いていくだろう。
たかが学生の大会ではあるが、スカウトは来ているのだから。
「血気盛んな学生達だ、問題を起こしていないといいが」
おっさんはそう呟くと、早歩きで現場に向かう。
§
運動場には丁寧に剣術大会用のリングと観客席が設置されていた。
今日はお日柄も良く、絶好の大会日和だが?
「うーむ? 問題は起きてなさそうだが?」
おっさんは首を回して周囲を伺う。
だが至って正常に学園祭は進んでいるように思えた。
ふむ、念の為に彼女にも聞いてみるか。
おっさんはそう思うと、ある女性を探す。
運動場を歩きながら目的の人物を探すと、直ぐに打ち合わせ中の黒髪巨乳の教師を発見する。
コールンさんだ、問題があれば彼女が黙っていないと思うが。
「少し待つ必要があるか」
おっさんはコールンさんが打ち合わせを終えるまで、しばらく離れた場所で見守った。
なんだかんだ普段の飲兵衛な姿とは違い、仕事中の彼女は凛々しく際立った美人だと分かる。
少々年齢の割に達観としているというか、殆ど感情的になる姿を見たことがないが、やっぱり真面目と言えば真面目なんだよな。
まあどうせ早く仕事終えて居酒屋で一杯飲みたいって思ってるだろうから、全然尊敬しないけど。
やがて数分待っていると、打ち合わせが終わったようだ。
コールンさんがフリーになると、おっさんは直ぐに彼女に駆け寄った。
「コールン先生、ちょっと良いですか?」
声を掛けると彼女は子供みたいな笑顔で振り返った。
やっぱりちょっと童顔なんだよな、コールンさんって。
「あっ! グラル先生どうしたんですか?」
「いや、剣術大会で問題は起きてないか聞きたくて」
「あー、グラル先生って、警備担当でしたっけ」
いくつか専門の顧問を持つ教師と違い、おっさんは部活の顧問をやっている訳でもない。
つまり学園からすれば自由に動かせる教師には、学園の見回りをさせられているのだ。
もちろんテロリストみたいな武力行使をしてくる輩が相手では、おっさん達しがない教師には荷が重いが、犯罪の抑止力は必要だ。
おっさんも、そうやって学園に貢献しなけりゃお給料も貰えませんからね!
「で、どうなんです?」
「特に問題は起きてませんよ、血の気の多い生徒達でも、そのやる気は大会で発散させますから!」
うむり、生徒への信頼が分かる発言だな。
コールンさんは辺境の剣聖等と評される剣の達人。
腕っぷしで彼女に敵う相手はドラゴンでもなければ無理だろうな。
細く見えても馬鹿力だし、本当に無名の超大物って存在したものだ。
「でもやっぱりバーレーヌに比べたら来場客が多すぎて、不安にはなりますねー」
「ああ、お世辞に街全体の治安が格段に良いって訳でもないからな」
同じバーレーヌ本校からの出向組のおっさん達は、改めて首都の人口の多さに驚かされた。
バーレーヌも治安はあまり良くないが、人口が少ない分、そこまで危険ではなかった。
だがこっちだと、貧富の格差が激しく、治安が極端に悪い区画さえある。
幸いこの学園は貴族街の手前にあるお陰で非常に治安は良い。
定期的に騎士が学園の辺りまで巡回しているし、近くに聖教会の大聖堂があるお陰で、信心深い連中が多く、滅多なことを起す輩はそう簡単には近づけない。
とはいえだ、あの
相当のイレギュラーだが、親馬鹿の暴走もあるかもしれないからな。
「あの、良ければ試合見ていきませんか?」
「おっさんに?」
「はいっ! 是非是非!」
コールンさん、自慢の生徒達が活躍する場をどうしても見てほしいらしい。
おっさんからすれば勝者がいれば、敗者もいることを知っている。
本当はあまり競い合うってこと自体好きじゃないんだよな……。
「えと、確か剣術科にアルトがいると思うんですけど」
「アルト君ですか? 勿論彼も大会にエントリーしてますよ!」
「それじゃアルトの試合は見ておきたいんですけど、試合時間は分かりますか?」
「時間は流石に、あっ、トーナメント表でしたらこちらに!」
コールンさんはそう言うと、腰に丸めて挿していたトーナメント表の書かれた紙を差し出した。
おっさんはそれ受け取るとアルトの名前を探す。
「――リクル・ハイビスカス?」
おっさんは僅かに眉を顰めると、アルトよりも先に聞き覚えがある名前を見つけた。
「あっ、リクル君とお知り合いだったんですか?」
「いえ……アルトが気にしていたので」
おっさんも詳しくは知らない。
ただ剣の精霊こと、少し前にこの学園に入学したブルーローズがアルトついてこんなことを言っていた。
『男の子には熱いドラマがあるのよ!』――と。
全く訳が分からないが、ブルーローズはアルトをえらく気に入っていた。
伊達に剣の精霊じゃないのか、アイツは競い合うのが大好きだからな。
最も
「おいおい、喧嘩だってよ!」
「えっ!」
おっさんは驚く、コールンさんは直ぐに真剣な顔に変わると、喧騒を探した。
おっさんも同様だ、ただ恐らく喧嘩はあの馴染みある声から察せられた。
「もう一回言ってみなさいよ、このオタンコナスー!」
「えっ? これって?」
「はい、間違いなく……」
嫌に品位に欠けた罵りを行う女の声。
ボキャブラリーの壊滅したあの声は間違いなくあの少女だった。
「テメェ! 頭に花なんか乗せて! 頭お花畑かよ!」
「よし殺す! お前は存在しちゃいけないんだ!」
「止めるだローズさん! ローズさぁん!」
今まさに飛びかかろうとしていたのはカランコエ指定の女子制服を身に通した青薔薇の少女、ブルーローズだった。
それを後ろから羽交い締めにして、制止するのはアルトだ。
ローズは完全にキレており、手がつけられない様子だ。
問題のそれほど怒りをぶつける相手は誰かだが、おっさんはその相手を見て驚いた。
「王立騎士学校の生徒だと?」
それは貴族達で構成される、国の由緒正しい王立校の制服だった。
その時点で嫌な予感がする。
そしてそれは正解だった。
「アルト! アンタこそぶん殴りなさいよ! アンタ馬鹿にされたのよ、チビ田舎者って!」
「おらは何を言われてもいいだ! けんど殴ったら、もうおしまいだよ!」
狂犬みたいにぐるると唸るローズを羽交い締めにして抑えつけるアルトは顔を青くしてローズを制止する。
どっちが加害者なのか、一瞬疑ってしまうが、直ぐにおっさんはローズを信じることにした。
「グラルさん、止めますよ?」
「ああ、もしもの時は頼みます!」
コールンさんが剣に手を掛けた。
いざという時は実力行使も辞さない。
おっさんも覚悟を決めると、喧嘩の中心へと駆け寄った。
「やめろ! 何をやっているローズ!」
「あっ! グラル! そいつが悪いの! 後そいつとそいつ!」
ジタバタ暴れるブルーローズはぐちゃぐちゃの顔で、貴族の子供と思われる青年三人を指差した。
いずれも庶民とは少し違う、けれど根底にあるものは同じような少年だ。
「ハッ! 言っておくが先に手を出したのはお前だからな! クレイジー女!」
「誰がクレイジーですって! タクシー呼んであげましょうか!」
「ハジケリストはいい加減黙れ」
「ヤーヤーヤーヤーヤー!」
「お願いだから言うこと聞いてだ!」
馬鹿力で抑えるアルトだが、彼も大変だ。
このハジケリストは後でお仕置きするとして、とりあえず貴族の学生達にはまずは謝罪を――。
「侮辱したというのは本当ですか?」
フアッ!? コールンさんが先に凄い真顔でそれを学生達に聞いた。
明らかに自分たち以外全てを見下している学生達は、例え教員を相手にしてもその舐めた態度は変えようとしない。
「アハハ! 侮辱? 当然のことを指摘しただけだぜ?」
「そうそう! この学園も所詮底辺の吹き溜まりだな!」
「キィィィィ! 誰がドブネズミか! 必殺技ペストをばら撒くぞー!」
「おいちょっとそのクレイジー女黙らせろ! 話進まねえ!」
「遺憾ながら同意する」
ちょくちょく会話に混じってくるブルーローズに、いい加減切れる学生達。
狂人を相手にしたのが運が悪かったな。
おっさんはブルーローズを睨みつけると、彼女にこう告げた。
「ローズ、今日の晩ごはんは覚悟出来ているだろうな?」
「はうあ!? たくあんだけは! たくあんは嫌ァァァ!?」
ブルーローズは頭を抱えると、悪夢を払うように何度も言うと首を振った。
たくあんと言われてもおっさん全く身に覚えがないのだが、やっぱりハジケリストの思考は理解できん。
ちょっと衣食住の安定を崩してやれば、こいつは泣いて謝るから最終手段のつもりだったのだが。
「たくあんに一体何が……?」
青年の一人が興味を示す。
オイイイイ! 話これ以上ややこしくしないで!
「……申し訳ありませんが、状況証拠から言ってこちらから謝罪をする必要は無いと判断します」
「あ? アンタセンセー? 随分舐めた態度じゃん?」
「良い体してるぜ、へへ!」
「なあ? 俺の親は――」
舐めた態度をした青年の首筋、既にそこにはコールンさんの太刀の先端が置かれていた。
状況を飲み込めない青年達は、事態に気が付くと顔を青くして後ろに転んだ。
コールンさんはゆっくり刀を青年達に向けると、冷酷な声で見下した。
「なんですか? 貴方の親が? それで?」
「な、何事ですか!」
殺意に当てられた青年の一人が泡を吹いて気絶した。
しかしそこへ、アナベル校長が駆けつけてきた。
恐らく喧嘩と聞いて飛んできたのだろう。
「コールン先生! これは一体?」
「実は―――」
おっさんは事情を知らないアナベル校長に何があったか説明した。
一通り説明を聞いたアナベル校長は、落ち着いて冷静に対処をする。
「王立騎士学校の皆さん、こちらのご無礼謝罪します。ですが同時に我が校の生徒への侮辱の件、謝罪を求めます!」
アナベル校長はまず非礼を詫び、しかし同時に生徒を守ることを選んだ。
青年達はその威圧感に怯む。
なおもまだ懲りず悪態を吐こうとするが。
「ここで謝罪すれば、全て水に流しましょう」
コールンさんの冷えた言葉が駄目押しとなった。
それが最後の決め手となり、青年達は釣られるように謝罪していく。
「す、すいません……でした」
「はい、それで良いんですよ」
それを見て、コールンさんもようやくニコリと笑った。
穏やかな人ではあるんだが、怒ると本当に怖いんだよな。
青年達は謝罪を終えると、逃げるように気絶した一人を抱えて出口へ向かう。
だが、不意にアナベル校長が彼らを静止した。
「お待ちを!」
「な、なんだよ? もう謝ったぞ! これ以上何を!」
「貴方達がなぜカランコエ学園に来園されたのか、よろしければ教えて頂けませんか?」
「アナベル校長?」
なんだろう、一人だけ危惧感の感じ方が彼女だけ違う気がする。
危機意識か? ともかく彼女の顔は未だ明るくはない。
「そ、そりゃ……っ」
しかしこれまた奇妙なことに青年は躊躇いがちに顔を顰めた。
(言い淀んだ? 何かあるのか?)
気まずそうに言い淀むその姿は何かを隠していた。
そしてそれを恐れるようにアナベル校長は声を荒げる。
「教えて下さい! 誰に指示をされたんですか!」
「ち、違う! 俺たちはそいつみたいな馬鹿な奴らをからかいに来ただけだ!」
「もういいだろう! こんな場所もう二度と御免だ!」
この青年達は何を恐れているのだろう?
ただ彼らは怯えるようにその場から逃げ去った。
おっさんはただアナベル校長の普段は見せない顔に驚いた。
だが何かを知っているのかアナベル校長は不安げに胸元を手で掴み、ただ何かを憂いていた。
おっさんは「はあ」と溜息を吐く。
ああ、不幸だ……今日は特に不幸らしい。
他人のことなら見て見ぬ振りが一番だが、これは他人事とは言えない可能性があるな。
「校長、教えて頂きたい。一体誰の差し金と思ったのですか?」
「ダルマギク先生……それは……っ」
「校長先生? 何かあるんですか?」
普段勘はあまり良くないコールンさんでも、アナベル校長の不安げな顔には引っかかるようだ。
あの普段から自信というオーラが滲み出る女性が、不安に怯えている。
おっさんは……その顔が嫌だ。
「ダルマギク先生……私が予想したのは、シドという男です」
「シド? それは?」
「シド・ハナキリン。私の父であり、王国教育庁長官を務める男です」
おっさんは絶句した。
校長の父? いや教育庁の長官だと?
それはこの国の政治の中枢に巣食う陰謀だろうか?
平和な学園祭の裏で何かが起きている……。
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