第115話 おっさんは、濃いおじさんに絡まれる
パン! パン! パン!
赤白黄色、様々な光のパーティクルが弾け散る。
ここは魔法科、魔法科では学生たちの日々の修練と研究の成果が試されていた。
「ほお、見事だな、派手さはないが、堅実な魔法の制御だ」
「ハナビシ家のご令嬢らしい、的確な指導の
そんなどこか違う世界のような会話をしていたのは、おっさんよりも年上の壮年の二人。
身なりの良いマントを纏った白髪の男性と、黒い礼服を着こなした顔に皺のある男性。
おっさんは少し離れた場所からそれを観察していた。
おそらく視察、だな。
「どうだ、採用に足る者はいそうか?」
「ふーむ、やはり地力では王立学校の者よりも質は落ちる。平均点以上では確かにあるが、これはと言える逸材はいないな」
「彼女もそれほど魔力は高くない、だからこそ彼女は努力の天才なのだが」
「やはりそこが限界でもあるのだろう」
そんな時、辛口評価な二人に対して、小さな影が近づいてきた。
「あらあら、来ていたのでしたらお声を掛けて下されば良いですのに」
緋色の髪をした小さな少女にも見える、その人こそこの魔法科を管理するレイナ・ハナビシだった。
レイナ先生はにこやかに微笑むと、二人の男性に社交的に挨拶をする。
吊られて二人も身分に適った挨拶をした。
そんな異様な光景を見て、おっさん思わず呟いてしまう。
「うわ、猫被ったレイナ先生はありえんだろう……」
普段の
あれはレイナ先生じゃねえ! レイナお嬢様だ!
そんなおっさんのネタツッコミも露知らず、マジモンの貴族令嬢としてレイナ先生は来客と向き合った。
傍から見れば子供におじさん二人がからかわれているようにも見えるが、勿論二人もレイナ先生は周知のようだ。
「いや、すぐ帰るつもりだった」
「あら冷たい、マグヌスおじ様はいつもそう」
「クク、鉄血のマグヌスともあろう男が」
「そういうあなたはどうなのかしら? 魔導騎士団長ヴァレミア・ブルーベリー様?」
おいおい、滅茶苦茶大物じゃないか!
少なくとも礼服の男、ルルルが志望する王立魔道士のトップだ。
スカウト目的はこっちか。
そしてレイナ先生に嫌らしく弄られてぐうの音も出ないマグヌスという男も、相応の地位という事だろうな。
「ハナビシ君、私は君を評価はしているつもりだよ?」
「あらあら、そんな所詮はハナビシの落ちこぼれ、謙遜など無用ですのに」
ブルーベリー氏は多分本心だ、謙遜で言っているつもりはないだろう。
けれどレイナ先生の顔はやばい位に暗黒が讃えるような怖い顔であった。
ああ、もしかしなくてもあんまり好きじゃないんだな、この二人が。
「ぐぐ、なあレイナ君、いい加減こんな所で燻ってなくて、結婚するか、軍にこないかね?」
ピシッ、とレイナ先生の血管が切れる音がした気がする。
いや、わかんないけどさ。レイナ先生は全身ぷるぷる震わせると。
「うっさいわあ! 恵まれたアンタ達に何が分かるってのー! 私の道は私のものだーっ!」
レイナ先生は喚くように地を出して叫ぶと、突然炎の塊を手に生み出した。
おじさん二人は慌てふためく。
「お、落ち着き給えレイナ君!?」
「おじ様こそ、いい加減保護者ヅラはやめろー!」
レイナ先生は逆ギレ気味に
流石にやばいかと思うが、このおじさん方も伊達ではない。
すかさず
このままでは魔法科の建物に延焼する、なんてこともなくレイナ先生の魔法は完璧で正確な計算により、空中で魔素に霧散された。
相変わらず魔法を正確に操ることだけは天才級だな。
「どうせ、私も魔法科も舐めてるんでしょ!?」
「いやそこまでは……」
「私は結婚しない! 軍にもいかない!」
周囲がどよめく、おっさんは頭を掻くと時間切れだなと悟った。
「レイナ先生、レイナ先生!」
「ハッ! グラル?」
「熱くなりすぎですよ、あなたらしくない」
レイナ先生はおっさんに気付くと、顔を真っ赤にして大人しくなった。
元々子供っぽい人ではあるが、いつもは感情を制御して、ここまで暴れるような人じゃなかった筈だが。
兎も角おっさんは、まずは二人に謝罪をする。
「当方の教師の
「いや、こちらこそ失礼した。突然のことで驚いたが、我々も無傷だ。おそらくハナビシ君にも傷付ける意図はなかったろう」
ブルーベリー氏は寛大だな、本当にそうかはちょっと疑問だが。
思いっきり感情的な八つ当たりにしか見えなかったぞ。
それともおっさんが知らないだけで、レイナ先生達は喧嘩仲間だったりするのだろうか。
というか、さらっと軍の最高幹部級と知り合いって、レイナ先生やっぱりスゲェな。
「ぬう、君はここの教師かね?」
一方で白髪のおじさんことマグヌス氏は、腕を組むと、おっさんをやや厳しい目で睨んできた。
温和なブルーベリー氏に比べると、表情が厳ついな。
おっさん内心ビクビク震えているが、表情は表に出さず、なるべく礼儀正しく頭を下げる。
「はい、国語の教師を務めます、グラル・ダルマギクと申します」
「ワシはマグヌス・ポピー、王立魔法学校の校長を務める。そしてレイナ君とは従兄妹だ」
「はい? え?」
従姉妹? 想定外の
おっさん思わずレイナ先生を見た。レイナ先生は恥ずかしそうに頷いた。
「ポピー家はハナビシ家の分家なの、私って一応ハナビシ家の現当主相当だから」
レイナ先生曰く、自分はハナビシの落ちこぼれとのことだが、そういえば貴族としての格は低くとも魔法に関しては名門だったな。
レイナ先生って、一応当主に相当してたんか。おっさんてっきり次女以下の
マグヌス氏は、厳つい顔のまま頷いた。とりあえず暑苦しい。
「うむ、レイナ君は立場で言えばワシの伯母に当たる」
「まっ、アタシの方が年下だけどね」
貴族の複雑なお家事情ってのは、おっさんには理解しきれない。
ただレイナ先生と、マグヌス氏には切っても切れぬ関係性があるのだな。
ギロリ、鋭い視線がおっさんを突き刺すと、マグヌス氏はドスの効いた迫力のある声でおっさんを睨んでくる。 超怖いっ!
「お主、レイナ君とはどういう関係で?」
「はい? なにを突然に……」
え? なに? なんでおっさん睨まれてるの?
マグヌス氏は凄い威圧感でおっさんを見下ろした。
物理的身長では、見下される程身長差は無いので、あくまでも誇張表現だが。
おっさんは慌てて取り繕うと、あくまで事務的に説明をする。
「いや、レイナ先生とは仕事の同僚でしか」
「っ! 一緒に旅行した仲よ!」
おっさん目を剥いてレイナ先生に振り向く。
何を思ったかレイナ先生はおっさんの腕に抱きついてそう言った。
はわわ(可愛くない)、やべぇよやべぇよ……なんで油に火を注ぐような行為を。
マグヌス氏は額に血管を浮かばせると、憤怒の表情を隠せていなかった。
一方完全に他人のブルーベリー氏はどうしていいものか、慌てていた。
「旅行……だと?」
「いや、あれは修学旅行みたいな団体旅行で――」
「そう、同じホテルに泊まってね?」
「なっ!」
「おいいいい! 何勘違いさせるようなことを言ってんだぁー!?」
何を考えているのか理解に苦しむが、レイナ先生は次々と爆弾発言を投下していく。
その度におっさんは、顔色を悪くしているってのに。
見る見る内にマグヌス氏は顔を真っ赤にしていた。
レイナ先生はこっそり
『ちょっとだけ話合わせて! マグヌスおじ様って、結構過保護で
『だからってなんで湾曲したような表現を!』
『いや、付き合っているかのような偽装してくれたら、おじ様も諦めてくれるかなって?』
レイナ先生はぶっちゃけた、おっさんは顔を抑えて頭を振るかしかなかった。
つまり完全な誤解だ、そして当然おっさんにはなんの益もない。
これは間違いなく……そう。
(不幸だあーっ!?)
平坦な人生を望むおっさんにとって、最も忌み嫌うのは過剰な幸運と、そして不幸。
過度な幸福も、絶望的な不幸も要らない、フラットな人生こそ美学。
今それが完全に崩れたことに、おっさんは涙を禁じ得なかった。
「だ、ダルマギク君と言ったか? 是非君とは一対一で話し合いたい……! 出来るかね?」
「嫌と言っても強制されるイベントじゃないですか嫌だー」
「ゴメンねグラル、テヘペロ♪」
なんて可愛い顔で謝る気ゼロな気もするが、レイナ先生はおっさんの背中に隠れた。
おっさんは厳ついおじさんに熱い、いや暑苦し過ぎる握手を強制される。
「あー、マグヌス、私は他を周っているよ? ハナビシ君、良かったらまたお茶しよう?」
「はーいはいはい、ブルーベリー様も日々寂しいでしょうから、付き合ってあげますよー」
「うぐ、娘には内密に……」
ブルーベリー氏はそう言うと、魔法科の棟からそそくさ逃げ出すように出て行った。
一方そんな連れなどもう眼中に無いマグヌス氏はおっさんに暑苦し過ぎる視線を送っている。
「今日、時間あるかね? 良かったら食事でも?」
「ハイ、ヨロコンデー。拒否権なんてあるんでしょうか?」
おっさん完全に巻き込まれた、不幸の渦に。
誰か助けてー(血涙)。
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