第114話 おっさんは、学園祭も問題だらけ

 少し涼しくなった秋の中頃、カランコエ学園学園祭は始まった。

 この日は一般来場客も許されており、校門では入場者にパスが差し出される。

 受け取ったパスさえあれば、校内もあらかた訪ねられる。おっさん達教師は不審者が入って来ないか、注意を払っていた。


 「いらっしゃーい! モロモロ焼きだよー!」

 「綿あめやってまーす! 甘くて美味しいよー!」


 校門から校内を逸れて、運動場へと続く道の両脇には学生たちの出店が並んでいた。

 こういった風景はブリンセルでも、おっさんの古巣バーレーヌでも変わらんな。

 土地が変わっても子供達は変わらない、それは良いことだ。


 「おう! 先生! 久し振りです!」

 「うん? アンタは?」


 突然嫌に厳つい二メートルはある偉丈夫いじょうぶが正面から現れた。

 このどこぞのヤクザみたいな風貌のおっさんは確か。


 「ターゲスさん!」


 そう、ゴールド・ターゲス。

 テンの保護責任者だ。ターゲスさんはおっさんの前に駆け寄ると、大きな手で思いっきりおっさんの手を掴んできた。

 握手のつもりだろう、だがあまりの握力におっさん呻く!


 「痛た!? きょ、今日はテンに会いに?」


 おっさんは苦笑いしながら、手を離した。

 想像以上の馬鹿力に、おっさんまだ手の痛みが抜けない。

 ターゲスさんには、悪気はなくただパワーが有り余っているのだろう。

 職業は大工とのことだが、大工ってこんな力自慢ばかりなのか?


 「ええ、まあテンには来るなって言われてるんですが」

 「ああー、あの位の年頃の少女は、親の前では恥ずかしいんですよ」

 「うう、しかしテンの晴れ舞台! ちょっと覗く位ならいいですよね!」


 テンの養父ターゲスさんは、見ての通り暑苦しい。

 ちょっと排他的で、身内には甘く、情に篤いという見たまんまの下町のおっさんは、子供からすれば鬱陶しいだろうな。

 おっさんも経験的に分かるが、女の子はこじらせると厄介だからな。


 「先生! テンはどこにいるんでしょうか!?」

 「テンなら本館の二階に――」

 「おっしゃ! いつもテンがお世話になってます先生! それでは!」


 おっさんが言い切る前に、ターゲスさんは凄まじい健足で駆けた。

 静止しようと手を伸ばすが間に合わない、おっさんは「はあ」と溜息をつくと、ターゲスさんの背中を追いかけた。


 「校内は走らないでー! 衝突注意ー!」




         §




 二階各教室では様々な催しがある。

 お化け屋敷、個人芸術展、ちょっとした飲食店も。

 おっさんは賑わう校舎をぶつからないように注意しながらターゲスさんを探した。

 今のテンは恐らく際どいメイド服でウェイトレスをやっている筈だ。

 流石にターゲスさんには刺激が強過ぎる。


 「嫌ああああ!?」

 「っ!? 遅かったか!」


 ガッシャアアン!


 通路側の窓ガラスが割れた、一人のおっさんがふっ飛ばされたのだ。

 まさかターゲスさんかと慌てて駆け寄るが、ふっ飛ばされたのは似ても似つかない太ったおっさんだった。

 ていうかこいつは……!


 「痛た……何するであるかー!」

 「………」


 太ったおっさんは元気なもので、上半身を起き上がらせると猛抗議した。

 猛抗議された張本人、メイド服姿のテンは蹴りを放った直後の姿勢のままだった。


 「全く近頃の獣人はちょっとしたジョークも理解せん」

 「後ろから尻尾を触って冗談のつもり!?」

 「ほ、本物か確かめただけである!」


 おっさん頭を抱えるしかなかった。

 この男間違いなくグールー・ヤマブキ。

 この国でも有数の金持ちでちょっとおかしな特殊性癖の持ち主だ。

 以前義妹のガーネットにスキュラ族のスキラへと手を出す無節操さは忘れられない。

 というか完全にアウトだよ! ウェイトレスに手を出したら完全にアウト!


 「む? お主確か我がスイートハニーガーネット君の兄君?」

 「少し事情を伺いたい、ご同行頂けますか?」


 おっさん顔を覚えられていた事は意外だったが、あくまで義妹のついでのようだ。

 ただおっさんは教師として怖い顔でグールーを睨みつける。


 「な、なんであるか? 顔が怖いぞ?」

 「い・い・か・ら!」


 おっさんは無理矢理グールーの腕を掴んで起き上がらせた。

 騒ぎを聞きつけ、周囲に配置された先生達も集まってくる。


 「どうした!」

 「痴漢です!」

 「なに! 教師の俺達でも手を出してないのにそんな羨まけしからん!」

 「その邪な欲望はお前だけだ」


 女生徒達の厳しい視線がグールーを突き刺し、屈強な男性教師がグールーを拘束する。

 ここにグールーの味方は一人もいない。


 「は、離せ! 離すのである! ワシはグールー・ヤマブキだぞ!」

 「はいはい、続きは事務室で聴取しますから!」


 白衣を着た化学教師はお手製の手錠をグールーに掛けると、グールーは力任せに引っ張られる。

 グールーは抵抗するが、多勢に無勢。いかに貴族でもこれでは無力だ。

 そのままグールーは断末魔のような悲鳴を上げながら連行されていく。

 恐らくパスを剥奪されて、外に追い出されるだろう。

 ていうか、なんで貴族が庶民の学園に来てるのかね?


 「グラル……その」

 「ああ、テン。無事か? 何をされた?」

 「尻尾触られただけ、ボクびっくりして蹴っちゃった」


 蹴っちゃった、というには凄まじい惨状だな。

 おっさんは粉砕された窓ガラスを見てあ然となる。

 獣人の身体能力は人族とは比べ物にならない、キック力は平均でも人族の三倍と言われるが、まさにその通りだった。

 逆説的に考えればグールーの耐久力はそこらの戦士以上か。

 単なるギャグキャラ補正の気もするが。


 「兎も角無事で良かった。先生は掃除道具持ってくるから、しばらくここで待機すること」

 「うん、ごめんなさいグラル」


 テンは素直で良い子だ。

 この子が学園で何不自由なく過ごせるように出来るなら、先生も頑張った甲斐があるというもの。

 おっさんはそう思うと掃除道具が纏めて置いてあるロッカーに向かう。

 割れたガラスは危険だ、直ぐに修繕しないと。

 だが、その時。


 「きゃああああ!」

 「またか! 今度はなんだ?」


 またもやテンの絶叫。

 おっさんは振り返ると、今度はターゲスさんだった。

 忘れてた! ターゲスさんが来るの!


 「うおおお! 可愛いぞテンー!」

 「帰ってよ! おっちゃん!」


 ターゲスさんはテンを眼に刻み込むと、全速力でその場から逃げ出した。


 「廊下を走るなー!」


 脇から女教師の激昂が飛んだ。

 おっさんは箒とチリトリを手に持つと、まだ学園祭は始まったばかりなのだと、辟易するのだった。

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