間章 剣の精霊は、自由を知りたい

 そこは荘厳そうごんな神話の一場面を天井に描いた、王宮の心臓部だった。

 ピサンリ王国ワタゲ城、この現代的とはいえない質実剛健な旧式の山城にあって、数少ない非戦闘目的で改築されたであろう玉座の間には、数名この国の運営に携わる者の姿があった。


 「つまり外見が変わったのは、剣としての性質が変わったからか?」


 やや皺枯しわかれた声でそう言ったのは、初老の小太りした白髪の王タクラサウム・タンポポだ。

 タンポポはそんな私、そう気高く美しく、そして愛と正義を守る孤独の美少女ブルーローズを怪訝けげんな表情で見ていた。


 「姿が変わっただけではないのか?」


 三白眼さんぱくがんでこちらを睨んでくる大臣は……誰だっけ?

 まあいいや、モブキャラに興味なんてないし。

 兎に角私はもはや花剣の精霊ブルーローズに生まれ変わったのだ!


 「アーッハッハッハ! 凡骨共に私の価値など分かるまい! タクラサウム貴様もだ!」

 「ぬう! なんという悪態を!」

 「よい、誤解を招いた余に責任はある」


 私は胸を思いっきり張り、タクラサウムを指差す。

 そう、元々を言えば諸悪の根源はタクラサウムにあるのだ!

 私を自分の手元に持ってこさせ、そのまま管理下で軟禁する気だったのよ、こいつは!

 え? 言い過ぎ? ガーネットの証言と違う? 細けえことは良いのよ!


 「というわけで! 自由にさせてもらうから!」


 私はそう言うと踵を返す。

 貴族の何人かが怖い顔で足止めしようとするが、タクラサウムは手をかざし、「よい」と首を振ると、貴族達も諦めた。

 明らかに反感を買うやり方だったが、タクラサウムには貴族や大臣をまとめ上げる才覚はあるみたいね。

 私はそんなタクラサウムに六十点を与える、百点方式でね?


 謁見の間の大扉の前には騎士が二人立ちはだかる。

 騎士たちの表情は分からない、だが私は見えないものが見えるから、その感情は丸わかりだった。

 悔しさだ、王を侮辱されて悔しいのだ。プププッ、悔しかったらギャフンと言わせて見せなさいよバーカ♥。


 「ふふーん、失礼」


 今の私を邪魔する者はいなかった。

 タクラサウムがそうさせたのだ、あの男に私はこの街で自由にすることを約束させた。

 つまり、そんな私を偉い偉い騎士様でも止められない。

 ぷくく、駄目ね笑いが零れそう。

 ねえねえ、どんな気持ちって、聞いてしまいたいが、ここではまだ自重だ。


 私はあくまでも優雅に、謁見の間を抜ける。

 その好奇の視線を全身に浴びながら、私は徐々に気分を高揚させて早歩きになっていった。


 「うふふ、アハハ、アーッハッハッハ! 最高にハイッてやつだーっ!」


 私は喜々として絶叫すると、王城から飛び出した。

 もはや誰にも私は止められない! 私は真の自由を手に入れたのだ!




           §




 「駄目です、うちでは飼えません」


 駄目でした、自由は一瞬で砕かれたわ。

 私にそんな絶望の言葉を囁いたのは、冴えないキモい、生きてる価値が無い中年のおっさんだ。

 グラル・ダルマギク、数少ない私を全然敬わない奴、こんなのもうただの情けないおっさんよ!

 さて、なんでこんなことになってるんだっけ?

 そうそう、自由とはいえ一文無し、温かいベッドに憧れて、グラルとガーネットの暮すシェアハウスに転がり込んだのだ。


 「そんこと言わずにさあ? 泊めて?」


 そうそう、こんな感じに、めっちゃフランクに言ったのよ?

 なのにグラルったら、まるで憐れむような、でもやっぱり本当は見下しているような目で。


 「駄目です」


 だよ? まるで養豚場の豚でも見るかのような目で言ってくるんだよ!?

 残酷だわ! 他人を拒絶する邪悪な視線!


 「この悪魔めっ!」

 「悪魔はここにはいませんが、私はショゴスですが?」

 「私も悪魔ではありませんが、よくそう言われます。何気にショックです。ガビーンです」


 悪魔という言葉に同じ容姿をした双子銀髪姉妹が過敏に反応した。

 そう言えば厳密には魔族じゃないけど、悪魔っぽい姿の娘がいたの忘れてた。

 悪魔は封印ね、流石にトラウマ抉るのは可哀想だわ。


 「ねえねえ? 泊めてくれたら、ヤらせてあげるわよ?」


 何をと言えば、私にも分からない。

 ただドージンシ? とかいう薄い本ではこう言えば泊めて貰えるみたいだ。

 人間って本当に不思議よね、どうして一つ屋根の下で過ごすのをそんなに嫌がるのかしら?

 けれどグラルは更に失望したような、そんな空虚な目で私を見ていた。


 「な、なによ? 憐れんでいるの? 同情? わ、私はブルーローズよ!?」

 「……憐れ過ぎて何も言えん」


 グラルはもはや諦めたように、ただ深い溜め息を吐いて首を振った。

 私はそれを見て、悔しくて悔しくて唇を噛んだ。


 「なによなによ! 人がここまで頼んでるのにケチ! オタンコナス!」

 「ボキャブラリーが貧弱です」


 青い方に突っ込まれたが、貴方も大概でしょう! と心の中で突っ込む。

 こうなれば逆ギレだ、手段など選んでいられるか!

 

 「こうなったら梃子テコでも動かないもんねー!」

 「つか、ここ学園職員しか暮らせないの……サファイア達の事後承諾の件もあるし、これ以上学園での立場悪くしたくないんだよ……」


 ピシ、私の心の中で何かがひび割れる音がした。

 学園職員しか、職員しか……職員専用。


 「ちょっと待って! じゃあガーネットは? あの子学園職員じゃないでしょ!」

 「家族は例外だ。ガーネットはちゃんと契約時にその点は解決している」

 「じゃあ、あっちの家政婦は!」

 「管理職員ですがなにか?」


 ぐぬぬ! 隙がない!

 銀髪姉妹でさえ仕事があるのに、私にはそれがない?

 え、つまり私ってプータロー? いや今時の子供分からないでしょう?


 しかし冷静になって考えると私って、タダ飯食らいってこと?


 (あれ? 私ってもしかしなくても穀潰ごくつぶし?)


 どっかの少女漫画の驚きシーンの如く驚愕きょうがくする私。

 もしかしなくても私って最低だった?

 グラルならなんだかんだ許してくれるかなー、って人の良心に漬け込んでた?

 

 「ぐぬぬ……剣の精霊ともあろうものが……!」

 「宿が欲しいなら教会か孤児院を頼れ」

 「うわーん! グラルの馬鹿ーっ!」


 私はいたたまれなくなり、その場から逃げ出した。

 シェアハウスを飛び出すと、私は何処とも知れず歩き出す。


 「フハハハハハ! 笑ってみた……はあ」


 空元気に高笑いしてみるが、不味い、非常に不味いぞ。

 自由、制約が無いというのは素晴らしい。

 けど人間というものは管理されて初めて生き長らえるもの。

 人の管理を受けないということは、自由だけどなんのインフラの恩恵も受けられない!


 「ぐぬぬ、タクラサウムー! これを見越して私を泳がしたのかーっ!」


 もはや責任転嫁だ、分かっている。

 悪いのは自分、ただ楽をしたいだけ。

 結局自由ってなんなのか、自由と無法は違うって言うけれど、自由って難しいのね。


 「ククク……」

 「誰!? こそこそ笑うのは!」


 私は邪悪な気配を感じて身構えた。

 その気配は時々この街で感じていた。

 人間の中にあってこれ程まで異質な悪意……私は悪意の根源を睨みつけた。


 「我は魔王ヘリオライト……ククク、お初目お目にかかる剣の精霊よ」

 「お前が魔王? 裸の王様にしか見えないけれど?」

 「構わんさ、蝿に裸を見られて恥ずかしがる人間がいるか?」


 邪悪な気配を滲み出させる男はヘリオライトという人族? なのかしら?

 赤い炎のような髪に、漆黒の目、人族っぽいけど、中身は寧ろ。


 「精霊さ」

 「なぜ精霊が受肉している?」


 ヘリオライトは察するに炎の精霊だろう、彼からは絶対的な炎の理を感じる。

 ここまで邪悪に染まった精霊も珍しいけれど。

 ヘリオライトはまるで全てを見下すように笑った。

 反社会的、私と違ってこいつは無法ね。


 「お前と一緒さ、理を弄ったのさ」

 「理を……!」


 私は驚いた、精霊が自ら理を弄るなんて。

 下手をすれば全く違う性質の精霊になる恐れもある。

 精霊は極めて変化し難いが、一度変化してしまうともう二度と戻れないかも知れないのだ。

 この炎の精霊は、それを臆することなく実行したのか?


 「私はブルーローズ、もう昔の私とは違うわよ?」


 私はこの名に誇りを覚える。

 グラルが与えてくれたもう一つの真名、この名が私に刻まれた銘ダインスレイブを隠してくれる。

 ヘリオライトはどちらでも良いのか低い声で笑った。

 なんだか頭にくる奴ね、ぶん殴ってやりたくなるわ。


 「それで私になんの用なの?」

 「俺と組まないかブルーローズ、同じ精霊だ」

 「まさか? 同じ精霊だから仲良く? 貴方相反する水の精霊ウンディーネ相手でもそれが言えるの?」


 精霊同士だから仲良く、なんて問屋はこの世界では通じない。

 火のマナが強い場所に水の精霊は顕現出来ないように、水のマナが強い場所に炎の精霊も顕現出来ないのだ。

 上手くマナを調節出来る精霊使いにしても、反発する対の属性は使わないものだ。


 「クハハ! 貴様と俺は利害が合う! 組んでも損はしないと思うが?」

 「利害ですって? 貴方は人を憎悪している。人を愛する私と反対じゃないかしら?」


 私は少しだけ不機嫌になった。

 ヘリオライトは利害が一致すると言っているけど、こんな奴と組んでも百害あって一利なしよ!

 私はヘリオライトを睨みつけるが、彼は全く動じない。

 その姿は正しく精霊だ、精霊は総じて意地っ張りだから。


 「まあいい……お前もいずれ分かる、俺と手を組むしかないと」


 炎の精霊はそう言うと、建物の隙間を通って行ってしまった。

 精霊だけど受肉した存在、魔王ヘリオライト、か。

 私は魔狩りの剣、皮肉めいているけれど、魔王を斬るのが私の役目だ。

 だけど気になるわね……多分ヘリオライトは私をずっと観察していた。

 でも今になって接触してくるなんて……。


 「利害の一致……一体なんのことなのかしら?」


 私はあの言葉を疑問に思いながら、また街を歩き出した。

 正直ヘリオライトは後回しだ、あんな奴のことを考えても時間の無駄である。

 折角得た自由なのだ、時間が勿体ない。

 私は兎に角効率重視、無駄なことは極力省いて行こう。




         §




 ――で、夕方。

 すっかり辺りも暗くなる頃、結局私はシェアハウスの入口前で座り込んでいた。

 結局無駄な時間を使ってしまい、ただ街を散策しただけだった。

 自分が嫌になる。当然部外者の私が入れて貰える訳もないし、ホームレスとして生きるしかないのか。

 憂鬱だ、結局なんの成果もないなんて。

 

 「……まだそんな所にいたのか?」


 私は顔を上げる、玄関を開いたのはグラルだった。

 グラルは「はあ」と溜息をつくと、私の手を取った。

 そして彼はぶっきらぼうに言う。


 「中に入れ、そこにいたら迷惑だ」

 「いいの?」

 「泣きそうな子供のつらでよく言う」


 私は無理矢理立ち上がらされると、彼に手を引かれて中に入った。

 中は朝と対して変わらない、強いて言えばガーネットとコールンが帰ってきているという程度。


 「一体どこ行ってたの? この駄剣は」

 「駄剣って言うな、貧乳エルフ」

 「気に入った、お前は最後に殺してやる」

 「どおどお、喧嘩するな」


 ガーネットとは、どうも上手く行かない。

 考えてみればこの兄弟どっちも私を敬わないのよね。

 妙な兄弟と関わってしまったものだわ。

 グラルは私の手を引くと、テーブルに着かせた。

 私は目の前に置かれた一枚の紙に気づく。


 「なにこれ、入学手続き?」

 「お前にチャンスをやる、その入学手続きを終えたら、お前はカランコエ学園の生徒として編入される。そうなったらお前は学生寮を使用出来る」

 「えっ? グラル……貴方?」


 グラルは明後日の方角を向くと、ポリポリと顎を指で掻いた。

 そんな照れた姿に、あの黒髪巨乳のコールンがクスクス笑う。


 「入学書類持ってきてくれって、グラルさんが言ったんですよ?」

 「関わっていて、後は放置ってのも可哀相だからな……」


 私はグラルが照れていると気付くと、なんだか目頭が熱くなった。

 グラルは私を見捨ててなかった、私はそれが嬉しくて大粒の涙を零す。


 「泣くな、おっさんは選択肢を与えただけだ」

 「うん、うん……」


 私はゴシゴシと、涙を腕で拭う。

 グラルはペンを渡してくると、私はペンを握りしめた。


 「あらあら、そんなに強く握りましたら、ペンが折れてしまいます」

 「どうしたそんなに嬉しいのか?」


 ルビーは私に駆け寄ると優しくワタシの手を解き、グラルはテーブルをトントンと指で叩く。

 私はぷるぷる震えながら、笑顔でグラルに言った。


 「グラル! 私字が書けない!」


 ドンガラガッシャン! とどこかの喜劇のように全員がずっこけた。

 そう、私は兵器だもん! 文字なんて書いたこともないのだった。




 ――後日、グラルに代筆してもらった私は、カランコエ学園に転入生として入学する。

 入学金はどうしたのかグラルに聞くと、奨学金というのを学園から出して貰えるということ。

 最も足りない分はタクラサウムが出してくれるらしいけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る