間章 剣の精霊は、自由を知りたい
そこは
ピサンリ王国ワタゲ城、この現代的とはいえない質実剛健な旧式の山城にあって、数少ない非戦闘目的で改築されたであろう玉座の間には、数名この国の運営に携わる者の姿があった。
「つまり外見が変わったのは、剣としての性質が変わったからか?」
やや
タンポポはそんな私、そう気高く美しく、そして愛と正義を守る孤独の美少女ブルーローズを
「姿が変わっただけではないのか?」
まあいいや、モブキャラに興味なんてないし。
兎に角私はもはや花剣の精霊ブルーローズに生まれ変わったのだ!
「アーッハッハッハ! 凡骨共に私の価値など分かるまい! タクラサウム貴様もだ!」
「ぬう! なんという悪態を!」
「よい、誤解を招いた余に責任はある」
私は胸を思いっきり張り、タクラサウムを指差す。
そう、元々を言えば諸悪の根源はタクラサウムにあるのだ!
私を自分の手元に持ってこさせ、そのまま管理下で軟禁する気だったのよ、こいつは!
え? 言い過ぎ? ガーネットの証言と違う? 細けえことは良いのよ!
「というわけで! 自由にさせてもらうから!」
私はそう言うと踵を返す。
貴族の何人かが怖い顔で足止めしようとするが、タクラサウムは手を
明らかに反感を買うやり方だったが、タクラサウムには貴族や大臣をまとめ上げる才覚はあるみたいね。
私はそんなタクラサウムに六十点を与える、百点方式でね?
謁見の間の大扉の前には騎士が二人立ちはだかる。
騎士たちの表情は分からない、だが私は見えないものが見えるから、その感情は丸わかりだった。
悔しさだ、王を侮辱されて悔しいのだ。プププッ、悔しかったらギャフンと言わせて見せなさいよバーカ♥。
「ふふーん、失礼」
今の私を邪魔する者はいなかった。
タクラサウムがそうさせたのだ、あの男に私はこの街で自由にすることを約束させた。
つまり、そんな私を偉い偉い騎士様でも止められない。
ぷくく、駄目ね笑いが零れそう。
ねえねえ、どんな気持ちって、聞いてしまいたいが、ここではまだ自重だ。
私はあくまでも優雅に、謁見の間を抜ける。
その好奇の視線を全身に浴びながら、私は徐々に気分を高揚させて早歩きになっていった。
「うふふ、アハハ、アーッハッハッハ! 最高にハイッてやつだーっ!」
私は喜々として絶叫すると、王城から飛び出した。
もはや誰にも私は止められない! 私は真の自由を手に入れたのだ!
§
「駄目です、
駄目でした、自由は一瞬で砕かれたわ。
私にそんな絶望の言葉を囁いたのは、冴えないキモい、生きてる価値が無い中年のおっさんだ。
グラル・ダルマギク、数少ない私を全然敬わない奴、こんなのもうただの情けないおっさんよ!
さて、なんでこんなことになってるんだっけ?
そうそう、自由とはいえ一文無し、温かいベッドに憧れて、グラルとガーネットの暮すシェアハウスに転がり込んだのだ。
「そんこと言わずにさあ? 泊めて?」
そうそう、こんな感じに、めっちゃフランクに言ったのよ?
なのにグラルったら、まるで憐れむような、でもやっぱり本当は見下しているような目で。
「駄目です」
だよ? まるで養豚場の豚でも見るかのような目で言ってくるんだよ!?
残酷だわ! 他人を拒絶する邪悪な視線!
「この悪魔めっ!」
「悪魔はここにはいませんが、私はショゴスですが?」
「私も悪魔ではありませんが、よくそう言われます。何気にショックです。ガビーンです」
悪魔という言葉に同じ容姿をした双子銀髪姉妹が過敏に反応した。
そう言えば厳密には魔族じゃないけど、悪魔っぽい姿の娘がいたの忘れてた。
悪魔は封印ね、流石にトラウマ抉るのは可哀想だわ。
「ねえねえ? 泊めてくれたら、ヤらせてあげるわよ?」
何をと言えば、私にも分からない。
ただドージンシ? とかいう薄い本ではこう言えば泊めて貰えるみたいだ。
人間って本当に不思議よね、どうして一つ屋根の下で過ごすのをそんなに嫌がるのかしら?
けれどグラルは更に失望したような、そんな空虚な目で私を見ていた。
「な、なによ? 憐れんでいるの? 同情? わ、私はブルーローズよ!?」
「……憐れ過ぎて何も言えん」
グラルはもはや諦めたように、ただ深い溜め息を吐いて首を振った。
私はそれを見て、悔しくて悔しくて唇を噛んだ。
「なによなによ! 人がここまで頼んでるのにケチ! オタンコナス!」
「ボキャブラリーが貧弱です」
青い方に突っ込まれたが、貴方も大概でしょう! と心の中で突っ込む。
こうなれば逆ギレだ、手段など選んでいられるか!
「こうなったら
「つか、ここ学園職員しか暮らせないの……サファイア達の事後承諾の件もあるし、これ以上学園での立場悪くしたくないんだよ……」
ピシ、私の心の中で何かがひび割れる音がした。
学園職員しか、職員しか……職員専用。
「ちょっと待って! じゃあガーネットは? あの子学園職員じゃないでしょ!」
「家族は例外だ。ガーネットはちゃんと契約時にその点は解決している」
「じゃあ、あっちの家政婦は!」
「管理職員ですがなにか?」
ぐぬぬ! 隙がない!
銀髪姉妹でさえ仕事があるのに、私にはそれがない?
え、つまり私ってプータロー? いや今時の子供分からないでしょう?
しかし冷静になって考えると私って、タダ飯食らいってこと?
(あれ? 私ってもしかしなくても
どっかの少女漫画の驚きシーンの如く
もしかしなくても私って最低だった?
グラルならなんだかんだ許してくれるかなー、って人の良心に漬け込んでた?
「ぐぬぬ……剣の精霊ともあろうものが……!」
「宿が欲しいなら教会か孤児院を頼れ」
「うわーん! グラルの馬鹿ーっ!」
私はいたたまれなくなり、その場から逃げ出した。
シェアハウスを飛び出すと、私は何処とも知れず歩き出す。
「フハハハハハ! 笑ってみた……はあ」
空元気に高笑いしてみるが、不味い、非常に不味いぞ。
自由、制約が無いというのは素晴らしい。
けど人間というものは管理されて初めて生き長らえるもの。
人の管理を受けないということは、自由だけどなんのインフラの恩恵も受けられない!
「ぐぬぬ、タクラサウムー! これを見越して私を泳がしたのかーっ!」
もはや責任転嫁だ、分かっている。
悪いのは自分、ただ楽をしたいだけ。
結局自由ってなんなのか、自由と無法は違うって言うけれど、自由って難しいのね。
「ククク……」
「誰!? こそこそ笑うのは!」
私は邪悪な気配を感じて身構えた。
その気配は時々この街で感じていた。
人間の中にあってこれ程まで異質な悪意……私は悪意の根源を睨みつけた。
「我は魔王ヘリオライト……ククク、お初目お目にかかる剣の精霊よ」
「お前が魔王? 裸の王様にしか見えないけれど?」
「構わんさ、蝿に裸を見られて恥ずかしがる人間がいるか?」
邪悪な気配を滲み出させる男はヘリオライトという人族? なのかしら?
赤い炎のような髪に、漆黒の目、人族っぽいけど、中身は寧ろ。
「精霊さ」
「なぜ精霊が受肉している?」
ヘリオライトは察するに炎の精霊だろう、彼からは絶対的な炎の理を感じる。
ここまで邪悪に染まった精霊も珍しいけれど。
ヘリオライトはまるで全てを見下すように笑った。
反社会的、私と違ってこいつは無法ね。
「お前と一緒さ、理を弄ったのさ」
「理を……!」
私は驚いた、精霊が自ら理を弄るなんて。
下手をすれば全く違う性質の精霊になる恐れもある。
精霊は極めて変化し難いが、一度変化してしまうともう二度と戻れないかも知れないのだ。
この炎の精霊は、それを臆することなく実行したのか?
「私はブルーローズ、もう昔の私とは違うわよ?」
私はこの名に誇りを覚える。
グラルが与えてくれたもう一つの真名、この名が私に刻まれた銘ダインスレイブを隠してくれる。
ヘリオライトはどちらでも良いのか低い声で笑った。
なんだか頭にくる奴ね、ぶん殴ってやりたくなるわ。
「それで私になんの用なの?」
「俺と組まないかブルーローズ、同じ精霊だ」
「まさか? 同じ精霊だから仲良く? 貴方相反する水の精霊ウンディーネ相手でもそれが言えるの?」
精霊同士だから仲良く、なんて問屋はこの世界では通じない。
火のマナが強い場所に水の精霊は顕現出来ないように、水のマナが強い場所に炎の精霊も顕現出来ないのだ。
上手くマナを調節出来る精霊使いにしても、反発する対の属性は使わないものだ。
「クハハ! 貴様と俺は利害が合う! 組んでも損はしないと思うが?」
「利害ですって? 貴方は人を憎悪している。人を愛する私と反対じゃないかしら?」
私は少しだけ不機嫌になった。
ヘリオライトは利害が一致すると言っているけど、こんな奴と組んでも百害あって一利なしよ!
私はヘリオライトを睨みつけるが、彼は全く動じない。
その姿は正しく精霊だ、精霊は総じて意地っ張りだから。
「まあいい……お前もいずれ分かる、俺と手を組むしかないと」
炎の精霊はそう言うと、建物の隙間を通って行ってしまった。
精霊だけど受肉した存在、魔王ヘリオライト、か。
私は魔狩りの剣、皮肉めいているけれど、魔王を斬るのが私の役目だ。
だけど気になるわね……多分ヘリオライトは私をずっと観察していた。
でも今になって接触してくるなんて……。
「利害の一致……一体なんのことなのかしら?」
私はあの言葉を疑問に思いながら、また街を歩き出した。
正直ヘリオライトは後回しだ、あんな奴のことを考えても時間の無駄である。
折角得た自由なのだ、時間が勿体ない。
私は兎に角効率重視、無駄なことは極力省いて行こう。
§
――で、夕方。
すっかり辺りも暗くなる頃、結局私はシェアハウスの入口前で座り込んでいた。
結局無駄な時間を使ってしまい、ただ街を散策しただけだった。
自分が嫌になる。当然部外者の私が入れて貰える訳もないし、ホームレスとして生きるしかないのか。
憂鬱だ、結局なんの成果もないなんて。
「……まだそんな所にいたのか?」
私は顔を上げる、玄関を開いたのはグラルだった。
グラルは「はあ」と溜息をつくと、私の手を取った。
そして彼はぶっきらぼうに言う。
「中に入れ、そこにいたら迷惑だ」
「いいの?」
「泣きそうな子供の
私は無理矢理立ち上がらされると、彼に手を引かれて中に入った。
中は朝と対して変わらない、強いて言えばガーネットとコールンが帰ってきているという程度。
「一体どこ行ってたの? この駄剣は」
「駄剣って言うな、貧乳エルフ」
「気に入った、お前は最後に殺してやる」
「どおどお、喧嘩するな」
ガーネットとは、どうも上手く行かない。
考えてみればこの兄弟どっちも私を敬わないのよね。
妙な兄弟と関わってしまったものだわ。
グラルは私の手を引くと、テーブルに着かせた。
私は目の前に置かれた一枚の紙に気づく。
「なにこれ、入学手続き?」
「お前にチャンスをやる、その入学手続きを終えたら、お前はカランコエ学園の生徒として編入される。そうなったらお前は学生寮を使用出来る」
「えっ? グラル……貴方?」
グラルは明後日の方角を向くと、ポリポリと顎を指で掻いた。
そんな照れた姿に、あの黒髪巨乳のコールンがクスクス笑う。
「入学書類持ってきてくれって、グラルさんが言ったんですよ?」
「関わっていて、後は放置ってのも可哀相だからな……」
私はグラルが照れていると気付くと、なんだか目頭が熱くなった。
グラルは私を見捨ててなかった、私はそれが嬉しくて大粒の涙を零す。
「泣くな、おっさんは選択肢を与えただけだ」
「うん、うん……」
私はゴシゴシと、涙を腕で拭う。
グラルはペンを渡してくると、私はペンを握りしめた。
「あらあら、そんなに強く握りましたら、ペンが折れてしまいます」
「どうしたそんなに嬉しいのか?」
ルビーは私に駆け寄ると優しくワタシの手を解き、グラルはテーブルをトントンと指で叩く。
私はぷるぷる震えながら、笑顔でグラルに言った。
「グラル! 私字が書けない!」
ドンガラガッシャン! とどこかの喜劇のように全員がずっこけた。
そう、私は兵器だもん! 文字なんて書いたこともないのだった。
――後日、グラルに代筆してもらった私は、カランコエ学園に転入生として入学する。
入学金はどうしたのかグラルに聞くと、奨学金というのを学園から出して貰えるということ。
最も足りない分はタクラサウムが出してくれるらしいけど。
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