第110話 おっさんは、学園を見回りする その2
学園祭は生徒たちにとって年に一度の大きなイベントだ。
常日頃勉学に励んでいる生徒たちにとって、息抜きのチャンスでもある。
学園祭では生徒たちが考案した催しが行われる、先生達は生徒たちを見守るのがお仕事だ。
「は! は!」
体育館の方を覗くと、いつものように学生達の声が喧しく響く。
おっさんは少しだけ体育館を覗くのだった。
キィン! カン!
「やってるやってる、剣術科」
体育館を最も広く専有していたのは剣術科だ。
おっさんは辺りを見渡すと……いた、コールン先生だ。
剣術科の講師コールン先生はいつものように、生徒たちに声を掛けながら監督していく。
あの若さで超達人の実力者、正真正銘の天才、そこからついた二つ名は辺境の剣聖。
コールンさんは
住めば都でもバーレーヌは田舎だからな。
とまぁ教師としては間違いなく優秀な人だ。実際受講者の多さがその証明だろう。
この学園でもっとも力が入っているのは間違いなく剣術科だ。
生徒数は三百人、コールンさんの人望の凄さでもある。
「イキシア先生、模擬戦お願いしますっ!」
おっ? 突然ガラの悪い雰囲気をした男子生徒がコールン先生の前に出た。
多少は
「リクル君? 私とですか?」
「はい! 先生と是非!」
随分熱意があるな、おっさんはああいうギラギラした野心の塊みたいな少年はちょっと苦手だ。
けれど野心は向上心に繋がる、剣術科ならあれ位が丁度いいのだろうか?
だが、周囲の声は、おっさんの予想とはちょっと違うようだ。
「ハイビスカスの奴がイキシア先生と?」
「身の程を知れっての、あの田舎者に負けた癖に」
中々情け容赦がないな……だがリクル君とやらは、そんな野次にガンを向けた。
野次を放った生徒達は一瞬でビビリ、無視するように自主練に励んだ。
ふむ……田舎者? この都会でしかも剣術科……なにか引っかかるな。
おっさんは体育館内を見渡すと、やっぱりいた。アルトだ。
体育館の隅っこで申し訳なさそうに体育座りしているアルトは不安げにリクル君に視線を送っていた。
「まさかアルトか?」
国語教師としてのアルトの評価は勉学はイマイチだが非常に熱意のある生徒だ。
夢は故郷に錦を飾るというように、向上心は誰にも負けないだろう。
剣の腕まではおっさんも知らないが、体力は無茶苦茶あるからな。
もしアルトがリクル君に勝ったのなら、もしかしてアルトの奴、気負ってるのか?
おっさんは、もう一度リクル君に視線を向ける。
「良いでしょう、向上心は良いことです」
コールンさんはそう言うと、涼やかにリクルの挑戦を受けた。
何考えているのかはイマイチ分からん先生だが、少なくとも曲がったことは嫌う人だからな。
「先生、行きますっ!」
生徒達がざわつく中、先ずリクル君が先制した。
コールンさんなら、この程度ならカウンターで一瞬で――。
キン!
甲高い剣戟音、リクル君は剣を両手で握り、コールンさんはそれを受け止めた。
ちょっと予想外だったが、コールンさん手加減している?
前に模擬戦を見た時は、たった一閃で終わらせてたから、これは想定外だ。
コールンさんって、まず馬鹿力が目に付くが、本当に怖いのは神速の斬撃だ。
恐ろしく動きが速く、研ぎ澄まされた剣の技は、斬撃を飛ばす程。
そんな魔王さえも恐れないコールンさんが接待かぁ。
「良い気迫です! 次は?」
「ちい! チェス!」
先生は余裕だ、リクル君は剣を両手で握り、上から振り下ろした。
ブォン!
今度は受けない、コールン先生は僅かに動いてリクル君の打ち下ろしを回避した。
リクル君は
だが今回のコールン先生は超接待仕様らしい、上から叩けば簡単に終わるのに、あえてリクル君が態勢を整えるのを待っていた。
「良い踏み込みです。ですが回避された時の動きはまだまだですね」
「っ……! てや!」
成る程リクル君は力技だな。
コールン先生的には意気込みは評価しているようだ。
とはいえ技が伴わなければ、コールンさんには通用しない。
リクル君は下から剣を振り上げる。
コールンさんはこれも回避、しかしリクル君は今度は剣をその場で直角に振り下ろす。
キィン!
今度はコールンさんも剣の腹で受け止めた。
コールンさんの顔はにこやかだ、まだまだ余裕だな。
「ちゃんと即時対応、筋が良いですよ」
「でや! はあ!」
キィン! キィン! キィン!
目にも留まらぬ乱打、しかしコールンさんは全て受け止める。
思えばコールンさんは一切手を出さないな、これじゃまるで
あるいはそれを承知でコールンさんは彼を鍛えているのか?
「はあ、はあ!」
だが肝心の彼は徐々に息が上がっていた。
見かねたコールンさんは、最後に介錯するように、シンプルな突きをリクル君の喉元で寸止めしてみせた。
「ここまでですね」
「ま、参りました……!」
コールン先生はにこやかだ。
既に汗の量でリクル君がどれだけ無駄に動いたかも分かる。
先生としてはどう指導する、この少年?
「クスクス、結局良いところなし」
「やっぱりあの程度だよな」
「はいはい、君たちそう言うなら先生とやってみない?」
どうも彼は嫌われているようだ。
だがコールン先生は、極めてにこやかな笑顔で、陰口を叩く生徒達を模擬戦に誘った。
生徒達は顔を青ざめ首を振るが、こういう時のコールン先生は案外しつこいぞ。
「まあまあ、二人がかりでも構いませんよ? 右手も使わないですから」
無茶苦茶なハンデを提示するコールン先生。
生徒達はそれならと、渋々受け入れた。
一方でリクル君は、酸素不足の身体で激しく呼吸を繰り返していた。
「あの、これタオルだ」
「……っ! 礼は言わん!」
アルトはリクル君にタオルを差し出した。
リクル君は一瞬アルトを睨むが、直ぐにぶっきらぼうにタオルを
アルトはやっぱり浮かない顔だ、一度コールンさんに相談してみるべきか?
事なかれ主義のおっさんが、生徒にあんまり肩入れするのは良くはないのだが、あの調子で学校が楽しいと思えるかは疑問である。
とはいえおっさん、剣はさっぱりだからな。
ガッキィィン!
「うわあああ!?」
「うわっ……人が飛んだ」
コールン先生に目を向けると凄まじい音と共に、生徒達が纏めて吹き飛ばされた。
公約通り、左手一本でまるでギャグみたいに無双していた。
「お口の訓練よりも、剣の訓練を頑張りましょうねー? 返事は?」
「は、ハイ!」
「真面目にがんばりまーす、ハハハ……」
コールンさんは極めて笑顔で、伸された生徒達、それと周囲で心覚えのある生徒達を静かに震え上がらせた。
どんな修羅場を潜ったか、あれがコールンさんの処方術か。
「はいはーい! 注目ー! 剣術大会はもう間近です! 皆さんエントリーは済ませてますねー?」
剣術大会か、カランコエ学園では何気に毎年学園祭でやる催しとして人気がある。
参加は剣術科生徒なら自由らしいが、アルトやリクル君も参加するのか?
「大会かー、お前参加する?」
「出たって勝てねえだろ」
「でも結果出せたら、内申に影響でるもんなあ」
生徒達の意欲はあまり感じないな。
参加する意義よりも、負ける恥の方が悔しいということか。
おっさんの若い頃はそもそも参加する権利も無かった時代だったから、恥もクソも無かったものだが。
「さて、と……見回り再開するか」
もうこれ以上ここを見る必要もなさそうだ。
ていうか改めて住んでいる世界が違う、おっさんには色々場違いだわ。
というわけで、おっさんはその場から退散する。
今回おっさん必要ねえな!
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