学園祭編

第109話 おっさんは、学園を見回りする

 ワイワイガヤガヤ。


 ここはお馴染みカランコエ学園、今は学園祭の準備に取り掛かっていた。

 カランコエ学園では学園祭の催しは生徒が主導して行われる。

 毎年秋の行事として行われてきたものだ。


 「おーい、そこ気をつけろよー?」


 おっさんにとって、ここ首都ブリンセルでの催しは初体験、特に規模の違いには驚かされる。

 元々勤めていた地方都市バーレーヌでは、本当にささやかな催しばかりだったが、流石は大都会、人数が多ければ出来ることも大きく増えるらしい。

 しかし人数が増えれば、ヒューマン・エラーも加速度的に増えるというもの。

 おっさんは、トントントンと金槌を振るう男子生徒に注意を促した。


 玄関前では出店の組み立てが行われている。

 看板を作る者、バルーンアートを作っている生徒もいた。

 普段見ない光景に生徒たちも浮ついている。

 おっさんとしては、怪我人なく終わって欲しいものだな。


 「グラル先生ー!」


 うん? 甲高い聞き慣れた声が校舎から聞こえた。

 おっさんは校舎を見上げると、二階の窓から大きな赤いツインテールを揺らした少女が笑顔で手を振っていた。

 ルルルだ、ルルル・カモミール。

 国語科を選択しているちょっと稀有けうな女子生徒だ。


 「どうしたルルル?」

 「ちょっとなー! こっち来てくれへんー?」


 ルルルはニコニコ笑顔でそう呼んだ。

 ふむ、おっさんは周囲を伺う。

 現場監督の数が足りないのだがどうしたものか。


 「少し待てー!」


 おっさんは最低でも現場監督出来る先生一人を探す。

 学園祭は生徒だけでなく、先生も大忙しだ。

 キリキリ舞いに働くのは好きじゃないが、どうしたって責任問題は付き纏うからな。


 「大変そうね先生」


 突然、今度は一階校舎から声を掛けられた。

 窓から上半身を乗り出していたのは温和な雰囲気が纏わりつく白衣の女性だった。

 保険医のクリューン先生だ。保険室は直ぐそこで、本人は少し退屈ぎみに見えた。


 「丁度いい、バリエガタ先生、こっちの監督少しの間任せて構いません?」

 「そりゃ別にいいけどダルマギク先生どこ行くの?」

 「ちょっと生徒に呼ばれてましてー!」


 おっさんはそう言うと早歩きで校舎に向かう。

 クリューン先生に任せれば問題ないだろう、あの人少々頭が固い所があるが、責任感は強い人だからな。

 校舎に入れば、こっちも大忙しだ。

 通路で作業する生徒たち、おっさんは生徒たちに声を掛けながら、なるべく急いで二階に向かう。


 「先生こっちやこっちー!」


 特徴的な声、おっさんは声に振り向くとルルルが呼んでいた。

 そういえばルルルは学園祭は何を催すのだろう?

 因みに特別な事情を除いて学園祭は全生徒が参加する義務がある。

 サボろうという浅はかな魂胆なら通じないぞ。


 「一体どうしたルルル?」

 「エヘヘー、ちょっとこっち来てなー」


 おっさん、言われた通りルルルの下に向かう。

 ルルルは教室を静かに指差した。

 おっさんはその指先を視線で追う、すると教室にはメイド服に身を包んだ狐の獣人少女が動作確認をしていた。


 「えーと、ここはこうしてー」

 「お、あ……」

 「ふえ? えええええ!? ぐ、グラルー? な、なんで! ちょっとルルルちゃんー!?」

 「アーハッハッハ! 可愛いでテン! ほな、さいならー!」


 なんとルルルはおっさんにテンのメイド服姿を見せる為だけに呼んだらしい。

 おっさんは思った以上に可愛いテンの姿に驚く。

 改めてテンって素材が良いというか、美少女なんだよなあ。

 あんまり普段は意識しないが、特別な格好をすると、正面から見てられない。


 「え、えとグラル、これはその……」

 「似合っているぞ、うん」

 「ううう……ルルルちゃんに軽食屋やろうって誘われたら突然こんなウェイトレス服着させられて」


 アイツが主犯か、テンは恥ずかしそうにミニスカートの裾を握り、耳を垂れさせた。

 腰から生える大きな尻尾は揺れる度にスカートが上がり、かなり際どい物だった。


 「そ、そうか。学園祭初めてだと思うが、頑張ってな」

 「う、うん! グラル……その、ありがとう」

 「……もう行くぞ」


 おっさんはそう言うとその場を離れた。

 テンは恥ずかしがりながらも、真面目にウェイターとしての訓練に取り掛かっていた。

 しかしルルルがメイド喫茶だと? なにか裏がありそうだが、なにが目的だろうか?

 ルルルといえば、金にがめつい性格だが、学園祭の売上は全額教会へ寄付する手筈だ。

 ということは、目的は金じゃないと思うべきか。

 うーむ、分からん。一体何を考えている。


 「しかしやっぱりテンはエロい……ゲフンゲフン! 可愛いな」

 「変態だー、生徒に欲情、正に悪魔!」


 おっさんはギョッとすると、階段の方から、こちらを覗き込むようにミニマムな教師がニヤニヤ悪どく笑っていた。

 おっさんはその教師を確認すると、頭を抱える。


 「なんて時代だ! 悪党だけが笑っている!」

 「そんな時代が気に入らねえ!」


 緋色の髪の小さな教師レイナ・ハナビシはノリノリでおっさんの下に駆け寄ってきた。

 魔法科は学園祭となれば花形の筈だが、なんで校舎にいるんだろう。


 「レイナ先生、どうして校舎側? 魔術実習棟の方はいいんですか?」


 カランコエ学園には魔法を実習する為の特別な建物がある。

 体育館より少し小さいが、初歩的な魔法の実践や、錬金術の実践などを行える。

 専門で考えればレイナ先生はほぼそっちに掛りきりになりそうだが。

 しかしこの先生はというと。


 「暇潰し!」


 とばっさり言い切った。

 おっさんは「成る程」と納得する。

 退屈を何よりも嫌うレイナ先生らしいが。


 「魔法科って言っても、ウチの弱小っぷり忘れた? この学園魔法より剣の方が力入れてるもんなー」


 レイナ先生はどうやら愚痴を聞いてほしいようだ。

 そりゃ誰でも剣なら学べるが、魔法を学ぶのは手間がかかる。

 おっさんでさえ知らない魔法知識はまだまだあるし、魔法使いの先は長いからな。

 レイナ先生も魔法使いとしては二流と自負するとおり、あまり派手な魔法が使えない。


 「ねえグラル! 魔法科に来ない? 戦力不足なのよ!」

 「国語教師で充分です、むしろ国語の方が重要です」


 魔法科への転向は望むものではない。

 国語の軽視の方が大問題だ。

 識字率の比較的高いブリンセルではどうも軽視されるんだよなー。

 レイナ先生はおっさんの確固たる意思を知ると、「ちぇ!」と舌打ちした。

 またあからさまな表現だ、そう簡単に諦めはしないだろうな。


 「これで勝ったと思うなよ! 何度でも勧誘するんだからー!」


 どんな負け惜しみだ、と突っ込みたいがおっさんは言葉を飲み込む。

 レイナ先生はビシッとおっさんを指差すと、バタバタと逃走するように走り去った。


 「なんなんだアンタ」


 おっさんは顔面を手で押さえて首を横に振るのだった。

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