第105話 おっさんは、剣の精霊の本当の名を知る
「あら……兄さん奇遇ね……て、あら?」
校舎の入口に義妹のガーネットがいた。
ガーネットはこちらを振り返ると、ローズはおっさんの後ろに回り込んだ。
どういうことか、おっさんは少し思案するが、その答えは明白。
ローズがしきりに頭上を気にしていたのはガーネットだったのか。
「ようガーネット、一体学園になんの用だ?」
おっさんはなるべく平静に努めて、来訪の理由を尋ねた。
ガーネットは目を細めると、俺の後ろに注目する。
「ええと、人を探してるの……まあ、半分は兄さんの様子を見に、だけど……?」
ガーネットはおっさんの後ろを気にして、立ち位置を変える。
しかしローズは対抗して、おっさんを壁に移動する。
いたちごっこだ、ガーネットはやや苛立ったように質問する。
「ねえ兄さん、後ろに隠れているのは誰なの?」
「ぎくぎく!」
おっさんは頭を抱える、これはお手上げだろう。
まさか追手がガーネットとは予想していなかったが、凄腕の冒険者という言葉に注意するべきだった。
忘れがちだが、ガーネットはこの国有数の冒険者だったな。
「にゃーん」
「なんだネコか……て、それで騙せると思ってるの!?」
「げげ! ば・れ・た・か。げろげろ」
まあ隠し通せるなんてこれっぽっちも思っていないが、予想の斜め上の反応を見せるローズ。
あのガーネットが額に血管を浮かび上がらせるとはよっぽどの事態だぞ。
ローズって本当にウザいんだな、気持ちは嫌と言うほど分かるが。
「ローズ、諦めろ」
「諦めたら試合終了だよ!」
「なに? なんで兄さんと仲良くなってんの?」
ローズは相変わらず訳のわからないことをのたまうと、顔を背中から出した。
ガーネットは胸元で腕を組むと、高圧的にローズを見下す。
ローズはおずおずと前に出てくると、「ふん!」と鼻を鳴らし、勝ち気に気丈さを見せた。
「久し振りねガーネット! だけどこれで勝ったと思わないでよ!」
「相変わらず訳のわからないことを言ってるわね……頭痛い」
「……気持ちは分かる」
おっさんは「うんうん」と何度も首を縦に振る。
やっぱりウザいな、ローズは。
「だけれど! 私は貴方の手には捕まらないわよっ!」
早速逆ギレ気味にローズはガーネットを人差し指で指した。
どうやらこの期に及んでまだ逃亡するつもりらしい。
おっさん本気でやれば逃がせるかもしれないが、正直抵抗するのが馬鹿らしいな。
ガーネットにちゃんと事情を説明する方が賢明だろう。
「ガーネット、ローズを追いかけて来たのか?」
「……ローズっていうのが、その駄剣のことで良いのよね?」
「誰が駄剣よ!」
ガーネットは苛立ちながらもローズを無視する。
「ええ、追いかけて来たの」
「お・の・れ! タクラサウムー!」
「けど、連れ戻す為じゃないわ」
「へっ?」
コロコロ表情を一変させるローズがキョトンと目を丸くした。
連れ戻すのが目的じゃないだと、おっさんもその言には興味があった。
「王様の依頼じゃないのか?」
「なんか勘違いされてるわね……それより兄さん、そいつが何者か知ってるの?」
「いいや……ローズのことは殆ど知らないな」
ローズは「ううぅ」と弱々しく呻いた。
よほど聞かれるのが嫌なのだろう。
だがガーネットを見るに、その正体が重要なようだ。
ガーネットはローズを睨みつけると、淡々とローズがなんなのか説明した。
「その剣の精霊の本当の名は《ダインスレイブ》って言うそうよ」
「私をその名で呼ばないで!!」
ローズは頭を抱えると、そう叫んだ。
俺は心配してローズを優しく抱き寄せる。
「
「まっ、私も王様に説明してもらった程度しか知らないけどね」
ダインスレイブ……おっさんは確かその名をどこか聞いた覚えがあった。
正確な記憶は曖昧だ、親父殿に聞いたのか、それとも本で読んだのか。
ただ記憶に嫌でも刻まれたのが、抜けば必ず誰かを殺す魔剣の話だった。
それがローズの正体?
「あ、あ、あ……っ」
「悪用すれば、世界の理を破壊することさえ可能だって話でね?」
俺はガーネットの言葉を聞きながら、ローズの青ざめた表情を見た。
ガーネットの情報に偽りはないのだろう、それをローズが痛々しい程証明している。
おっさんはそんなローズがいたたまれなかった。
だからローズは本名をあれほど名乗りたがらなかったのか。
「それでそんな物騒な剣を、どうして王様は?」
「首輪をつけたいのよ、いつ誰がどんな目的で使うか分からないもの」
首輪か、少々
どんな理由であれローズの自由を縛る鎖はあるということだ。
人が運命の
「そんなに危険なのか」
「にわかに信じがたいけど、過去星の数程の魔物や魔族、そして魔王や魔神さえも斬ってきたそうだからね」
言葉の通りなら、理を破壊するというのも納得だな。
思い出したぞ、勇者の剣の名前だ。聖剣と言われているが、その話はあまりにも
だが……それならおっさんあることが疑問になる。
「まて、勇者の剣は確か、勇者しか使えない筈……悪用するにも勇者以外は」
「そのルール……少し違うわ。私は資質を見るの、資質を持つ者が私を使用出来るわ」
ローズは青ざめながらもしっかりと説明をした。
だとすると
「それで首輪か」
「王様も心配しているのよ? 貴方を別に宝物庫に保管するつもりじゃないんだから」
「う、嘘よ! 貴方だって昇格が目当てでしょ! その為に私を追って!」
「昇格?」
ガーネットは「あー」と呟くと顔面を手で抑えて、首を横に振った。
「それなら辞退したわよ、いくら稼ぎが良くなるからって、管理職はごめんだわ」
ガーネットはそう言うと、胸元の赤の勲章を揺らした。
第二位への昇格を蹴った……守銭奴とまでは言わないが、あのガーネットがね?
(これ以上兄さんと一緒にいられる時間を削られるなんて絶対いや! 海行けなかったのまだ悔やんでいるんだから!)
ガーネットはワナワナ震えながら、なぜか憎悪を募らせていた。
正直滅茶苦茶怖い、おっさんまでビビって震え上がっちまう。
なにやら昇格が嫌な理由は、もっと私怨が籠もっているらしい。
「ガーネット……嘘は言ってない、なんだか邪な念はあるけれど」
「アンタ心読めるの?」
「正確には読めないわ、資質を探る能力の応用ね」
俺も知らなかった。ローズの奴アバウトだが人の感情が読めたのか。
道理で時々おかしな反応をすると思った。
まあ嘘発見器のようなものか。
「ガーネット、首輪ってのはどういうものだ?」
「詳しいことは私も言われてないの」
ガーネットも詳しくは知らない、か。
おっさんは少し
兵器に善悪は存在しないというのは、ガーネットの言だったか、側面一つで聖剣でもあり、魔剣でもあるとはな。
だがおっさんにとってローズは、そんな物騒な剣の精霊ではない。
これがおっさんに資質がないからなのかは分からないが、ローズはただの女の子としか思えない。
「ローズ、例えばだが、俺やガーネットはお前を持つ資質はあるのか?」
「貴方達には残念ながらないわ……興味深い資質はあるけれど、それは英雄の資質とは異なる」
となるとやはり英雄の資質が重要なのか。
問題はそこに善悪があるのかだが……おそらくあるまい。
兵器に善悪がないのなら、英雄にも善悪はあるまい。
「ダインスレイブを取り扱うのは契約のようなものか?」
「契約……そうね、契約よ」
「兄さん?」
ガーネットが首を傾げる、おっさんの意図が分からないからだろう。
おっさんは知識をフル動員しながら、なにが最善か考える。
精霊契約だったか、そんな精霊の力を借りる魔法を知っている。
もしそれが近いならローズの首輪は魔法的に付けられるものか?
「ガーネット、今日だけはローズを見逃してくれないか?」
「どうして兄さん?」
「ちょっと試したいことがあってな……」
ガーネットは鋭い視線で俺を睨んだ。
あまり難しいことを考えるタイプじゃないが、合理的で馬鹿じゃない。
意地っ張りなのが難点だが、俺はガーネットの柔軟な思考を信じるぞ。
「一つ条件があるわ……今度、その、一緒に買い物して、くれるなら」
ガーネットは顔を真っ赤にすると、余所見しながら照れ臭そうにそう言った。
それを間近に見てローズは「にやにや」と笑う。
「うわーうわー、こっ恥ずかしいー」
「ぶっ殺すわよ駄剣!?」
「ふふ、分かったその程度ならいくらでも受けてやるさ」
しかし買い物って、それ結構頻繁にやってる気がするが。
ガーネットは顔を真っ赤にすると無言で何度も首を縦に振った。
その手はガッツポーズしており、相当嬉しそうだ。
「で? 何するの兄さん?」
「首輪の方法……少し検討したいんだ」
「首輪の方法?」
ローズも「えっ?」と声を零した。
やはり少し疑っているか?
しかしローズは少し思案すると、やがて「うん」となにかに頷いた。
「私はグラルを信じるわ」
「それも資質どうこうの話か?」
「そうね……貴方の資質はその優しさかしら」
ガーネットは「ふう」と溜め息を吐くと、優しく微笑む。
どうやら一先ず準備は出来そうだな。
「ローズだったかしら? ちょっとの間
「うむ、苦しゅうない」
とりあえずガーネットの協力は得られた。
後はおっさんの問題なんだよな。
精霊に付ける首輪……というより確か封印魔法の一種があった筈だ。
封印魔法と言っても、それほど強力なやつじゃなくて良い。
重要なのは悪用させないという
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