第103話 おっさんは、剣の精霊の正体を知る

 「やれやれ……」


 おっさんは保健室で身支度をしていた。

 結局今日は安全を優先して帰宅することになったのだ。

 おっさん衰えたとはいえ担当教科は国語だし、全然やれると思うのだがここ一番では保険医の言葉の方が優先されるらしい。

 お気持ちありがたいのは確かだが、少々お節介気味なのはネックだな。


 「そのまま真っすぐ帰るのよ」

 「分かっていますとも」


 保険医のクリューン先生は事務机に弁当を広げて食べながらそう言った。

 保健室で食べるのは衛生管理的に大丈夫なのか、ツッコミたいがおっさんはあえてスルーする。

 自分から面倒を抱えるなんて御免だ、人間関係も平坦であるべきこれを通す。


 「そういえば、あの不思議ちゃん帰ってこないね」

 「不思議ちゃんって……ああ、ローズか」


 不思議ちゃんとは言い得て妙だなと納得する。

 本当の名前は不明、今はローズと名乗る怪しさ全開の少女はいなくなると静かなものだ。

 同じことを思ったのかクリューン先生も苦笑いする。


 「嵐のような子だったねえ、嫌いじゃなかった」

 「俺は御免ですね、胃に穴が空きますよ」


 生徒には多かれ少なかれ個性が爆発した生徒もいよう。

 だがそんなハジケリストみたいな生徒を相手にしていたらおっさん保たない。

 おっさんただでさえ個性的な生徒に振り回され気味なのだから、これ以上平穏を壊されたくない。

 あのローズという子は正にそういったタイプだったのだ。

 おっさんとは致命的に相性が悪く、それでいて目に付けば放っておけない。


 「ダルマギク先生は居なくなって清々してる?」

 「そもそも元凶はアイツですよ? 全力でぶつかってきやがって」

 「でもそれは先生の不注意も原因にあるのでは?」


 むう、流石公正をとする聖教会の信徒、おっさんにも責任の一端があるとくか。

 司法にさえ口出しする聖教会の教えは両者断罪なのだ、加害者を生み出した被害者にも相応の責任があるという。

 この場合で言えば俺は被害者だが、俺の不注意が原因という訳か。


 「確かに気をつけていれば未然に防げた、か」

 「で? どうなのあの子」

 「無碍むげには出来ませんよ、俺だって」


 それを聞くとクリューン先生は「にんまり」と笑った。

 ああ茶化されていると、おっさんはげんなりする。

 どうしておっさんの周りにはこういう厄介な相手ばっかりなのだろう?

 おっさん怪我する前に吐いちまいそう。


 「……もう行きます、治療ありがとうございました」

 「はい、お大事に。治癒術は完全じゃないから安静にしなさいよ?」


 おっさんは最後にお辞儀すると、保健室を出る。

 肩にバッグを掛けているが、腰に違和感はないな。

 先生の杞憂だろうとは思っている。しかし専門家の言葉を愚かしくも無視など出来ようか。


 「やれやれ、歳かな……俺」


 かつて程自分に自信はもうない。

 体力は落ちた、身体も硬いし、骨も怪しい。

 おっさんがいつからおっさんと自覚しだしたのかは、もう覚えちゃいないが、日に日におっさんは老けているのだな。

 おっさんは自分を皮肉げに嘲笑すると、歩き出した。

 老けるなんて当たり前だ、それが人間だもの。

 そんな当たり前を自覚するなんて、おっさんもまだ学びは残されているな。


 「ん? あれは?」


 玄関に向かって歩いていると、中庭でうろちょろする純白のドレスのような物を纏った少女がいた。

 何か焦燥しているのか、しきりに周囲を見渡し、頭上を見上げる。

 なにがあったのか、おっさんは少し真剣な顔をすると、その少女に大声で声を掛けた。


 「どうしたー! 何があった!」

 「グラル!?」


 その少女――ローズはおっさんに気づくと直ぐに近寄ってきた。

 ローズは影場に隠れると、そのまま頭を両手で隠して震えてしまう。


 「み、見つかったかも……このままじゃ、このままじゃ!」

 「落ち着けローズ、見つかったって誰に?」


 ローズの顔は酷く落ち着きがない、目線があちこちを泳ぎ、しきりに上を気にしている。

 ちょっと前までの嵐のような少女とは随分様子が違う。

 兎に角事情が先か、おっさんはローズの腕を掴んだ。


 「こっちだ、兎に角落ち着け、ほら深呼吸も」


 おっさんは校舎内にローズを引き込むと、兎に角落ち着かせることを優先した。

 ローズは深呼吸して、悪夢にうなされるように頭を抱えた。


 「ああもうっ! なんでよ! なんで放っておいてくれないの!?」

 「……何があった、説明してみろ」


 おっさんは、あくまで義務的にローズを見た、ローズの目は震えている。

 どうもその顔は、おっさん少し苦手である。

 ――放っておけない、悪い癖だな、と自覚はしている。


 ローズはやや、鬱げに視線を落とすと静かな声で喋った。


 「追われているの……」

 「それは既に聞いたな」

 「私が人間じゃないのは?」

 「なに?」


 ローズは自分の身体を両手で抱くように縮こまると苦笑する。

 おっさん少しだけ顔を険しくすると、この摩訶不思議な少女を推測する。


 「魔族の輩か?」

 「違う……剣の精霊って説明しても理解できる?」

 「剣の精霊?」


 ローズはコクリと頷いた。次の瞬間彼女は光を放ちながら少女の姿から純白の剣へと変化する。

 おっさん思わず驚いた、とても綺麗な剣で、どこか厳かな威圧感も感じる。


 『これが本当の姿、どう、驚いたでしょ?』


 ローズの声は脳に響いた。

 念話か、いかにも精霊の類なのだなという雰囲気は理解できた。


 「大体わかった、精霊とは珍しいな。それが追われる理由か」


 剣は再び少女の姿に変身する。恐らくこちらが擬態した姿なのだろう。


 「あんまり驚いていないわね」

 「ある意味見慣れているんでな」


 おっさんとある銀髪姉妹を思い出し、もう大抵のことじゃ驚かない気がする。

 ローズはおっさんの態度が少し不満なのか、唇を尖らせるが、もう怒る程の気力もないようだ。

 ただ、隠しごとを明かしたということは追い詰められたという証だろう。


 「で、追ってきたのは? 空をしきりに気にしてたが」

 「……こ、これ以上グラルを巻き込む訳には」

 「だったらあからさまに人を巻き込むような真似はやめろ」

 「うぐぅ……言い返せない」


 おっさんはあえてローズの頭を強く撫でた。

 ローズは困ったように首を引っ込ませるが、おっさんはお構いなしだ。


 「ちょ、気持ち悪い」

 「やっとらしくなったか、ほらこうなったら全力で巻き込め」


 悪態をつくローズは、困ったような顔をしながらも、どこか嬉しそうに小さく微笑んだ。

 一人ではどうにも出来ないから、おっさんを巻き込んで逃げ込んできた。

 もうおっさんもこの後どうなるかなんて分かりきってる。

 自分の性分には嘘はつけんからな。


 「追って来てるのは、王国の雇った凄腕の冒険者よ」

 「ぶっ! は? 王国? お前国に追われてるの?」

 「そうなのよっ! もうタクラサウムも融通が聞かないんだから!」


 おっさん思わず空いた口が塞がらなかった。

 どんな悪党が相手かと思ったら、まさか国王の名前が出てくるとは想定外過ぎるだろう。

 いや、まてまてまて……てことは何か? こいつ王様の所有物とかそういう?


 「一つ聞きたいんだが、王様がなんでお前を追っているんだ?」

 「そりゃ……私ってレアでしょ? 多分URウルトラレア位の価値あるし?」

 「つまり骨董品か」

 「ひとをアンティーク扱いしないで!」


 つまりだ、このわがまま御前は骨董品扱いが嫌なあまり逃げ出したのだ。

 おっさん、思いっきり項垂れて大きな溜め息を吐いた。


 あまりにも……あまりにも下らない理由にやる気も一気に失せたわ。

 畜生おっさんの気概を返せコンチクショウめ。

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