第102話 剣の精霊は、剣の道を問う

 中庭には学生が憩いの場に出来るように設計されている。

 芝生の上に座って寛ぐ生徒もいれば、設置された椅子に座って談笑する生徒もいた。

 私達はあまり目立たない場所に腰を下ろしていた。


 「それって手作り?」

 「んだ、節約するのは重要だ」


 私は剣の精霊故に物欲とは無縁だが、人族は定期的に食物を摂取しなければ死んでしまう難儀な生物だ。

 精霊に比べるとなんともコストが悪い、おまけにたかが数十年で寿命を迎えるんだから短命な種族だ。

 だが短命な種族ほど目まぐるしく生き急ぐ、人族はそうやってあっという間に大陸中に広がっていったんだから侮れないわよね。


 「ローズさんは食べないだか?」

 「必要ないわ、そんな軟な性能つくりしていないもの」


 まあ仮にも神々が鋳造した聖剣が、そんなボロっちいのもどうかと思うけれど。

 食べることでエネルギーを得ることは不可能だけど、楽しむ位は出来るかもね。

 食べた物がその後どうなるのかは私にも分からないけれど。


 さて、どこか私に遠慮気味な、心のビックリする位清らかなアルトは用意したランチを食べる。

 硬めの黒パンに野菜やフルーツをサンドした質素な物だ。

 これが苦学生のエンゲル係数って奴ねと思うと、今頃貴族はどんな豪勢な食事をしているのか、つくづく世の中不平等ねと、私も怒りが込み上げるわ。

 全くタクラサウムも無駄に歳をとったわね。

 貧富の格差は精霊には無縁な概念だが、そういった欲望の概念なら理解できる。

 真の意味で人類がさらなる高次の存在への昇格ランクアップはまだまだ先の話ね。


 「ローズさんって、不思議な方だな」

 「そう? 私からしたら人族の方がよっぽど複雑怪奇ふくざつかいきよ」

 「人族じゃないだか?」


 おっと、口が滑った。

 私は不味いと、口を塞ぐ。

 精霊なんて説明しても、混乱させるだけでしょうし、どう言い訳したものか。


 「お、オホホホホ、私のことよりあなたのことよ。さあ剣を持つ理由を教えてくれる?」


 アルトは俯く、その顔は迷いを抱えていた。

 私はアルトの一挙一投足を見つめる、納得のいく答えを期待したい。

 これでも私はアルトに好意を向けているつもりだ、彼は実に興味深い。

 ガーネット、グラル……興味深い者は色々いたが、その中でもアルトは特にだ。


 「オラ、村に立派な錦を飾るつもりで入学しただ」

 「……うん」

 「剣を学ぶのは、騎士になれば村に仕送りが出来るって……そう思って」

 「けれど騎士になるって、腕っ節が強ければなれる訳じゃないでしょう?」


 アルトは小さく頷く、私はなるべく相槌を打って、会話を続ける。

 騎士には教養や礼節も重要になる。

 なによりも騎士になるには最も重要なのは血統だったはず。

 騎士の出身の多くは貴族達だ、貴族こそが血を流すべき尊き血だって、昔の王様が言っていたっけ。

 今じゃ貴族が矢面に立つなんて全くないけれど、それでも騎士って貴族のほうが成りやすいのよね。


 「分かってるだ、けど剣を振って強くなるって……楽しいだ」


 私はアルトを凝視する、その顔は微笑んでいた。

 そうか、それが本当の理由か。

 アルトは剣を振ってただ強くなることが楽しい、それは求道者のような答えだった。

 けれどそれが彼の優しさに反発した、アルトのエゴがまだ未成熟だから剣の道を見つけられていない。


 「それが理由ね、矛盾してるわねぇ。強くなればなるほどあなた自身の心を傷付けるなんて」

 「オラが強くなれば、皆傷つくだか?」

 「頂点は一人なの、強くなることは頂点を目指すということよ? オンリーワンなの」


 性格で言えば実に向いていないだろう。

 アルトには誰かを傷つけてまで、剣の道を極められるエゴがない。

 英雄たる資質がここまで足りないのも、異端な優しい子ね。


 「どうする? あのリクルって子、剣を学ぶなら必ずぶつかるんでしょ?」

 「……どうするって、それは……」


 答えられない、ちょっとズルい質問だったわね。

 アルトは悔しさであり、戸惑いを持つ顔で震えていた。

 良くも悪くも邪気が無いって厄介ね。


 「ごめんなさい意地悪だったわね、答える必要はないわ」

 「ローズさんは悪くないだ、オラが悪いんだ」


 私個人の希望を言えば、アルトには頂点を目指して欲しい。

 剣である私の望みは英雄たる証であることだが、同時に私は勝利者を祝福する。

 勝者を生むために、大量の屍という敗者を生む自己矛盾は私自身理解している。

 それでも私は己の定めに生きるしかない、それが剣の役目だから。


 「人の子、それは虚ろう者よ。虚ろわざる者は神だけ」

 「また難しい話を言ってるだ、なんだか先生みたいだ」


 あら、意外。そんな高尚な教師が人の子にもいるの?

 私はグラルをイメージするけど、なんだかピンとこないわね。

 グラルって生意気だし、人の揚げ足直ぐに取ってくるし、その癖変に優しいし、思慮深い所もあるし……て、なしなし!


 私はその場で首を振る。

 徹底的に貶すつもりだったのに、なんか気が付いたら良い点上げてた。

 私は溜め息をつく、なんだか私も空回り気味かしら?


 「ははは、ローズさん、コロコロ表情変えて故郷のコリーを思い出すだ」

 「あら? それって誰? もしかして故郷に置いてきた幼馴染とか……」

 「犬だ、牧羊犬だ」

 「い、犬ぅー!? 前言撤回! 私が犬みたいですってぇ!?」


 私は立ち上がると顔を真っ赤にして怒った。

 コイツはメチャ許せんよなぁ?


 「ご、ゴメンだ! ただ表情豊かだったから」

 「アンタ無邪気っぷりも大概にしなさいよ、無邪気って悪意無く相手を傷付けるんだから」


 悪意ある意思よりも、悪意のない意思の方が時に恐ろしいことがある。

 倫理観も社会的秩序も通じない、しかしそれは無邪気なサイコパスという極めて厄介な存在を私は知っている。

 出来ることならアルトにはそうなって欲しくないのだ。


 「ローズさん、オラどうするべきだか?」

 「どうするって?」

 「オラ学がねえ、頭も悪い。故郷で牛や馬の相手してたから、体力には自身あるけんど、それだけだ。そんなオラがリクル君に勝ってもいいだか?」


 私は黙って腕を腰に当て、アルトを見下す。

 アルトは少し戸惑っていた、私は威圧感を増して怖い顔をした。

 ビクビクおどおど、アルトはさっきから弱音ばっかり、私もちょっと彼を矯正しないといけないかしら?


 「生意気言って、上には上がいるってのを教えてあげましょうか?」

 「ひっ! え? ろ、ローズ、さん?」


 私は周囲に無数の剣を無から生成する。

 私の周囲を浮かぶ無数の白銀の剣は、切っ先を一斉にアルトに向けた。

 迷わず私はそれらをアルトに向けて放つ。

 勿論脅しだ、アルトの性根が気に入らなかったから焼きを入れるのだ。

 剣はアルトの身を傷つけないギリギリを通過し、彼を地面に縫い付ける。

 アルトは涙目で硬直していた。私は剣を消滅させると「はあ」と溜め息をついて忠告する。


 「アンタは所詮底辺を這いつくばる蛆虫うじむし同然の雑魚なの、弱いくせにピーピー喚くな。強くなってから言え」

 「ローズさんみたいに、か?」

 「私なんてまだまだよ、もっと強い奴を何人も知っている」


 それはガーネットよりももっと高みを。

 魔人達を幾重にも殺戮していった勇者達、人を越えた存在達の頂きは遥かに高いのだ。


 「剣の道に、正義や悪なんてないわ、けれど勝利至上主義かと問われれば、それも違う。剣の道は人それぞれ、アンタはアンタの正しい道を見つければいい」

 「それが間違いだったら?」

 「だからあなたは阿呆なのだーっ! あなたの前に道があるのではない! あなたの歩いた先が道となるのっ!!!」


 自分で言ってて結構暴論だけど、私はわがままなつもりだ。

 資質あるものの成長を願うのは当然であり、道に正しさなんて求めていない。

 間違いなんて、誰が決めつける? 正しいと思って歩くなら、他者のそしりなんて気にするな!


 「アルト、馬鹿でもいい。やりたいことを精一杯やりなさい」

 「やりたいことを精一杯……だ?」


 アルトは首を傾げる、やっぱり理解してないわねー。

 まあ子供にそこまで期待しちゃいない、まして感受性の塊なティーンエージャーに。


 「アルトは悪鬼羅刹になりたくはないのでしょう?」

 「悪鬼羅刹って……オラそんなのなるつもりねえだ!」

 「それでいいの、答えはゆっくりと探しましょ」


 アルトには益々興味を持った、この子がどんな大成をするかワクワクするわね。

 勿論期待外れになるかもしれないけど、神々の定めた運命はいつだってギャンブルだ。

 せめて平和な時代くらい、娯楽を楽しむ程度は許してほしいものだ。


 「さぁて、そうとなれば……ん?」


 私は頭上を見上げた。

 何かが飛んでいる……て!?


 私は迷わず屋根の下に移る。

 アルトは訳がわからず戸惑った。


 「ど、どうしただか?」

 「ず、頭上……」


 私はビクビクと震えながら、身を縮めた。

 アルトはいぶかしげに空を見上げる。


 「誰かが飛んでるだ……エルフ?」


 私は涙目になるとガクブル震え上がった。

 間違いない……ガーネットだ、今見つかるのは得策じゃない!

 と、兎に角逃げ出さないと……!


 「あのエルフがどうしただか……て! 一体何してるだ?」


 私はその場で全力で足踏みをしていた。

 アルトは私とガーネットの関係を知らないから、平然としている。

 私は顔を青くするとアルトに言った。


 「いい? もしあのエルフが貴方を尋ねても、知らないって言うのよ? それじゃ逃げるわよー!」


 私はそう言うと全速力で駆け出した。

 まさかこの私がエルフ如きに怯えねばならないとは!

 だが私は必ず自由を勝ち取るのだ、だからエクソダス!!

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