第101話 剣の精霊は、勝利者の在り方を語る
「ふんふんふーん」
丁度時刻は正午頃、生徒も教師も昼休みに動き出している。
私は上機嫌に構内を練り歩いていると、少々目を引く姿もあるようだ。
「ねえ、あの子誰かしら?」
「見学だってさ、結構可愛いな」
ふふーん、そう! これが正当な評価なのよ!
ガーネットもグラルも本当に見る目が無いわねー?
私は正当な評価を受けて、益々増長する。
あー、歌でも歌いたい位の気分ねー!
「ワンダバダー、ワンダバダー」
「うわ、なにあれ呪文?」
「目を合わせたら呪われるかも、近寄らない方が良さそう!」
前言撤回、歌うのはやめるわ。
私は一気に不機嫌顔を晒すと、それを受けて私に好奇の眼差しを向けていた生徒達も一気に失せていく。
ふん良い気味ね! 私を評価しないやつなんてこっちから御免よ!
「それにしても、なんだか一方向に人が流れてるわね」
私はそうやってコロコロ表情を変えながら、いつものように状況を分析していた。
生徒達の流れはどうも、ある法則があるらしい。
「食堂だよ、見学さん」
突然脇から緋色の髪の小さな少女が声を掛けてきた。
少女……だけど少女じゃないわね。
精霊は表面の価値では判断しない物だけど、その小さな女性の歪な姿に私は目くじらを立てる。
「あなた、奇妙な形をしてるわね?」
「えっ? 奇妙な形って……」
「命を歪めてるの?」
今度は少女のような女性が目くじらを立てた。
突かれたくなかったというように、不機嫌さを表していた。
私はちょっとしまったと後悔する、そこまでするつもりはなかったのだけれど。
「魔力発達障害がそんなに滑稽? あなた性格悪いわね」
魔力発達障害……確か、命の在り方を無理矢理歪めて、魔力を上げる代わりに肉体に障害を起こすものだったわね。
英雄の多くには魔力の資質に優れた者が多かったけれど、必ずしも全てが才能に恵まれていた訳ではない。
私としては自然な姿を歪めているのは不快感を覚えるが、やむを得ない事情で魔力を引き上げる代償を支払う者はいた。
結局無理のツケは大きいが、平和な時代にはその魂の在り方は悲惨ね。
「そう、ごめんなさい。個人を諌める気は無かったの」
「……ナチュラルに見下している癖に」
女性はまだご不満らしい、可愛らしい女性だが、見た目の幼さは可憐でさえある。
私はクスリと笑うと皮肉で応える。
「失礼、それが
「そうよ、見学者も利用出来るから、行ってみたら? それじゃ先生はもう行きまーす」
そう言うと女性はパタパタと走り去った。
……教師だったのか、私は少しだけ驚いてしまう。
人材は様々なのね……つくづく人は度し難い。
「食堂ねえ、私は必要ないのだけれど」
人の営みを知る上ではそれを知る必要もあるか。
私はそう思うと、もう一度上機嫌にスキップしながら食堂に向かう。
食堂に近づくに連れて人の数は増えている。
そして食堂に辿り着くと、その数はピークを迎え、あまりの多さに私は唖然とした。
「なにこれ……こんなに人いたの?」
構内から全て集まったのか、食堂は人で満杯だった。
だが、よくよく観察すれば食堂の外にも人の姿はあった。
一致団結する時程人間はどんな存在よりも力を発揮するものだけど、これも人間のパワフルな一側面なのかしら?
「あれ、君は確か先生のお見舞いに来てた子だ?」
あら、突然声を掛けられたわ。
私は声に振り向くと、背の低い地味ーな少年が立っていた。
手に持っているのはお弁当、食堂利用者ではないようね。
「えーと、そういえば名前聞きそびれたっけ?」
「オラ、名前はアルト・シランだ。別嬪さんはえーと……」
「ローズよ、今はそれ以上でもそれ以下でもないわ」
「うん? 別嬪さんは時々よく分からん言葉使うだなあ」
どうも少し言葉を交わした感じ、このアルトという少年、どこか場違いな印象を受けるわね。
私は例によってこの少年の資質を見抜き、人間性を探ると恐ろしい程真っ白な性根の持ち主だった。
それこそ邪念が全く無い、それは私が見てきた歴代勇者達と比べても異質な程。
「あなた……変わった子ね」
「あー、よく言われるだあ」
アルト少年も自覚はあるらしい、彼は乾いた笑いを浮かべた。
人間というより、産まれたての精霊か何かのような性根の持ち主は、とことん嘘をつけない人格でしょうね。
これと比べたら私がいかに俗物か思い知るわ。
人間もつくづく様々ね、あるいはこれも神々の定めた命運なのかしら?
「おら、邪魔だぞ」
「あ、ごめんだ!」
おっと、いつまでも入口の前で喋ってはいけないわね。
なんだかヤンキー風の厳つい人族の少年がガンを飛ばしてきた。
アルトは気弱にそそくさと道を開けるとヤンキー風の彼はアルトに気づく。
「あん? お前アルト・シランか?」
「えっ? 誰だったか?」
「ち……! 剣術科を受けてる一年のリクル・ハイビスカスだ」
「ああーっ! 思い出しただ、前に模擬戦した!」
うん? なんだか因縁浅はからぬ関係かしら?
どうもアルトはあまり彼を意識していないようだが、逆に彼はアルト君に闘争心を剥き出しにしている。
私は知れっと彼リクルの資質も見抜くと、彼は真っ赤に燃える赤だった。
驚きの白さのアルトとは全く性質が違う、それは闘争心の赤でもあり、情熱の赤でもあり、そして憎悪の赤だ。
私はこの少年に危惧する。
アルトにとって、この少年は
「喧嘩は止しなさい、いい?」
「ち……なんだこのガキは?」
「口は災いの元よ少年、人を見た目で判断するのは二流のすること」
こう見えても数千年を生きている私からすれば、人の子はいつまでたっても可愛らしい子供だ。
時に生意気で、そして時に悪意さえも生み出すけれど、混沌であり秩序でもある。
常に無限の可能性の中を揺り動く人間は愛おしい。
「ち……! アルト、テメェには必ず勝つからな!」
リクルという少年はそう言うと食堂に入っていった。
私は「やーいやーい、負け惜しみー」と煽っておくが、アルト少年の顔を見ると、どこか憂いがあった。
「藪蛇でしょうけど、あの少年との関係は?」
「同じ新入生で、彼は剣術科の特待生だ」
「ふーん、品の足りてない少年だけど、剣の腕は立つのか、それで?」
「……おら、初めての模擬戦の相手彼だっただ、そんでオラ勝った」
あら意外、ひ弱そうな見た目だけどあの少年に勝ったんだ。
けど勝ったならなんで負けたように深刻な顔しているのかしら。
「オラ悪いことしただかな? がむしゃらだったからよく覚えてねえんだけど」
「勝利者が
「ほわっ!?」
私はドーン! と胸を貼ってそう宣言する。
アルト君は驚くが、こればっかりは私も持論を展開せざるをえない。
「いい? 勝者は必ず敗者を積み重ねていくの、強ければ強い程、弱者を生んでいく!」
それは経験だ、私は何度だって踏みにじられた弱者を見てきた。
勇者と私が斬ってきた魔族の山は、どれほど高く積もってしまったのか。
それでも私は剣として、弱者を斬らねばならない定めがある。
「負けた奴は弱者よ、時には生殺与奪の権利さえ失うもの」
「そんな……オラそんなの嫌だ」
「だけど勝者は敗者の上に立たなければならない、だから憎悪を生み出す」
人魔の終わらない闘争の歴史、それはどちらにも正義があり、どちらもが悪だった歴史だ。
魔族が闘争の教義に従い、人間を殺すように、人間も神の名の下に魔族を殺す。
勝った奴だけが全てを得られるシンプルな世界だ。
今の世界も勝者が積み重ねてきた世界なのだから。
「アルト、過酷かもしれないけど勝者は笑いなさい」
「笑う? 笑うとどうなるだ?」
「アンタの相手も少しだけ気持ちが和らぐかもね」
私は殺すことが前提だから、死人に口無しなので、敗者には手向けさえ出来ないけれど、幸いにおいてアルトとリクルは殺し合う関係ではないだろう。
敗者の満足する勝者の姿、それが重要なんだと私は思うわ。
「笑う、か……オラ笑えるかな」
「アルト、アンタはなんで剣を持つの?」
「えっ? それは……」
アルトは顎に手を当てる。
こりゃ思ったより大きな話になるかも知れないわね。
「ま、続きはご飯の後にしましょ、いいわね?」
「うん、ていうかローズさん、ついてくる気だか?」
まぁねと、私はウインクする。
アルトの背中を押すと、私達は中庭に向かった。
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