第100話 剣の精霊は、お見舞いに来た生徒と鉢合わせる

 ドタドタドタ!


 保健室の前に足音が響く。

 保健室には剣の精霊改めこのローズと、イマイチ冴えないおっさんとそこそこ美人な保険女医の三人がいた。

 私はグラルの側で真っ白なベッドに腰掛けながら、のんびり外を眺めていた。

 結局木を隠すなら森の中という格言に従い、この学園に隠れながらも、新鮮な人々の生活の営みを楽しく見つめる。


 「おっさんー! 怪我したってホンマか!」


 ガララと、強めに引き開けられる扉から、統一された学生服に身を包んだ少年少女達が駆け込んできた。

 特徴的な喋り方をする大きなツインテールの髪を揺らす小さな少女は、荒っぽく保健室へ駆け込んでくる。


 「こらこら、保健室ではお静かに」

 「ルルルちゃんが申し訳ございません」


 クリューンは口元に人差し指を立てると、優しく生徒達を正すと、一行で一番身長が高い少女が深々と頭を下げた。

 後ろにはルルルという少女と同様に心配する男の子と獣人の少女がいた。


 「随分騒がしいな……おっさんは見ての通り大丈夫だ」

 「け、けど事故に遭ったって聞いたよ?」


 狐獣人の娘はオロオロとしていた。

 よほど心配性なのか、それともただ人が良いのか、恐らく両方でしょうね。

 グラルは「よっ」と腰をベッドから上げると、立ち上がる。

 教師は教師らしくか、グラルは優しくちょっと不気味に微笑んだ。


 「よ、良かったあ、ホンマ心配したで?」

 「悪いな、今日は出られん」

 「出られないとは、絶対安静なのですか?」

 「そっちの先生に止められてな」


 そう言うとグラルは苦々しく唇を噛んだ。

 クリューンは「べ!」と舌を出すと、そっぽを向いてしまう。


 「じゃあ早退でしょうか?」

 「うむり、一先ず昼までは様子を見るが」


 グラルはそう言うと腰を擦る。

 痛くはなさそうだが、念には念を入れてだった。

 事故原因の私としては、これで下半身不随とかになられても寝覚めが悪いから、安静を推奨する。

 流石に一方的に加害者のままじゃ気分悪いしね?


 「兎に角良かっただ、身体は大事だ」

 「ところでその別嬪さんはなんなん?」


 にんまり、私は注目を浴びると至上の笑みを浮かべた。

 別嬪ですって、お上手ね? これは私も誠意を示さないとね!


 「オッホン! 私は可憐にして至高の乙女、ローズよ!」

 「何が可憐にして至高だ、実際はただ腹黒いだけの癖に」

 「ちょっとグラル! 勝手な印象操作はやめて頂戴!」

 「印象操作してるのはどっちだ……」


 ムキィーッ! 私は両手を上げて反論する。

 グラルはダルそうに項垂れた。

 こんな夫婦漫才じみた物を見た少年少女達は口をポカンと開いて固まった。


 「その息の合った掛け合い……まさか隠し子?」


 ツインテの少女がとんでもないことを言い出した!

 なんで私がグラルの子供に見えるのよ! 不愉快だわ!

 やっぱり子供って生意気! 相容れない!


 「まさか先生に限って……限って?」

 「シャトラ疑問に思わないで! また噂にされる!」

 「うん? 扉に気配が」


 グラルはなにかに怯えて、情けなくベッドで縮こまる。

 なんだか保健室の外に、人の気配を感じたのだけれど、直ぐに消えちゃったわね。

 足音から女の子っぽいけれど、お見舞いかしら?


 「流石に先生でも、隠し子は無理があると思うだ」

 「うううアルトだけは信じてくれるか」

 「うだうだ! だって先生ならちゃんとその子のお母さんを大切にする筈だ!」


 ズッコー! とグラルは前のめりにずっこける。

 ポンと手を叩いたルルルはその答えに大いに納得する。


 「それもそうやな! グラルに限ってそれはありえへん!」

 「う、うん……そうだよね、ボクも信じてるからっ!」

 「愛されてるわねー」


 私はポンポンとグラルの肩を叩いて慰める。

 グラルは見た目で損するタイプだけど、これだけ生徒に愛されるなら気持ちの良いことだろう。

 私としては祝福するべきなのでしょうね。


 「んー、君たちそろそろ休憩時間終わるわよ」


 クリューンは掛けられた丸時計を見て生徒達に忠告する。

 時刻は正午まであと少しというところ。

 生徒達はやや慌てる生徒も、のんびりしている子も様々だ。


 「シャトラ次のコマは」

 「えと数学ね」

 「ボク体育だよ、急がないと!」

 「ウチは次のコマは空けてるから余裕やでー」

 「皆違うの?」


 私はまだ学校のシステムを良く把握していない。

 なんで皆受ける授業が違うのか、首を傾げると、グラルは丁寧に説明してくれた。


 「カランコエ学園では授業は選択制だ。生徒達は受けたい授業を受ければ良い」

 「へえ、だったら殆どお休みしてもいいんだ」

 「だが授業料を支払っているんだ、授業は受けれるだけ受けても良い」


 ふむ、殆ど飲食の必要もない剣の精霊である私には、人間の持つ価値観はよく分からない。

 生徒達は授業料という物を支払って専門技術を学んでいるのね。

 なら私でも授業料とやらを支払えば授業を受けられるのかしら?


 「ふん、あり得ないか」

 「何がどうしたローズ?」

 「なんでもない、一々気にしないで」


 私はツンと返すと、グラルは困ったように頭を掻いた。

 学生たちは既に保健室を出ていっている……私はどうしようかしら。


 「ほな、また見舞いくるでー!」

 「先生お身体にはお気をつけて、お大事に!」


 四人が去って、保健室はまた静かになると、グラルはつまらないと言う風にベッドに横たわる。

 私は静かに立ち上がった。


 「ん? どこか行くのか?」

 「そう、ね……折角だから、ちゃんと見学してみようかしら」


 私は胸元の見学証を手で揺らす。

 一応これがあれば学園内を歩いても怪しまれない筈だ。

 剣の精霊が学園見学っていうのもちょっとおかしいけれど。

 グラルはやっぱり胡乱げに私を見ているわね、意外と疑り深い?

 けれどその視線には僅かに心配そうな気配も含まれる。

 私はクスリと微笑んだ、なんだか変だなと思ったから。


 「なに、心配してくれるの?」

 「……一々事情を聞こうとも思わないが、お前は見学がしたくてここに潜り込んだ訳じゃないだろう?」


 私は何も言わない、静かに目を瞑ると、今の状況を思い浮かべる。

 きっとガーネット達はまだ追っているわよね。

 よもやこんな間近に隠れているなんて夢にも思わないでしょうけど。

 でも遅くとも住処は変えないといけないわね……私は骨董品と一緒に飾られる気はないのだから。


 「ちょっと、ちょっとよ。外の様子を見てくるわ」


 私はそう言うと、保健室を出て行った。

 人気のない通路、チャイムが鳴ると、もう室外を出歩く者は皆無だった。

 私はただ気分に従い宛もなく歩き出した。

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