第99話 剣の精霊は、名前を決める
「失礼します、急患です」
学園一階に保健室がある。
ちょっと情けないおっさん、グラルを肩で背負って私と校長は保健室に入った。
中を覗くと清潔に保たれた部屋、部屋の机の前には白衣の女性が穏やかな表情で座っていた。
「あら校長、急患って、ダルマギク先生が?」
「痛た……腰をやってしまって」
「腰痛? 取り敢えずベッドに運んでください」
「分かりました、後はお任せします」
私達はグラルを清潔なベッドに運ぶと、校長は「お願いします」と深々と頭を下げた。
保険医はゆっくりと立ち上がると、グラルの前に立つ。
「ダルマギク先生診察しますので、仰向けになって貰えますか?」
「は、はいその程度なら……痛た」
グラルはよろよろと仰向けになる、保険医は「よし」と頷くと、グラルの腰に触れて触診を行う。
「ふーむ、ただの腰痛ですね、これなら直ぐに治せますよ」
保険医はそう言うとにこやかに微笑む。
グラルは「はは」と苦笑い、直ぐに保険医は両手を合わせ祈るように治癒術を行使した。
「《いと慈悲深き星の神よ、この者癒し与え給え》」
保険医の両手が淡く光り輝くと、グラルに穏やかな光りが降り注ぎ、グラルを治療する。
通常の魔法大系ではないわね、聖魔術か。
そういえば数百年は前にも、聖魔術を使う子がいたっけ。
「ふう、ところでずっと気になってたんですけど、この女の子は?」
「ふっ、名乗る程でもない!」
「威張って言うことか! そいつ名前分からないだって、まあ嘘臭いが」
むぐぐ言わせておけば……私は手を握り込むと、悔しさを我慢する。
事情を知らない保険医は目をパチクリさせていた。
「記憶喪失? なら教会に相談します?」
「教会? さっきの聖魔術といい、あなた何者なの?」
神の力を代行する聖魔術士なんて私の知る限りでもそう多くはない。
私は温和な顔の保険医を睨みつけると、彼女は胸に手を当て自己紹介をする。
「そうね、自己紹介が必要か。私はクリューン・バリエガタ。聖教会のしがない信徒かね?」
「聖教会?」
「学園の直ぐ側に大きな建物があったろう? あれが聖教会の聖堂、アルタイル大聖堂さ」
もうある程度平気なのかグラルが仰向けのまま、人差し指を立てて説明した。
私は夢中で走っていたから正直曖昧だが、そういえば他とは毛並みの違う建物があったわね。
なるほど、その宗教では聖魔術を教えているのね。
「まっ、私はしがない雇われ治癒術士だからねえ」
「いやいや、先生ほど高度な治癒魔法使える人って結構稀でしょ」
よっこらせ、とグラルは腰を上げると、ベッドに座った。
それを見てクリューンは慌てて、グラルを静止する。
「今日は安静! 先生治癒魔法は完璧ではないんですから」
「む、むう……しかし授業が」
「他の先生に任せなさい! なんでもかんでも自分でやろうとするの、ダルマギク先生の悪い点ですよ?」
「……面目ない」
ふーん、私はそれを客観的に見て、グラルがとても信頼されているのだと気付いた。
一見冴えないキモいおっさんだけど、見た目とは裏腹に人は良いようね。
(なんだかガーネットに似ているわね)
ふと、そんな言葉が脳裏を過ぎった。
クスリ、微笑を浮かべると私は首を振る。
美人なエルフと、冴えない人族のおっさん……見た目では天と地ほど違うというのに、内面が似ているなんて、人間って面白いわ。
「おい、不気味に笑って今度は何を企んでいる?」
「好感度が今ので二十ポイントくらい下がったわ」
「なんかいきなり謎のポイント制始まった!」
「参考に聞くけど、今何ポイントなんだい?」
私は両腕を組むと、不機嫌に口を曲げる。
グラルはどうも私に対して辛辣なのはどうしてかしら?
こう見えても私は評価しているのよ? それなのになんで私は正当に評価されないの?
ガラララ。
保健室の扉が開いた。
私達は入口に注目すると、あの超美人の校長先生が戻ってきた。
「あら? 校長先生今度はどうしたの?」
「そっちの子……えーと、なんてお呼びすれば良いでしょうか?」
おっと、要件は私の方らしい。
校長先生の手には何やら薄っぺらい長方形の板が握られていた。
おー、あれが見学証か。
「ふむ、名無しは確かに不便ね」
とはいえ剣の精霊じゃ味気ない、聖剣を名乗るのもどうか?
出来れば本名も名乗りたくはないのよね。
私はなにかないか周囲をキョロキョロする、すると窓から花壇が見えた。
花壇には美しい花々が咲き誇っている。
「花壇……が、どうかしましたか?」
校長が首を傾げた。
私はグラルに花壇に咲く花についてを聞く。
「ねえグラル、あの花の名前は?」
私は赤色や白色、色んな色の花を咲かせる植物はなんなのか質問する。
グラルは「ふむ」と顎に手を当てると説明してくれた。
「アレはたしか、
「
私はポンと手を叩くと自らの偽名に納得した。
ローズ、うん、響きも良いじゃない。
私は大変満足して何度も頷いていると、グラルはそっと視線を逸して苦笑した。
「棘があるな……クク」
うん? 棘って何のこと?
なんだか馬鹿にされているような気がするけど、生憎有頂天になった私はその程度気にしない。
「校長先生、これからは私をローズって呼んで頂戴!」
「は、はあ? ではローズさん、これが当学園の見学証になります、お受け取り下さい」
私はニコニコ笑顔で受け取ると、見学証は紐で輪っかに括られていた。
私はそれを理解すると、見学証を首に掛ける。
ちょっと紐が長いからか、見学証はおヘソの辺りで揺れていた。
「ちょっと長いな……調整するから、じっとしてろ」
「え? あ……うん」
グラルは紐を握ると、長さを調整する。
私は忖度なしにそういうことをしてくるグラルにちょっとドキッとした。
グラルって、私のことは馬鹿にしてる感じだけど、どこか優しいのよね。
なんとなく外面で損さえしなければ、すっごくモテたんだろうって思えた。
「これでよし」
グラルは紐の長さの調整を終えると、見学証は胸元に飾られた。
私は見学証に手で触れると、グラルににこやかに微笑んだ。
「ありがと、グラル」
「ッ! あ、ああ……気にするな」
グラルは突然少しだけ顔を赤くすると、直ぐに手で表情を隠して、そっぽを向いた。
私は何がそうさせたのか理解出来なかった、怒っている訳じゃない。
陽光が差す、グラルは陽に照らされると、私はもしかしてと納得する?
「あれ? あれれー? もしかして神々し過ぎたー? ごめんねー、神々しくって――アイタ!」
突然グラルが私の頭を叩いた。
私は痛みに頭を抑えると、グラルは少し呆れたように首を振る。
「なに馬鹿なことを言っているんだ」
「馬鹿ですってぇ? 馬鹿って言った方が馬鹿なんですー!」
私は「んべー!」と舌を出して、彼に反目した。
相性良いような悪いような、居心地が悪いようで良い。
彼は私にとって、ベストパートナーではないけれど、バッドパートナーでもない。
「平坦、平坦……人生平坦であれ」
まるで平坦教、けれど私と彼は
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