第97話 剣の精霊は、世を吟味する

 「ふんふんふーん」


 私は剣の精霊、それもそんじょそこらの剣じゃないわよ?

 神々が直々に鋳造した神話級の聖剣、その精霊なのだ。

 私は私を手に入れたガーネットとかいうクソ生意気なエルフと一緒にピサンリ王国首都ブリンセルへとやってきた。

 前見た時と比べると、変わったようで変わっていないようにも思える。

 何にせよ、平和な事は良いことだ、私は活気ある人々の姿が大好きなのだ。

 思わず鼻歌でも歌って、スキップしてしまう。


 「良きかな良きかな、人々の平和な顔は」

 「何よ、やぶから棒に」


 目付き悪い方のエルフは、いまいち旅情を分かっていない。

 目付きが良い方のエルフは後ろで、同調するように笑っているというのに。

 私は少し不機嫌さを表し、ガーネットに質問した。


 「それで? どこに行くの?」

 「王城よ」

 「ふーん、あれね」


 私は遠くにある町の中心に聳える城に注目した。

 今はどんな王様が治めているのかしら。

 悠久の時を生きてきたといえど、その殆どを遺跡に安置されてきた。

 お陰で情勢に関してはどうしても疎い。

 戦乱が短かければ、生きている者と再会出来るかもしれないが、長引けば殆どのものが一新していることさえあった。

 その点ピサンリ王国が存続しているのは好ましい。

 まだこの国には英雄ブリンセルの想いが残り続けているのだから。


 「我々は先に冒険者ギルドに向かいます」

 「ええ、報酬の件だけど、仲良く四分の一よ?」

 「分かってますって! ハハハ!」


 貨幣価値ってのはよく分からないのだけど、彼らは皆一様に喜んでいた。

 よほどの大金が手に入った喜びのようだけど、まあ私の価値に比べたら大したことはないわよね!

 なんたって私は伝説の聖なる剣だもの!


 「アーハッハッハ!」

 「うわキモ!? なに叫んでるの気持ち悪い」

 「二回も言った! 私のどこが気持ち悪いって言うのよ!」

 「もう存在そのものが」


 そう言うとガーネットは気持ち悪そうに身震いした。

 私は存在を否定されて「キィィィ!」と返す。

 もう一人のエルフ、テティスは苦笑いした。


 「アハハ、あの、それでは私達はこの辺で」

 「ごきげんよう、なにかあったらまたよろしくね?」


 ガーネットはそう言うとウインクした。

 三人はそれぞれガーネットに別れの挨拶をすると、私達とは別行動を取る。

 確か冒険者ギルドって言っていたわね。


 「あの子達は仲間じゃないの?」

 「彼らはその場しのぎパーティよ、仲間ではあるけど、それは一時の契約」

 「ふーん、ある意味で私と同じね」


 私は選ばれし者に力を与える聖剣だ。

 運命を切り開く者に力を与えることを神々が私に願われた。

 私は故に勇者と呼べる者の力となり、そしてその契約が過ぎれば自動的に私は元の場所に転移してしまう。

 そう、私の意志とは無関係に、だ。


 ガーネットは「そう」と呟くと、それ以上は何も言わなかった。

 私はガーネットを見つめる。彼女には秘密にしているが私には相手の資質を見抜く能力がある。

 彼女には王者の資質こそあるが、勇者ではない。

 高潔で孤独に感じる。それでいて決して冷酷ではない。

 きっと本質は甘えん坊ね、てこれ言ったら怒られそうだから絶対言わないけど。


 「ガーネットはなんでパーティを組まないの?」

 「足手まといのフォローが嫌なだけよ」


 私は目を細める、言葉とは裏腹にガーネットには思慮を感じた。

 そうそれは建前、本質は誰かが傷つくのが嫌なんだ。

 それをちっぽけな孤狼の精神で覆い被せている。

 私はガーネットが惨めだと思えた、何故孤高を素晴らしきもの錯覚する?


 「ガーネット、それは間違っている。頼れる仲間に足手まといなんていない」

 「それはどうかしら、誰かのミスは全員のミスよ」

 「だったらそのミスは全員で補えばいい、一人より出来ることは断然多い!」

 「そうね、それは否定しないわ」


 平行線だと感じた、ガーネットは決して短絡的な女ではない。

 冷徹な程プロフェッショナルだ、だけどだからこそ脆い。

 誰かに甘えることが、心の何処かできっと許せないんだ。

 優しさが必ずしも正解にはならないのにね。


 「ねえ聞いて、私はね、誰かに使って貰わないと、真価を発揮できないの。剣の精霊とはいえ、私はあくまでも使用者がいる前提の武器だから」


 今の私は見た目通り子供程度の力しかない。

 いえ、下手をすれば子供以下だ。

 使用者のいない状態では、そこらの乱造された鉄の剣にさえ劣る。

 だが素晴らしい使用者が現れれば、魔王さえ一撃の元に屠ってみせると約束しよう。

 オリハルコンの竜でさえ私は斬り裂いてみせよう。

 私は初めから、勇者の付属品なのだから。


 「私は単体では何もできない、でも使用者がいれば別よ」

 「……アンタと私じゃ事情が違いすぎるでしょ」


 その通りだけど、そうじゃない。

 分かって欲しい、ガーネットは孤独じゃない。

 そんなちっぽけなフィルターに意味はないって。


 そうでなければ……私がガーネットを認めた甲斐がなくなってしまうから。


 「ほら、余計な話はもういい。お城に行くわよ」


 私は目くじらを立てるが、ガーネットは私を見もしない。

 少しだけ不満だ、ガーネットが私を見てくれなければ私になんの価値がある?

 ガーネットは無言で城へと通じる石段を登った。

 私はその後ろについて行きながら、じっとガーネットの後ろ姿だけを見つめる。

 けれどガーネットは対話を拒否している。

 ずっとだ、ガーネットはずっと私に心を開いてくれない。


 「ねえ、貴方疲れないの?」

 「一体なにが?」

 「肩肘張って、それになんの得があるの?」


 私がそう核心を突くと、ガーネットは苛立たしげに足を止めた。

 そのままガーネットは怒気を込めて言う。


 「アンタ一々なんなのよ! 私なんてどうでもいいじゃない! ほら! さっさと行くわよ!」


 ガーネットはそう言うと私の手を無理矢理掴んだ。

 苛立ち、焦燥……ガーネットからはそんな負の感情が見え透いている。

 ガーネットは魔力を空飛ぶ靴レビテーションブーツに注ぐと、私達の身体は重力を無視して浮かび上がった。

 ガーネットの手を通じて、その魔力は私にも流れ込む。

 その魔力の波動はどこか哀愁が漂っていた。


 ガーネットは一気に飛び上がると、王城の前に着地した。

 王城の入口は槍を持った騎士達が警備している。

 ガーネットは苛立たしげに騎士達の下に駆け寄る。


 「ガーネット・ダルマギク。タクラサウム・タンポポ陛下のご依頼に従い、依頼の品を持ってきました」

 「その件、俺が承ったぞ」


 入口から厳つい顔のムキムキなおっさんが出てきた。

 ガーネットは意外そうな顔をした後、頭を抱えていた。


 「ザイン、やっぱりグルなの?」

 「グルとは人聞きが悪い、陛下と共謀したのは事実だが」


 ザインという厳ついおっさんはそう言うとニヤリと笑った。

 共謀と言っていたが、どういうこと?

 ガーネットはなにか承知なのか、顔色が悪い。


 「ハッハッハ! まあ安心しろ、悪いようにはしないから、ついてこい!」


 ザインは豪快に笑うと、そのまま来た道を返す、ガーネットはその背中に続いた。

 私はガーネットに従い、王城に入る。

 前に見た時と内装は同じね。


 「で? 何が目的? 有事でもないのに伝説の武器を取ってこいなんて」

 「その理由はな?」


 私達は真っ直ぐ、謁見の間に向かった。

 大きく荘厳な扉を開くと、上座に王様の姿がある。

 ふくよかな男で白髭が蓄えられた王様は、どこか見覚えがあった。


 「おお、よく来たの竜殺しドラグスレイブ嬢よ」

 「ご機嫌麗しゅうございます、陛下」


 直様ガーネットは頭を垂れた。

 私は例え王でも従う義務はないので、そんな無駄な所作はしないけど。


 「ふむ、久しいな剣の精霊よ」

 「貴方もしかしてタクラサウム?」


 私はまさかと思ったが、その通りだった。

 前にあった時は髭は生えていなかったけれど、いつの間にか立派になったものだ。

 タクラサウムはニコリとかつてと同じように微笑むと視線をガーネットに戻した。


 「此度聖なる剣の回収、見事であった。今回の件で余も確信する! 汝に青の等級を授けよう!」

 「えっ?」


 ガーネットは意外そうに顔を上げた。

 すると隣りにいたザインがネタバレをする。


 「実は今回の依頼、お前の昇級試験だったんだ」

 「昇級試験?」

 「うむ、ザインがお主の昇級を推薦してきての。ワシとしても異存はないが、昇級するにはちと貢献度が足りぬ故、伝説の剣で箔をつけたのじゃ」

 「……な、な」


 開いた口が塞がらない、ってこのことね。

 ガーネットはまさかそんなオチとは思わなかったのでしょう。

 正に予想外と、顔を手で隠して首を振った。


 「そ、そんな理由でパーティまで組ませて……」

 「理解していると思うが、青の等級は第二位を意味する、現状トップの等級だ、つまり俺と同格になる。その模範の為にもお前には、全冒険者の模範にならなければならない」


 ふーん、世俗の事情はよく知らないけれど、つまりガーネットは冒険者のトップに立つのね。

 一般的にはそれは晴れ舞台、喜ばしいことの筈だけど。


 (ガーネット、嬉しくなさそうね……)


 ガーネットにとってそれは喜ばしい筈なのに、彼女はそう思っていない。

 どうもこれ以上の地位は却って邪魔と思っているのかしら。


 「それが理由なら、聖なる剣はどうするので?」

 「ふむ、それならば余が責任持って管理しよう」

 「ちょっと待って、なんで私の話になってるの?」


 え? あれ? 今はガーネット話をするべきでは?

 突然全員の目は私に向かう。

 私はタクラサウムを見て、ガーネットを見た。

 二人の顔は「何を驚いている?」という不思議そうな顔だった。


 「冗談じゃない! やっと自由を手に入れたんだから! どこぞの宝物庫にでも閉じ込める気でしょ! そんなの御免よ!」


 私はそう言うと、焦ってその場から逃げ出す。

 

 「あ、逃げた!」

 「ち! あの馬鹿!」


 馬鹿と言った方が馬鹿なのよ、馬ー鹿!

 私は迷わず出口に向かう、私を途中で止める騎士はいない。

 後ろからはガーネットとザインというおっさんが追いかけてくるが、捕まるつもりはない!


 「自由は誰にだってある権利! エクソダース!!」


 私はそう言うと、跳び上がった。

 王城を取り囲む螺旋階段、その最上段からジャンプする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る