第96話 義妹は、剣の精霊を持ち帰る
私はロクシューナ
「もしかして、これが聖剣?」
その周囲は不自然に光り輝き、空間そのものが光っているようだ。
私は剣を取ろうと近づく、が。
『ふっ! 来たわね勇気あるものよ!』
「ッ!?」
私は剣から飛び退くと、周囲を警戒した。
今の声はなに? 頭に響くような感じだったけど。
『ちょっと、なに警戒してるのよ。私よ私!』
「……?」
私、私ってなによ?
周囲にはやはり、誰もいない……だけど誰かがテレパシーを送っている。
なんだか気に入らないわね。
『ほら私よ!』
「いや分からないから!」
『あーもう! 私だってばー!』
声が逆ギレした、私は弓を構えていつでも迎撃出来るようにする。
声の正体、私には信じ難いけれど、目の前の剣に変化が起きた。
剣は強く光り輝くと、光の中から純白のドレスに身を包んだ少女が現れた。
私は呆然とする。少女は私の目の前に着地すると、キッと吊り目で睨みつけ、ビシッと指を差してきた。
「私が! 貴方の求めた聖なる剣よっ!」
「…………」
「な、なによ? なにか言いなさいよ?」
私はワナワナと震える、聖なる剣を名乗る少女はキョトンとした。
剣? これが剣? 一体神々は何を考えているのか?
大の神話嫌いの私には、ただでさえ聖なる剣という眉唾な物が気に入らなかった。
この少女は本当に剣なのか? 剣だとして斬れるのか?
「もう帰る!」
「え? ちょっと? おーい、もしもしー?」
私は怒り顔で踵を返した。
流石にこれはふざけている! 剣の擬人化? それになんの需要があるのか。
私が用があるのは聖なる剣だが、こんな少女ではない。
「だーもう! アンタ馬鹿ぁ? 私は剣の精霊よ」
「精霊……?」
未だ
どう見ても人族の少女にしか見えないんだけど。
「どうみてもそこらの子供でしょ?」
「ふっふーん! そこは私が逆に凄いのね!」
剣の精霊は随分自分に自信があるようだ。
いかにも自分大好きって感じがして、私はちょっとウザいと思う。
私は足を止めると、一応彼女に剣の在り処を聞いておく。
「聖なる剣はどこ?」
「だからそれが私! ほら!」
そう言うと少女は剣に変身する。
私は目を開いた、まじか……これだからオカルトは嫌いなのだ。
『ほらほらー! ちゃんと剣でしょう?』
剣はそのままテレパシーを送ってくる。
私は苛立たしげに頭を掻くと、剣はまた少女に変身する。
「やっと外に出られるのね! やったわ!」
少女、もとい剣の精霊は外に出ることを望んでいるらしい。
私には剣の精霊の事情は知らないが、元より依頼内容に従うなら、この少女の拉致が目的となる。
すっっっごい嫌だけど、この少女を連れ帰れと?
「訳分かんない、なんで剣が喋るのよ……」
「そんなの神様に言ってよ、私退屈が嫌いなの、ほら! 私が目的なんでしょ?」
「釈然としない」
私は涙目になりながら項垂れる、しかし剣の精霊は「アッハッハ!」と嫌にハイテンションだった。
仕方ない……プロは仕事を選べないか。私は自分をそう納得させると、少女の首根っこを掴んだ。
「きゃ! 丁重に扱いなさいよ!」
「喋ったら舌噛むわよ?」
まあ舌なんてあるなら、だけど。
私はそのまま剣の精霊を乱暴に抱えると、そのまま部屋を出る。
部屋の外には相変わらず、穴を前に立ち往生するグレース君達が対岸にいた。
「ダルマギクさん! ご無事でしたか!」
「あれ? 肩に背負ってる娘って?」
「事情は帰りながら話すわ!」
私はそう言うと
剣の精霊は「え?」と意外そうな顔をした?
「貴方、試練を無視した?」
「面倒事はスルーするに限るわ」
「ちょっとズルじゃない! ちゃんと攻略しなさいよー!」
「あーもう煩い! 暴れるな!」
私はジタバタ両手両足で暴れる剣の精霊を抑えたまま、グレース君達と合流すると、走り出した。
「……えと? 説明が欲しいのですが?」
「こいつが剣、いじょ」
「どもー、聖なる剣の精霊でーす」
テティス君も思わず呆然と口を開いていた。
訳が分からんとロイド君は胡乱げに見つめているが、結局は流されるままだった。
唯一グレース君だけは、真面目に考察していた。
「ふむ、剣の精霊ですか。神話武器は意思を宿すという言い伝えは、こういうことだったのですね」
「そうよ! 私は意思を持った剣、この身体も崇高な私が生み出した新たな実体なんだから!」
米俵のように抱えられているのに、元気なものね。
よっぽど自分語りは大好きなのか、単純に構ってちゃんの可能性もあるけれど。
少なくともグレース君はこの少女が本物だと認定している。
まあ私も色々見せられて認めざるを得ないけれど。
「さっさとこんな陰気臭い場所出るわよ!」
「ヒアウィーゴー!」
§
ロクシューナ
私は安全地帯までくると、息を整える。
「はあ、はあ! 疲れた」
「グレース見ろよ、こいつにしちゃ頑張ったろ?」
流石のテティス君も疲れているが、グレース君はそれ以上だ。
インテリ系の魔法使いが、むしろよく私についてこれたわね。
ロイド君は流石体力馬鹿だけに、息も切らしてないわ。
「はあー! シャバの空気はウメー!」
一方米俵のように担いでいた剣の精霊は爽やかな笑顔だった。
私は無言で剣の精霊を落とす。
「ふんぎゃ! だから丁寧に扱いなさいと!」
「陛下の依頼は完了、馬車の用意を」
私は剣の精霊の非難を無視して、兵士に手短に言葉を交わして、馬車を用意して貰った。
剣の精霊は「うー」と唸りながら、私を恨めしげに吊り目で睨みつけていた。
私は身体の埃を払いながら、今回の依頼ついて改めて考察する。
有事でもないのに陛下の依頼が放たれた。
その内容が聖剣を持ち帰ることだ。普通ならそれは勇者に頼む依頼じゃないの?
それに依頼を代行して持ってきたギルド長のザインの様子もおかしかった。
陛下の依頼なんて、あんなキナ臭い依頼を嬉々としているなんて、聖女護衛時とは随分態度が違った。
やっぱりザインと陛下はグル?
聖剣と私、本命はどっちなのかしら?
「ねえー? 貴方、なんでそんなに難しい顔をしているの?」
「失礼ね、普段からよ」
私が素っ気なく返すと、剣の精霊は子供っぽく頬を膨らませ、ムスッとした。
なんとなく剣の精霊は喜怒哀楽が激しく子供っぽいわね。
子供たちに混じったら、きっと見分けつかないでしょう。
「まあ良いわ、折角外に出れたんだもの! 自由よーヒャッハーッ!」
剣の精霊はそう言うとバンザーイと両手を上げた。
やたら自由、自由って言葉が目立つけれど、聖剣は何を考えているのかしら。
「アンタそうやって精霊の姿を実体化出来るなら、自力でダンジョンを脱出できたんじゃないの?」
「おっ? やっと私に興味を持ったわね! ウフフーン! でも残念ー、私は制約で自由にダンジョンを出られないのよっ!」
やっぱりうざい、自分に興味を持って貰えたのがよっぽど嬉しいのか、剣の精霊は饒舌に語り出す。
とりあえずざっくり内容を聞くと、神々が聖剣に与えた制約があり、その影響で一人ではダンジョンを出られないらしい。
まあ神様からしたら、大事な剣が自由に出歩かれても困るんでしょうけど。
「けどならなんで、ダンジョンにずっといたの? 前の勇者の時はどうしたの?」
「勇者……っ」
剣の精霊は途端に顔を暗くした。
勇者という言葉になにか嫌な想いがある?
だが剣の精霊は気丈なのか、フルフルと首を振ると、丁寧に説明する。
「私は役目を終えたら、あのダンジョンに戻されてしまうの」
「じゃあ、結局役目を終えたらまた戻っちゃうのね」
「そう、だから折角平和な時代なんだもの! 自由を謳歌しなくちゃ!」
彼女の中から感じた恐怖、私はそっと目を細めた。
勇者になんらか畏怖を感じている……いいえ、もっと根源的な?
「血塗られた英雄、か」
ビクン、剣の精霊は注意しなければ気付かない程小さく肩を震わせた。
そのまま彼女はワナワナと表情を凍らせながら私を見つめる。
私はそんな剣の精霊の姿を見た。
純白のドレス、何一つ染みさえない綺麗なもの。
けれどそれは一切の穢れを許さないという表れではないだろうか?
「まあいいか、アンタが血塗れだろうと、私にゃ関係ないし」
「やめて! あれは私じゃない! 私じゃないんだから!」
剣の精霊にはトラウマがある。
でも考えてみればそれも当然なのだ。
魔王を討つ、魔族を討滅する。
こんな美辞麗句の下、魔族は虐殺されていったのは歴史が証明している。
しかもサファイアやルビーみたいな魔族も多く居たかも知れないのに、イデオロギーは虐殺を称賛した。
彼女がどれだけの血を吸ってきたのかは知らないが、きっと私がゾッとする程なのでしょうね。
兵器に意思はいらない、信頼性の欠ける物は欠陥だ。
だから兵器は無機質で無骨でなければならない、敵に同情する兵器など論外だ。
ならば神々が、勇者が使うべく鋳造した聖剣に何故意思を与えた?
これが分からない、元より神様の意思なんて、きっと誰にも分からないんでしょう。
考えるだけ無駄であり、エーデル・アストリアはきっと神様の遊技場だもの。
「お待たせしました! 馬車にお乗りください!」
兵士達は馬車を牽引してきた。
私は休憩していた三人に馬車に乗るように促す。
ともあれ依頼は終了だ。後は報酬を受け取るだけね。
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