第94話 義妹は、おばけキノコと対峙する
螺旋階段はどこまでも続く。
陣形はここまでと変わらず、一列に並んでダンジョンを進む。
私は定期的にグレース君に話し掛けた。
私自身を私が一番信用していないからだ、私は自分を過信しない。
「どう思う魔法使い君?」
「幻と、疑っているのですか?」
「だってそうでしょ、階段長すぎ!」
グレース君は「ふむ」と頷くと現状を吟味していた。
私は「そうだ」とある魔法を思い出す。
疑うくらいなら、便利な魔法あったわよね?
「魔法使い君、
「
「そうなのね、て言うか高度だったのか、あの魔法」
兄さん難なく使ってたわね、アレで兄さんなんで自己肯定力低いのかしら?
中堅どころの魔法使いが使えないような高度な魔法が使えるのに兄さんって、いっつも自分を卑下するのよね。
あの性格さえなければ間違いなくイケメンになれたのに(ガーネットの個人的見解です)。
アレか、兄さん戦時の人だからもっと凄い魔法使いに見慣れ過ぎて、勘違いしてるのかしら?
……なんて兄さんのことを考えていると、後ろにいたテティス君が手を上げて発言した。
「あの、
精霊魔法? 私って改めて魔法に無知だわ、分からないことは分かる人に任せましょう。
「テティス君に任せるわ」
「では……《精霊シルフよ、道示して、風の音を》」
テティス君は奇妙な首飾りを手に持つと、歌うように呪文を詠唱する。
シフ様の神聖魔法に似ているけれど、精霊魔法ってどんな物なんだろう?
テティス君の周囲には風が逆巻く、奇妙なペンダントが触媒になっているのか魔法が発生した。
深緑の風が吹く、僅かに顕現したシルフが先導するように螺旋階段を吹き抜けた。
「ふぅ、ふぅ……ついていきましょう」
「それはいいけど、疲れてるの?」
「精霊魔法は、触媒が必要、ですから」
テティス君は肩で息をしていた。
触媒が必要、ということは体力、あるいは生命力を使用するのかしら?
あの風を模したような奇妙なペンダントは、さしずめ精霊魔法の起動キーかしらね。
気軽には使えないって感じか、頼り過ぎると痛い目に合いそうね。
「無理はしちゃ駄目よ? いいわねテティス君?」
私はテティス君にそう言うと、彼女は「はい」と小さく頷いた。
私達は精霊シルフを追いかける。さてと、このダンジョン、とっとと攻略したいわね。
「にしても、精霊はどこまで降るんだ?」
一番後ろをついてくるロイド君はもはやうんざりした様子だった。
無理もないが、終わりのない単調作業は精神に効くからね。
或いはそれが狙い? だったら意地悪なダンジョンね。
これも知恵を求めるってことかしら?
生憎私はそこまで賢くない、どこぞの剣聖よりはマシと断言するが、はっきり言って自分の知恵にはこれっぽっちも期待していない。
野生の勘なら冴えてる方だと思うけど、頭使ったら兄さんどころか、ルビー……いや、下手すればザインよりも馬鹿かも知れない。
だからこそ他人に頼ることの大切さは身に沁みている。
この世に一切隙の無い完璧な冒険者などいないのだ。
ファイターに魔法は無理なように、魔法使いがファイターに運動能力で劣るように。
パーティは欠点を補いあう物ってのは、流石にほぼソロ専の私でも理解出来る。
「む? シルフが止まりました」
無限を思わせる螺旋階段が終わった。
私達は駆け込むと、今度はだだっ広い広間だった。
精霊シルフは案内を終えると、一陣風を吹かせて消えてしまった。
「ありがとう精霊シルフ」
テティス君が感謝を述べる、精霊は信仰に似た物を要求するのかしら?
兄さんならもっと詳しいんでしょうけど、私はやっぱり専門外は駄目ね。
「雰囲気が明らかに変わったな」
ロイド君はそう言うと、警戒するように周囲を伺った。
私は周囲の音を聞き分ける。
すると、前方からノシノシと近づいてくる気配を感じとった。
私とほぼ同時、テティス君も警戒を促す。
「前方からなにか来ます! 皆気をつけて」
私は弓を構える、グレース君もいつでも魔法を使えるように杖を構えた。
ノシ、ノシとゆっくり迫ってきたのは、巨大なエリンギの化け物だった。
「マタンゴ? 何故ここに?」
マタンゴとはキノコ人間の一種だ。
似ている種族にマイコニドというこれまたキノコ人間がいるが、どちらも住んでいるのは深い森林だ。
グレース君が疑問に思うのも無理はない、体長二
だけど私は無性に嫌な予感がした。だってよく見るとマタンゴの両手が赤黒く染まっているもの。
だけどここで早速パーティ行動の問題が発生した。ロイド君が前線に躍り出たのだ。
「なんでもいい! 敵ならぶっ倒すだけだ!」
ロイド君は両手でロングソードを構え、マタンゴに向かって突撃した。
私は舌打ちする。
「警戒しろこの馬鹿!」
「先手必勝だぜっ!」
ロイド君はそのまま、剣を振りかぶる。
腐っても剣聖と呼ばれたコールンさんと比べるとビックリするほど隙だらけだ。
ましてロイド君に「チェスト」と叫んで全てを両断するような力もないだろう。
テティス君は直ぐに矢を番えた、発射された木の矢はマタンゴに襲いかかる。
「……!」
マタンゴは矢を腕一本で受け止めた。
いや、受け止めたというより、それはもっと乱暴なやり方だ。マタンゴはただ無造作に私の首より太い腕で受け止めただけなのだ。
そのままマタンゴは突き刺さった矢など意にも返さず、ロイド君に向かって踏み込む。
ロイド君は、剣を振り下ろすと、マタンゴはそれを胴で受け止めた。
受け止めた? 馬鹿げているがマタンゴは受け止めたのだ!
なんと防御も回避もせず、ロイド君の剣がマタンゴの胴体に食い込む、だが痛みなど無いというように、マタンゴはその巨腕をロイド君に振るった!
ドゴオ!
「がふ!」
凄まじい豪腕だ、いかに防具をまともに身に纏わなかったからと言って、そのパンチは嫌な音を響かせた。
ロイド君が吹き飛ぶ、血を吐き、地面を何度も跳ねた。
テティス君が顔を青くする。不味いという風にグレース君もロイド君を見た。
私はもう一度舌打ちする、これだから他人と組むのは苦手なのよね!
私は素早くロイド君は回収すると、直ぐに容態を確認する。
頭蓋骨が陥没するような
私は直ぐに鞄から
「死にたくなかったら飲みなさい、ほら!」
私はエクスポーションの瓶の口を、ロイド君の口に突っ込む。
そのまま無理やりポーションを飲ませると、ロイド君の呼吸は安定してきた。
私はそれを確認すると、マタンゴ戦の様子を伺う。
テティス君は距離を取りながら矢を射掛けるが、マタンゴには効果的ではない。
痛覚が機能していない上に、私はロイド君が切り込んだ傷口を確認するが、マタンゴからは傷が無くなっている。
凄まじい再生力だ、魔物の一部にはとんでもない異能を持つのも珍しくないけれど、強引な再生力を活かした肉弾戦を仕掛けてくるようね。
「
グレース君の魔法はマタンゴに直撃する。けれどマタンゴの頭の笠から胞子が吹き出すと、炎のダメージを軽減した。
結果的にマタンゴの身体は少々の熱に晒されただけで、殆どダメージはない。
こりゃ……中堅どころじゃ手に負えないかしら。
「こいつ、炎に耐性が?」
違う、言ってみればマタンゴは炎耐性の装備を持っているようなものだ。
マタンゴに炎が効くのは正しい、だが魔法に対する抵抗はある程度あるようだ。
異常な再生能力に、魔法耐性、初心者殺しを山程満載した魔物ね!
「魔法使い君、ロイド君をお願い! テティス君、効かないからって矢は絶対に止めるな、弾幕を張れ!」
私は直ぐに命令する。グレース君は命令に従い、ロイド君を回収する。
ロイド君の呼吸はもう問題ない、けれど今後二度と
彼我戦力差も分からない内に開戦するなんて馬鹿げている、先手必勝が許されるのは、必殺のタイミングだけだ。
まして奇襲も電撃戦も仕掛けられない、正面会敵で魔物も無警戒な訳がない。
まああの巨漢マタンゴは想像の斜め上を行ったけれど。
「く! でもどうすれば?」
テティス君は次々と矢を放ち、矢がマタンゴに刺さる。
マタンゴはまるでハリネズミのような様相を晒すが、やはり気にもせず、テティス君にノシノシと迫った。
ダメージなし? そんな筈はない。
だが矢は再生能力によって、次々と地に落ちる。
マタンゴに意思らしいものは感じ取れない。
典型的な低知能の魔物って感じだけど。
「両手を血染めにして! 悪趣味な魔物ね!」
私は物は試しに、魔法の矢を放つ。
魔法の矢はマタンゴの額を撃ち抜くと、氷の魔力が吹き荒れた。
炎が駄目なら氷で、てのは流石に安直かしら?
だけどマタンゴは、それでも足を止めなかった。
あの捨て身の一撃を喰らえば、私なんてそれこそ一撃だ。
スピードが壊滅している変わりに、とんでもないパワーとタフネスに全振りした脳筋タイプね!
「そんなダルマギク様でも無理なの?」
「いいえ、違うわ。なんとなく倒し方は分かった」
私は「ふっ」と微笑を浮かべる。
少なくともマタンゴは不死身の怪物ではないだろう。
痛覚が機能してないからか、攻撃は避けないし、強力なブレス攻撃をしてくる訳でもない。
あくまで再生力によるゴリ押しであって、ノーダメージではない。
「魔法より、やはり魔法矢の方が効きやすいっぽいわね……それなら!」
私は再び、特殊な矢を番え、マタンゴに放つ。
マタンゴは避けない、矢はマタンゴに直撃すると、ビチャっと粘性をもつ液体がマタンゴに降り被った。
私はニヤリと笑う、これで効かなかったら私じゃお手上げだけど。
「はっ!」
私は今度は炎が込められた魔法矢を放つ。
魔法矢はやはり直撃、しかし今度はマタンゴの身体が大炎上した。
「な、なんで急に!?」
「油よ、それも燃えやすい油、アイツの炎耐性が完璧じゃないのは明白だったもの」
テティス君はからくりが分からず戸惑っているが、私はばっさり仕組みを説明する。
マタンゴは熱エネルギーを飛散する胞子に誘導することでダメージを軽減していた。
だが、胞子は湿度が上がると飛散しない、油が膜となって胞子を包み込んだのだ。
結果、耐性の穴を貫通して放った炎の矢は痛恨の一撃、マタンゴは松明のように燃え上がると、そのまま崩れ落ちた。
「分かってしまえばこの程度か、舐められたものね」
初心者殺しに特化した魔物だった。
炭化するマタンゴを見下ろし、私はそう感想をもつ。
この三人が相手だと、ちょっと厳しい相手だったけれど、私にはやっぱり物足りない。
まあ走ったりする様子もないことから、ロイド君がやられても逃げるだけなら簡単だったでしょう。
「凄い……あれが
グレース君はロイド君の介護をしながら、そう呟いた。
過大評価だと思うけど、一応私は第三位等級の冒険者だからね?
流石に経験が違うもの。
「ロイド君が目覚めるまで、休憩よ!」
私はそう指示すると、その場を即席の休憩場とする。
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