剣の精霊編

第91話 義妹は、パーティを組む

 「は? ダンジョン依頼?」

 

 夏が終わり、秋の始まる頃。

 まぁまだ晩夏の暑さが残っているけど、久し振りに冒険者ギルドに行けば、私を指名した依頼があるではないか。

 ただ、指名した相手はなんと――。


 「依頼者は陛下だ」


 そう答えたのは厳つい壮年の筋肉男、ギルド長のザイン・タイムだった。

 私はザインといつものようにギルド併設の酒場で直接の依頼を雑談を交えながら聞いていた。

 依頼者は陛下、つまりピサンリ国王のタクラサウム・タンポポだ。

 私はその名前にゲンナリした。

 私は以前の依頼を忘れていない、あの聖女の護衛は正に悪夢だった。

 もうあれ以来ロクな予感しかしない。


 「依頼内容は王が管理するロクシューナ地下遺跡ダンジョンにある『お宝』を持ち帰ること」

 「……お宝って?」


 思いっきり不満顔を出す。てかお宝回収しろって、もう前回以上にキナ臭くない?


 「聖剣だとさ」


 ザインは胡乱うろんげな表情でそう言った。

 聖剣? 聖なる剣……て、あれよね、勇者とかが使う剣のことでしょう?

 うんうん、知ってる知ってる。子供でも知ってるでしょ………まぁどんな剣かは知らないんだけど。

 聖なる剣、て勇者が抜くときに描かれるアレでしょ?

 どっち道嫌な予感しかしないわね。


 「なんで戦争期でもないのに、聖剣が必要なのよ?」

 「さぁな、ただ……この依頼少し条件があってな?」


 おいザイン、私の目を見ろ、もう完璧に白眼視しているというのにザインは気にしちゃいない。

 ちょっとムカつくが、私も子供じゃないので腕を組んで唸ってやったわ。

 だいたい、陛下の依頼ってだけで嫌なのに、その上で条件付きってなによ?

 私陛下の便利な駒扱いされてない? 気の所為かしら?

 一方全くこっちを見ないザインは腕を組むと、依頼書の条件部分を指差した。

 私はテーブルに広げられた依頼書に目をやる。


 「最低人数四人ですって?」


 冒険者ギルドに張り出される依頼書には時折指定条件が付くことがある。

 大抵は技能関係だ、欠員が出たから補充要員が必要だったり、罠解除スキル持ちの要求だったり。

 しかし最低人数四人とは、あまり聞いたことのない指定条件だ。


 「四人って私含めてよね? どういうことよ? 私ソロ冒険者よ、理解してる?」


 私は即席パーティを組んだ例こそあったけれど、基本的にはソロ専ボッチだ。

 というのも、私はチームプレイが苦手なのだ。下手な冒険者と組むと、足手まといの尻拭いに嫌気が差す。

 結局は私も兄さんと似た者同士なのかもね……兄さんは一人が好きでも上手く他人と付き合ってるか。

 ザインはトントンと依頼書を叩く、私を見て依頼を受けるか聞いた。


 「どうする竜殺しドラグスレイブ嬢?」

 「だから私をそう呼ぶなっつーの! どうするって拒否する訳には……」

 「拒否っても構わないぞ?」


 私は目を細めた。

 なーんかザインの様子が怪しい。

 私はもう一度依頼書に目を通した。

 ロクシューナ地下遺跡ダンジョンの攻略。

 目的は最深部にあると思われる聖剣の回収。

 ただし条件として四人以上で攻略すること。

 依頼者はタクラサウム・タンポポ。

 報酬は十万ゴールドと、別途報酬あり。


 「報酬を四人で割ったとしても二万五千ゴールドは、割の良い仕事よね」

 「一万ゴールドを超える仕事は、大抵難事だからな」


 私級第三位クラスだと一万ゴールドを超えるような仕事を受けることも珍しくない。

 とはいえ、いつもいつでもそういう仕事が張り出される訳じゃないし、冒険者の稼ぎは専門依頼の方が中心になる。

 私で言えば、あのエロ親父貴族グールーよね。

 魔物の討伐が専門の私に、陛下は護衛をやらせるという暴挙をやらかしたことは未だに忘れてない。

 スナイパーが護衛ってもう、役割間違えているから!

 お陰でまあ苦労したわ、前衛0のクソパーティの欠陥思い知ったわ。

 正直護衛の依頼は二度とやらない。護衛を狙う敵を撃てなら考えないでもないけど。

 まあその分報酬は吹っかけたわ、陛下は二十万ゴールドの報酬を二つ返事で了承した。


 結果的にアレは破格の稼ぎで、一年位遊んで暮らせるレベルだったが、結局私は仕事してるのよね。

 中堅どころの冒険者だと、一万ゴールドの稼ぎってなったら、数回は依頼を熟してやっとだろう。

 これを四人で割っても万超えは破格ね。

 なにせ十人で割っても一人一万だもの、依頼者さえ見なければ二つ返事で受けたわね。


 「十人で行ってもいいのよね?」

 「最低人数はともかく、上限は無いな……しかし、あまり数が多すぎるとモラルが荒れるぞ」


 理解わかってる、たまに旅団みたいなの率いたパーティがいるにはいるが、ギルドが推奨する人数はあくまで四人だ。

 多すぎると報酬の山分けで揉める上、現場の目が行き届かなくなる。だからある程度の事態にも対応しやすい四人が推奨なのだ。


 私はもう一度ザインを細目で睨みつけた。

 ザインはうっすらニヤけている。

 こいつ、やっぱり今回の依頼なんか噛んでるんじゃないの?

 腹芸は中年の特権だ、私もまだその域には達していない。

 すーっごく怪しいけど、ザインは断ってもいいって言ってるのよね。

 うーん、迷うわ……本当に依頼者が陛下じゃなければ。


 大体また陛下からの指名って、スパンが早すぎるのよ。

 前回のような陰謀渦巻く難事ならいざ知らず、今度はただダンジョンを攻略してこいってのも気になる。


 「あ・や・し・い!」

 「相変わらず疑り深いな、ラッキーな仕事が舞い込んできたと思えば良いだろうに」


 私は疑り深い女なのだ、ザインが楽観的なのも癪に障るが、どうも私なにか試されてる?

 いや、まさかとは思うが遊ばれてたり?


 「兎に角受けるのか? 受けないのか?」


 ザインはヒラヒラと依頼書を揺らした。

 陛下の依頼、そりゃ蹴ったら失礼過ぎるでしょ、けれどそれにしてはザインが軽いのよ。

 まるで断っても陛下は困らない、そう顔に書いてるのよね。


 「はぁ……受けるわ。確かにラッキーかも」

 「おお、そうか! なら先ずはパーティ編成だな」


 私は悩みに悩んだが結局はため息交じりに承諾する。ザインは妙に嬉しそうだった。

 やっぱりこいつ今回の依頼に噛んでやがるわね。

 一体何が目的か、さっぱり分からないけど……面倒ね。


 「パーティ編成かー」

 「いい加減パーティを組んでみろ、いつまでもソロ専じゃ受けられる仕事も限るだろう?」


 そりゃまぁ確かに、私は魔物討伐が専門だ。

 というか、私一人だとそれ以外が出来ない。

 以前の聖女護衛でもわかったように、私は守勢に回るととことん弱いのだ。

 だから単独行動で魔物を確実に狩る仕事しか基本熟せない。

 人数が多ければ護衛は役割分担できたろう。色んな依頼を受けるチャンスもあったかも知れない。

 けど、やっぱり面倒なのよねえ?


 「おーい、誰か今手を持て余してる冒険者はいないかー?」


 ザインは大声で突然冒険者達を呼んだ。

 「なんだなんだ?」と冒険者たちは一斉に振り返る。


 「ちょ、アンタ何やって?」

 「数は集めてやる、メンバーはお前が決めろ」


 一般冒険者からすればギルド長と赤の冒険者が呼んでいるという時点で、ただ事じゃないと気づくだろう。

 私達を呼んでいる古参冒険者は「ドラゴンか吸血鬼でも討伐する気か?」と疑っている。

 そんな中年若い三人の冒険者が私達の前にやってきた。


 「私達なら手が空いてますけど……」

 「おお、君たちか」


 ザインは知っているのか、朗らかに笑う。

 私は三人を見て、まず最初に目に入ったのは声を掛けた少女だ。

 金髪緑眼のエルフだ、しかも私より身長低い癖に胸が大きい。

 格好は森の狩人そのもので、典型的な田舎エルフの様子だ。

 胸元に掲げられた冒険者ランクは金等級、七等級のうち四等級、ギリギリ中堅入りたてってところか。


 後ろにいるのは若い男二人だ、一人は赤毛の剣士、もう一人は青いローブを纏った魔法使いだ。

 剣士は金等級、魔法使いは緑等級で、この中で一番等級が高いのは魔法使い君ね。


 「誰なのこの子達?」

 「お前は知らんだろうが、最近頑張ってる新気鋭のパーティだ」


 新気鋭ねえ? 冒険者家業は実力主義だ。

 平和な世の中と言っても、魔物被害はあるし、その駆除は絶えない。

 実力のない冒険者は命を落とし、強い冒険者だけが生き残る。

 それさえもいつまで続くか分からない。

 神様のダイスロールが、いつまでも良い目とは限らないもの。


 三人はまず剣士から自己紹介をした。

 見た目通り明るい青年だ。


 「俺はロイド・イチハツ! 見ての通り剣士だ! 前衛なら任せてくれ!」

 「魔法使いのグレース・オレアンダーです、この中ではリーダーをしております」


 魔法使い君は落ち着いていて、兄さんに似たタイプね。

 魔法使いは確あるべきというスタンダードかしら。

 ……で、最後の問題はこの森エルフだ、何故か私を見てムッとしている?

 え? なに、私嫌われているの?


 「……狩人のテティス・プリムラ、見ての通りエルフです」


 なぜだろう、テティスと名乗るエルフはじっと私を見ている。

 エルフだから? それにしては粘着質というか?

 私実は他人エルフを殆ど知らない、エルフの癖に人族の両親の養子だったしね。


 「あー、えーと、私はガーネ――」

 「ガーネット・ダルマギク、勿論知っています」


 テティスは迷わず断言した。私は口を紡ぐと、イマイチ空回りしてしまう。

 な、なんなのよ調子狂うわねぇ?

 テティスは睨みつけるような視線で、私には何が何だか分からなかった。

 ただ彼女はツラツラと聞いてもいないのに、私の経歴を私の前で話し出す。


 「史上最年少で赤の冒険者へとたどり着き、レッドドラゴンのソロ討伐を成し遂げた伝説の冒険者、勿論知っています」

 「……有名なの?」

 「そりゃなあ、お前は自分の名声に無頓着過ぎる」


 私はザインに振り返ると、彼は呆れたようにそう言った。

 そうか、私ってそんな偉いものじゃないんだけど、周りはそう見ているんだ。

 私からすれば兄さんと一緒に居たいだけの、不純な動機なのに。


 三人の内、妙に熱が入っているのは森エルフのテティスだ。

 一方パーティの纏め役は魔法使いのグレース君、グレース君は代表して呼ばれた理由を質問した。


 「それでギルド長が呼ばれた理由は?」

 「おい、ダルマギク」


 ザインは私の肩をガシガシ叩いた、ちょっと痛いじゃないの、加減しろ馬鹿。

 私は若い三人を眺める……凄く面倒臭い。

 金等級二人に緑等級一人、悪い戦力じゃないわね。

 最低限、足手まといにはならなさそうかと判断すると、私は彼らに依頼書を見せた。


 「この依頼、一緒に受けてみない?」


 三人は顔を合わせ、依頼書を覗き込む。

 最初に報酬を見て、驚いたのは剣士のロイド君だ。


 「十万ゴールドぉ!? け、桁間違えて?」


 当然の反応ね、彼らの一回の稼ぎなら平均三千ゴールド位だろう。

 装備品を見ても、あまり良い装備はしていない。

 まあそれ言ったら私も矢の補充でお金が飛ぶから、あんまり装備更新出来てないんだけど。

 ザイン級ともなれば、装備は豪勢だけど、私って金ばっかり溜まっている気がするわ。


 「ふむ、ロクシューナ地下遺跡ダンジョンですか……かの神々が聖なる剣を置いたと言われる試練の地」


 ふーん、グレース君の解説、初耳ね。

 きっと彼は兄さんみたいに知識を数多く有しているのでしょう。

 魔法使いってやっぱり、知識欲が凄いのかしら?

 そういえばサファイアも雑学豊富ね、うん。間違いないわ。


 「で、どう? 受けるの?」


 私は顎に手を当て肘打ちすると、彼らに依頼を受けるか問う。

 このダンジョンの難易度は知らないけれど、金等級と緑等級ならそれ程悪くないんじゃないかしら?

 しかし思ったより三人の表情はかんばしくない。

 グレース君、テティス君とロイド君に顔を合わせ、相談するようだ。

 私は黙って見守っておく。


 「どうします? 竜殺しドラグスレイブ嬢の実力を疑いはしませんが、少し荷が重いかもしれません」

 「けど十万ゴールドは破格だぜ? もしかしたら安全かもしれないし!」

 「レンジャーかシーフは欲しいわね」


 ふむふむ、どんなダンジョンか知らないけど、彼らは荷が重いと思っているみたい。

 目先の欲に惑わされている子もいるけど、馬鹿ではないみたいね。


 「本職じゃないけど、多少レンジャーの知識はあるわよ?」


 私はそう付け加える。

 三人は一斉に私を見た。

 私は慌てて、あくまである程度だと強調しておく。


 「ほ、本当にある程度だからね? 過信しちゃ駄目よ?」

 「クックック」


 隣で笑うザインに、私はムカッとすると、頭を小突いた。

 何が面白いのか、絶対後で依頼のこととっちめてやる。


 「どうするの? 私は行ってみたい、彼女のこともっと知りたいし」


 うん? テティス君、妙な事を口走ってない?

 気の所為だといいけど……。

 グレース君は二人の賛成を受けると、静かに思案して決断を下した。


 「お受けしましょう、その依頼」

 「うむ、即席パーティだが、完成だな」


 ザインはそれを見届けると立ち上がった。


 「俺は依頼受託を陛下に報告してくる」

 「私は、また会う必要あるの?」

 「今回はいい、ガーネットは出発の準備をしてくれ」


 やっぱりキナ臭いわ、陛下が関与している割には、妙にザインのノリも軽いのだ。

 騙されている……と思うのは流石に考え過ぎだろうけど、警戒するに越したことはないわよね。

 スナイパー、狩人、剣士、魔法使い……うん、そこまで悪いパーティでもないんじゃないかしら。

 テティス君と役割モロに被ってる気がするけど、まぁそれはそれで。

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