第90話 おっさんは、この思い出はきっと忘れない
「うえええ」
吐いた、おっさん気持ち悪さから胃の内容物をリバースしてしまう。
最悪だ、誰がおっさんの吐く姿に喜ぶのか、その絵面の酷さといえば見せられないよ!
「主様、お背中擦りましょう」
「お労しや主様」
銀髪姉妹が背中を擦る中、おっさんはここに至るまで思い出す。
海の怪物カリュブディスの吐き出した海水を浴びたおっさん、それだけでも最悪なのに、遊覧船はカリュブディスの起こす津波で大荒れ、思いっきり揺られたおっさんは定番の船酔いに苦しんでいた。
「少し休んだ方が良さそうですね」
見るに見かねてそう言ってくれたのはコールンさんだった。
俺は素直に頷くと、皆とは別行動をする。
学生たちはレイナ先生もいるし大丈夫だろう。
「ルビー、サファイア、二人は遊んできていいぞ」
「そういう訳にはいきません」
「そうです主様」
相変わらず息が合ってるねー。
おっさんも気分が悪く、ちょっと意識がふらつく。
正直甘えるべきなんだろうが。
「とりあえず日陰に移動しましょう」
コールンさんはヒョイとおっさんの身体を背負った。
見た目に反してパワーがあり、おっさんは素直にコールンさんの背中に項垂れれる。
これじゃ……いつもと、逆だ、な。
おっさんは気分の悪さからか、意識が微睡んできた。
このままではいけない、と思いながらも意識は睡魔に冒される。
揺れるコールンさんの背中、おっさんはそのまま意識を落とした。
§
「――う、く?」
ふと、唐突に意識は戻った。
何が起きた? コールンさんに背負われた所までは覚えているんだが?
おっさんは目を開くと、目の前にはコールンさんの顔があった。
「あ、起きました?」
「どれ位気絶してた?」
「まだそれほど」
生温い風が吹いた。
太陽はまだ頭上であり、確かにそれほど時間経過はしていないようだ。
気分はすっかり良くなっていた、強いて言えば喉が渇くな。
おっさんはゆっくり上体を起き上がらせると、コールンさんは補助するように支えてくれる。
「……膝枕?」
おっさん、コールンさんに膝枕されていた。
椰子の木の葉が影を作る下、青いベンチにおっさんは寝ていたようだ。
コールンさんはおっさんが起き上がると、胸に手を当て微笑んだ。
「膝枕も枕といえば、枕ですよね?」
「サファイアの言ってたこと、気にしてます?」
俺は頭を抱える。流石におっさんもこれ位じゃ動じないが。
「気にしていないと言えば嘘になり、ます」
おっさんはコールンさんの隣に座る、彼女は正面を向きながらゆっくり語る。
「グラルさんのことは尊敬しています……けどそれ以上に、恋してしまいました」
……ずっと聞かなかったことにしていた。
コールンさんが好意を口にするのはいつも酔っている時で、素面では初めてではないだろうか?
水着でテンションがおかしくなった時もあった、けど今は違う。
茶化す訳にもいかない、おっさんは彼女の視線を追った。
海鳥が「ニャーニャー」と鳴く、どこまでも広がる水平線に無数の小島が浮かんでいた。
おっさんは海鳥の群れを眺めながら、彼女に聞いた。
「こんなおっさんのどこが良いんだ?」
「どこでしょうね? 内面でしょうか? 私って面倒くさいんでしょう?」
「自覚あったのか」
「なんとなく嫌がられているのは気付いていました。でもグラルさんだけは私にいつも付き合ってくれましたよね?」
コールンさんじゃ極度のマイペース故に、周囲から嫌がられることも少なくない。
お酒を我慢出来ない所とかは、特に恐れられていたからな。
おっさんがそんなコールンさんに付き合うのも、結局は打算だ。
なんとなく人付き合いを疎かにして、仕事中にギクシャクするのが嫌だからに過ぎない。
おっさん目線で見ても、そりゃコールンさんはどストライクだよ。
おっさんも男だからな、コールンさんの美貌は嫌でも見てしまうさ。
「勘違いだな、今はレイナ先生やアナベル校長もいるだろう?」
「レイナ先生は確かに楽しい飲み友ですけど……それはそれですよ?」
知ってる、これはおっさんの言い訳だろう。
おっさんがただ単純にコールンさんの好意を否定している。
俺は誰の好意も受けない、だから無視し続ける。
「私面倒くさいですか? グラルさんには相応しくない?」
「………」
どう答えろと、俺は段々苛立ってくる。
だから嫌なんだ、おっさんは日和見野郎だ。
ただ静かに平凡に生きたいだけなのに。
「主様っ、お目覚めしましたのですね、飲み物を持ってきました」
ルビーだ、気不味い雰囲気の中飲み物を持ってきた。
サファイアとは別行動なのか姿は見えないな。
「どうぞ、脱水症状にはお気をつけて、コールン様も」
「ありがとう御座いますルビーさん」
おっさんたちは飲み物を頂く、思いの外喉は乾いておりおっさんは一気に飲み干した。
ココナッツジュースは少し甘くトロピカルな味わいだった。
「ふう、ありがとうルビー。サファイアはどうした?」
「サファイアは皆さんの下にいます、あと少しで交代です」
どうやら交代制でお世話係を変えているらしい。
おっさんは一人しかいないから、よく二人は奉仕権を賭けて言い争うが、折衷案が出たか。
コールンさんはゆっくりココナッツジュースを飲みながら、少しだけ困ったように俯いた。
ズルいとは思っているが、おっさんにはルビーが現れてくれて感謝してしまう。
ルビーをダシにして、コールンさんの関心を逸らすことには罪悪感を少し感じた。
「皆と合流するか」
「畏まりました」
「時間切れ、ですか……」
おっさんはベンチから立ち上がると、コールンさんも続いた。
コールンさんの想いをおっさんは
だがコールンさんにはいつか決着をつけないといけないだろう。
「グラルさん……やっぱり私じゃ駄目、なのかな?」
凄まじく気不味い独り言を呟きらっしゃる。
おっさんは無言で通すのだった。
レイナ先生の発案した海への旅行計画、おっさんはこれを忘れる事は出来ないだろうな。
生徒たちは精一杯遊んで、銀髪姉妹も良い経験が出来ただろう。
勿論レイナ先生やコールンさんにも何か得たものがあったと思う。
だが夏はいつか終わりを告げる。
おっさんは、今回もヤマなしタニなしの平穏であったろうか?
過度な幸運も、不幸も必要ない。平坦である人生こそがおっさんの望み。
おっさんは貰いすぎたのか? 自ら平穏を捨ててしまったのか?
きっと違う、だって―――。
「こっちが向いてない護衛依頼やっている間、兄さんは海でイチャコラ? 覚悟は出来てる? 因みに私は出来てる!」
海から帰ったおっさんは、義妹のガーネットにたっぷり八つ当たりを食らうのでした。
結局上振れたら今度は下振れるって教訓だよっ!!
おっさん義妹に平謝りする事態になるというオチでしたとさ。
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