第88話 おっさんは、浜辺で涼を得る
ギラギラ輝く真夏の太陽は、観光地アモタンビーチをギラギラに照らしている。
旅行二日目、おっさんは浜辺で早々にぐでっていた。
「せりゃー!」
「アルト君お願い!」
「任せるだ!」
ビーチバレーというブンガラヤでは普及した球技を勤しむのは学生達だ。
ルルルとシャトラ、そしてテンとアルトがチームを組み、対戦している。
おっさんは木陰に倒れながら、そんな少年少女達を見守っていた。
「ご気分はいかがでしょうか主様?」
優しい風が頬を撫でた。
ルビーが大きな葉っぱを扇子代わりに扇ぎ、サファイアは風に魔法で優しく冷気を乗せていた。
至れり尽せりなんだが……そもそもの原因はやはりこの娘達だった。
「元気ないねーグラル?」
今日も水着で遊んでいたレイナ先生が駆け寄ってきた。
因みにコールン先生は、少し遠くで人魚たちと談笑していた。
すっかり原住民と仲良くなっているなと感心する。
おっさんは重たい身体を持ち上げると、レイナ先生に向き直った。
「昨夜色々あったもので……」
サファイアがイケないことをしでかす所だったから、おっさん実は寝不足なのだ。
元々体力無いのに、徹夜しちまえばこの様か。
「あはは、おっさん臭ーい」
しかしレイナ先生からすれば、正に物臭親父そのものだろう。
俺は波風立てず、生徒たちを見ながら言葉を返す。
「おっさんですから」
「精神的にはもっと若くいましょうよ?」
レイナ先生は横に座ると、一緒に風を浴びた。
「涼しいー」と彼女の心地よさそうにしながら、「るんるん」と足をばたつかせる。
おっさんはそんなレイナ先生を見て、思わず言ってしまう。
「逆にレイナ先生は子供っぽいですよね」
「失礼な! 子供なのは見た目だけ! 頭脳は大人だから!」
「まるでどこぞの少年探偵ですね」
サファイアが思わず突っ込んだ、何気に珍しいツッコミだ。
葉っぱを扇ぐルビーは客観的に見て述べる。
「自分を大人と言う程子供の証では?」
「うぐ! 結構鋭い意見だね?」
「まあルビーやサファイアの方が大人びているわな」
最も銀髪姉妹は俺より年上なんだから、本当の意味で大人なのだが。
サファイアは「恐縮です」と小さく述べた。
レイナ先生は「むむむ」と呻く。
「やっぱり子供っぽいのかなー?」
「気にしてるんですか?」
「……ううん。私は私だから、イチイチ他人に合わせる気はないし」
けれど、そんな突っぱねたようなことを言うレイナ先生の顔はどこか物憂つげだった。
おっさんは事なかれ主義だ、余程のことがない限り藪蛇には手を突っ込まない。
だが、レイナ先生を見て見ぬ振りをするのも違う気はするな。
「ならどうして哀しい顔をしてるんです?」
らしくないな、と自分に苦笑する。
レイナ先生は顔を上げると、胸元に手を当てた。
「アタシ魔力発達障害なのは知っているでしょ?」
「ああ、精神に比べ肉体の成長が止まる発達障害だな」
「そう……けど私は自分に才能が無かったから、こうなっただけで自業自得なのよね」
「けど、納得してないな?」
おっさんは鋭くそう言うと、レイナ先生は唇を噛んだ。
サファイア達は何も言わない、そこまで関与するつもりもないだけか。
「そりゃあね? ウチそこまで大きな家じゃないけど、貴族の家系なの」
「やはりか、予想通りだったな」
レイナ先生が貴族かどうかは、正直判然としなかったが、ようやく本人の口から公言されたな。
彼女の教養や振る舞いは、時折平民と隔絶しており、大体皆気付いている気はするが。
「ハナビシの家系は代々魔導師を排出してきたからさ、私にも求められたんだよね魔法の才能をさ?」
だがレイナ先生の魔力はそこまで大きくはない。
その現実から彼女の身に何があったのかは明白だ。
「幼い頃から魔力を高める訓練をすればさ? 魔力の潜在値が上がるって迷信を両親も大真面目に信じてさ? けど迷信は迷信だったのか、全く効果もなく残ったのがこの身体だけ」
そう言うとレイナ先生は悲しそうに俯いた。
けどすぐに過去は振り払うように太陽を見上げる。
「才能が欲しかった、けどそれはもう過ぎた過去よ。両親も私のことは諦めたみたいだし、私はこうやって自由にやっていられるなら充分なのよね」
「………」
おっさんは沈思黙考した。
レイナ先生のそれは諦観だ、おっさんと同類の証である。
おっさんは頑張らない、頑張るって感情はとっくに諦めた。
頑張って頑張って、全てが塵と化すような体験をしたおっさんは諦めたのだ。
「同じか」
「え? 同じって?」
「いいやなんでもありません。それよりレイナ先生はこれからどうしたいんです?」
「これから? ふふ……色々あるかなー? もっと皆と遊びたいし、色んなことを体験したいしー」
レイナ先生は手を合わせると、大きな目を輝かせた。
結局はレイナ先生も現状を受け入れて今をエンジョイしているんだ。
大人になるって、多かれ少なかれ妥協の連続だが、少し悲しいな。
「さってと、染みっぽい話はもう終了! 私遊んでくる!」
彼女は元気よく立ち上がると、海へ一直線に走り込んだ。
そのままバシャンと水柱を立てて、海へ飛び込んだ。
思わず人魚たちも驚いて振り返る飛び込み方だった。
「やれやれ」
「主様、レイナ様は寂しんぼなんだと思います」
サファイアがボソッと呟いた。
時々人物評を妙に的を得た言い方するサファイアだが、今回も彼女の直感だろうか。
「まるでウサギのような方です」
「ウサギさんか」
相変わらず動物に喩えるな。
おっさん的には無邪気な犬のようにも思える。
とはいえレイナ先生を一側面で見るのはやはり不可能なのだろう。
「あっ」
「え?」
突然サファイアが目を開いた。
俺はどうしたのか首を傾げる、しかし直後。
「あぶなーい!」
ビーチバレーをしていた学生達が悲鳴めいた警告をする。
俺は声に振り返ると、ビーチボールが飛び込んできた。
かわせない! おっさんは顔面を保護するように守るが、それよりも早く。
「ハッ」
ルビーはすぐさまビーチボールを上に弾き返した。
サファイアは落下するビーチボールを優しく受け止めると、何事もなくボールを学生達に返した。
「お気をつけください」
「………」
おっさんは思わず固まってしまう。
ルビーとサファイアは何事もなかったようにまた扇を扇ぎ、涼を生み出す。
「まるでシークレットサービスだな」
「お望みであればそうなりますが」
どちらかといえば武闘派なルビーは無表情でそう言う。
この二人がいれば安心安全だなと、そう痛感する。
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