第86話 おっさんは、コース料理に舌鼓を打つ
高級料理店ルウロウ飯店は、独特なエスニックの雰囲気に包まれていた。
見慣れない不可思議な店内の装飾の数々、民族衣装を纏ったウェイトレス等、旅情の雰囲気を味わうには充分過ぎるだろう。
さて、机に並べられたのはまずは前菜、ブンガラヤで地産地消される葉物野菜や根菜の漬物だった。
「これだけ?」
コース料理に慣れないテンは目を丸くした。
レイナ先生はそんなテンにコース料理という物を説明する。
「コース料理ってのはね? こうやって少しずつ出して行くの、のんびり食べるスタイルね」
「んー、けどそれやったら、さっさって食べたら、次来るまで待てへんのちゃう?」
ルルルの疑問も最もだろう。
おっさんもコース料理の体験は始めてで、作法も当然知りもしない。
それにはレイナ先生も「にはは」と微笑むと。
「後で悲鳴出しても知らないわよー?」
そう言って、レイナ先生は備えられた漆塗りの木箸で根菜の漬物をポリポリと摘んだ。
やや釈然としないルルルだが、一先ず前菜に取り掛かる。
「美味しいだ、村の野菜とは全然違うだな」
「ふむ、やはり土壌の違いでしょうか?」
ガチ農民のアルトも大絶賛、サファイアは含みある表情で吟味している。
おっさんは、こういう味もあるのかと感心した。
「んー、けどやっぱ物足りんなー、シャトラもそう思わん?」
「うふふ、まだ前菜だもの」
「やっぱりシャトラちゃんは大人びてるよねー」
学生達はやはり食べ盛りだな。
おっさんは酒が欲しいと思ってしまう、それ位の先出しに感じた。
同様の意見は皮肉にも同僚の先生にも出ているようだが。
「うー、やっぱりお酒が無いと物足りませんね」
「にはは、コールン先生、生徒の前じゃ流石に、ね?」
流石に生徒の前では大人としての振る舞いが求められるからか、レイナ先生は真面目に諭した。
渋々納得するコールン先生、根っからのお酒好きが後どれ位我慢できるやら。
「お待たせしました、次は椀物になります」
ワゴンに載せられて次の料理が運ばれてくる。
食べ切られた皿は回収され、次に並べられたのは小振りな朱色のお椀だった。
「綺麗、もうこれ自体が美術品みたい」
テンは蓋付きのお椀を見て、感嘆の声をあげた。
それもそのはず、漆黒の
私用で使う食器とは一線を画しているのは明白で、ここが高級店だと実感出来るな。
「赤黒の配色はキッカ紋とも呼ばれるわね、それにブンガラヤの美術価値観が融合したのね」
「レイナ様は博識でいらしますね」
「たはは、年の功よ」
年齢で言えば、当のサファイアとルビーが一番上とは言えないわな。
ついでに言えば、おっさんもレイナ先生より年上だが、ここまで詳しくはない。
まあ門外漢と言えばそれまでだが、専門の違いか。
「サファイア達はキッカ国には行ったことはないんだったな」
「はい、あそこは魔族への風当たりも厳しいので」
ショゴスの知ろうという知識欲は貪欲で凄まじい。
知ることは最上の喜びである、と残したハイエルフ族の格言は、長命過ぎて何もかも知りすぎた故の退屈さと閉塞感を表していると言われるが、ショゴスにとっても同様かも知れないな。
極めて強大な種族だったと言われるハイエルフの急激な没落は、ショゴスと合わせると皮肉としか言えないが。
「んー良い匂い、なんのスープかな?」
「これ、味噌ね……ピサンリじゃ珍しいわね」
同じく知識人たるシャトラは蓋を取ると、椀の中身を見て言い当てた。
温かいスープに、僅かに具材が入っており、あくまで主菜の前のようだ。
「んー、これも絶品ですねー」
「うむり、これ思ったより薄口だな」
おっさんもスープを頂く、思ったよりもあっさりした物だった。
腹は流石にまだまだ軽いな、スープも手早く飲み干すと、次は運ばれてくる。
「お待たせしました。こちらブンガラヤの港で今日捕れた魚になります」
そう言って運ばれてきたのは、1
白身のお魚で、酢和えされたカルパッチョのようだ。
「待ってましたーっ!」
小皿ではなく大皿で出てきた大作料理に、ルルルがテンションを上げた。
これは一人一皿ではなく、全員でシェアするようだ。
お腹ペコペコのルルルとテンは、早速がっつき舌包を打つ。
少し遅れてアルトも食べると、顔を朗らかにさせ喜んだ。
「取り分けましょうか主様?」
「ああ、でもそんなには要らないぞ」
「承知しております」
ルビーは甲斐甲斐しく小皿に取り分けると、差し出してきた。
おっさんの食欲を良く把握しており、おっさんはルビーに感謝した。
「皆ー、食べ過ぎないようにねー?」
レイナ先生の忠告、しかし学生達にはどの程度伝わったやら?
おっさんは元々は少食だから、少量ずつで充分だが、食べ盛りに制御は効かないだろう。
まあそれはコールンさんも変わらないが、彼女は肉体系だからおっさんとは食べる量も違うものな。
だが……、警告はある意味で正しかった。
その後出されたのは煮付け料理、メインデッシュの焼き物、そして
「うぐぐ……もう食えん」
「前半で飛ばしすぎよ、まったくもう」
コース料理を理解していたシャトラは敢えて計画的に食べたようだが、ルルルは考えなしに食べた結果パンパン腹を膨らませ苦しんでいた。
テンやアルトも同様だが、それでも二人の顔は至福だ。
「もうお腹いっぱいだよ、でも美味しかったー」
「んだんだ、おらこんな美味しい物一杯食べられて幸せだ」
おっさんはお茶漬けをゆっくり食べながら、改めてこの旅行のことを考えた。
当初はあまり乗り気じゃなかったが、気がつけば俺自身も楽しんでいた気がする。
まさかおっさんが? 自問自答の答えは、おっさんにもそういう感情がまだ残っているという証拠だった。
団体行動は相変わらず苦手だし、慣れない場所に目が回りそうだが、それも含めてリゾートなのかもな。
「これで最後になります、氷菓をどうぞ」
いよいよコース料理も本当に最後、その最後に出されたのはかき氷だった。
雪のように柔らかな氷に、色鮮やかなシロップが塗られたデザートは、ルルル達に最後の気力を与える。
「おっしゃ、デザートは別腹や」
「ん、甘いわ」
シャトラは目を細めて微笑んだ。
冷たくて甘い魅惑は、この熱帯のブンガラヤでは極上である。
おっさんも、かき氷を美味しく頂く。
流石に腹が重いが、おっさんも満足だ。
「んー、この後飲みに行きませんレイナ先生?」
「コールン先生ブレないねー」
先生方はまだまだ余裕そうだ。
全て理解していたレイナ先生は当然でも、コールンさんが余裕そうなのは少し意外だ。
確かにおっさんよりも女性ながら食べるとはいえ、見積もりでは厳しいんじゃないとか想像したんだが。
「よく食べ切れましたねコールン先生」
「あはは、ちょっと苦しかったですけどね?」
そう言って膨らんだお腹を擦る。
そうか、結構我慢はしていたのか。
普段おっさんよりも食べるとはいえ、あまり見る量でもなかったからな。
「主様は大丈夫でしょうか?」
「ああ、今更暴飲暴食するタチじゃないさ」
サファイアはおっさんの身体を心配していた。
かくいう彼女は逆に大丈夫なのかと疑問に思うが、その美顔はケロッとしている。
ルビーも同様で、涼やかなままだ。
「二人こそよく入ったな?」
「この程度造作もありません」
「私達は胃を拡張出来ますので」
サラッととんでもないことを言い出すな。
ルビーもサファイアも見た目に腹が膨らんだようには見えないが、身体の中はどうなってるんだか。
ショゴスの神秘は想像も及ばない。
「さてと、ちょっと休んだらホテルに帰ろうか?」
レイナ先生の提案に皆頷く。
夜はまだ長い、おっさんは軽く欠伸をした。
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