第85話 おっさんは、高級店にちょっと緊張する
ブンガラヤの暑い空も徐々に夜の
南国特有の赤いオレンジの太陽が落ちるのを眺めながら、おっさんは空を見上げた。
星々が鮮やかに
「皆ー、集合!」
後ろからレイナ先生の声が聞こえた。
おっさん達は集合時間に合わせ、ホテル前で合流、次は皆で夕食会の予定だった。
「お店に予約してるから、行こうか?」
「やったー、ボクもうお腹ペコペコー!」
「ウチもや、食べ盛りやからなあ」
買い食いしていたテンとルルルも、やっぱりイカ焼きだけじゃ満たされないか。
かくいうおっさんもかなり腹を空かしている。
レイナ先生が選んだ店、期待させてもらおうか。
「主様、ご気分の方はいかがでしょうか?」
「もしよろしければ、この後私達姉妹がマッサージ等を」
そう言ってきたのはサファイアとルビーの銀髪姉妹だ。
自由時間では結局別々に行動していたが、彼女達はどこにいたのだろう?
「マッサージは別にいい。それより二人は自由時間に何をしていたんだ?」
「海へと行っていました」
サファイアが答える。「海?」と首を傾げると、ルビーが補足した。
「何故か分かりませんが、ショゴスは海に惹かれるみたいなんです」
「元々ショゴス族が海を故郷にしていたとか、か?」
サファイアは首を振った。真相は不明か。
ただ、二人も思い当たることはあるのか、サファイアが言及する。
「私達の創造主はディープワンと呼ばれる存在だったようです」
「ディープワン?」
「詳細不明、まだ記憶の殆どは欠落しているのでしょう」
ディープワン、聞いたことの無い種族だ。
ただショゴス族が海に惹かれるなら、なにかディープワンとは海に関係する魔族なのだろうか?
「まあサファイア達はサファイア達だ。過去なんて今更なんだ、海は楽しかったか?」
俺はそう言ってやるとサファイアは優しく微笑んだ。
自己の肯定、サファイアにはおっさんに認められることが嬉しいのだろう。
比較的感情を表現しやすいルビーも同様に微笑んでいる。
そうだ、造物主が何者であれ、ショゴス達は生きている。
サファイア達は己のしたいように生きれば良いのだ。
「少し楽しかったです」
「どうやら泳ぐことを楽しいと感じることは可能なようです」
姉妹ともども楽しめたなら何よりだ。
奉仕種族だからって、奉仕ばかりじゃなくて、そうやって遊ぶのも大事だろうからな。
おっさんは次に隣を歩くコールンさんに声を掛けた。
「コールンさんは、自由時間は何を?」
「私ですか? 私はレイナ先生と一緒に服を見てました」
「服ねえ? コールンさんもお洒落ですか」
コールンさんは苦笑する。半分正解といったところか。
彼女は頬をポリポリ掻くと、苦笑いで言った。
「その、レイナ先生に、もっとお洒落した方が良いと」
「まあレイナ先生は我が学校のファッションリーダーですからね」
容易に想像出来る答えだった。
常に動きやすさ重視のコールンさんは毎日同じ服で、流行にもイマイチ疎い。
学校でレイナ先生とファッション雑誌を見ている姿が何度かあったが、気にはしているのだろう。
「で? 買ったんですか?」
コールンさんは顔を赤くする横にブンブン顔を振った。
あれ、なんでこんなに焦ってるんだ?
おっさんは首を傾げると、コールンさんは。
「サマードレスなんですけど、ちょっとお高くて……買えませんでした」
そうか、まあ良いものは値が張るのは当然だからな。
間違いなく貴族の子息女と思われるレイナ先生はともかく、コールンさんは貧乏な平民だ。
一張羅を大切にするしかないか。
しかしコールンさん、何故か顔を赤くしたまま上の空だ。
それは何を意味しているのか、おっさんの人生経験を持ってしても判断はつかない。
「
ボソッと何かを呟いた。
おっさんは首を傾げる、と同時にレイナ先生が足を止めて、大声を出した。
「到着よ! 今日はここで夕食会ね!」
おっさんは店の外観を観察する。
赤い梁を幾重にも組んだ無骨な木造建築は、ピサンリでは殆ど見ない。
デカデカと入口の上に店名が書かれた看板が掲げられていた。
「ルウロウ飯店?」
「えっ? ここってブンガラヤじゃ高級店では?」
シャトラは目敏く気付くと、レイナ先生は「問題ない」と言い切った。
高級店? 庶民が体験することの無い名に、おっさんを含め学生達も目を丸くした。
「コースで予約取ってるから、入るわよ」
レイナ先生はるんるんとスキップするように門構えを潜り抜けた。
おっさん達は恐る恐る店の敷居を跨いだ。
チリンチリン、横開きの高級そうな扉を開くとカウベルが鳴る。
来客が知らされると、ブンガラヤ特有の特徴的な民族衣装を着た店員が駆け寄ってきた。
「予約していたレイナ・ハナビシよ」
「お待ちしておりました。こちらへどうぞお客様」
「ご、ごくり」
思わず喉を鳴らす。
中は薄暗いが、良い匂いが立ち込めており、内観のエスニックな雰囲気もあって、思わず雰囲気に飲まれそうだった。
店員は店の奥へと案内すると、そこはご座敷だった。
大きな長方形のテーブルの前で、自由に座る大部屋、早速レイナ先生が机の前で寝転がる。
「はあー、凄い店だ。こんな店も世の中にはあるんだな?」
「けどなんかブンガラヤっぽくない店だね?」
「ブンガラヤでも文化は主に西部、中部、東部に別れるのよ」
テンの疑問に、足を伸ばして寛ぐレイナ先生が言った。
とりあえずおっさん達もレイナ先生に習い足を伸ばして着席する。
「ルウロウ飯店は西部文化の店よ、中部じゃちょっと珍しいかもね」
文献で見たことがある。ブンガラヤは東西に細長い国だが、国の端と端はそれぞれ他国の影響を受けていると。
ピサンリから見て陸繋ぎに存在するキッカ皇国、古くはピサンリと何度も国境線を巡って争った歴史がある国で、ブンガラヤ西部は必然的にキッカ皇国の影響を受けてきた。
一方でピサンリから見て東部に広がる旧ウォードル帝国、長年ピサンリとは大陸の覇権を争う間であったが、民族間ではキッカ国とは対照的に交流が盛んで、姉妹国のような間柄であった。
しかし小国を束ねる超多民族国家のウォードルはブンガラヤ東部に対して、独特の文化を波形させていった。
そしてこの中部も、言い方を変えればピサンリ王国の影響を受けた地域だ。
大陸最大の軍事国家でもあったピサンリは海を持たないが故にブンガラヤに侵略の意図があった。
しかしずっと昔に、ブンガラヤがピサンリに隷属する形で侵略はなくなり、ブンガラヤはピサンリの属国となった時期もある。
それは時が経つに連れ、ブンガラヤが力を付け、やがてその関係は支配から協力へと変わっていった。
数百年にも渡る両国の関係は、結局の所Win-Winの関係であり、海無し国のピサンリはブンガラヤに海の資源を依存し、またブンガラヤにとってピサンリは最大の貿易輸出国なのだ。
ブンガラヤにある三つの文化観は、そうやって他国と交流し続けた結果だった。
「お待たせしました、まずは前菜をどうぞ」
待ちに待った声だった。
案内した店員とは別の男性店員がワゴンで前菜を運んでくる。
お腹を空かせた少年少女達は今か今かと、お腹を抑えて待つ。
ちょっと緊張する夕食会は始まった。
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