第80話 おっさんは、ブンガラヤ初入国するけど、何故だが楽しそうに思えない
ガタガタガタ、舗装されていない道では、何かを蹴って荷台は縦に揺れる。
現在位置はブンガヤラの北部、田園地帯だった。
二匹の騎竜に引っ張られた車は、いよいよ異国ブンガラヤに辿り着いたのだ。
今回はおっさんも、車酔い対策はバッチリだ。
事前に飲んでいた酔止めも功を奏した、あと少しで到着でもある。
「へぇ、海ばっかやと、思っとったけど、畑もあるんやなあ」
地図上で見ると、ブンガラヤという国は非常に細長い国だと言える。
だが大陸南部に広がる海岸線殆どがブンガラヤと非常に極端な領土だが、現地に来てみるとそれ程海は近く無いことが分かった。
低地が広がり、広大な水田はブンガラヤ特産の長粒米が生産されていた。
大半は国内消費用のようだが、少数が国外に輸出されている。
そのおかげでピサンリでも首都ブリンセルならブンガラヤ米が食べられる訳だな。
「海はもうすぐよ、直ぐに臭いで分かるわ!」
既に来たことのあるレイナ先生はそう言った。
そういえば空気も徐々に湿度を持つようになってきた。
空は快晴、夏の陽気はかなりの暑さだ。
学生たちは今も楽しみそうで、先生方も着いたらどうしようかと談笑していた。
サファイアとルビーだけは、あまり口数も多くなく、ただ瞑想するように固まっていた。
おっさんは、軽く欠伸する。ちと退屈と言える時間である。
§
ジャンジャカ、ジャンジャカ♪
国土の大半が海岸のブンガラヤ、おっさん達は遠路はるばる遂に到着した。
別名は音楽の国と呼ばれる程、この国には音が溢れていた。
目的地であるアモタンビーチ、青と白の街並みは観光街としても非常に美しく、おっさんは車を降りると、周囲を物珍しげに見回した。
「はあぁ……これが異国情緒か」
「ほらグラル、観光は後々! ホテルに行くわよ!」
レイナ先生が先導する、おっさん達は一先ずはホテルに向かった。
「あっちでもこっちでも演奏しとるなあ」
「
学生たちの中でも一際聡明なシャトラはそう説明すると、生徒達は「へー」と感心する。
「で、これからどうするんです?」
おっさんは一行を先導するレイナ先生に質問した。
一人迷いなく歩くレイナ先生は振り返ると、少し先の建物を指差した。
「宿泊するホテルに荷物預けたら、ビーチ行くわよ」
海、か。おっさんは浜辺を見る。
絶賛ビーチは人で溢れている。
観光シーズンということもあり、おっさんは少しげんなりした。
なんで遠くまで来て人波に揉まれなきゃならないのか。
ここにヤマなしタニなしな平穏があるとは思えない、なんて顔に出しているとレイナ先生は。
「そっちじゃないわよ」
にこやかに微笑みながら、誰になく呟いた。
「さっ、ホテルはここよ!」
レイナ先生は立ち止まると、ホテルを見上げた。
周囲に近代的な建物ばかり並ぶ中、レイナ先生が選んだのは、ブンガラヤ伝統の水上コテージであった。
レイナ先生は迷わず、チェックインに向かう。
原始的とさえ言える床と乾拭きの屋根、壁と言える物は無い究極の風通しの良さを実感できる。
カウンターに立っていた
「レイナ・ハナビシ様ですね? お待ちしておりました」
「やーやー、今年はご覧の数だけどいける?」
物怖じしない人なのは知っていたが、レイナ先生常連なのか?
リザードマンもレイナ先生を既知のようで、木製のテーブルに置いてあった台帳を開いて、予約を確認していた。
「はい、たしかに。念の為皆さん名前の記入をお願いします」
全体的エキゾチックというか、古いブンガラヤ民族の使う物で、数少なくテーブル上に並べられていた物だけは現代的だった。
「紙とペンは現代的なんだな……」
おっさんはペンを手に取ると名前を記入する。
次にコールンさん、そしてルビー、サファイアと続いた。
「後はお前たちだぞ?」
「よ、よしやるで! まずはウチからや!」
異常に緊張するルルル、彼女は恐る恐るペンを手に取ると、震えた文字でルルル・カモミールと記載した。
書き終わったルルルは安堵すると、全身から吹き出す汗を拭った。
「ふう……!」
「いやいやいや! 国語で文字は習ったろう! なんでそんなに緊張できる!」
おっさん教師として思わずツッコんでしまった。さながら爆弾処理に成功した人みたいな反応しやがって。
その安心した顔はといえば、どう考えても大袈裟だぞ。
「次ボクいきます!」
「だから、名前くらい普通に書けるだろう?」
次はテンだ。テンはペンを握ると「すう、はあ」と深呼吸した。
まるでテストを前にしているみたいだ。
一体何がテンをこんなに追い詰めているんだ?
「よしっ、ボクは出来るっ!」
テンは覚悟を決めると、達筆な文字でテン・マリーゴールドと記載した。
問題ないな。テンは息を吐くと、笑顔でルルルとハイタッチした。
「ちゃんと書けたー!」
「ようやったでテンー!」
「なんなんだ一体……?」
次はシャトラだ、シャトラは緊張した様子もなく、普段どおりの綺麗な文字でシャトラ・レオパードと書く。
「皆シャトラみたいに普通で良いんだぞ?」
「グラルは分かってないよ! これは国語力が試されているんだよ!」
「せやせや! 文字も書けへん田舎もんって思われたら、恥ずかしいて
そんなものか、おっさんはあまり納得いかなかったが。
どうやらまだ国語力に不安があると思っているようだが、国語教師として述べるなら、この四人は特に問題ない。
ようは自信だ、本番に弱いとも言える。
最後はアルトだ、アルトも緊張している……かと思いきや普通に記入した。
「なんでアルトは普通なんだ?」
「おら、伝票切る時氏名記入しないといけないから、慣れてるだ」
ああ、そういえば農作物を街まで運んで、レストランなんかに納入する時、伝票を書くんだったな。
農民だと、文字の読み書き出来るだけでも貴重だろうからアルトは重宝されたことだろう。
納得の理由だと、おっさんは頷くと、ルルルはそんなアルトに抗議した。
「なんでや! アルトが一番国語の成績悪いやろ!」
「お、おらの成績バラさないでだ! それに名前くらい問題ないだ!」
「ようするに経験値の差ね」
無慈悲な言いようだが、シャトラの言うとおりか。
アルトは文字を仕事に使うから、慣れている。
一方でルルルやテンにはまだ、勉強の道具に過ぎないってことだ。
実益を知れば慣れる、おっさんでも国語教師になれたんだからな。
「はい、以上で結構です。部屋は6番、7番、8番をご利用ください」
リザードマンの女性は棚から番号の振られた札を取り出し、差し出した。
レイナ先生はそれを受け取ると、慣れた手付きで水上コテージを目指す。
「どうごゆっくり、お楽しみくださいませ」
シュルル、とリザードマン族特有の割れた舌を出しながら、頭を下げた。
コテージは海上に建っており、それらは木製の橋で繋がっていた。
ギシギシ、と歩くたびに音がするが、不思議と安定している。
コテージは壁が無く、代わりにうっすらと奥が透ける暗幕が掛けられていた。
恐らく蚊帳だろう、この辺りだと蚊も棲息しているだろうからな。
「へえ、風通しを良くしてるんですね」
「そうそう、元々ブンガラヤは暑いから、熱帯夜は大変だからねえ」
暗幕を開くと、中はホテルとしては最低限の設備が揃っていた。
ベッドは南国仕様で掛け布団もなく、小さな化粧机が設置されている。
「じゃあ部屋割を決めるわよー!」
「主様と一緒をお願いします」
ここまで殆どだんまりだったサファイアが珍しくそう述べた。
おっさんは苦笑する、てか女性率高いなあ。
「普通に考えれば性別で別けるべきだが」
おっさんならアルトと同じ部屋の方が望ましいだろう。
なにかと同性の方が都合も良いだろうからな。
「そうね、それじゃ六号室はグラル、アルト君、サファイアさんで」
レイナ先生は六号室の札を渡してきた。
俺はそれを受け取る。サファイアは満足げに小さく微笑んだ。
「あ、あのサファイアさん、よ、よろしくだ!」
アルトは照れて顔を真っ赤にしながら、サファイアに手を伸ばした。
鼻の下を伸ばすとは、アルトも男の子だな。
サファイアはアルトには全く興味なく、鉄面皮で握手に応じるのだった。
「それじゃ七号室はシャトラちゃん、ルルルちゃん、テンちゃんで使って」
「まあ妥当やな」
「ふふ、二人共よろしくね?」
「ぼ、ボク迷惑かけないように注意しないと!」
代表はシャトラか、レイナ先生はシャトラに札を手渡した。
残ったのは必然的にレイナ先生、コールンさん、ルビーだった。
「それじゃ皆荷物預けたら、いよいよ海よ!」
誰よりも楽しみそうなレイナ先生、学生たちは「はーい!」と笑顔で応じるのだった。
おっさんはほぼ大人の立場で子供達の監督だな。
どうあってもあまり楽しめる気がしないのは何故だ?
とりあえずコテージに荷物を置くと、直ぐに俺達は通路に集まった。
「で、海へ行くんですよね?」
コールンさんが質問する、レイナ先生は「フッフッフ」と怪しく笑った。
「当然……でも、先ず必要なのはなんだと思う?」
「なんや? 必要なものって?」
「それはね……水着よ!」
ドーン、そんな効果音が似合いそうだった。
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