第79話 おっさんは、騎竜に牽かれて草原を往く

 街の門の前は馬車のターミナルだった。

 連日数多くの人々が行き交う巨大都市は、門の前とて人々で溢れている。

 果たしてどんな馬車でブンガラヤ共和国まで行くのか、レイナ先生が指差したのは。


 「馬車じゃ、ない?」


 それは幌付きの荷台を持っていた。

 基本構造は一般的な旅客馬車と同様だが、問題はそれを牽引するが異なるのだ。


 「アギャア」


 奇妙な鳴き声、それは一見すれば翼の無い竜だった。

 強靭な二本の足で地を踏み、小さな前足を持つそれは。


 「ディノレックスさ」


 そう言ったのは、二匹の騎竜に優しい手付きで触れる青年だった。

 黒髪黒目、ピサンリ王国では少し珍しいな。

 コールンさんと同じルーツを持つ人族だろうか?


 「やっほー、今日はお世話になるよー」

 「アギョオス」


 騎竜ディノレックスは人懐っこくレイナ先生に頭を擦りつけた。

 余裕でレイナ先生の頭部を丸呑み出来そうな大きな口、優に体長四mメートルはあり、しかもそれが二匹だ。


 「珍しいな、騎竜とは」

 「おっさん騎竜って? これドラゴンなん?」


 流石に学生達は、このドラゴンモドキに恐れ慄いていた。

 まあ無理もない。野生種なら人襲うからな、ディノレックスは。


 「ドラゴンとはルーツが違う。どちらというと鳥類だそうだ」

 「えっ! これが鳥!?」

 「クックック、ケコー!」

 「うわ、コカトリスみたいに鳴いただ!」


 見た目は鳥とかけ離れており、一見すればむしろドラゴン扱いは仕方ない。

 だが現在の鳥類種のご先祖のような姿を保ったのが、このディノレックスらしい。

 その証拠にディノレックスは体温があり、明確にトカゲとは異なるのだ。

 鳴き声も露骨に鳥っぽい部分があり、デカイ鳥と思えばそこまで怖くない……か?


 「元々はレース用の騎竜で、引退してから引き取ったロートルですが、馬とは文字通り馬力が違う所見せますよ!」


 荷台は優に二十人は運べる大型の物で、これを馬で牽引するなら六頭立ては必要か。

 騎竜を手懐ける青年はディノレックスにとても強い信頼を持っているのが分かる。

 なるほど、レース用なら人馴れしている筈だ。


 「さあ乗って下さい!」


 青年は御者ぎょしゃとなり、荷台に跨って二匹の騎竜の手綱を引く。

 学生たちはまだ半信半疑の様子だが、恐る恐る荷台に乗り込んで行った。


 「本当に大きいねえ、ボク丸かじりじゃないかな?」

 「こ、怖い事言うなやテン! な、なあシャトラはなんか知らんの?」

 「ディノレースなら知っているけれど……」


 この世界には騎竜達のレース興行がある。

 それがディノレースだ。ブリンセルの郊外に競竜場があり、人気があるのは芝生の上を駆ける長距離レースと、ダイナミックなアクションが人気の大障害レースだ。

 最高時速は馬を越え、障害レースにも耐えられる身体はピサンリ王国ではとても人気があった。

 おっさんは賭博はまるでやらん平穏主義故、競竜場には殆ど訪れたことはないが、毎日当たり竜券を求めて、外れ竜券が飛び交うのは有名だな。


 「あの、この子達有名な騎竜なんですか?」


 コールンさんは比較的物怖じせず、青年に質問した。


 「俺も牧場主じゃないんで、過去の成績はあまり知りませんが、それぞれ長距離レースで結果を出したそうです」

 「な、名前はなんていうの?」


 テンも比較的興味は持っているようだ。

 ちょっとずつ緊張は解れていくだろうか。


 「ディンとルウです」

 「アギャアス」

 「クックー!」


 二匹は名前を呼ばれたと思ったのか、汽笛きてきじみた鳴き声を上げた。

 かなりの大音量だ、周りの馬が驚いていた。


 「それじゃ、時間もありますから行きますよ! 行けウレイ!」


 俺達は全員乗り込むと、青年は手綱を引いて、ある古風な掛け声をかけた。

 すると二匹の騎竜は石畳の床を蹴り上げ、加速しだす。

 その速度は徐々に上げて、時速四十kmキロメートル程を維持して草原地帯に飛び出した。


 「うわ! 速いだ! 凄いだなー!」

 「あっという間に街が遠ざかるね」


 学生たちはほろに開けられた窓から外の景色を見つめると、感嘆の声を上げた。

 特に町の外に出ることも少ないだろうルルルとテンは他よりもはしゃいでいた。

 一方アルトとシャトラはそんな二人をニコニコ笑顔で眺めている。


 「中部では飛ばない竜が主流なのでしょうか?」


 一方そう呟いたのはサファイアだった。

 ずっと必要がなければ喋りもしない完璧パーフェクトメイドにしては珍しいな。


 「見たことないのか?」


 おっさんはサファイアに聞いてみる、するとサファイアは鉄面皮のまま首を振った。


 「雪原地帯には棲息してませんでした」

 「そもそもドラゴンでさえ凍てつかせる北部に棲息出来る生態には思えませんが」


 ルビーは思わずそう突っ込んだ。

 そりゃそうか、ドラゴンは寒さに弱いからな。

 そもそも北部は魔族の巣窟、彼らが騎乗用の動物など頼るのだろうか?

 なんでもありの魔族なら、羽根で飛ぶやつも、テレポートしてくる奴もいるからな。


 「じゃあ北部では何に乗るんですか?」


 コールンさんが質問する。

 サファイアは抑揚よくようのない声で返す。


 「グリフォンやペガサスです」

 「そりゃまた珍しい」


 コールンさんだけではなく、おっさんも驚いた。

 ペガサスといえば乙女にしか心を開かないという伝説のある珍獣、少数だがピサンリ王国にも棲息している。


 そんなペガサスと一線を画すのはグリフォンだ。

 ワシの頭にライオンの胴、蛇の尻尾を持つ言われる魔物で、人食い魔物として危険視されている。

 一部地域では、そんな危険なグリフォンに乗るグリフォンライダーの噂は聞いたことがあるが。


 因みにペガサスは草食だが、額の一本角に石化の魔力を持つから、不用意に近づけば即石化の要注意動物に違いはない。

 肉食のグリフォンと比べれば危険度は低いが、野生の動物には触れるなということだな。


 「ペガサスは農作物を荒らすから要注意なんだな」


 話を聞いていたのか、アルトは憎いというように拳を握っていた。

 ペガサスはデカイ上に空も飛ぶから、農家にとっては害獣ということか。

 デカイということは飯も沢山食うからな、頭の痛い種だろう。


 「去年もニンジン畑が荒らされただ……」

 「ええー、ペガサスって可愛いのになー?」


 いかにも絵物語のペガサスしか知らないだろうルルルは可愛いのにと反論する。

 現実は絵物語のように華やかではないからな。


 「ペガサスは案山子も見抜くから厄介だ」

 「知能が高いのね、人に反撃されると覚えれば、畑を襲わないと思うけれど」


 シャトラの意見も的を得ているが、現実はそう簡単にはいかないだろう。

 ペガサスが一日に移動する距離は三百kmキロメートルにもなるという。

 別の村を荒らしたら、遠く離れた別の村をなんて珍しくないのだろう。

 グリフォンと違い、中々駆除依頼も出されないのも原因だろうな。


 「おうおう、ペガサスに幻想を抱くのも辞めた方がいいさ」


 レイナさんは腕を組むと、「うんうん」と何度も頷く。

 もしかして何か嫌な経験でもあるんだろうか。


 「アイツら基本的に自分たちを上位と思ってるから! もうームカつく!」

 「先生なにがあったべ……?」

 「さ、さあ? けど知らない方が良さそうかしら?」


 シャトラの言うとおりだ。

 レイナ先生がどんな体験をしたか知らないが、おっさん達が知ってもなんの得もないだろう。

 おっさんは、それより前を見た。

 二匹の騎竜を操る青年に後ろから質問する。


 「すいません。ブンガラヤにはどれ位で入国出来るんでしょうか?」

 「え? あー」


 青年は地図を取り出すと、現在位置を確かめた。

 そこから彼は時速を計算したようだ。


 (この青年、コールンさんよりも若いと思うが、数学が熟せるのか?)


 俺は少し驚く。相対速度から移動距離を算出して、到着時刻を計算するには、相応の教養が必要だからだ。

 少なくとも暗算で出来るのは俺達の中なら俺とレイナ先生、後はシャトラ位か?


 「ざっと四時間程ですね!」

 「騎竜って速いですねー!」


 コールンさんは能天気に騎竜の性能を絶賛した。

 景色は徐々に草原からあぜ道のように変わっていく。

 周囲は林が生い茂り、徐々に風土が変わりつつある。

 一体風景はこれからどんな風に変わっていくのだろう?


 騎竜は積載重量が無いならば、最高時速百二十kmキロメートルというトップスピードを誇る。

 障害レースでさえ時速四十kmキロメートルは出すのだから、大したパワーだ。

 ディンとルウという年老いた騎竜達も、よくこれだけ走って速度を維持出来るものだ。


 ――とはいえ、流石に騎竜が疲れれば休憩も何度か挟む。

 そうやって、特にアクシデントもなく、おっさん達は遠路はるばるブンガラヤの地に踏み入るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る