海編

第78話 おっさんは、いよいよ旅行当日を迎える

 海へ行く当日、学園前に集合したおっさん。

 おっさんの側には、同じように出てきたコールンさん、サファイア、ルビーがいる。

 到着した時に既にその場にいたのは、シャトラとテンだった。


 「おはよう二人共」

 「あ、グラル先生、おはよう御座います」


 俺は挨拶をすると、シャトラはいつも通り遺恨無礼に頭を下げた。

 相変わらず礼儀正しい娘だな。


 「見たことない人もいるね」


 一方テンは銀髪姉妹の方に注目した。

 見た目ならばそれ程歳が離れたようには見えず、テンもそれ程警戒はしていないようだ。


 「紹介しよう、今回同行するサファイアとルビーだ」

 「サファイアです、どうかよろしくお願いします」

 「ルビーです」


 二人は頭を下げると、釣られて学生組も頭を下げた。

 うむり、これなら仲良くやれそうだな。

 その後シャトラとテンは自己紹介をして、お互い握手した。


 おっさんは荷物を置くと、まだ来ない幹事を待つ。


 「おっ、皆集まっとんのか」

 「み、皆今日はよろしく頼むだ!」

 「あ、ルルルちゃん、アルト君!」


 次に集合場所に訪れたのはルルルとアルトだった。

 なんとアルトが来たということは、旅行に行くということか。

 アルトは緊張していたが笑顔で嬉しさを表現していた。


 「アルト、旅行に行けるのか?」

 「うだ! 村の皆に相談したら、手伝いなんかせず絶対に行けって言ってくれただ!」


 そうか、アルトは良い村で育ったな。

 彼にはちゃんと貴重な経験をさせてあげるべきだろう。

 等とおっさんは「うんうん」と何度も頷いていると、ルルルが脇腹を小突いてきた。


 「おっさんおっさん、その可愛い子達はなんなん?」


 ルルルは嫌らしく笑うと、銀髪姉妹を指差した。

 どこぞの噂好きじゃないのだから、あまりゴシップに踊らされるのは感心しないが。


 「まぁなんだ? 彼女達は……」

 「家政婦ハウスキーパーを勤めますサファイアと申します。以後お見知りおきを」

 「同じくルビー、主従契約に基づき、同行をさせていただきます」

 「主従契約ぅ?」


 ルルルは二人を見て胡乱うろんげに訝しむ。

 相変わらず先ずは疑ってかかる癖は変わらないな。


 ルルルは二人に近づくと、腕を組んでまるで審問官が疑ってかかるようなジト目で見つめた。


 「ほんまかいな? そんな幼いなりで?」

 「こう見えても数百年以上生きているのですが……」


 疑われるとサファイアは困惑し、ルビーは僅かに不機嫌さを表した

 二人はショゴスという魔法生物、あるいは魔物に分類される種族だそうだ。

 無論危険性など無いが、殆ど不老不死なので見た目は幼いままなのだ。

 魔族と誤認されることが兎に角多いが、魔族の因子も少なからず引継いでいるのかも知れないな。


 「ルルル、猜疑心さいぎしんを持つのは構わないが、まずは誠意を見せたらどうだ?」


 おっさんはルルルにそう注意すると、眉を垂れさせ、頭を掻いた。

 一応自分の癖について負い目はあるようだな。


 「ルルル・カモミールや、よろしゅうな」

 「おら、アルト・シランだ!」


 ルルルはサファイアと握手する。

 アルトは美人に少しだけ顔を赤くして、照れた様子でルビーと握手した。

 対する銀髪姉妹の反応は実に蛋白たんぱくだった。


 「おっ、私が最後? 結構集まったじゃない」


 最後に現れたのは幹事のレイナ先生だった。

 先生は周りを確認すると、満面の笑みを浮かべる。


 「全員揃ってるかしら?」

 「おっさんが知る限りは」

 「私は誰も誘ってませんし」


 コールンさんはそう言うと首を振る。

 おっさんも国語科の講義を受ける四人と銀髪姉妹だけだしな。

 ちょっと前までガーネットがブリンセルに戻っていたが、今は聖女様と巡礼を再開したから誘えなかった。

 ガーネットは悔しそうだったが、おっさんたちは今はそれを忘れて非現実的な体験を楽しもう。


 「ふむ、九人か。もう少し誘っても問題なかったけど、まあいいか! それじゃ駅へ向かうわよ!」


 俺達はそれぞれ必要な物が詰まった荷物を手に取った。

 レイナ先生が先導するまま、おっさんたちは街の南出口に向かう。


 「楽しみだあ、海ってすっごい大きな水溜りなんだべな?」

 「フッフッフ、着いてからの楽しみよ、アルト君」


 アルト含め学生達で海を知っているのはシャトラだけだ。

 ルルルやテンも楽しみそうで、楽しそうに雑談していた。

 おっさんはそういえばと、コールンさんに質問する。


 「コールン先生、海には行ったことあるんですよね?」


 辺境の剣聖の伝説といえば戦艦斬りだ。

 何を言っているんだと、常識的に言えば首を傾げるが、これがコールンさんの話では荒唐無稽こうとうむけいでもないらしいのだ。

 本人曰く厚さ四十mmミリメートルの鋼鉄を斬り裂けるとのことで、それが戦艦斬りなんて噂話になっていたのだ。


 「ええ、昔東の海に、けれどブンガラヤは初めてですね」


 ピサンリ王国から東方、大陸東方に大小数十という小国が乱立している。

 元々はピサンリ王国にも匹敵する大帝国だったのだが、二十年前の人魔戦役の事後処理に失敗した性で、相次ぐ内乱に合い、またたく間に帝国は分裂、今でも政情不安を抱え続ける小国達が乱立している状態だ。

 おっさんもコールンさんの過去はあまり知らない、だが今尚政情不安な東方でというなら。


 「傭兵だったんですか?」

 「ええ、武者修行も兼ねてですが」


 コールンさんの過去は意外と知らないな。

 凄まじい剣の達人で、ピサンリ王国では殆ど見ない反りが入った剣を使うのが特徴的だが、先生になる前は何をしていたのか。

 コールン先生は聞かれると、それ程嫌な顔もせず気にしていない。

 実にいつも通りの雰囲気で少しだけ説明を加えてくれた。


 「私の家って、元々剣術道場だったんですよ、ただあんまり流行らなくて、私が子供の頃には閉館したんですけどね? そこから私は自力で強くなって、まだ内戦中の東方に行ったんです」

 「そこで更に力を付けたんですか?」

 「個人的には運が良かっただけですよ。私より強い敵と戦わない。傭兵の経験としては生き残る方が大切でしたし」


 ちょっと意外だが、案外臆病な戦い方だったんだな。

 だがおっさんも戦争を経験したから痛いほど分かる。

 戦争では英雄と言われる程の騎士様が初陣頭に飛んできた石に頭蓋骨をかち割られて死んだのを知っている。

 後に大英雄と呼ばれる者達は皆運が良かったんだ。

 若い芽の頃に、未熟な内に死んでしまえば、才能なんて開花しない。

 だからまず生き残ることが、一番大事なのは共感できた。


 「そうそう、諸国を渡り歩いたといえばサファイアさん達は?」


 コールンさんがそう指摘すると、対照的にサファイアは悲しい表情をした。

 むべなるかなと、ルビーは首を振ると説明する。


 「我々は北部の凍った海なら知っています」


 大陸北部、ピサンリ王国から北上していくと、徐々に高原を迎え、峻厳しゅんげんな大雪山がそびえている。

 一年の殆どを雪で覆われる極寒の北方は山脈を越えた先に、大雪原がどこまでも広がっていた。


 歴史においてそこは神々の住まう地であり、そして代々魔王が居を構えたのが、そんな雪原地帯だ。

 何があるか本当に分からない地故に、大陸では国際協定で、この大雪原の開発を禁止している。

 そうか、ルビー達は元々雪原から出てきたのか。


 「ごめんなさい。凍った海を見たのは、辛い旅の中でしたから」


 サファイアは鉄面皮にどこか憂いを帯びて謝罪する。

 俺はサファイアの頭を優しく撫でた。


 「謝る必要はないさ、ごめんな。辛い記憶を思い出させて」

 「主様……でもいいんです。だから主様に出会えました」


 サファイアはそっとおっさんに身を寄せてきた。

 ルビーは対抗して反対側から、身体をくっつけてきたんだが。


 「兎に角大変でした。魔王派残党に過ぎない私達は各地で迫害対象でしたから」


 ルビーはそこまで気にしていないようで、淡々と説明する。

 恐らく魔王城に勇者が攻め込んだ時に、相当のゴタゴタがあったのだろう。

 あの時期なら、魔族イコール制裁対象だった。

 罪を憎んで人を憎まずなんて綺麗事が何一つ通用しなかったあの時代、存在すること事体が悪というレッテルを貼られた魔族の苦境は推して知れる。


 だが、もし立場が逆だったなら、人族こそが存在するだけで悪と断じられていた可能性もある。

 結局歴史は勝者が創るものとは、本当に言い得たものだ。

 神話に出てくる神様は初めから正義と悪は混然一体と称して、善も悪も等しく同じ価値観でしかないと、賢者アリストテレスに教えたという。

 サファイアを見れば特に、魔族というだけで迫害することが如何に愚かなのか理解出来るな。


 「じゃあ温かい海は知っているか?」

 「……見た記憶はありません……けれど、何故か懐かしさがあります」

 「私も、ショゴスと温暖な海に何か関係があるのかも」


 サファイアとルビーは温かい海は知らない。

 けれど本能レベルで親しみを感じているとは、どういうことか?

 ショゴスがそもそも理解出来ないおっさんには無駄かも知れないが、サファイア達も困惑している。


 「ほーら、ブンガラヤまで行く乗り物はアレだよー」


 気がつけば駅のホームに辿り着いた。

 レイナ先生が指差したのは……。

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