第74話 義妹は、真実へと突き進む

 カツカツカツ。


 冷たい石造りの地下通路を歩む私達。

 通路の幅は狭く二人並ぶのが限界だった。

 ここはブリンセルの真下よ? まさかこんな地下通路が隠されていたなんて、誰も想像出来ないわよね。


 とりあえず敵との遭遇も考慮して陣形は先頭をコールンさん、最後尾をルビーとする単縦陣で行く。

 私はコールンさんの後ろで、兄さんはその後ろ。

 とりあえず兄さんの位置が一番安全だわ。

 そうは言っても後ろから奇襲もあり得るし、なによりこの地下道にどんな仕掛けがあるかも分からない。

 完璧な安全は流石に保証できないわね。


 「これ、どこまで続くのでしょうか?」


 先頭を歩くコールンさんは、緊張した面持ちで呟いた。

 地下通路はジメジメしており、足元に水溜りが出来ている。

 地上から水漏れしているのかも知れないわね。

 ポチャン、という水が跳ねる音は静寂な地下通路に響く、私はその音を聞き逃さない。


 「かなり長いってのは確かね」


 私は音の反響音から、まだまだ先は長いと知る。

 後ろで兄さんは「うむり」と顎に手を当てた。

 因みに光源は兄さんにライトの魔法で照らして貰って確保している。

 改めて魔法使いが一人いるだけで、随分出来ることって増えるのねと、私は兄さんを高く評価した。

 えっ? 相変わらず兄に甘いって? そんなことないわよぉ。


 「アノニムスにとって都合の良い場所は何処だ?」

 「悪党のいる所は暗くてジメジメした場所というのが王道では?」


 兄さんの疑問にルビーが返答を返す。

 しかし兄さんはその答えに納得していないようだ。


 「俺の知っている悪党は、天使の微笑みで近づいてくるタイプだな」

 「聖アルタイル聖堂の司教様に擬態していたんだから、強ち間違ってもいないわねぇ」


 司教を任命する聖教会の節穴な目にも呆れるが、真に恐ろしいのは、社会的に信用を得られるまで、司教として潜伏していたってことよね。

 あの暗黒司祭だけじゃない、恐らくアノニムスは普段は普通の人間に擬態しているのだろう。

 隠れアノニムスとでも呼びましょうか、こんなのを発見しろってなるとそれこそ国家レベルの力が無いと難しいわね。


 「この道、真っ直ぐならもしかして外側の教会と繋がっているのか?」

 「うん?」


 コールンさんが首を傾げた。

 兄さんは頭の中で地図を思い浮かべているのだろうか。

 私は大まかなブリンセルの地図は頭にインプットしているが、細かい所は流石に覚えていない。


 「グラルさん、アノニムスの隠れ家が分かっちゃうんですか?」

 「まさか……ただ隠れて悪事を働きたい人間ってのは、一体何が都合が悪いのかを考えていた」

 「都合が悪いことですか、主様?」

 「うむり、やはりそれは人の目だと思う」


 人の目か、確かにそりゃ邪神信仰なんて人に見られたら、どんな噂が立つか分からないものね。

 アノニムスに国と正面から戦うような戦力は無いと思うべきなら、騎士が寄り付かない場所が望ましい訳、か。


 「うーん、さっぱり分かりません!」


 コールンさんはそう言うと、真っ直ぐ正面を見据えて考えることを放棄したようだ。

 元々頭脳労働を求めちゃいないとはいえ、体育会系の教師ってこんなものなの?

 兄さんは天井を仰ぎながら、ある結論を出そうとしていた。


 「集団墓地だな」

 「お墓、ですか?」


 兄さんは小さく頷く。

 私は兄さんの考えを静聴した。


 「人が滅多に寄り付かない、地面を掘っていても埋葬と勘違いする可能性も高く、工事が容易だ」

 「なるほど流石主様です」


 ルビーは兄さんをべた褒め、て……この子に関しては平常運転か。

 最初はイラッとすることも多かったけど、コールンさん程苛立たないのはなんでなのかしら?


 「黒装束も見方を変えれば喪服か、考えたものね……」


 私は兄さんの提示した立地案件がいかにアノニムスにとって都合が良いか思い知る。

 兄さんは知識をフル動員して考え、考え抜くタイプだ。

 行動が遅いって兄さん自身皮肉気味に言うけど、パーティには一人は欲しい人材ね。

 私だったら、絶対そんな答え辿り着かない。

 やっぱり教育って大事だわ、学校出てない私って結構おバカ?


 ううん、流石に首を振る。

 兄さんの聡明さを褒めるべきであって、断じて私は脳筋おバカではない。

 コールンさんとは違うのだ、コールさんとは。


 「なにか凄い失礼なこと言われた気がする」

 「えっ? なにそれ怖い」


 凄まじい野生の勘とでも言うべきか、コールンさんに思考を読まれた?

 兄さんドン引きしてるじゃない、変な反応はやめて欲しいわ。


 「コホン! それで墓地ってどこにあったっけ?」

 「確かブリンセルに大規模霊園が八箇所あった筈です」


 ルビーが街の知識は一番あるようね。

 兄さんはそんなルビーに質問する。


 「教会と併設してる霊園ってあるか?」

 「……たしかもう使われていない廃教会があったと思います」


 廃教会……急にキナ臭い感じになったわね。

 どんな理由で捨てられたのか知らないけど、まさに邪教の巣窟になりそうな建物だ。


 「……恐らくそこだ、人数を隠すにも都合が良い」


 突然聖教会から消えたシフ様と修道士達。

 まるでイリュージョンでも見せられたかのように、消え去った時は絶望に頭が真っ白になったわ。

 でも、ちょっずつ私は答えに近づいている。

 真実は諦めなければ、いつかは辿り着く。

 今がその時なんだ。


 「急ぎましょう!」

 「分かりました、会敵したら斬りますから!」


 コールンさんは走り出すと、私達も続いた。

 この中では兄さんは足も遅くスタミナもない。

 兄さんはどうするか考えていたが、それを抜かる程ルビーに落ち度は無かった。

 ルビーは兄さんを抱き抱えると、そのまま付いてきていた。


 「ルビー済まないな」

 「いいえ、当然のことをしたまでです」

 「けど、ちょっと大人としては情けない……」

 「大丈夫です、まるで駄目な大人になっても、一生御奉仕致します」

 「こらルビー! 人前で惚気ない!」


 私は思わずイラッとして突っ込んだ。

 私だって本当は兄さんとイチャイチャしたいけど、今は仕事優先してるんだから!


 「敵? 寄らば斬る!」


 おっと、コールンさんが正面に何かを捉えた。

 私は暗闇に目を向けると、頭が二ツある大型の犬のような魔物が道を塞いでいた。

 恐らくアノニムスの配置した防衛用と思うべきね。


 「ハッ!」


 しかし相手が悪かった、体長ニメートルを越える大型の魔物といえどコールンさんは、神速の斬撃で魔物を遠距離から斬り伏せた。

 綺麗にスライスされる魔物も、まさか斬撃が飛んでくるとは夢にも思わなかったろう。

 辺境の剣聖は今日も絶好調ね。


 「死体飛び越えます! 注意して下さい!」


 コールンさんが死体を飛び越えると、私もそれに続いた。

 ルビーは翼を背中に生やし、滑空して飛び越える。


 「今のもしかしてオルトロスか?」

 「オルトロス……本来冥界を守護すると言われる魔物ですか?」


 オルトロスねえ? 冒険者やってても初めて聞いたわよ。

 魔族の知識を多く持つルビーでも、オルトロスには首を傾げた。


 「邪教集団、召喚魔法使いがいるのか?」

 「兄さん召喚魔法って?」

 「俺も実物は魔族が使うのを見たことがある程度だが、契約した魔物を召喚陣などを用意して呼び出す魔法だ」

 「へー、便利そうですねー」

 「いいや、そうでもない。召喚魔法はべらぼうに魔力の消費が高い、故に魔族級の魔力があってこそ、やっと使いこなせる魔法体系だ」


 魔法って初級知識だけでも分からないことが多いのに、更にそんな魔法まで存在するのね。

 魔法使いの知識量には頭が下がるけど、知ったら知ったでそんなヤバい奴がいるかも知れないと思うと恐ろしくなるわね。


 「邪神降臨……召喚魔法を応用するつもりか?」

 「そんなの可能なの?」

 「常識では考え難い、だがアノニムスは本気なのだろう?」


 ゴクリ、思わず喉を鳴らした。

 アノニムスは本気で邪神を崇拝し、そして降臨を待っているのか。

 ならばなおさら止めなければならない、その生贄こそがシフ様なのだから!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る