第73話 義妹は、絶望よりも希望の為に戦う

 教会内の潜入及び制圧を進めているが、妙な様子だった。

 敵が少な過ぎる気がする。

 これまで倒したアノニムスの暗殺者の数は六人、しかもあのヴォルテロや司祭の姿は無い。

 真っ先に警戒していたのはヴォルテロだったけど、もしかしてコールンさんの方に行ったのかしら?

 それなら拍子抜けだけど、恐らくそんな楽観視出来る事態ではなさそうね。


 「静か過ぎる……どうなっているの?」


 私はなるべく隠密に、シフ様の姿を探していたが、周囲を巡回するアノニムスも見当たらない。

 階下から戦闘音も聞こえないし、どうなっているの?


 私はエルフ聴力をなるべく最大限に活かして、僅かな音も聞き逃さないように注意した。

 シフ様程じゃないけれど、しっかり警戒していれば囲まれることはないでしょう。


 カツカツカツ。


 「ッ! 足音……いえ、この足音は」


 私は階段を登ってくる足音を聞き取った。

 しかしその足音は聞き覚えのある物だった。

 階段を上がってきたのは、下から一般客を装って潜入したコールンさんだった。


 「あっ、ガーネットさん! そっちテロリストはいましたかっ!」


 コールンさんはいつもと同じ様子だった。

 戦闘をした気配もない。「はあ」と私はため息を吐く。

 どうなってるのよ、一体……。


 「ガーネットさん、おーい?」

 「貴方、下には誰がいた?」


 私はある程度嫌な予感がしながらコールンさんに質問した。

 するとそれに戸惑ったのは彼女の方だ。


 「それが、誰もいないんですよ?」

 「修道女も?」

 「はい、誰もです。おかしいですよねこれって」


 一般客の参拝はもう終了の時間だ、普通ならコールンさんは止められる。

 止めた奴は怪しいと思っていい、だが止める者もいないとは……。


 「連れ去られた、か……!」


 シフ様が目的だと思っていたけど、アノニムスの目的を考えれば、聖教会の修道士は全て生贄と思うべきか。

 私は手遅れな事に歯軋りをすると、直ぐにコールンさんに指示を出す。


 「コールンさんはもう一度下から誰かいないか、捜して!」

 「わ、分かりました!」

 「私は二階を捜すわ!」


 私達は急いで聖堂内を探し回った。

 宿舎を覗けば、生活感がそのまま残っていたが、修道士達の姿は全くなく、アノニムスの痕跡も見当たらない。

 そのまま必死に捜索するも、時間だけが無情に過ぎ、やがて街を警護する騎士団が聖堂を囲むように展開した頃には、もう時間切れだった。

 私は騎士団に呼ばれると、尋問を受けて、些細を説明した。

 一体どうすれば……私は暗雲に包まれ、目の前が真っ暗になった。


 一体シフ様はどこに消えたの……?




          §




 「――おい、ガーネット、おい?」


 兄さんの声が聞こえた。私を呼んでいる?


 「……あっ、えと、なに兄さん?」


 気がつくと空は茜色に染まり、夕闇が急速に広がっていた。

 聖堂の入口で茫然自失ぼうぜんじしつになっていた私の前に、兄さんは立っていた。

 兄さんは苦い顔をすると、私は頭を抱えた。


 「ガーネット、それはお前の責任か?」

 「どうかしら……そうなのかな?」


 私は自分の身体を抱えた。

 シフ様を危険に晒しているのは、間違いなく私の責任だ。

 なら全部私が悪い?

 だけど、兄さんは私の肩を掴むと、顔を近づける。

 私は突然のことに顔を真っ赤にすると、兄さんは。


 「しっかりしろ、プロフェッショナル! それでも駄目なら兄さんを頼れ!」

 「あ、兄さん……その、顔近い、から」


 私は恥ずかしくなると、しおらしく顔を離した。

 兄さんは目を丸くすると、頭を掻いて肩から手を離した。

 これじゃ私らしくないわよね……普段ならわたしが兄さんを翻弄する側なのに。


 「兎に角だ。結果が確定していないなら、お前はまだ負けていない。違うか?」

 「結果が確定していない……けど、なんにも分からないのよ! もう、手掛かりはなにも……!」

 「だから頼れと言っているだろう?」


 兄さんは胸を手で強く叩いた、けれど加減を間違えて「ケホケホ」とむせていた。

 いつものどこか情けない兄さんにここまで言われたのか私は。

 私はなんだかおかしくなった、私の方が何倍も優秀なのに。


 今に思えば、何故形振り構っているのか。

 使える物はなんでも使うのが、私の仕事の仕方だったはず。

 意固地になって、視野を狭めるのはアマチュアだ。


 確かにプロは誰かに頼ったりしないでしょう。

 けど、なんでも熟せる程、私は完璧じゃない。


 私は泣きたいのを我慢すると、目頭を腕で拭った。


 「兄さん、力を貸して……アノニムスはどこに消えたの?」


 私は兄さんに頼ることにした。

 本当は巻き込みたくない、けれど私の捜索ではもう限界なのだ。

 兄さんは小さく頷くと、真面目な顔で考察した。


 「暗黒教団に魔法使いがいるのなら、単純に考えても沈黙サイレンスの魔法や透明化インビジブルの魔法が使える可能性はあるな」

 「魔法、か……知識としてはあるけれど、詳しくはないのよね……」

 「気配を消すだけならこういう魔法もある、気配遮断ステルス


 兄さんはそう言うと、目の前から消えた。


 「えっ? 兄さん?」

 「ここに居るぞ」


 えっ? 私の目の前に兄さんはいた。

 私は一瞬で兄さんが消えたと錯覚したことに驚愕する。

 この感覚ヴォルテロが現れた時に似ている?


 「気配遮断ステルスの魔法は、一種の認識遮断だ。あまり当てになる魔法じゃないが」

 「当てにならないって、目の前から消えたように思ったわよ?」

 「動けば効果も弱まる、重要なのは五感の反応を弱める効果だ」


 兄さんの魔法講義は知らないことばかりで、驚きだった。

 気配遮断ステルスの魔法は五感に作用して、気配を隠す魔法であって、ある程度の効果は見込めるということ。

 それでも動いたり、喋ったりすれば効果は弱まるということ。

 そして注意深ければ、初めから無効化も出来るということだった。


 「じゃあヴォルテロもステルスの魔法が掛かっていた……?」


 兄さんの説明とヴォルテロの接近に気づかなかったことはとても似ていた。

 ヴォルテロは魔法を使えるとは思えない。とすれば外にもアノニムスは配置されていたのか。


 「兄さん、追跡チェイスの魔法を使えたわよね? 追跡出来ないの?」

 「無理を言うな。掛ける対象がいない」

 「やっぱり駄目か……それならどうすれば?」

 「解除シークの魔法という物がある」


 解除シーク? 聞き覚えのない魔法に私は首を傾げた。

 兄さんの説明によれば、設置された罠や魔法的に隠蔽された物を暴く魔法らしい。


 「遺跡探索等で用いる魔法だが、戦時では地雷の解除なんかにも使ったな」

 「あはは、経験者は語るね……それで、その魔法でどうするの?」

 「調べる、徹底的にな?」


 兄さんはそう言うと聖堂に向かって歩き出した。

 私はそんな兄さんの背中を追いかけた。

 兄さんは気配遮断ステルスの魔法を使い、周囲を包囲する騎士達の脇をいとも簡単に越えてしまった。

 私は改めて魔法使いの凄さを間近で見た気がした。

 いや、兄さんが凄いのよね……魔法には謙虚さが必要だって常々自戒めいて呟いているけれど、それだけ魔法の知識に長けている証なんだ。

 もし本気で目指せば、賢者と言われても過不足しなかったかも知れないのに、ただ国語の教師をしてるなんて不思議よね。


 「兄さん、魔法を極めたいって思わなかったの?」

 「思わなかった訳じゃない……けど無駄だと思った。魔法を極めることに人生を費やすのが馬鹿らしいと思えたからな」

 「どうして? 兄さんなら大賢者にだってなれたんじゃ?」

 「賢者か。歴史における賢者は魔法のスペシャリストの認識かも知れないが、実際魔法こそが片手間だ。賢者が求めた物は知識に他ならない」


 知識か、確かに兄さんはとても博識だわ。

 私は殆ど記憶にないけど、母上殿はとても聡明な治癒術士だと聞いている。

 兄さん曰く魔法の知識は殆どを母上殿から教えられたって言っていた。

 まだまだ母上殿には敵わないとは兄さんの言だけど、本当は兄さんはもうとっく越えているんじゃないかしら?


 「兄さんの博識は知識ではないの?」

 「知識としては正しい、けれど賢者とは、常識では語れん奴らだ」


 ……なんだか兄さんって、無欲のイメージは強いけど、賢者を嫌悪している?

 あんまり良いイメージ感じないわね。


 「嫌いなの? 賢者」

 「嫌い……か、なる分には嫌だが、歴史上の偉業を達成した賢者達は尊敬しているぞ。ただ中にはネクロマンサー紛い奴もいるからな」


 ネクロマンサーって死霊使いだっけ?

 如何にも混沌に堕した存在って感じだけど、兄さん出会ったことあるのかしら?

 私なら絶対に嫌ね。気持ち悪いったらありゃしない。


 「さてと、それじゃやってみるか、解除シーク!」


 兄さんは礼拝堂を中腹まで歩くと、解除シークの魔法を詠唱した。

 すると、礼拝堂の奥から明るい光が漏れていた。

 私は直ぐに駆け寄ると、教壇の裏に隠し階段が現れていた。


 「これって……!」

 「ビンゴ、かな?」


 ゴクリ、と思わず喉が鳴った。

 階段の先は闇が広がっている。

 おおよそ聖教会の用意した脱出用の隠し階段とは思えない。

 聖アルタイル聖堂の責任者がアノニムスなことを考えれば、計画的に建設された道……よね。


 脱出路、ここからシフ様や修道士達は連れ去られたかと思うと、思わず私は怒気を込めて睨んでいた。

 ここから先は一切安全の保証が効かない。

 用意は周到にしないと。


 「兄さん、ここからは」

 「俺も行く、お前は魔法使いと出会ったらどうする気だ?」

 「うぐ、速攻で始末するし」

 「間に合わなかったり、そもそも副次術士サポーターは前線には出てこんぞ」


 魔法使いって派手な魔法は印象に残るし、まず警戒するけど、生粋の補助魔法使いの兄さんみたいなのは目立たないし、印象に残らないのよね。

 けど気配遮断ステルスの魔法や追跡チェイスの魔法を考えると、結構エグいのが分かる。


 副次術士サポーターを侮った結果がこれだものね。

 兄さんに従った方が良さそうだわ。


 「白兵戦になると、数が問題だな……コールンさんも呼ぶか」

 「そうね、あの人なら実力も信用出来るし」


 時間は後どれ位残っているだろうか?

 私は希望が見えてくると、直ぐに走り出した。

 多分まだ入口にいる筈のコールンさんを探すと、直ぐにその姿は発見できた。


 騎士達のいる場所から少し離れた場所で、何か食べていたのだ。


 「あ、ガーネットさん。お腹空いてませんか? 腹が減っては戦はできぬと言いますよ?」

 「コールンさんって、滅多に慌てないんですね?」


 コールンさんはニコニコ笑顔で、何やら奇妙な食べ物を差し出してきた。

 ホカホカ湯気が溢れているけど……真夏に食べるもの?


 「豚饅頭ですって、西方で食べられている料理だそうですよ」

 「……貰うわ、確かにお腹空いてるし」


 私は受け取ると、白い皮に包まれた饅頭を受け取った。

 蒸しているのか、持つと崩れそうな柔らかさで、齧り付くと肉汁が溢れてきた。

 そして驚くべき美味しさに私は思わず驚いた。


 「美味しいでしょ? 学校の前にお店あってよく利用するんですよね」

 「もぐもぐ、コールンさんって、怖いとか思ったことあります?」

 「怖いですか? そりゃありますよ、目の前で誰かを失うのは怖いと思ってます」


 コールンさんは子供っぽく、よくよく呆れるような行動をする時もあるけれど、やっぱり年上ではあるのよね。

 兄さんに何かと好意を持って甘えるから、正直嫌いなんだけど、冷静に思えばコールンさんって全然知らないわね。


 「いつでも飄々としていて、もしかして頭のネジが吹っ飛んでいるのかと」

 「酷い! そんな風に思ってたんですか?」


 私は肉饅頭を食べ終えると、空を見上げた。

 夜闇を切り裂き、一人の少女が飛び降りてきたのだ。

 銀髪紅眼の少女は着地すると、顔を上げた。


 「捜しました主様、サファイアが待ちくたびれています」

 「ごめんルビー、コールンさんも、兄さんもまだ帰れそうにないわ」


 ルビーは鉄面皮で私とコールンさんを見た。

 そして何かを諦めたように目を閉じると、彼女は言った。


 「まだ仕事は終わってないということですか、主様が関わっているならば、メイドとして主様の護衛となりましょう。私も同行させて下さいませ」


 ……本当に兄さんの忠犬ね。

 これで悪どい欲望が欠片もないんだから、完璧なメイドだわ。


 「ルビー、危険も付きまとうわよ?」

 「ならばこそ、私は主様の槍となりましょう」


 ルビーはそう言うと、身体から槍を取り出した。

 文字通り、兄さんに死ねと言われれば死ぬ覚悟ね。


 「ルビーさんは魔族ですし、実力は信用出来そうですが」

 「正確にはショゴスです。間違われてももう慣れましたが」


 ショゴスという種族を全く知らない私達は首を傾げるが、ルビーはため息を吐いた。

 確か、ルビーは街のヒーローなんだっけ。

 ならヒーローの力も借りましょうか。


 「なら行きましょう、兄さんも入口で待ってるわ」


 コールンさんは頷く、ルビーは優雅に頭を下げた。

 中々頼れる仲間が集まった感じね。

 思えば私はいつも一匹狼、パーティを組むことさえ好まない。

 スナイパーという職柄、足を引っ張るような冒険者と組むのが嫌だったから、いつも一人で仕事を熟した。

 大冒険がしたい訳でも、強敵と戦いたいとも思わなかった。


 そんな一匹狼の私がまさかパーティを組むとはね。


 「皆、私に力を貸して……シフ様を助けたいの!」

 「みなまに言わずとも、幾らでも貸しますよ」

 「右に同じです。不徳の輩を許せば、主様にも害を与えましょう」


 私達は頷く。このメンバーであの隠し階段を攻略する。

 不安が無いわけではないけれど、私は兄さんを含め、これだけ優秀なメンバーが集まれば、なんだかなんでもやれる気がした。

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