第72話 義妹は、反撃開始する

 「アノニムスの目的は……!」


 アノニムスに占拠された教会から脱出に成功した私は、まだ勝利を諦めてなどいない。

 まさか聖教会を任された司教の正体がアノニムスの暗黒司祭だとは思わなかった。

 けど、幸運にもその正体を知れたことは、私にある安心感を与えた。


 アノニムスはシフ様をいつでも確保出来る状態だったにも関わらず、あえて今まで軟禁するだけで放置していたのだ。

 何故か? 私がアノニムスの視点から考えてみよう。


 アノニムスはシフ様の命を狙っているが、厳密にはその魂を、だ。

 暗殺を第一にするならば、保護出来た時点で可能だったはずだ。

 じゃあ出来ない理由は?


 「時間、もしくは場所……その両方の可能性も?」


 分かっているのは、シフ様に派手に動かれると困るということだ。

 恐らくだけど、計画を早めたわね。

 いくらなんでも歴史ある聖アルタイル聖堂が、邪教の巣窟とは思えない。

 彼らには彼らの祭壇が、祈祷、作法があるのだろう。


 恐らくアノニムスも相当の綱渡りをしている。

 シフ様を自分達の拠点に移送し、そこで恐らくは生贄の儀式が行われるのだろう。

 なら私に出来るのは、その儀式を阻止することだ。


 「兎に角シフ様は絶対に助ける、その為には――」

 「おおーい!」


 下から声が聞こえた。

 私は屋根の上から、聖堂をずっと監視していたから、軒下には気づかなかった。

 視線を軒下に向けると、そこには兄さんとコールンさんがいた。


 「ガーネットさーん! そんな所でどうしたんですかー?」


 コールンさんはのんびりした様子でそう大きな声で叫ぶ。

 その腰には変わらず剣が佩刀されていた。


 「兄さんに……コールンさん」


 私は二人を見て、思考する。

 今私は一人故に手が詰まっている。

 状況打破には悔しいけれど、手数が足りない。


 「背に腹は代えられない、か」


 私は舌打ちした。悔しいけど、私が認める実力者が近くにいたのだから。


 「兄さん! コールンさんと、一緒にこっち来て!」

 「うん? 分かった!」


 兄さんはコールンさんの手を掴むと跳躍ジャンプの魔法で、一気に私の横に跳び上がった。


 「よっと、これは一体どういう事態なんだ?」


 兄さんは私の視線を追うと、目を細めた。

 私はこの際だから、二人に事情を説明することにした。


 「聖堂がアノニムスっていう邪教のテロリストに乗っ取られた。私の護衛対象のシフ様も人質になっている」

 「ええっ? 大変じゃないですか! 早く騎士団に通報を!」


 真っ当な意見だ、それは兄さんに任せよう。

 私はコールンさんを見る。実力は一騎当千、敵に回せばこれ程厄介な人もいないって位の。


 「その護衛相手は、どこにいる?」

 「二階の個室にいたんだけど……駄目ね、見えないわ」


 兄さんは真面目な口調で状況を確認しようとしていた。

 私はそんな兄さんを見て、随分久しぶりな気がした。

 気弱で日和気味の現実主義者、そんな兄さんが真剣な表情で呟いた。


 「なら助けないと」


 兄さんがやる気になっている?

 なんだか今日の兄さんは少し頼もしいかも、けれど……やっぱり怖い。

 兄さんがそういう顔をする時って、昔をどうしても思い出すもの。

 まだ私が幼くて、兄さんが戦争から帰ってきて心身共にボロボロだった頃を。


 「兄さんは、近くの騎士団詰め所まで行って、今の状況を伝えて」

 「それはいいが、手数は足りるのか?」

 「………ッ」


 流石兄さんと言っておくべきか。

 普段は平和主義者な癖に、分析力に限ってみれば、即座に痛い所突いてくるんだから。


 「足りてない、な?」

 「悔しいけど数も多いし、一人手練もいる」

 「手練ですか? ガーネットさんがどうにも出来ない?」


 コールンさんは、皮肉なく私の実力を評価してくれるのは、私には苦笑交じりだった。

 今だけは、この人とのわだかまりを捨てよう。

 兄さんの件を引っ張って、仕事を失敗したくないのだ。


 「とりあえず私が一般参拝客を装って正面から突入してみます」


 コールンさんがそう言うと、私はその案を受け入れた。


 「多分聖職者に扮したアノニムスの暗殺者が混じっているわ、注意して」

 「分かりました、テロリストの頭を抑えましょう!」


 コールンさんはそう言うと、剣の鍔に手を合わせ、屋根から飛び降りた。

 あんまり難しく考えない、悪く言えば猪突猛進な剣聖だけど、物怖じしないのは美点かしらね。


 「ガーネット、お前はお前らしくやれ」

 「兄さん?」

 「ダルマギク家の家訓、仕事に口出しするな」

 「……ん」


 私は思わず微笑んだ。

 兄さんは平然と今更我が家の家訓を口にしたのだ。

 仕事に甘えを許さなかった親父殿の家系からの家訓だそうだけど、私は兄さんを信頼し、兄さんもプロの私を信頼してくれる。

 そうよね……私はプロフェッショナルよ、アマチュアじゃないんだから。


 「任せてよ、私は手間の掛からない女よ?」

 「……信用する。あの聖教会、俺の教え子も信者にいるんだ」

 「そりゃ責任重大ね」


 兄さんはそれ以上は何も言わず、屋根を飛び降りていった。

 そりゃ自分の生徒が知らずの内に邪教の毒牙に掛かっていると思ったら、気が気じゃないわよね。


 「さて……コールンさんの援護しないと」


 私は兄さんの為にも、聖教会奪還の為に動き出す。

 屋根伝いを走れ、冷徹鋭利に思考を纏めろ。

 私は空飛ぶ靴レビテーションブーツに魔力を込めると、浮遊し聖教会の屋根裏の窓から飛び込んだ!


 ガッシャァァン!


 窓ガラスをぶち破り、私は身体を丸めて埃をかぶった屋根裏部屋に転がった。

 後で賠償しなくちゃ駄目かしらね、とボロボロの採光窓を見た私は苦笑する。

 直ぐに損得勘定で考えてしまうのは、冒険者の性だ、染まったものよね。


 「さて、と……逃さないわよ、アノニムス!」


 私は弓矢を手に取ると立ち上がって、周囲を探る。

 屋根裏部屋は機械仕掛けの大きな歯車が剥き出しだった。

 時計塔を動かす機構だろう。原理は上手く説明出来ないけど、決まった時間に必ず鳴るのよね。

 ゴオゴオ、機械仕掛けの歯車が音を唸らせ、上手い具合に私の潜入はカモフラージュされたようだ。

 なら、直ぐに下の階へ移動ね!


 私は昇降用のハシゴを発見すると、ハシゴに足は掛けなかった。

 私は猫のように頭から飛び降りると、直ぐに周囲を索敵する。


 梯子の下は二階、私はなるべく部屋の配置を思い浮かべると、どう動くべきか考慮した。

 考えるまでもないか、怪しい奴がいたら迷わず撃つ。


 「シフ様、待ってて下さい!」


 私は通路に飛び出す。しかし通路の両脇に黒装束がいた。


 「挟み撃ち!」


 黒装束の男たちは杖を握っていた、魔法使いか!

 私は弓は間に合わないと瞬時に反応すると、腰に刺していたサバイバルナイフを通路奥側にいた黒装束の魔法使いに投げつけた!


 「ぐあ!」


 ドス! と魔法使いの胸にサバイバルナイフが突き刺さる。

 一々生死を気にしちゃ命がいくらあっても足りないわ。

 サバイバルナイフを食らった魔法使いはそのまま膝から崩れ落ち、絶命する。

 おののいた通路の手前にいた魔法使いに向って、私は予備のサバイバルナイフを投擲とうてきする。

 今度は肩に直撃した。


 「がああ!」


 獣めいた悲鳴を上げた。私は冷徹に距離を詰めると、男の肩からナイフを引き抜いた。

 その時の痛みに魔法使いはまた悲鳴を上げる。

 私は魔法使いを足蹴にして、転がすと、相手の胸元を踏みつけ、矢を構えた。


 「アンタ達の目的はなに? なんでシフ様を狙うの?」


 私は冷酷な顔で脅しつけると、魔法使いは顔を青ざめさせた。

 ガタガタ震える魔法使いに私は苛立たしげに叫んだ!


 「さっさと言え!」


 しかしその時、私は足音が近づくのを耳で感じた。

 異変に気付いて何人か、こっちに増援が来てる!


 「ち! 眠りなさい!」


 私は魔法使いの頭を踏み抜くと、魔法使いはそのまま失神した。

 状況判断をする。室内はスナイパーには極めて不利なバトルフィールドだ。

 隠れる場所は多いが、遮蔽物がなく、接近戦を強いられる。

 本来なら、不本意な突入戦を強いられている訳だけど、泣き言は言ってられないわね。


 私は直ぐに空飛ぶ靴レビテーションブーツの力を使い、天井に張り付いた。

 大きな足音を立て、黒装束の男達三人が駆け寄ってきた。


 「やられているぞ!」

 「くそ! まさかもう騎士団が動いているのか?」

 「残念だけど、冒険者、よ!」


 男達は頭上を見上げた。

 天井に張り付いた私は、彼らに弓を構える。


 「遅い!」


 私は矢を放つと、男達は爆風に吹き飛ばされた。

 放った矢は火薬が詰めてあり、着弾と同時に爆発する。

 モンスター相手にはそこまで有効でもないけど、大した装備もしていないアノニムスの暗殺者達相手なら、これでも充分ね。


 私は天井から飛び降りると、次の敵に警戒した。

 シフ様はどこ? アノニムスは後何人いる?


 私は装備を確認すると、静かに教会内を歩き出した。

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