第71話 義妹は、絶対諦めない!

 シフ様の様子がおかしかったわ。

 シフ様はやっぱり怯えていた。けれどそれよりも兄さんの話をすると、顔を赤くしていたのだ。

 やっぱり兄さんのことを知っているの?

 これは一度兄さんにも事情を聞いてみましょう。


 「あの、ガーネットさん?」

 「あ、はい。えと……なんでしょうか?」


 シフ様は胸に手を当てるとモジモジと腰を照れくさそうに振っていた。

 あっ、これって何かおねだりしたい時のやつね。


 「その……よろしければ街へ案内してくれませんか?」

 「教会の方が安全かと思いますけど?」

 「億劫おっくうなのです。ずっとこの個室に閉じ込められているのは」


 私は少しだけ沈黙する。

 恐らくそれは教会側の配慮だろう。

 暗殺者がシフ様を狙っている以上、どこにいるか知られるのも危険と判断されている。

 その結果軟禁状態は無理もないと思うけれど、酷と言えば確かに酷ね。


 「……分かりました。しかし私の一任では決められません。ここの責任者を呼んでもらえますか?」

 「畏まりました、少々お待ちを」


 シフ様はそう言うと、部屋の扉に向かった。

 トントン、と扉を叩くと外から女の子の返事が返った。


 「はいっ! 何用でしょうかっ!」


 随分声が上ずっている、よっぽど緊張しているのね。

 シフ様の魅力とカリスマなら、修道女達もメロメロなのは前にも見たけど。


 「司教様をお呼びして頂けるかしら?」

 「か、畏まりっ! した! 直ぐに手配を!」


 今舌噛んだわね、ドタドタドタと足音が遠ざかっていく。

 私は窓から部屋に乗り込むと、「うーん」と背伸びした。

 まだ体は本調子じゃない。

 けど、ゆっくり休んでいる暇もないからね、体が鈍る方が問題だ。

 とりあえず仕事が終わったら、暫く本気で長期休暇したいわ。


 「お疲れでしょうか?」

 「まあね、筋肉痛でしょ。ちょっとオーバーワーク挟んだし」


 体は筋肉痛の痛みがある、まあ致命的な程の身体能力が低下するレベルじゃないでしょ。

 案の定シフ様は心配していたが、そういうシフ様は筋肉痛とかないのかしら?


 「シフ様は体は大丈夫なんですか?」

 「私は立ち仕事に慣れていましたし、神の御加護もありますから」

 「なにそれすっご! 神様の御加護ってそんなに凄いの!?」


 ガチ肉体派の私でさえ無茶をしたとはいえ、慢性疲労は隠せない。

 にも関わらずいかにも頭脳労働系なシフ様が信仰心からなる神の加護で万全なのは驚愕だ。

 無神論者って結構不利なのかしら……いやいや、信者になったら戒律の制約のほうがよっぽど厄介でしょ。

 私は直ぐ様脳内で損得勘定を始めていた。


 そんなことをしている間、不意に扉の外に気配を感じる。

 コンコン、と扉が叩かれる。


 「お待たせしました」


 やや皺枯れた声、シフ様は「どうぞ」と入室を促した。

 ゆっくり扉を開き、中に入ってきたのは以前案内してもらった司教様だった。


 「なんのご用件ですかな、おや貴方は?」

 「はぁい、お邪魔してるわよ」


 私は軽快に手を振る。

 ちょっと軽すぎる態度だったかしら、司教様はあまり快くは思ってなさそうね。

 まあ不法侵入な訳だから、そりゃそうでしょうけど。

 正面からだったら一般客の多さもあって、まず間違いなく時間が掛かるから、ついショートカットしてしまう現代人の悪癖ね。


 「司教様、外出許可を頂きたいのです」


 そんな雰囲気の中、シフ様は両手を合わせ、祈るように頭を下げた。

 司教様は唸る、歳は何倍も司教様の方が上かも知れないが、シフ様の方が司教としては立場が上なのだろう。


 「しかし聖女様の御身をお守りする為に、教会は精一杯手を尽くして」

 「無論わがままだとは存じております」

 「私が死んでも護衛する。そういう依頼だもの」


 私はシフ様を援護するように言った。

 司教様は私を見て、表情を歪ませる。


 「……もう暫くお待ちを、今は一般の参拝客で溢れかえっておりますゆえ」

 「まあ聖星祭にはまだ早いわね」

 「畏まりました。ではそれまでお待ちすれば?」

 「はい、護衛殿がいるならば許可致しましょう」


 司教様はそう言うと頭を下げ、部屋を静かに退室した。

 私はいなくなると「ふう」と息を吐く。

 結構目上の相手って緊張するのよね。

 特にあの司教様は私のことそんな快く思ってないみたいだし。


 「良かった、外出許可が降りました」


 しかしそんな雰囲気もどこ吹く風、シフ様は喜び舞い上がるようだった。

 ピョンピョンと跳ねながら、喜びを現すが、流石に部屋の中では不味いので、私は注意する。


 「下の階に迷惑です。跳ねるのをやめなさい」

 「……はい、申し訳ございませんでした」


 シフ様はしょぼんと落ち込むように反省する。

 全く、これじゃどっちが年上だか分からないわね。

 シフ様ナードな癖に、結構欲求は図々しいタイプよね。

 兄さんはナードな上に欲求少ないから、そういう点では正反対なのね。


 「それじゃまっ、一般客が去るまでのんびり待つしかないわね」

 「ええ、外出が待ち遠しいです」

 「ゲヘヘ、なら俺が連れ出してやろうか?」


 私は反応が遅れた!

 馬鹿な、その場に気配は私とシフ様しかなかった。

 しかし私が弓矢を構えるよりも早く、窓から潜入してきた漆黒のマントを羽織った黒装束の下卑た男は、シフ様の腕を掴んでいたのだ。


 「お前は!?」


 私は弓を構える。

 しかし男は前と同じように、下卑た笑みを浮かべると、シフ様を拘束して盾にした。


 「おっと、動くなよ? 俺ぁ加減が苦手なんだ」

 「……くっ!」

 「ガーネットさん! わ、私にお構いなど……あう!」


 男はシフ様を足蹴で膝まづかせた。

 私は苦渋を噛み締める。距離が近すぎて弓は有効じゃない。

 それに相手はかなりの反射神経の持ち主だ。

 悔しいけど手が出せない。


 だけどどうして? どこから私やシフ様の耳から気付かれず近づいたの?

 まるで一瞬だった。一瞬であの憎い気配が出現したのだ。


 「げはは! 黙れ! 俺はこの場でテメェをいたぶってやっても良いんだぜー!」

 「く! お前は何者だ! アノニムスなの?」


 男は狂気に満ちた目をパチクリと瞬いた。

 そしてニンマリと悪意に満ちた笑みを浮かべる。


 「へえ? 間抜けじゃねえみたいだな……そうさ、俺はヴォルデロ……アノニムスの暗殺者さ!」


 ヴォルデロ! それがこの男の名前!

 やはり裏で糸を引いていたのはアノニムスなのね!

 許せない! 堂々と教会にまで潜入するなんて!


 「ゲハハ! たまんねえな! エルフの女の悔しさで泣きそうな顔はよお!」

 「あ、貴方は……い、今からでも遅くありません! 悔いを改めて神の信仰を……!」

 「うるせえ! 俺は神だなんだなんてどうでも良いんだ! 俺は女をいたぶるのが大好きなんだぜぇ?」

 「や、やめろー!」


 私は激昂する。

 だがヴォルデロはそれさえ愉悦の表情で嘲笑った。

 冷静になれ、もっとクールによ、私。

 少なくともヴォルデロはシフ様を拘束しても、その場で仕留めるような気配はない。

 とんでもない実力者かも知れないけれど、口は軽く、やり方次第ではシフ様は奪還可能な筈よ。


 「アンタ一人でここから脱出出来ると思っているの? ここは教会よ? 外は人で一杯、逃げることも隠れることも容易かしら?」


 私は敢えてカマを掛けてみた。

 まずは目的を探る。シフ様が狙いなのは明白だけど、こいつはここからどうする気なの?


 「ククク……一人? 一人ねえ?」

 「な、なによ……ここは聖教会よ、アンタ達の天敵が」


 その時、扉が開かれた。

 私はヴォルデロから目を逸らさずに、扉に視線を配る。


 ドタドタドタ、とまるで外を走るように複数の黒装束が正面から六人近く入ってきた。


 「ば、馬鹿な……?」


 ここは聖教会でしょ? どうして正面からアノニムスが入ってくる?

 私は驚愕に震えていると、一番奥から皺枯れた声が響いた。


 「あまり情報を与えすぎるなヴォルデロよ」

 「え? その声……司教様?」


 シフ様が一番に気がついた。

 なんとアノニムスの集団が道を開き、通したのは先程会話していた老人だったのだ。


 「全く、冒険者など現れなければ、もっと楽にいけたものを」


 聖教会の服を着た老人は首を横に振る。

 ヴォルデロはそれを見て、肩を揺らして笑った。


 「けっ! よく言うぜ! アンタこそ暗黒司祭の癖によくまあ、擬態できたもんだ」

 「暗黒司祭ですって?」

 「だから口を慎めというに……全く、奴は実力は折り紙付きだが、全く制御が効かん」


 私は困惑していた。あの少し気難しそうな司教の正体は暗黒教団アノニムスの暗黒司祭?

 現実は非情だった。敵は常に私の上を行き、私はいつだって出遅れる。

 敵は常に周到に私達を罠に嵌めていた、アノニムスはどこにだって潜入出来るという。


 絶体絶命……私は選択肢はそう多くないと痛感する。

 どうやってシフ様を護る?

 がむしゃらにヴォルデロに飛びついても、白兵戦の実力で敵う相手ではない。

 無駄死にこそが、最も冒険者にとって危惧される。

 魔物相手ならいざしらず、こういう相手には、無駄死にして装備を剥がれれば、奴らの装備が充実することを意味する。


 冷静になれ、もっとクールに。

 やけっぱちは論外よ、蜘蛛の糸のような細い正解を手繰り寄せるには。


 「シフ様、少しだけ堪えて」

 「ガーネットさん―――」


 私は次の瞬間、開きっぱなしの窓から飛び出し、空飛ぶ靴レビテーションブーツで屋根を上を飛び上がった。

 教会から怒号が聞こえる、私は振り返って彼女に対して涙ながらに言った。


 「助けるから、絶対に! 約束する!」


 私の声は絶対聴感を持つシフ様なら聞いていると思う。

 私はプロよ、絶対に見捨てないわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る