第69話 義妹は、久しぶりに家に帰る
病院を正式に退院した私は直ぐに寮に戻った。
本当は帰るつもりはなかったのだけれど、状況が状況なだけに兄さんに一度は会うことにした。
ザインは自分のツテを使い、王宮に巣食うアノニムスを探ることになった。
私はスナイパーだ。確実な一手を打つまでは派手に動くことはできない。
その代わり少しでもアノニムスの動きがあったら、迷わず撃つ。
そんな本気の私は久しぶりに兄さんの下へ向かう。
「ただいま……」
シェアハウスに帰ると、リビングに兄さんはいた。
久しぶりに見た兄さんは、いつもの兄さんに見えた。
「お帰りガーネット。その……仕事は終わったのか?」
普段仕事のことには滅多に触れない兄さんが、珍しく開口一番に言ったのが仕事の話だった。
私は少しだけ複雑な顔をすると、素直に話した。
「ううん、まだなの……」
「そうか……まあ、無事ならそれで良いんだが」
兄さんはバリーに私の仕事の事を調べさせていたのよね?
ということは何もかも知っていると思うべき?
こういう時兄さんはヘタレとはいえ、身内のことは必死になってくれる所があるのよね。
勿論必死になってもらえるのは嬉しい、けれどそれで兄さんが傷付くのは絶対に嫌だ。
「ガーネット様、お疲れでしょう……どうぞお茶を」
「え? あぁうん……ありがとうサファイア」
私がリビングで突っ立っていると、ポッドを持ったサファイアが着席を促してきた。
大人しく着席すると、サファイアが注いだのは甘い匂いの紅茶だった。
「ハチミツ茶です。滋養強壮にもよろしいのですよ?」
「ふーん、ありがたく頂こうかしら」
私はティーカップを手に取ると、ハチミツ茶を頂いた。
優しい甘さと独特の苦味がある。
なんだか体がポカポカと温かくなってきたわ。
サファイアはお茶を注ぐと、ペコリと頭を下げて兄さんの下に向かった。
「主様も、如何でございましょうか?」
「それじゃあ頂こうか」
サファイアはペコリと再び頭を下げると、私にやるのよりも更に懇切丁寧にハチミツ茶をカップに注いだ。
見ていて全く扱いが違う。それだけ兄さんに敬愛を持っている証でしょうけど、ムッと嫉妬しちゃうわね。
「ねえ兄さん、コールンさんとルビーが見当たらないけれど?」
私は部屋を見渡すが、コールンさんは兎も角、ルビーの姿も全く無い。
「ああ、コールンさんなら夜の巡回に行ってる。素行不良の学生に注意をな?」
「ふーん、先生って夜でも仕事あるんだ」
「学校が休みだと、羽目を外す生徒もいるにはいるからな」
なんとなくコールンさんは自発的にやってそうだと、私は思った。
こんな考えは卑怯だと思うけど、コールンさんが力を貸してくれたら、アノニムスになんか絶対に負けないわね。
けどいくら強くても、コールンさんは一般人。冒険者が一般人の力を借りたら失格よね。
第一私自身が一番許せないもの、特にコールンさんには力を借りたくない。
ちっぽけなプライドだと言われても、それが私なの。
このエゴイズムはそう簡単には変えられないわよ。
「それでルビーは……だな?」
「ど、どうしたの? ルビーは?」
兄さんは突然言い淀んだ。
何が言い難いんだろう、と思っているとサファイアが相変わらずの鉄面皮ではっきり言った。
「ルビーはヒーローです。悪い人がいないか、今も街を護っているのです」
「は? 馬鹿にしてるの?」
「嘘じゃないんだ……まじでルビーはだな?」
私は病院で顔を合わしたルビーを思い出すと、何がなんだか分からず困惑した。
なんでメイドが街のヒーローなのよ……。
一体あの子が何をしたのか、私がいない間にブリンセルで何があったの?
「そ、そういえば明日からブリンセルは聖星祭よね?」
「そうだな……おっさんには興味はないが」
ピサンリ王国の聖星祭は聖アンタレスの巡礼した日に因んで、祭りの日が異なる。
明日からは聖星祭が賑やかにブリンセルで行われる手筈だ。
本当ならシフ様を案内するつもりだったんだけど、これじゃやっぱり無理よね?
兄さんは無宗派なこともあって、聖星祭にこれっぽっちも興味がないわね。
まあ人混みすら嫌う程の平穏好きが、賑やかな祭りに自分から興味を持つ訳ないか。
「あーあ、折角可愛い義妹が兄さんとデートしてあげようかなーって思ったのに?」
ピクリ、一瞬兄さんが顔色を変えた。
私はニヤリと笑う、兄さんだって私と一緒に過ごしたい筈だものねー?
けれど、兄さんはお茶を飲み干すと、顔を背け。
「いい加減子供じゃないんだ。だが……ガーネットと街を歩くのは
私は思わずニッコリ満面の笑みを浮かべた。
兄さん本当に不器用よねー? 家族サービスだと思っておけばいいじゃない?
「ガーネット、辛いことがあるなら相談しろよ? 俺はもう寝るから」
兄さんはそう言うと席から立ち上がった。
相談、か……言いたいことはいくらでもある。
でも相談したら、私のプロ仕事は失敗だわ。
「ありがとう兄さん、お休みなさい」
「ああ、お休み」
普段寝るのは私のほうが早いけど、今日は逆なのね。
なんだか普段じゃちょっとやらない言葉の返しに、私は少し辛かった。
私の仕事はまだ終わってないんだ、気持ちよく家で過ごすなんてまだ無理に決まっている。
私は寝室に向かう兄さんの背中を見つめながら、ハチミツ茶を頂くのだった。
「ルビーからある程度事情を聞きました」
「兄さんには話したの?」
「いいえ」
サファイアは首を横に振る。
私はサファイアには振り返らず、ただ窓の外を眺めた。
ルビーには大変な迷惑をかけたものね。
我ながら焦っていたとはいえ、ルビーには感謝してもしきれない。
「アノニムス……私はルビー程の情報はなにも持ち合わせていません。ですが私もガーネット様に協力する所存です」
「ありがと、でも手を出す必要はないわ。奴らに必ず落とし前はつけるけれど、それは私の仕事だもの」
暗黒教団アノニムス……その存在が何故この世にあるのか、私には到底理解できない。
シフ様になんの落ち度があろうか、暗黒教団がやいのやいのするのは別に構わない、誰にも迷惑を掛けず他所でやれ、だ。
けど奴らは一線を越えた。
存在することが許されない、私は必ず制裁を与えてみせる。
それがシフ様の護衛としてのケジメよ。
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