第66話 義妹は、聖女と再会する
「さてと……無事
私は入院前の装備を取り戻すと、まずは教会を目指した。
広大な円形都市ブリンセルには教会が複数ある。
まず市民街にある東西南北に四つある教会、これは市民向けの教会で、中層市民から下層市民の信者を相手にする。
そしてもう一つ、貴族街の入口と呼べる場所に聖アルタイルを祀る大きな聖堂がある。
私が目指しているのは、そんなアルタイル大聖堂と呼ばれる教会だ。
「恐らくシフ様がいるならここだと思うけど……」
私は
迷わず大聖堂の入口を目指すと、修道服を着て玄関を掃除する幼い修道女が
「な、なななな、なんの御用でしょうか! ほ、本日一般のご参拝はお控え頂きたく―――」
「聖女シフ様はいる? ガーネットが来たって伝えて」
いかにも討ち入りに来た冒険者崩れにでも見えたのだろう。少女は顔を青ざめさせて、慌てふためいた。
私はもちろん信者じゃないし、入信希望者でもない。
多分見習いか何かでしょう。少女は「聖女様!」と驚くと、ガタガタ震えた。
私はため息を吐く。埒が明かないわね。
「兎に角伝えてくれればいい、ガーネットが来たと」
「は、はいぃぃ! た、ただいまー!」
少女は箒を放り出すと慌てて、建物に飛び込んでいった。
本当に大丈夫かしら……いるならシフ様が分からない訳ないと思うけれど。
§
しばらく入り口で待つと、建物から壮年の男性が出てきた。
ここの司教様か、その男性は小さく頭を下げると私に言った。
「どうぞ中へ」
私は頷くと無言でついていく。
堂内は妙に静かで、雰囲気もどことなくマーロナポリスの大聖堂に似ているわね。
まあ同じ運営元だし、似ているのは当然か。
「こちらです」
しばらく中を歩くと、重厚な木製の扉の前に案内された。
私はドアをノックすると中から帰ってきた声は。
「どうぞ、開いています」
シフ様の声だ、私は好機に目を輝かせた。
司教様は再び頭を下げると、その場を離れる。
私はドアを開くと、部屋の中にいたのはあのシフ様その人だった。
「ガーネットさん、もう大丈夫なのですか?」
「シフ様こそ……無事で、良かった……ッ」
シフ様は相変わらず目を閉じ、美しい顔は健在で、柔らかに微笑んでいた。
私はそんなシフ様を見て、思わず泣き出してしまったのだ。
もう子供じゃないのに、涙を見せるのは恥ずかしかったけれど、安心して出た涙は止まらなかった。
「まぁガーネットさん、これで涙を」
シフ様は机に置いてあったハンカチを優しく掴むと、私に差し出した。
私はそれを受け取ると、ありがたく使わせてもらう。
「シフ様……聖星祭はどうなったのでしょうか?」
「……今は協議中です。答えが出るまで延期でしょう」
シフ様はそう言うと、顔を暗くした。
ただ胸元で手を組み、祈りを捧げる仕草は、彼女の一途な信仰心が感じられる。
「出来ることなら、選ばれた以上聖アンタレスの偉業を私も
「その、こんな言い方は駄目かも知れないけれど……私はまだ護衛ですか?」
シフ様はピクリと眉を顰ませた。
その手が震えている、彼女は俯くと小さく声を絞った。
「まだ……まだ続けるというのですか?」
「え? まだって……」
「あんな危険な目に合っているのに! もう終わらせられるんですよ! だったらもう――!」
――衝撃的な言葉だった。
あのシフ様がまるで泣き喚くように、私の身を案じていた。
終わらせられる――そう、あんな危険な仕事から安全に降りられるチャンスではある。
私だって今なら実績をそれ程に傷つけられず仕事を辞められるのは魅力的ではあった。
けれど、それじゃ私の気は収まらないのよ……!
「悔しいけれど、私は負けず嫌いなのよね……依頼は最後までやり通す、それが私の誇りみたい」
「……後悔しないのですか? 死んでしまうかも知れないのに」
「私は無敵なの、陳腐な謳い文句だけどね」
私は笑顔でウインクすると、自信満々に戯けてみせた。
死ぬのが怖い、そんなの当たり前だ。
けど後悔はしない、するつもりもない。
後から悔いるのが後悔なら、先立つのは不幸だって、誰かが言ってた気がする。
なら私は不幸さえも跳ね除ける。私はこう見えても幸運なんだから!
「シフ様、お気遣いは感謝します。けれど私にもやり通す覚悟はあります」
私は改めてシフ様に近寄ると、その目の前で片膝を突いた。
跪き私はシフ様のほっそりとした手を掴み、その意志を示してみせる。
「ガーネットさん、どうあっても止められないのですか?」
「私個人としては」
勿論依頼主に解約を迫られれば、手を引かざるを得ないけれど、まだ解約されていない様子だし、なら私って結構図々しいわよ?
「本音を言うとね? 私やシフ様を利用しようとする奴らをギャフンと言わせたいの」
「ええっ?」
私はニヤリと笑うと、シフ様は戸惑いの声を上げた。
私は生憎清らかな心なんてこれっぽっちも持ち合わせちゃいない。
自分を第一に信じて、あとは損得勘定で生きるのが私の流儀だ。
仕事に関してはドライな私だけど、私事には結構執念深いのよ?
「シフ様、あの昼間の森のことは覚えていますよね?」
「あまり思い出したくはないのですが」
お互いあれは良い経験ではなかった。
けれど私はあの手痛い経験を絶対に忘れない。
そして一度警戒に入ったスナイパーの意地悪さを思い知らせてやる。
「まず間違いなく、アイツらはまた狙ってきます。私はまず奴らの正体を探るわ」
あの黒装束の集団、下卑た笑いの男はまず間違いなくシフ様が狙いだったろう。
特に風切り笛を用いた撹乱戦法はどう考えてもシフ様をピンポイントに対策した戦術だった。
一方で奴らは私の対策はロクにしていなかった。
護衛対象付きのスナイパーなど怖くもない、と言いたかったのか、それにしては
私は今でも苛立つ、あの暗殺者風情は私をシフ様の付属品扱いしたってことだ。
ふつふつと湧き上がる猛火の如き怒り、私を怒らせた報いを絶対に与えてやる。
「シフ様はなるべく教会から出ないように」
「一人で打って出るの? 相手の正体も分からないのに」
「スナイパーは一人で静かに獲物を待つものよ」
私はそう言うと、背負った弓を手に取る。
そのターゲットは、欲望のままにシフ様を利用しようとする悪党どもに、だ。
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