第65話 義妹は、病室で目を覚ます

 聖星祭も中盤、着々と巡礼していくシフ様と護衛の私は、今中止することも視野に入れなければならない状況にあった。

 突如謎の黒装束の一団が襲ってきたことは、少なからずシフ様か私に害意があるという証明だった。


 「はぁ、はぁ……!」


 ブリンセルももう目の前という所、空は暗く暗雲が立ち込め、今日は星も見えなかった。

 私は空飛ぶ靴レビテーションブーツを使って、なるべく急いだが、ブーツに使う魔力は底を尽き、私は意識が朦朧とする中、シフ様を抱きかかえていた。

 しかしもう限界か、身体が徐々に動かない、疲労に加えて魔力枯渇だ。

 くそ……あと、もうちょっとだったのに……。


 「―――――――! ――――ッ!」


 シフ様の声が聞こえない。

 かすむ意識の中、シフ様は必死に呼びかけていた―――。




          §




 「―――は」


 意識が急速に快復したのを意識する。

 私はなんとかシフ様をブリンセルの城壁の内側にお連れしようと必死だった。

 だが、私が目を覚ました時、そこは室内だった。


 「シフ様は……?」

 「おう、目覚めたか竜殺しドラグスレイブ嬢」


 聞き覚えのある声、私をその二つ名で呼ぶ男に、キッと目つきを悪くした。


 「ザイン! てことはここは……?」

 「冒険者ギルド併設の病院だ」


 見覚えがあった。

 あんまり縁はないけれど、ここは病室だ。

 真っ白なベッドにシーツ、落ち着くような暖色の壁紙や天井、ここは本来重傷者が泊まる部屋では?


 「ねえザイン、シフ様は?」

 「その前に……お前、外見ろ」


 え? 私はザインに言われて窓を見た。

 明るい……まるで真昼のような暑さだった。


 「お前をここまで連れてきたのは聖女様だぜ、精々感謝しろよな?」

 「………え?」


 私は訳が分からなかった。

 シフ様が、私を病院に運んだ?

 あんな華奢な女性が? それに今昼って……?


 「何時間……私が到着して何時間経過したの!」


 私はベッドから起き上がると、ザインに必死に食いついた。

 ザインは相変わらず渋い顔で目を細める。


 「三十時間程度だな」

 「一日以上ですって? く……シフ様は今どこに?」

 「教会だ。事情はシフ様からある程度聞いてある。今は兎に角休め」


 私は体が震えていた、けれど私は拳を強く握って震えを押し止める。

 どれだけの難苦があったのか、私は判断ミスを犯したのか?

 私は唇を噛むと、ザインに震える声で質問した。


 「依頼は失敗……?」

 「今は忘れろ」


 ザインはそう言うと、病室を出て行った。

 忘れろですって? 冒険者の依頼が必ずも成功に終わるとは限らないっていうのは理解している。

 魔物の討伐に失敗して、時には命を落とすことさえある。

 そうなったら、より強力な冒険者が派遣されて、依頼を引き継ぐのが冒険者ギルドの基本だ。

 だけど、依頼の失敗は、それだけ私と冒険者ギルドに悪評を与える。


 だからこそ私は完璧を目指した。

 今回のシフ様の護衛だって、完遂するつもりだった。

 私が知りたかったのは二つ、一つはシフ様の安否。

 もう一つは……シフ様の護衛はまだ私、なのか……だった。


 「あの……こちらですかガーネット様は?」


 私はザインが出て行った開きっぱなしの扉に注目した。

 あの威圧感の塊のようなおじさんが、線のほっそりとしたメイド服の少女に変わってしまった。

 て……んなわきゃない。銀髪紅眼の少女……ルビーだった。


 「えと、ルビーよね?」

 「はい、ルビーです。良かったガーネット様、目を覚ましたのですね」


 ルビーは私の様子を見ると、安心したように胸を撫で下ろした。

 私はなんだか気まずくなると、シーツをギュッと握りしめた。


 「ガーネット様、今はリンゴをお剥きしますので、どうぞそのままごゆっくり」


 そう言うとルビーは、私のベッドの側に座る。

 どうやらお見舞いの品を持ってきたらしく、色々なフルーツの載ったバスケットを抱えていた。

 ルビーは掌から、果物ナイフを生成するとリンゴを片手に持った。


 「見慣れたとはいえ……アンタ身体からナイフやら槍やら出てくるの、やっぱりキモいわね」

 「本物より強度が落ちます、いざいくさならちゃんとした槍を用意するべきですね」

 「サファイア程じゃないけれど、ルビーも変な感性ね」

 「ちょっと心外です。サファイアが酷い感性なのは同意しますが」


 同意するんかい。ってツッコミたいけど、私は我慢した。

 この銀髪姉妹はどこか感性がズレていて、まともに話してたら、どこで論点がズレるかわかったもんじゃない。

 ある意味ツッコミ泣かせよね。


 「はい、出来ました。リンゴのウサギさんです」


 そうこうしている間にも、伊達に二十年以上ベテランメイドしていないルビーは、リンゴを綺麗にウサギの形に成形していた。

 最初は魔族って偏見の目で見てたけど、やっぱりメイドとしては本物なのよね。

 それがなんで兄さんにベタベタするのか釈然としないのだけれど。


 「はい、あーんです」

 「そこまで弱ってないわよ」


 フォーク(これもルビーの掌から生成した)に刺したウサギ型のリンゴを差し出すルビー。

 私は甘んじるのは、流石に気恥ずかしく、フォークを分捕ぶんどると、そのままリンゴにシャクシャク齧りついた。

 それを見てルビーはなんだか優しげに微笑んでいた。

 サファイアに比べて、少しだけ表情に出すこの子はなんだか意味深なのよね。


 「……一体なによ?」

 「ガーネット様が無事で本当に良かったです。妹も……主様やコールン様も心配していましたから」

 「……心配、してたんだ」


 ルビーはコクリと頷く。

 その手はリンゴを次の生き物に象っていた。


 「主様、ガーネット様からお手紙頂いてから、色々心配していました」

 「そう……」


 私はなるべく安心させるような内容を書いて手紙を送ったんだけど、結果は逆効果だったかしら。

 本当は私って字が汚いから、あんまり手紙を書くのは好きじゃないんだけど、あんまり仕事が長引くと心配かけそうだから送ったのにね。


 「ガーネット様、リンゴは美味しいですか?」

 「え? あ、うん……悪くないけど?」

 「それは良かった。いつもリンゴをくれる果物屋店主、いっつも酸っぱいリンゴなんですよ? ちゃんと甘いリンゴで良かったです」

 「ちょい待てや、私は毒味されたの?」


 ルビーは「うふふ」と可愛らしく微笑んだ。

 くそう、からかわれた? 私がルビーに? ありえないでしょ?


 「はい、次はクマさんです。丸いお耳がチャームポイントなんです」

 「……本当に器用ね」


 ルビーはリンゴをクマさんに成形すると、差し出した。

 私はそれを受け取ると、二口で食べきった。


 「うふふ、次のミカンは如何でしょうか?」

 「お腹が空いて性がない……出来ればお肉が欲しい」

 「流石お猫様、お魚くわえたお猫様です」

 「人を泥棒ネコみたいに歌わないでっ! お魚好きだけど」


 何が面白かったのか、ルビーはミカンの皮を魚のように彫るのだった。

 私は気恥ずかしくなると、それを分捕って、実を頬張る。


 「う! 〜〜〜ッ! 酸っぱぁ……!」

 「あらあら、やっぱり酸っぱいのも混じっていましたか」


 ミカンは元々酸っぱい物だけど、これは柑橘類らしく、想像より酸っぱかった。

 一気食いした悪影響な気もするけど、安物掴まされたんじゃ?


 「では、次はバナナを」

 「まさか、それも酸っぱいんじゃ?」

 「さてさて? どうでしょうか?」


 私はもう何もかもが半信半疑になっていた。

 ルビーは楽しげにバナナを掘っていく。


 「器用よね、貴方達って」


 私はここにはいないサファイアも含めて、ルビーの手際の良さを賞賛する。

 しかしルビーは褒められても、殆ど動じることはない。


 「ショゴスですから、器用でなければ身体もいびつになるでしょう?」

 「そうか、アンタの姿って、それ自体が擬態なんだっけ」


 身体からナイフやらフォークやら生み出すのはちょっと気持ち悪い位に思うけど、本来女の子の姿っていうのも、あくまでそういう姿に擬態しているんだった。

 しかし擬態と言われるとルビーは少し不服そうに眉をひそめた。


 「これは進化であって、擬態としての変身ではないのですが」

 「ああ、ごめんなさい。気を悪くしたなら謝るわ」

 「ガーネット様、根は主様とそっくりです。ふふ、見てくださいドラゴンですよ」


 ルビーは再び微笑むと、今度はバナナの皮に鱗まで綺麗に彫られたドラゴンが描かれていた。

 私が倒したドラゴンとは似ていないけれど、良く絵物語に見るようなドラゴンだった。


 「ドラゴン……か」

 「ガーネット様?」


 私はドラゴンを見て、自分が何者なのかもう一度考えた。

 なんだか哀しくなったのだ、どうして私は竜殺し嬢なんて呼ばれてしまったんだろう。

 私はただ生きたかっただけだ、死にたくないから殺す。ただそれだけだったんだ。

 生きる為に殺す――。生命の真理であり、あの殺されたレッドドラゴンだって死ぬ為に戦ったんじゃない。

 或いは盛者必衰じょうじゃひっすいことわりなのか。


 もしも……もしも、だ。

 私があのレッドドラゴンと出会わなければ、私は今も下等の冒険者としてシフ様と出会うこともなかったのか。

 兄さんを養うだけで私は良く、大好きな兄さんと一緒に暮らしたいだけだった。

 私はずっと、竜殺しという分不相応の称号に苛立っていた。

 私は殺したくて竜殺しをしたんじゃない、なのに竜殺しという言葉は独り歩きしていた。


 王様に認められ、シフ様に興味を持たれ、ザインは憧れを抱いた。

 私は顔を手で抑えた。眼の前には抽象化したドラゴンがある。

 ルビーは不思議そうに首を傾げた。


 「……貰うわ、ルビー」


 私はバナナを受け取ると、精微に彫られたドラゴンを見つめる。

 今にも動きそうな迫力があり、私は息を呑んだ。

 ううん、これはドラゴンじゃない。バナナよ、私は意を決するとバナナの皮を剥き、それをいただく。

 バナナはほんのりと甘く、糖分が脳に良い刺激を与えた。

 私はバナナを食べ終えると、口元を拭う。


 「ありがとう、もういいわ」

 「お腹一杯になりましたか?」


 私は次の果物に手をつけようとするルビーを静止する。

 腹は六分目だけど、それで充分である。

 腹八分目程度までに止めるのは冒険者の嗜みだ。

 動きを鈍らせる食べ過ぎはプロ意識を持つならご法度はっとよ。


 「竜を喰らう……か、ねえルビーはドラゴンステーキって知っている?」

 「ドラゴンを食べるのですか?」

 「もちろん本物じゃないらしいけど、東方にそういう料理があるんだってさ、なんでもオオトカゲのステーキのことをドラゴンステーキって呼ぶらしいけど」


 本物のドラゴンをステーキにして、食べるなんて、きっとどんな王族でも経験がないだろう。

 私はドラゴンを殺した、この事実はどうやっても覆せない。


 「私はだから……一度は賞味したいものね」

 「なるほど……、一度レシピを調べてみましょう」


 ルビーはそう言うと、フォークとナイフを肉体に取り込んだ。

 一瞬もしかして果物も彼女の一部じゃないか危惧するが、幸い同化する様子はなかった。


 「さてと、こうなりゃさっさと退院よ」


 私はベッドから起き上がると、少し重たい身体に喝を入れる。

 思った以上に消耗していた身体は、悲鳴を上げていたが、それを泣き言にするのは死んでも嫌だった。


 「ガーネット様、お身体は良いのですか?」

 「万全じゃないけど、仕事を放棄するのはプライドが許せないの」

 「……プライドですか。私にも少しだけ分かります。分かりました、何かご用命がありましたらなんなりと」


 ルビーはそう言うと恭しく頭を下げた。

 私はそれを見ると少しだけ思案する。


 「アンタ一つ仕事を頼まれてくれる?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る