第64話 義妹は、襲撃を躱しながら聖女を守り抜く

 ヒュー……、ヒュー……、ヒュー……。


 「……この音は!?」


 突然森の周囲に謎の風切り音が鳴り響く。

 まるで笛の音ようで、それは姿は見えずとも、周囲を囲まれていることが分かるものだった。

 敵? それとも全く関係ない何か?

 いえ、今は悠長に考える必要はない! シフ様の身を守るのが最優先よ!


 「シフ様! お控えを!」


 私は弓を構えてシフ様の側に駆け寄る。

 シフ様の顔は険しく、音の正体を探っているようだ。


 「数が多い……! それに音が混ざって……!」

 「まさか……音で攪乱かくらんを?」


 シフ様は目が使えない、代わりに絶対音感で気配を感じ取る。

 その感じ取れる範囲は凄まじいが、代わりに音が混雑すると、シフ様の聴覚は撹乱される!


 「く……一体何が!」


 私は周囲に警戒する。

 四方八方が森だと考慮すれば頭上も危険ね。

 少しでも動けば撃つ。その覚悟を決断する必要があるでしょう。


 ガサガサ!


 「……! そこッ!」


 迷わず私は矢を放つと、森の奥にいた謎の黒装束の肩に矢が突き刺さった。

 矢を肩に受けた黒装束は呻き声も上げず、そのまま姿を林の中に隠してしまう。


 「あからさまに怪しい奴! 何人いるの!」

 「あ、相手は何者なのでしょうか?」

 「さあね! でも敵でしょ! こんなの!」


 周囲からまるで幽鬼のように、木々や林の影から現れる一切素肌を見せない黒装束達。

 男か女か、種族さえもロクに特定出来る状態じゃない。

 思考すれば隙になる……とにかく今は障害の排除だ。

 

 私はすかさず矢を三連射、矢は正確に取り囲む黒装束達の身体に突き刺さっていった。

 相手の動きを見るに、敵はそこまで強敵ではなさそうだ。

 けれども訓練された兵士のようには思える。

 周囲で一斉に音を鳴らし、こちらに焦りを与える。

 そして距離感を奪い、徐々にスタミナと精神力を削る気だろう。


 「ゲッヒッヒ! いいぜいいぜぇ!」

 「な、なに? なんなの!」


 突然の下卑た声が森の奥から聞こえた。

 私達はそちらを注目する。いかにも蛮族って感じの男が笑っていた。

 一人だけ顔を出していたが、漆黒のマントを羽織り、奇妙な共通感はあった。

 明け透けだけど、現場指揮官か!


 「とりあえず悪・即・撃!」


 私は迷わず男の眉間に矢を放った。

 矢は正確無比に飛びかかる、しかし!


 「エヒャヒャ! いいねいいね! その殺気!」


 私は驚愕する。なんとその男は頭一つ動かして、矢を回避したのだ。

 動体視力で回避した? だとしたら相当の手練!

 私は形振り構わずやる必要が出たようだ。


 「オラオラ! もう終わりか!」


 男は安い挑発をニヤニヤと下卑た笑いでしてきた。

 非常にムカつく顔だが、私は冷徹なプロ意識で立ち向かう。


 「シフ様捕まって!」

 「ッ……分かりました!」


 シフ様は私に抱きつくと、私は空飛ぶ靴レビテーションブーツに魔力を送る。

 私は周りに逆巻く風を受け一気に飛び上がる。


 「ちっ、逃げるのか、つまらねえな! お前ら撃ち落せ!」


 男の号令に、森の中からキラリと輝く物があった。

 間違いない、アーチャーだ!


 「お任せをガーネットさん! 《いと聖なる加護よ、我らをお守り給え》……!」


 無数の矢が飛来する!

 しかしそれはシフ様の使う聖なる障壁に阻まれた!


 「聖なる障壁セイクリッドフォース!」

 「よし! これなら!」


 私は高度を落としながら、矢を次々と打ち据える。

 私の矢は正確にアーチャーを捉えた!


 「どうして高度を落とすのです?」

 「木の屋根を盾にするの! 遮蔽物なしで弓矢の打ち合いじゃ分が悪いの!」


 私はそう言うと、木々の間を駆け抜ける。

 こうなれば相手のアーチャーの矢は、木々の枝や幹に阻まれ、まず私達には届かない。


 「おい! さっさと奴を木から落とせ! ち!」


 私の放った矢は男の脇腹を狙うも、男は佩刀はいとうしていた剣で矢を叩き落とす。

 直撃はしなかったけど、舌打ちさせたことは、私は心の中で「ざまあみろ」と小さくガッツポーズした。


 「ど素人め! 森林戦に慣れてないわね!」

 「むしろ流石エルフ様ですね……これを見越して森にキャンプを?」


 そんな訳がない、そもそも私がエルフだって自覚して生きている訳がない。

 エルフの村でエルフの生活で、エルフの価値観と教養さえあれば、民族的にはエルフと言えるだろうけれど、この広義において私は寧ろ人族でしょうさ。

 とはいえ、ここでシフ様を不安にさせても百害に一利なし。


 「まぁねえ! 全て計算済みよ!」


 子供じゃないけど、こうやって味方を鼓舞して相手を悔しがらせるのは、戦術よ!


 「ちい! 何をやってやがる! たかが女二人に! 魔法使い!」


 て、まずい。魔法使いも混じっているのか。

 接近戦では役立たずの魔法使いも、大部隊の後方から支援に徹するなら立派な脅威になる!

 私は魔法使いに鏃をエイムする、自分の力を信じるが、魔法使いの数は多かった。


 「《いと聖なる星の力よ、極光の輝き、敵を討たん》!」


 シフ様が呪文を詠唱する。

 錫杖の先に集まる力は、光り輝くとその力は眼下の魔法使いに光りが襲いかかる!


 「ちい! 猪口才な!」


 敵たちは魔法を放つも、聖女シフの光の魔法が打ち勝つ。

 良い調子だ、けれど過信は出来ないわね。


 「さっさとやられなさい! はあ!」


 私は次いでと言わんばかりに、男に矢を放った。

 男は剣を振るうと、矢を払い落とす。

 大した技量ね、けど……読みが甘い!


 ブシュウウウウ!


 「なに! 催涙弾だと!?」


 男の払い落とした鏃が破裂すると、中に詰まった催涙ガスが一気に地表を包み込んだ。

 私はそれを見て、その場から距離を離す。


 「ど、どうするのですか?」

 「逃げるに決まってるでしょ! 聖星祭も大事かもしれないけれど、貴方の命の方が大事なの!」


 私は黄色い煙幕の中、続いて紅い魔石の鏃で出来た矢を放った。

 矢は煙幕の中で、赤い輝きを膨れ上がらせると、一気に炎上した。

 既に熱風は届かない、炎の力を凝縮した矢の爆発で、あの男は巻き込まれた筈。

 だけど私はこれで勝ちを確信するほど愚かじゃない、どうせ全てを巻き込める訳がないんだ。

 なら、手痛い反撃を受ける前に、撤退よ!


 「舌を噛まないように!」

 「は、はひ!」


 私はシフ様を抱えながら、兎に角その場から離れた。

 ……にしても、まさか本当に陰謀はあったとはね!

 いや、まだ早計かしら?

 兎に角急いで街へ向かおう。

 今の位置からなら、ブリンセルへ向かうのがベストか。

 私は苦虫を噛むような顔をすると、兎に角シフ様を守り通す為に行動するのだった。

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