第62話 おっさんは、義妹から手紙を貰う
夏休みが始まった。
カランコエ学校は猛暑の中、休校を決定、生徒達はその間思い々いやりたいことをするのだろう。
そして先生達はどうするのか? 実際は生徒達程自由ではない。
学校の見回りや、生徒達の寄りそうな地域の巡回など、先生間で仕事はある。
また、これは先生次第だが、一部では部活動として生徒を指導する先生もいるようだ。
さて、長々と話したが、ここからはおっさんの話。
おっさんは当然ながら、スルーできる仕事はスルーするのが信条だ。
人生にヤマもタニも必要ない、日々平穏を望むおっさんは家でのんびりしていたのだ。
「主様、お手紙が届いております」
ふと、リビングでのんびりしていると、シェアハウスの管理人代行兼家政婦のサファイアが一枚の手紙を持ってきた。
俺はそれを受け取ると、手紙を
「ガーネットからだ」
「ガーネット様? 確か大きな依頼をお受けになったと仰っていましたね」
仕事の詳しい詳細はおっさんも知らない。
だが手紙には、少なくとも元気でやっていると記るされている。
手紙が届く頃にはバーレーヌに到着しているだろうともあり、随分ピサンリ国内を行ったり来たりしているようだ。
「ガーネット様、手紙を送って来るのは珍しいですね」
「あぁ、ガーネットは基本日帰りの依頼しか受けない。実力に反していつも町の周辺をさ迷う魔物の討伐が基本だった」
ガーネットは竜殺しをもって第三位の赤の冒険者の称号を得た。
けれどそれは常にドラゴンのような強敵ばかり相手にしているかと言えば、そうでもない。
おっさんも義妹の仕事には口出し無用だから、詳しくは知らないが、義妹はバーレーヌではご当地ヒーローといった評価だった。
未知の冒険は不確定情報が多くて好まず、いつも確たる情報の揃った、近場の魔物ばかり狩る徹底した
「……ふむ」
俺はもう一度手紙の内容を確認する。
手紙には義妹の近況報告が、義妹らしいやや崩れた文字で書かれている。
おっさんも心配する一文、健康か、何か問題は起きてないか。
どれをとっても、ガーネットらしい手紙の内容だと思う。
だけど、それがガーネットらしくないんだよな。
「妙だな、義妹がそんな大仕事を引き受けたのも奇妙だが、そもそも手紙なんてあまり出さないのに」
「そうなのですか? ガーネット様は主様にデレデレのクーデレお猫様と思ってましたが」
「あーうん、それは否定しないけどさ? サファイアにとってガーネットは猫か」
「コールン様はお犬様ですし」
「因みにおっさんは?」
「主様は神様?」
「神?
そこへ銀髪紅眼の美少女が割って入ってきた。
サファイアの姉のルビーだ。
ルビーは大荷物を両手に抱え、今しがた帰ってきたらしい。
「お帰りルビー」
「はい主様、主様は神よりも尊きお方、いえ、そもそもショゴスの信仰すべき神とはどのような外神になるのでしょうか?」
「ルビー、主様が神様よりも尊きは賛成しますが、そもそも我々に神とはなんなのでしょうか?」
なんだかルビーとサファイアが同じ顔でやいのやいの議論しだす。
本当に双子と言われれば納得の姉妹だな。
「因みに家畜に神などいないらしいぞ」
「何処ぞの貴族様ですか、その外道は」
「同意見です、どんな存在にも神はいます。オケラだってミジンコだって、生きとし生けるもの全てに存在理由はあるのですから」
ルビーはやや強硬派にムッとするが、サファイアは変わらず鉄面皮でよく分からない喩えを使いだす。
まあ全ての命ある者に神がいるって考え方は、世界の創世神話にも出てくるしな。
「エーデル・アストリア、その遍く世界……彼の者は善と悪を生み出す……か」
二人はポカンとして、同じ顔で静かになった。
おっさんは創世神話の一説を謳い上げる。
この世界エーデル・アストリアを創り上げた神の名は記るされず、彼の者と呼ぶのが習わしだ。
「因みに魔族には創世神話はあるのか?」
俺は魔族ではどう伝えられているのか少し気になった。
姉妹は顔を見合わせると、まずルビーが。
「魔族の創世神話では、混沌と秩序の神の闘争の歴史が語られています。混沌と秩序は果てなき闘争を行い、世界は二つが混ざりあった。けれども混ざりあったエーデル・アストリアでも混沌と秩序は争うのだと」
ふむ……魔族だと、伝え方はまるで神々の闘争の歴史だな。
いかにも、混沌と闘争を好む魔族らしい伝承だ。
「興味深いです。どうして人族と魔族で創世神話の伝承が異なるのでしょう?」とサファイア。
「推測だが、恐らくは伝承の編纂に主観が入っているからだ」
「主観、ですか?」とルビー。
おっさんは頷く。
おっさんは国語教師だからなんとなく分かる。
「言葉にしろ絵にしろ文字にしろ、歴史の伝承は編纂者が自由にそれこそ都合の悪いことを消す、話を美化するなんてのも自由だ。今を生きる俺達には、何が正しいかなんて審議の程もない」
歴史は勝利者が創るもの、なんて格言もある位だ。
それこそ伝承に主観が入らないことはありえない。
同じ国語の教科書だって、出版社によって、微妙に内容は異なる。
新聞のコラムや弁論だって、執筆者の感情がどうやったって拭えないんだから。
「恐らく世界には無数の創世神話が伝承されているんだろう、なにが正解なんてないんだろうな」
おっさんはそう言うと、立ち上がった。
「さて、ちょっと野暮用で出掛けてくるわ」
「畏まりました主様」
「どうぞ、お気をつけて主様」
二人は玄関までついてくると、二人同時に頭を下げた。
おっさんは二人に笑顔で手を振って出掛ける。
さて、ああまで言っても、おっさんは無神論者だ。
神の正体とは、己の中の内なる神、時に試練を与え、時に都合の良い答えを出す己の深層心理の神。
そんなあやふやな神様を信じられる程子供でもない。おっさんが求めるのは確かな現実だ。
だからこそ、おっさんはあることが知りたい。
ガーネットの身に何が起きている?
義妹は字が下手だから、あまり手紙を書くのが好きじゃない。
まして長期で仕事を引き受けるなんて義妹の性格からしたら珍しい。
不自然な程、らしくないことをしている。
仕事には一切口出しするな、我が家のローカルルールだが。
家族なんだ。心配するんだぞ、兄ってのは。
俺はやや早足である場所に向かう。
そこはうらびれた探偵事務所だった。
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