第60話 義妹は、聖女と祭りに向かう

 ドス!


 私の矢が魔物の頭部を貫いた、これで最後の一匹だ。

 もうすぐ町という所で突発的遭遇エンカウント、私は聖女様を護りながら立ち回る。

 思ったよりも、特殊な使い捨ての矢の消耗が激しい、ある程度使い回せる矢で立ち回る必要があるわね。


 「ふう、もうすぐ朝ですよ……幸い目の前に町ですけど」

 「聖星祭は夜に行いますので、町に入ったら宿を取りましょう」


 聖女様はそう言うと、いつものように魔物の亡骸を供養した。

 私は少し疲れていた。汗を拭うと、矢を回収する。


 「聖女様って、冷静に考えたらかなり強いですよね」

 「ふふ、これでも戦争では最前線で戦い抜いた選り抜きですから」


 そうだった。今でこそこんなお優しいお方だけれど、昔はガチで殺し合いをしてた人なのよね。

 今でも殺すことに躊躇いがあるようには見えないけれど、それはそれで魔物でさえ慈しむ。

 尊いお方なのね。聖女様は立ち上がると、錫杖を持ち直す。


 「むしろ流石冒険者様です。竜殺しは伊達ではないかと」

 「あんなの偶然ですよ、私なんて戦術と計略を考えて、戦うタイプなんですから」


 本来護衛なんて、不確定な仕事は受けやしない。

 依頼者が国王陛下じゃなけりゃまず断っていた案件だ。

 私はスナイパーだから、最適なシチュエーションを作り出して、用意した矢で決着を求める。

 護衛のように、どれだけ矢の見積もりが必要か不確定な戦いは本来は向いてないのだ。


 あのレッドドラゴンを仕留めた時なんて、それこそ奇跡のような薄氷の勝利だった。

 未だになんで勝てたのか分からないんだから、正直竜殺しって言われるのは、分不相応ぶんぶそうおうだと思ってるのよね。


 「聖女様も冒険者だったなら、第二位だって夢じゃなかったでしょう?」

 「まあ、私が冒険者に? ウフフ、それも夢がありましたね……けれど、私の家系は聖職者の家系だったから……」


 聖女様はそう言うと、少しだけ哀しそうな顔をした。

 もしかして望んで聖職者になったんじゃないのだろうか?


 「後悔しているんですか?」

 「後悔? ウフフ……まさか、私は望んで聖教会の洗礼を受けたのです……」


 聖女様はゆらりゆらりと腰を振りながら歩き出した。

 私はその後ろをついて行く。


 朝日が昇り始める。眠い……想像以上に過酷な依頼ね。


 「――ただ……」

 「うん?」


 聖女様の姿が朝日に照らされると、その顔に影が差す。 

 ふと、そんな時に聖女様は小さく呟いた。


 「少しだけやり残したことがあるわ……」


 やり残し? 聖女様は顔を上げるとしっかりとした足取りで町の入り口に向かう。

 私は怪訝けげんな顔をしながら、その背中について行った。


 ……やり残し、一体それは何なのかしら?

 その言葉の一瞬、聖女様は哀しそうな顔をしたことが忘れられない。

 もしそのやり残し、まだ間に合うならなんとかしてあげたい。


 こんなお節介、私らしくないわね……と、私は自分の頭を小突いた。

 きっと睡眠不足でテンションがおかしくなっているのだ。

 いつものようにドライにやりましょう私。


 気温が上がりつつある夏の陽射しを浴びつつ、私達は小さな町へと入るのだった。




          §




 「聖アンタレスの導きに、どうかあまねく民全ての安寧をここに――……」


 宿屋にチェックインした私達は、夜になるまで眠るのだった。

 日が落ちると、その町は小さなお祭りだった。

 聖星祭を祝い、聖女様は小さな教会に向かうと、教会を管理する司祭様に挨拶をし、礼拝堂にて祝詞を詠った。

 熱心な町の信者達は聖女様に合わせ、手を合わせて祈っている。

 それを教会の外で見ていた私は、正直宗教のノリについていけないわ。

 聖女様が熱心な信者なのは理解出来たけど、宗教って何が良いのかしら。

 聖教会の救済という謳い文句は、人族だけではなく、エルフや獣人も例外ではない。

 魂の安寧を祈る姿は死者への厳格な信仰に思えるけれど、私からしたら死んだら皆平等なのは当たり前でしょ、と現実的に思ってしまう。


 「……獣人が多いわね」


 私はどうでもいいが、信者に獣人が多いことに気づいた。

 聖教会の教えは何かが多種族を引き付ける……そういう魅力があるのよね。


 「……ありがとうございました。聖女様」

 「いいえ、これがお勤めですので」


 終わったのだろう、聖女様は立ち上がる、司祭様が話し掛けた。

 一様に修道服に身を包んだ信者達は、一斉に聖女様に群がった。


 「聖女様、どうか聖女様のお祈りを妹に!」

 「あのあの! 聖女様は普段どんなお祈りを」

 「こらこら、皆一斉に……ああもう」


 聖女様はこっちでも大人気ねえ。

 司祭様は信者達を宥めようとしているが、本人だって聖女様を前にしてウズウズしているのが見え透いている。

 まさにアイドルね、私は呆れてしまった。


 「ふふ、良いですよ、一人一人、ね?」


 聖女様は妖艶な微笑みを浮かべた。

 信者達はもうそれだけで一様に顔を赤らめ、「キャー!」という黄色い悲鳴が混じった。

 やれやれ、これは時間が掛かるかも知れないわね。

 まあ、期限が間に合えば別にいいか。


 「聖女様、程々にねー!」


 聖女様は慌てて、振り返る。

 私は当分は大丈夫だろうと、その場を去るのだった。


 とりあえず補給ね。冒険者ギルドにも行って、書状をブリンセルにいる兄さんと、ギルドマスターに届けて貰おう。

 先ずは何から手を付けようか……なんてのんびり考えていると、後ろから突然声が聞こえてきた。


 「ま、待ってくださいガーネット様!」

 「えっ? 聖女様?」


 突然、聖女様は息を切らせて、追いかけてきた。

 私は驚いて振り返る。


 「聖女様、信者達は良いんですか?」

 「何言っているんです、冒険者様の方が大事ですよっ」


 聖女様はそう言うと、プンスカ頬を膨らませた。

 私は愕然がくぜんとした。まだまだ聖女様を理解しきれていないらしい。


 「あの、そろそろ、その……ですね? 呼び方……変えません?」

 「はあ? 呼び方?」


 私が聖女様を睨むと、聖女様は雰囲気を察してビクッと背筋を震わせる。

 根が臆病というか、小心者だからか、強い言葉に慣れていないのね。

 しかし、負けじと彼女は震える声で言った。


 「その私達、旅の間は相棒バディだと思うん、です。だからその……ガーネット、さん?」


 かなり遠慮気味に、私のことをガーネットさんと呼んだ。

 私は少し意外で、長耳を震わせた。

 悪く……ない、わね。


 「それじゃ、私はシフ様って呼べば良いわけ?」


 聖女様は顔を真っ赤にすると、何度も激しく縦に頷いた。

 可愛らしいお方ね。お姉さんだったり、子供だったり、安定しない人だ。

 私はクスッと微笑むと、シフ様の手を掴んだ。

 シフ様はビクッと震える、怒られると思ったのかしら?


 「これはビジネスよ、私は冒険者、仕事が終われば、ただの他人になる……それでも続けるの?」

 「か、かもしれません。け、けれど……その、ガーネットさんとは、それ以上、に……」


 消え入りそうな程小さな声だ。

 シフ様は不安なのだろう、まるでウサギね。

 私は「フッ」と微笑を浮かべると、その手を引っ張り歩き出した。


 「だったらついて来なさい、今度は私のことを教えてあげるわシフ様ッ」

 「は、はいっ! いっぱい教えてくださいガーネットさん!」


 私達は夜のお祭りの中へ入って行く。

 聖女シフ様は、とても敬虔けいぎゃくな教徒でありながら、どこか不安げな女性である。

 最悪一人でも生きていけるという自負を持つ私とは、なにもかも対極であった。


 所詮は依頼で護衛しているだけのドライな関係だが、シフ様はそれ以上を求めていた。

 鬱陶しいのは嫌いだけど、こういう女性は嫌いじゃないわ。

 だからだろうか、私は少しだけいつものように振る舞ってしまった。


 「折角だから、お祭り楽しみましょう」

 「ガーネットさん? えと、どこへ?」

 「良いから良いから!」


 私はシフ様を引っ張ると、適当な露天に寄った。

 露天では出店で食べ物が出品されていた。

 リンゴにカラメルを絡めたリンゴ飴だった。


 「リンゴ飴二つ頂戴!」

 「あいよ」


 私は懐から硬貨を取り出すと、店主に渡し、リンゴ飴を受け取る。

 その内一本はシフ様に差し出した。


 「歩きながら食べましょう」

 「あ、あのこれどうやって食べれば?」

 「そんなの、齧り付きゃいいのよ!」


 私はそう言うと、思いっきり齧り付く。

 ガリッと固まった飴ごとリンゴに噛み付くと、ボリボリと噛み砕いた。

 飴の甘さとリンゴの甘酸っぱさが混ざり合い、これぞ夏の風物詩って感じる。

 シフ様は、それを耳で確認すると、恐る恐る齧りついた。


 「う、硬い、ですね」

 「アハハ、舐めて楽しんでもいいのよ?」


 シフ様はリンゴ飴が初めてなのか、慣れないように、頑張って齧りつく。

 推測だけど、シフ様はあまり祭りを楽しんだことがないのでしょうね。


 「ガーネット様は普段からこのような物を?」

 「流石に夏祭りの時くらいよ、でもまぁ庶民の楽しみはこういうものよ?」

 「はぁ、教会では質素倹約が常でしたから、これは衝撃的です」

 「なら見たことない物もいっぱいあるんじゃない?」

 「それではあれは……?」


 聖女様はある店を指差した。

 ああ、何故かお祭りだと必ずあるお面屋さんだった。

 安っぽい素材で作られた、子供大好きなお面ね。


 「子供向けのお面ね、なぜかこの時期にはあるのよね」

 「子供向けですか……残念です」


 シフ様はしょぼんとする。

 えっ? もしかして……。



 その後、町の住人の噂では、子供向けの仮面を被った謎の司教が町を練り歩いていたという噂が広がるのだった。

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