第59話 義妹は、巨大ミミズに襲われる
星空の明かりの下、私と聖女様はマーロナポリスを旅立った。
今日び現代なら馬車を使えば直ぐに終わるような行程を、わざわざ徒歩で、だ。
手に持った携帯ランプを唯一の光源にして先ずは西の国境沿いを目指す。
「でもなんで夜間に行くのよ……ふあー!」
私は不満を漏らす。大きく欠伸を漏らした。
聖女はゆらりゆらりと腰を揺らしながら、真摯に理由を説明する。
「一つに、聖アンタレスの巡礼の再現です。当時聖アンタレスの生きていた時代は今程治安もよく無かったそうですから」
「とはいえ、夜は夜で危険でしょうに」
「もう一つ、聖アンタレスが天啓を受けたのは夏時期です」
私はそう言われて、「あー」と小さく声を零した。
夜風が吹くが生温い、徐々に気温は下がっていくだろうが、夜を迎えたばかりはまだまだ暑いと言えた。
もし聖アンタレスが日中を練り歩いていたなら、たちまち熱中症で倒れていたでしょう。
「砂漠の民は、素肌を晒しません。必要なのは夜の寒さ耐える服、なんて言われる程です」
「色々知恵がある訳か」
私は先人の知恵も馬鹿にならないわねと感心する。
私は周囲に警戒を巡らせながら、聖女様を眺める。
「砂漠の民は昼はどうしてるの?」
「光の差さない、または水瓶を置いた粘土の家で、眠るそうです」
「昼夜逆転か、ホルモンバランス乱れちゃいそう」
私は自分のお肌に触れると、深刻な顔で項垂れた。
美貌の維持はタダじゃないからね。
聖女様なんて、私より十歳も歳上なのに、そう言えばお肌綺麗よね。
「ねえねえ! 聖女様はどんな美容グッズ使っているの?」
「えっ? いえあの……私、そういうのは疎くて、いつも侍女任せなんです」
ああ、あの妙な存在感のあった人か。
聖女様となると、身の回りは侍女任せというのは、嫌に説得感があった。
「――というより、私、
「そりゃそうか、勿体ないわね、せっかく美人なのに」
「美人? 私が?」
「ええ、少なくとも私は貴方を嫉妬するレベルよ」
聖女シフの美貌は間違いなく天性だと思う。
周囲があれこれお世話しているのも確かだろうけれど、聖女様の美しさはそれだけじゃない。
年相応に張りのある胸、大きなお尻、くびれた腰など妖艶
これ程アンバランスな清楚さは無いだろう、それこそが聖女様の気性なのかも知れないわね。
しかし、聖女様はあまり嬉しそうではなかった。
ただ困ったように眉を
「それは改めなければなりません……」
「えっ? 改めるって……」
「色欲は罪ではありませんが、過剰は罪です。嫉妬を誘引する美は恥じるべき罪なのです」
聖教会の教義だろうか。
嫉妬は与える側に罪はなく、貰う側に罪があるという教えなのね。
適度良しとし、過不足も過剰もよろしくないってのは興味深い。
でも……それなら、聖女様はなぜ、そんなに美しいのかしら?
「教会では、何も言われてないのですよね?」
「はい、皆さんとても良い方々で」
私はなんとなく、聖女様が超甘やかされているんじゃないかと疑った。
あの侍女といい、彼女を慕う修道女や警備兵といい、皆彼女に超甘いんじゃないか?
あれね、これだけ美人で崇拝対象が綺麗なら、信者が喜ばない訳がない的な。
きっと、綺麗なアイドルを推すオタクと同じなのよね。
私はそう思うと、聖女様に少し現実も教えて上げるべきか悩んだ。
下手に彼女に教えると、後で教会から苦情来そうで怖いのよね。
なんて「うーん」と頭を悩ませていると、不意に聖女様が足を止めた。
私は振り返ると、彼女は錫杖を握り込み沈黙を示す。
「聖女様?」
「……くる!」
「えっ?」
「……魔物です! 周囲!」
その瞬間だった、大地がモコモコと膨れ上がる。
私は直ぐに矢筒に手を突っ込んだ。
ドパァァン!
大地が爆発した!
土や石が散弾銃のように飛び散る。
突然空いた穴から飛び出したのは、巨大なミミズだった。
「ジャイアントワーム!」
私は弓を構える、すかさず矢を射掛けた。
しかしジャイアントワームは巨体を唸らせると、矢が上手く刺さらない!
私は舌打ちする。ジャイアントワームは凶暴な肉食性の魔物だ。
獰猛な性格という程ではないが、確か主な活動時間は夜間、つまり今はバリバリに獰猛なお腹ペコペコ時間なのだ!
私は腰の短剣に手を掛ける、最悪接近戦で仕留める必要があるか考慮する。
だけど、聖女様は悠長に待つ人ではなかった。
ワームは聖女様に鎌首を向ける、その口から気持ち悪い筒状の舌が触手のように無数に伸びていた。
グロテスクな体液が口元から糸を引く、しかし聖女様は動じなかった。
「《いと聖なる星の神、遍く大地を果てまでお照らしください》……」
呪文の詠唱? 私は初めて見る魔法だった。
多分神聖魔法なんだろうけど、これって古代魔法?
「
強烈な閃光が聖女様の錫杖から放たれた。
それは文字通り世界を真昼にするような明るさである。
閃光はジャイアントワームに直撃すると、ジャイアントワームが怯んだ。
「
流石本の虫ね、魔物図鑑さえ閲覧済み、かつ魔物の特徴を記憶しているのか。
私はチャンスと思い、必殺の矢を取り出した。
先端が特殊な鏃のそれは、光りに焼かれるジャイアントワームの首に直撃すると、首元で爆発が起きる。
以前罠外しに使った火薬の爆発だ。
硫黄の臭いが立ち込めると、黒煙を上げて、ジャイアントワームの首はボトリと落ちた。
爆発の熱、そして衝撃波が大きいけど身体の柔らかいジャイアントワームには特効だろう。
これでジャイアントワームは沈黙した。聖女様はジャイアントワームの側に駆け寄ると
「ごめんなさい、せめてその魂、星空へと舞い登れ」
「……それが聖教会の供養?」
「ええ、生きとし生けるもの、全て死すれば、安寧であるべきだから」
聖女様は祈りを終えると、錫杖を持って、立ち上がった。
あまりモタモタはしてられない、腹を空かした魔物がジャイアントワームの臭いに釣られて、集りかねない。
「それにしても、よくジャイアントワームが出てくるのが分かったわね?」
「ジャイアントワームの『音』は初めてでしたが、大地の下にも、音はありますから」
それが聖女様だけが聞くことのできる『囁き』なのね。
大地の音、言ってみれば振動よね。
彼女は目が見えないからこそ、音に凄く敏感だ。
ある意味最強の動態探知機ね。
これじゃ目や耳の良いエルフも肩なしだわ。
「冒険者様、先を急ぎましょう」
「了解、さっさと最初の町に向かいましょう」
私達は再び歩き出す。
魔物との
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