第58話 義妹は、聖女の面倒臭い性格にウザいとぶっ刺す

 陽が地平線の彼方に沈む。

 私は装備品の最終チェックをしながら、大聖堂の入り口で出発を待っていた。

 大聖堂の奥からは祝詞のような声がくぐもって聴こえる。

 恐らくなんらかの洗礼の儀式みたいなことをしているのでしょうね。

 私は兄さんと同じく、いずれの宗教にも属していないから、聖教会の細かい行事やしきたりも知らない。


 なんとなく宗教はなんかやばい、そんなイメージがある性かしらね。

 さて、そんな偏見を持ちながら、後ろを振り返ると足音が近づいてきた。

 昼でも暗い本堂は、夜になると更に暗い。

 今時光源が蝋燭の火ってあたりに、宗教の面倒臭さが滲み出るわね。

 効率主義の私からすれば、あえて不便にする意味が分からない。


 「お待たせしました、冒険者様」


 足音の正体は聖女シフだった。

 聖女様は相変わらずゆらりゆらりと、腰を横に振りながらゆっくり歩んでくる。

 それはまだ良いが、寧ろ問題はその後ろか。

 直ぐ側にいる侍女はともかくとして、一様に純白の修道服に身を包んだ一団が列を成しているのだ。


 「いいえ、予定時刻の通りですから」


 私はなるべく笑顔でそう返すと、聖女様は「まあ」と微笑んだ。


 「皆様、それでは聖星祭の巡礼、行って参ります」


 聖女は一団を振り返ると、頭をゆっくりと下げた。

 一団はそれを見ると悲喜こもごもになにかを叫ぶ。

 しかし数が多すぎて声は判別不可能、恐らく応援だったり、しばらく帰ってこない事の悲しみだったりだろう。

 まさに大声援、聖女様の人気を物語るわね。


 「それでは行きましょう」

 「聖アンタレスの加護をーッ!」


 私は頷くと、聖女様の歩くペースに合わせて、同行した。

 彼女の装備は装飾の施された錫杖と、最低限の荷物袋だ。


 「……ねえ聖アンタレスって?」

 「聖星祭の元となった暗黒時代、アンタレスは空に光る赤き蠍火に導かれて、人々に説法を行って回った……と、伝えれて、おります」


 蠍火の星……私はなんとなく空を見上げるが、マーロナポリスは極端に光源が少ない為か、ブリンセルと違って満点の星空だった。

 私はエルフということもあって特に視力が良い、必要以上に星空の輝きが見えてしまい、蠍火の星がどれか全く判別がつかなかった。

 星空と言っても、私はなんにも感じない、当たり前だけど啓示なんてありやしない。


 「ふーん、それでアンタレスのように無事を祈るって訳か」

 「あ……いえ、その……アンタレスは旅の最後に死にます」

 「えっ?」


 私は自分で気持ち悪い声を出してしまった。

 思わず目を丸くする発言に、聖女様の端麗たんれいな顔をガン見する。

 聖女様はゆっくりとした口調で補足した。


 「アンタレスは各地の人民を救済したと伝えられますが、アンタレスの最期を看取ったのは、旅の同行者カンパネルラ、彼はアンタレスに問いました。『何故身を粉にして、そんなにもひた走れるのか?』アンタレスは答えます。『私はいままで、いくつもの命を奪ってしまったのか、私は償いをしなければならない』アンタレスは殺めた魔物も、生きるために食べてきた動物にも、ただひたすらに贖罪を重ねました。アンタレスはそうして最後の巡礼を終えた時には力果て、聖アンタレスは、死してなお星空から地上を見守る守護聖人になったのです」


 聖女様のお言葉は、神秘的で引き込まれる物があった。

 忘れがちだけど、この人本物の司教だったわ。

 いやに話し上手だから、思わず私も息を呑む。

 しかし、ペロッと舌を出した聖女様が内容にオチをつけるのだった。


 「でもこの聖アンタレスの伝説って、矛盾があるんですよ、ね……とくにカンパネルラの関係とか、後は蠍火の前後の説に食い違いがあったり」

 「はい……?」

 「大体このお話が編纂へんさんされたのも聖アンタレス没後三百年も後で、創作が入りすぎていると言いますか」


 なんだか聖女様は急に興奮気味に顔を紅潮させて、語り出す。

 その言葉はまるで止まらない、こちらが口を挟む間もなく喋り出すその姿は。


 「キモい」

 「はうっ!」


 聖女様はビクッと全身を震わせ怯んだ。


 「なんか急に話し方早くなるのキモいんですけど、あれなんなの?」

 「あううう! す、好きなことは、語りたくなる、と言いますか……後二時間位なら語れますよ、聖アンタレスの物語なら……」


 そう言って彼女はナードの癖して無理に笑うもんだから、私は更に目くじらを立てた。

 その気を当てられた聖女様は、「ヒッ」と小さな悲鳴を上げた。


 「貴方やっぱり気持ち悪い、何? 貴方にとって聖アンタレスって? 推し? アイドルかなにか?」

 「あ、う……アンタレスもといいますか、私的にはこの後のカンパネルラが推しと言いますか……」

 「あ、語る必要ないから、語ったらつよ、頭思いっきり」

 「ご、ごめんなさい……ませ」


 あからさまに落ち込む聖女様、流石にちょっと気の毒かしら。

 私と違って聖女様は陰キャのオタク系なのだ、なんて面倒臭い生き物か。

 繊細なガラスのハートを持っているくせに、空気も読めず好きを語るあたり、兄さんとは明確に違う残念さだわ。

 兄さんは空気は読めない所あるけれど、あんまりガツガツ語らない。あれ位で良いのよ、あれ位で。

 それに対して聖女様は、好きなことに対して圧が強い。


 「因みにさっきの説明ってさ、聖教会の教えに含まれるの?」


 聖女様は顔を上げると、気を取り直した。


 「あ、いえ……聖書ではもっと簡素に語られているのみで、詳細な記述は蔵書にありました」

 「本ねえ、いかにもナードの趣味って感じね」

 「じゃ、じゃあ冒険者様は、どんな趣味をお持ちで?」

 「そりゃ、街へ行って買い物したり、(兄さんと)デートしたりとか」


 私は笑顔でそう言うと、聖女様は頬を赤くして「デート」と小さく呟いていた。

 まあ司教様に出会いとか、そんな色恋沙汰はなさそうよね。


 「少し……羨ましい、ですわ」

 「聖教会じゃ、やっぱり駄目なの?」

 「教義には恋愛にタブーはありません。ですが……これは単純に生活環境の差でしょうね」


 なんとなく分かるわ、何かとお硬い連中の総本山なんかにいる上、聖女様は自身が神聖視されてりゃ、出会いなんかある訳ないわ。

 だからこそか、聖女様は錫杖をシャンと振ると、微笑んだ。


 「ですから、楽しみなんです。色んな街や風景を巡ること」


 聖女様は世界を目で見ることが出来ない。

 だけど彼女は音で世界を楽しむことが出来る。

 常人とは違う生き方、世俗を離れた清らかな人……でも、私は聖女様が歳の近い普通のお姉さんに思えていた。


 やがて、両脇に敷き詰める聖女様に声援を送る町の住人達に見送られ、私達はマーロナポリスの出口に辿り着いた。

 町を出れば、もはやその先は暗黒の荒野だ。

 蠍火のような小さな明かりをランプに携行して、聖アンタレスの巡礼の模倣は始まる。

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