第57話 義妹は、聖女と語り合う

 「………むう?」

 「………!」(オロオロ)


 貴賓室に入ってきた聖女、彼女はもじもじと腰を振りながら、困ったように眉を垂れさせた。

 私は聖女を品定めする、その振る舞いは聖女というより遊女のようではないか。

 いやいやいや、仮にも公的保証のある聖女様でしょ、あり得なくない?


 それともあれか、世俗を離れた悪影響で、自分がエロいと認識していない?

 私は自分の胸と尻を見る……うーん、完敗。


 「コホン、紹介しよう。聖教会の神より賜われた啓示を受けし聖女、シフ・エキザカム様だ」


 厳つい表情も変わらないまま、カガチ大司教は聖女様を紹介する。

 聖女様はペコリと頭を下げ、それなりの礼節を示す。

 私は少し戸惑いながら、せめて表情位は軟化させると、彼女に応えた。


 「ん、と……。初めまして、貴方の護衛依頼を受けました冒険者のガーネット・ダルマギクと言います」

 「ダルマギク……?」


 極めてビジネスライクな態度だったと思う。

 だけど聖女様は、顎に綺麗な指を当てると、私の姓を呟いた。


 「あの、貴方もしかしてバーレーヌ出身?」

 「はい? いや出身は知らないけれど、育ったのはバーレーヌよ?」


 質問の意味が分からない。だけど目を瞑った聖女は質問の解答に納得すると、ニコリと微笑んだ。

 その笑顔……、初めて生の感情の笑顔だと気付く。

 外面は外面だけれど、なんなのかしらこの人は。


 「私も、出身はバーレーヌなの」

 「えっ?」

 「と言っても……十歳の頃に、マーロナポリスに引っ越したの、だけれど」


 聖女様は控えめに、胸元で指と指を複雑に絡めるとそう仰った。

 私はちょっと驚かされるが、同郷の人間だったのか。

 もしかして兄さんなら聖女様のことを知っていたり……?


 いや、ありえないわね……いくらなんでも出来すぎでしょう。

 大体聖女様と兄さんだと年齢差があり過ぎるでしょうし(自分を棚に上げながら)。


 「聖星祭の巡礼は予定通り今夜ねやが落ちた時より。それではわたくしめは執務もありますゆえ失礼します」


 カガチ大司教は淡白にそう言うと、部屋を出ていった。

 なんだか少し気の許せないお爺さんだったけれど、果たしてこの依頼、鬼が出るのか、蛇が出るのか。


 「フフ、少し、お話、いい?」


 聖女様は、私の目の前に座ると、たどたどしい喋り方で、一々確認を取ってきた。

 この人私より年上よね? といつものように疑念を抱きながら、「はあ」と溜息を吐くと。


 「他人行儀である必要はないですよ、鬱陶しいならこっちから注意しますから」


 聖女はその言葉にまた、不安そうに困惑顔をした。

 どうもあんまり気が強い人じゃないようだ、あえて言えば兄さんに近いかも。

 人見知りで陰キャなんだ。よくそれで司教なんて務まるわね。


 「それで、一体なんですか?」

 「うん、と……その、貴方エルフ、よね?」

 「そりゃ見れば――て、そう言えばどうしてさっきからずっと目を瞑っているの?」


 聖女は「う、ん」と言葉を飲み込むと、意を決してゆっくり目を開いた。

 その瞳は黄土色……だけど、瞳孔が濁っている。


 「私目が悪いの……特に色が、ね? 全く判別がつかないの。あとなにもかもぼやけて……」

 「ごめんなさい……ちょっと無遠慮でした」


 私は相手の視力に問題があるなんて知らなかった。

 聖女のハンデを責めるつもりはない、むしろ気にしてる可能性のある傷跡を下手に突いてしまったことを後悔した。

 けれど聖女様は、瞼をゆっくり下ろすと、優しく首を横に振って、気にしていないと言う。


 「昔魔物に襲われて、ね……天明なん、だと思うわ」

 「……魔物に」


 彼女は後天的に視覚を失ってしまったのか。

 あまりに自然に振る舞うから、気付かなかったけれど、そんな重い過去があったのね。


 「あの、戦争で活躍したと聞きましたけど」

 「と言っても、大戦末期からだ、けれど」


 私は意を決して彼女の過去を聞いた。

 聖女は特に気にしてないらしく、つらつらと説明してくれる。

 神の声を聞いた彼女は、寧ろ耳がより敏感になって、目の代わりに耳で万物を捉えられるようになったと。

 その力を使い、聖女様は聖教会の御旗を掲げ、魔族や魔物相手に勇敢に立ち向かった。

 本人は神の威光なんて烏滸おこがましいと思っているようだが、そんな時勢との結果が彼女を神の声を聞きし奇跡の聖女と呼ばれるようになったのだという。


 「私も幼い頃名前だけなら聞いたことがあったけれど」

 「貴方は何歳?」

 「十八歳です。見ての通りの青二才です」

 「フフ、青二才に竜殺しは出来て?」


 私は少しだけ聖女様を見直した。

 どこか情けない所はあるけれど、やっぱり歳の分だけ大人なんだ。

 兄さんに似ている、と感じたのは、もしかしたらこの大人の雰囲気かしら?

 私ってもしかして年上フェチなのかしら?


 「聖女様は何歳なんですか?」

 「二十八歳よ、私もまだまだ青二才、かしら?」


 女性に年齢を聞くのは少し失礼かも知れないが、折角女二人、あ……いや、部屋の隅に侍女もいたわ。

 随分フランクに接しているが、侍女はどう思っているのかしら、とそっと振り返る。


 「………」


 侍女は何も気にしてない、ただ少しだけ楽しそうでさえあった。

 聖女は侍女に気付くと、微笑んだ。


 「あ、そうだ。彼女も紹介を――……」

 「いいえ、私は結構。それに値しない程度の者ですので」

 「知れっと無茶苦茶言ってる気がするわね……まあ本人がそれで良いなら構わないけれど」

 「聖女様、それよりも支度はよろしいのですか?」

 「あっ……、いけない」


 聖女様は急いで立ち上がった。

 そう言えば出発は今日の夜と言っていたわね。


 「私、どうしていればいい?」

 「どうぞここでごゆっくり、よしなに」


 聖女はそう言うと、やや足早に侍女を引き連れて部屋を出て行った。

 私は一人になると、念の為に荷物を確認する。

 いよいよ、聖星祭が始まるのね……。

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